第四十六話 リコの告白
気が付くと、私は昨日も使わせて頂いたベルツ家の客間のベッドに横になっていた。
ベッドの脇には、座り込んで悲壮な表情で私の手を握るレオン、その隣では瑠璃も心配そうな表情で私を見つめている。
フォレスでさえ、ひどく真面目な表情で彼らの上から私を見つめている。……アナタそんな表情も出来るんですね。
「……レオン……」
目を開いた私が呟くと、レオンが握っていた私の手を握る力をギュッと込め、その白い頬に当ててくれる。
「……良かった、リコ……! このまま目を覚まさなかったらどうしようって心配して……!」
ギュッと眉を寄せ、その瞳には涙すら浮かべている。
最近のレオンはなんだかちょっと泣き虫ですね。そんな所も可愛くて大好きだけどね!
「心配させちゃってごめんね。私は大丈夫だよ」
起き上がってポンポン、とレオンの頭を撫でてあげていると、瑠璃が私の膝の上に乗ってきて、上目使いで私を見つめてくる。
……クッ、可愛い!!
『会ったのじゃな? 夢幻王・ディールに』
だけど、険しい表情の瑠璃は私に悶える隙を与えてくれない。
ちょっとは自分の可愛さを自覚した方が良いと思うな!
……けど、まぁ瑠璃の言う危険がアイツのことなんだろう。
私は悶えようとしていた素振りを隠し、真面目な顔でコクリと頷いた。
「……ちょっと待て、夢幻王・ディール……!?
魔族には疎い俺だって知ってる魔族の親玉じゃねーか! なんでそんなヤツがリコに……」
フォレスがやたらと良い声で驚愕に目を見開きながらそう言った。
知らないよ、私だって!
なんだかアイツは私の事を知っている雰囲気だったけど……どうせ思い込みでしょ、それも。
魔族の行動に理由とか見つけようとするのは無駄なんだって! 特にアイツは夢幻王、虚飾に生きる魔族の代表格なんだから。
「……リコ、本当に君は何者なんだ? 何故そんな上級魔族が君に接触して来る……?
話して欲しい、リコ。大丈夫だよ、何を聞いたってボクは絶対にこの手を離さないから」
レオンが私の手をギュッと握り締めてそう言った。
……そうだよね、これからの事も話さなきゃいけないし、いつまでも黙っている訳にはいかないよね。
小説を書いていた、とかその辺の事は、出来れば話さずにおきたいところだけど……。
だって、もはやレオンもフォレスも私にとっては現実に存在する人なんだもん。
そんな人達の物語を自分が書いていたなんて……何だか今では自分でも信じられないんだ。
小説の中で動いていた彼らとは物凄くかけ離れちゃってるし、一つの物語として扱ってしまおうかな。
『話しておやり、璃心。いずれにしてもあやつとは対峙せねばならぬ。事情を知らなければ、金髪も蒼髪も主を守りきれんだろう』
私の膝に乗ったままの瑠璃が慈愛に満ちた瞳でそう言ってくれたので、私は決意した。
……話そう、私のことを。
全てではなくて申し訳ないけど……確かにアイツ──夢幻王・ディールは危険な存在なのだから。
「解った。……レオン、フォレス、聞いてくれますか?」
私の決意を込めた表情に、彼らもまたその表情を引き締めて頷いてくれる。
フゥ、と一つ息を吐き、私は話し出した。
「……私が住んでいた街、東京はね、この世界とは違う世界……異世界、なの。
そこでは魔法も剣も魔物も魔族も存在しない代わりに、科学、というものが発展している世界で……。
私はそこで、本当にただの女子高生として毎日を生きていた、普通の女の子なんだ」
異世界、というトンデモ発言に、レオンもフォレスも言葉を失ってしまっているようだ。
「私の住んでいた世界には、多分この世界よりももっとたくさんの物語が本として存在していて……。
レオン、フォレス、貴方達の事も、この世界の事も、私はその物語の中で読んで、知っていたんだよ。
私の世界には本当にたくさんの物語が溢れ返っていたけど……私は、貴方達の物語が一番好きだった。
それこそ想像して、いつも一緒に冒険をしているような気持ちで、貴方達の物語を楽しんでいたんだ」
嘘じゃないよ。
確かに書いていたのは私だけど、だからこそ、この世界や彼らや……レオンの事を一番愛して止まなかったのは私だという自覚があるもん。
好きじゃなかったら書けないよ、小説なんて。
……決してレオンを妄想して悶え苦しんでいた心の叫びを文字にしていた訳ではない。ないったらないっ!!
