第四十五話 夢幻王・ディール
蒼水晶の電灯に照らされた夜のサウスの街を、レオンと手を繋いで歩く。
私達の右手の薬指には、お揃いのあの指輪。
「本当は左手に嵌めてあげたかったけど……突然のことだし、もっと素敵なシチュエーションを用意するから待っていてね」
結婚指輪は左手に嵌めるという習慣はこの世界