「……突然世界を渡る事を、私の世界ではトリップ、と呼んでいて、そういう人達を主題にした物語もたくさんあった。
だから、最初は驚いたけど、理由も解らないのに自分が突然この世界にやって来てしまった事実を受け入れられたのも、そういう事情もあると思う。
特にここは、私が一番好きだった物語の世界で……色々読み込んだし、想像もしたし、良く知ってもいたから、怖くはなかった。
……レオン、物語の中で一番大好きだった貴方に出会ってしまって……そりゃあ驚いたよ、あまりに想像通りの王子様だったから。
だけど……こんな私を受け入れてくれた貴方達の、小説の中では知り得なかった温もりや表情や……その優しさに触れてしまって、私、本当に毎日幸せで……幸せで……」
あれ、何か可笑しいな。話しているうちに胸がいっぱいになって泣きそうになっちゃう。
だって心配だもん、こんな荒唐無稽な話を信じてくれるのか、否、信じてくれたとしても気持ち悪く思われないか。
私だって突然どこからともなく現れた人が、貴方の事は物語で読んで知っていました、なんて言われたら不信感しか抱かない。
いつの間にか瞳に浮かんだ涙が、つっ、と私の頬を伝うのを感じる。
だけど、その涙は、優しいレオンの手で拭われた。
「……光栄だよ、リコ。現実に出会う前からボクを知っていてくれただなんて……! こんな奇跡ないよ! ボクは今、心からの感謝を女神に捧げているよ」
そう言いながら、レオンがとても幸せそうに破顔した。
……むっはぁ~~!! こんな圧倒的シリアスな雰囲気の中でそんな表情されるとますますドキドキしちゃうんですけど!
「そか、そっかぁ~。異世界の知識を使ってんなら、リコのあのトンデモ魔法も納得出来るってモンだぜ!
……こりゃあ、ますますバレたら戦争の火種になりそうだからな。俺達が守ろうぜ、レオン」
フォレスも何処か嬉しそうな表情でポン、とレオンの肩に手を置いている。
……アナタ本当にたまに良い事言ってくれますよね。本当にたまにですけどね!
『璃心よ、この世界で【迷い人】と呼ばれる人間がたまに顕現するのは聞いておろう?
本当に稀に現れるのじゃよ、お主のような異世界の人間がな。……だから、心配などせずとも良い。主はもうしっかり、この世界に馴染んでおるではないか』
そう言った瑠璃がギュッと私に抱きついて来た。
その頭をナデナデしながら、私はまたポロリ、と涙を零す。
……本当に、なんて優しいんだろうね、この世界の人達は。
突然現れた、不審者でしかない私を受け入れてくれたばかりか……こんなに優しく包んでくれる。
……自分に与えられた優しさを全部返すなんて出来ないけど……少しずつでも、恩返しをしたいと思う。
「……大好き……!」
そんな決意を込め、瑠璃を抱き締め返して呟くと、瑠璃は私の腕の中でニンマリと笑い、レオンとフォレスはぐぉっ! と変な声を漏らしている。
え、なんでそんな反応になるんだろう?
不思議に思った私が瑠璃を抱き締めたままコテンと首を傾げてレオンを見ると、
「……ねぇ、リコ、ボクはたまに本当に君のその素直さが心配だよ……」
ハァ、と深く溜め息を吐かれてしまった。
やーね、レオンったら。あの教会でしっかり告白を聞いてくれたのだから、この『好き』はあの時の『好き』とは違うって信じて下さいませね!
「……と、言うことは、夢幻王・ディールもその物語の中で知っていた訳だね?」
コホン、と咳払いをして気を引き締めたらしいレオンが、私に尋ねて来る。
「うん、そう。レオン達が関わっていた事件の裏で、アイツが関わっていたこともたまにあるんだよ。
例えば……そうだな、他国からやって来た無法者が街で暴れていたのも、ディールが夢を介して心を壊して操っていたからだし、
幻を司るアイツのせいでそこにある筈の物が突然消えてしまったりしたこともあるよね?」
そう言った私の言葉に、ビックリした表情で固まるレオン。
「……まさか、そんな風に魔族がボクらに影響を及ぼしていたの?」
そうなんです。
何故だかアイツ、レオンに敵対心を燃やしていて、ことある毎に邪魔しようとしてたんだよねぇ……。
「あ~、まぁ、そんなに深い意味はないと思うよ。物語の設定そのままなら、ディール──アイツは特に思い込んだら命懸けな直情型なだけで……。
そのくせ見つけた玩具は絶対に手放そうとしない厄介な所があるんだよね……」
その私の言葉に、フォレスが「子どもかよ……」とボソっと呟く。
流石のアイツもフォレスにだけは言われたくないと思いますけどね……。
でもその言葉は言い得て妙だ。子どもだと思って接すればあのワケわかんない行動原理も理解できるかもしれない。
……仮にも夢幻王を名乗っているんですけどね、アイツ。設定通りなら悠久の時間を生きている筈なんですけどね……。
なんつーか、またこのキーワードだよ。
『残念』
……ハァ、なんだか力が抜けちゃうね。
『……そうじゃの。あやつはまさしく残念極まりないわ』
瑠璃が私も思考に賛同してハァ、と溜め息を吐いた。
解ってくれちゃいますか……。本当にアイツはねぇ……。
『とは言え、その面倒な相手が璃心に執着しておるのは明らかじゃしの。……行くのだろう、璃心、北へ』
難しい表情の瑠璃が私を見上げてそう言った。
「……うん。私が行かなければ、アイツは本当に何をするか解らない。
それこそ、大勢の人達の夢に介入して絶望に染めて心を壊そうとするくらい……簡単に出来ちゃうくらいの力はあるからね。放っておくことは出来ないよ」
決意を込めて私が頷くと、レオンとフォレスも同意するように頷いてくれる。
「ボクも行こう、水龍よ。そんな危険な相手にリコ一人で向かわせるなんて有り得ないし、彼女はボクが守ると貴女にも誓った」
「俺も行くぜ。そんなラスボスと対峙出来る機会なんて滅多にねーもん!」
フォレスさんや、私達の中で一番ディールに近い思考回路を持っているのは間違いなくアナタですよ?
……でも、嬉しいや。金髪は絶対に連れて来いと言われていたから、レオンには頼まなきゃいけないと思っていたけど、フォレスも危険を察しながらも一緒に来てくれるならとっても心強い。
なんだかんだ言って、私達パーティーの中で物理攻撃の最強はフォレスだしね。たまに残念極まりないけど!
『妾はこの土地を長く離れる事が出来ぬでな……共に行けぬのは口惜しいが……
璃心、龍族への名付けというのは眷属契約をも意味する重要な物なのじゃ』
……ってちょっと!? 真名を隠す為に名前が欲しいなんて可愛いお願いじゃなかったの!?
突然の瑠璃の言葉に私は絶句する。
瑠璃ってば私になんてことをさせてくれたんですか!?
『妾はその名を受け入れた。よってお主と妾は既に魂で繋がっておるでの。
何かあれば必ず駆け付けよう。真の危機に晒された時は、必ず妾の名を呼ぶのじゃぞ。
……夢幻王は気が短いと聞く。北に向かうのに時間をかけておっては取り返しのつかない事にもなろう。
我が血の血統を受け継ぐ飛竜を貸し与えるゆえ、北へ──ノーボルク山へ向かうと良い』
水龍の威厳を滲ませた瑠璃に傅くようにレオンが深く頭を下げ、
「……感謝致します、水龍よ」
真剣な声でそう言った。
……あー、なんだか瑠璃が可愛すぎて抱き締めたり色々しちゃってるけど、瑠璃ってば世界最強種の龍なんだよね……。
私の態度って色々まずいような気がするんですけども……
『良いのじゃ、璃心。妾の眷属たるお主は本来ならば神殿に祭られても可笑しくない存在なのだからな。
龍の眷属など、今現在のこの世界でもただお主だけよ。ひれ伏させてやると良いぞ』
と、瑠璃がまたしてもその可憐な容姿に似合わないカッカッカッという渋い笑いを響かせる。
やめなさい! 本当に似合わないから!
そして私にそんな大層な肩書を付けるのもやめてッ! 私なんてただの女子高生なんだから!!
『金髪、蒼髪、夢幻王と対峙しても、決して闘ってはならぬ。主達では絶対に太刀打ち出来ぬ相手じゃ、璃心の為にも無駄死には許さぬ。
特に金髪……お主のダメージは璃心にその何倍もの傷を付けると心得た上で行動せよ。
主は弱い。璃心を想うあまり暴走しようものなら、その身に負った傷が何倍もの威力で璃心を苦しめることになろう事を心せよ』
えー……、何言っちゃってるの、瑠璃ったら……。レオンは強い人ですってば。
今でも努力を欠かさない完璧な王子様がディールなんかに負けるはずないじゃないですかー。
だが、今や水龍の威厳を最大限に発揮している瑠璃は私の聞こえている筈の私の思考を無視している。
瑠璃、るーり! 可愛いねぇ、本当に! 大好き、大好き、だぁいすきーー!!!!
意地悪くそんな思考を瑠璃に送っていると、
『止めんか璃心!! 主はもう少し緊張感というものを学ぶべきと言ったじゃろうに!!』
私の思考に負けた瑠璃が顔を真っ赤にして私を振り返り、ポカポカと弱い力で私の貧相な胸を叩いて来る。
……クックックッ、私の勝ちだね、瑠璃。
私達のそんなやり取りが解らないレオンとフォレスがポカンとこちらを見つめている。
……レオン、瑠璃の可愛い所、後でこっそり教えてあげるね?
『やめんかぁぁぁぁーーーー!!!!』
瑠璃の絶叫が辺りに響き渡った。
片手を口に当てて、悪役令嬢めいた高笑いを披露しちゃいたい気分です!
オーッホッホッホッホッ!!!!
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早速向かうか、と問われた私が首を振る。
だって、私は夢の中でディールと対峙していたとは言え寝ていたけど、レオンもフォレスも恐らく寝ていない。
移動するにしても、アイツと対峙するにしても、少し休んで体力と魔力を回復して欲しかったから。
そして私も、精神的疲弊が凄過ぎて、このままディールと対峙するのは少し、辛い。
『……そうじゃの。このままではまともな思考は出来まい。金髪、蒼髪、しばし休むと良い。妾も準備をして来るわ』
そう言って私の部屋を辞そうとする一行。
レオンも部屋を出て行こうとするけど……
「待ってレオン、ちょっとだけ良いかな?」
そう言って彼を引き止めた。
何かを察したらしいフォレスと瑠璃は「また後で」と言い残して部屋を出て行く。
そして、その場に残ったレオンが心配そうな表情で私の側に歩み寄り、リコ、と私の名前を呼んだ。
……ごめんねレオン、すっごく我が儘なのは解っているんだけど……
「レオン、今日は私と一緒にいて欲しいの……」
だって不安なんだもん。
残念な思考回路の持ち主だけど、ディールが圧倒的存在なのは明らかだ。
そんな相手と対峙する為にアイツが待ち構えている場所に行かなければならない。
……レオンとは、せっかく気持ちを通い合わせることが出来たのだ。
我が儘かもしれないけど、今はレオンと少しでも一緒にいたかった。
「……君からそんな申し出を受けることが出来るなんて……! ああ、女神よ、感謝致します!」
感動した表情で胸に手を当て祈りを捧げ、さっそく、と言わんばかりに私のいるベッドに入り込んでくるレオン。
……ちょっ!? そこまで素早く私の意図を読んでくれなくて良いよ!?
「……リコ、僕の恋人。どうしたの? 今なら君のどんなお願いも叶えてあげられそうな程幸せな気持ちだよ」
ギュッと私を抱き締めて幸せそうに吐息を漏らすレオン。
私は、そんな彼の唇にチュッと音を立てて唇を当てる。
……ものすっっごく恥ずかしかったけど、リコさんは約束は守る人なので!
「……私の秘密を話したら、貴方の唇を奪うよって約束したもんね。
……フフ、ごちそうさま」
黒リコさんのフリをしてそんな事を言い放つと。
「……へぇ? この状況でボクを煽るとか……覚悟は出来てると思って良いんだね?」
黒リコさん撤退! そして今までで一番黒いレオン様のご降臨!!
だって約束しちゃったから! それは守らなきゃいけないと思っただけです、レオン様!!
「……ホント、君には敵わない。多分一生敵わない気がするんだよね……。
今日はハグだけで許してあげるけど……次にこんなことをしたらどうなるか……覚悟するんだよ? リコ」
再び私をギュッと抱き締めたレオンが幸せオーラ全開でそう言った。
……それってアレですか。ピンクな世界の事ですか!?
そりゃまぁ、想いを通わせた以上、いつかはそんな日も来るかもしれないと思ってはいるけど……
「……リコ、大好き。この想いだけは絶対に誰にも負けないから……。
……ボクだけの君でいて」
抱き締める腕にグッと力が籠る。
それだけで私はもう、世界で一番幸せになれちゃうよ。
「……私だって……。頼まれたってもう側から離れてあげないんだから!」
そっとレオンを抱き締め返す。
幸せに包まれたまま私達は、近いうちにきっと対峙するだろうあの面倒臭い夢幻王の事を意識から追い払い、ただ、ただその幸せな時間を噛みしめたまま、眠りについたのだった。
……グフフ、幸せ過ぎてごめんなさい。
お読み頂き、有り難うございました!




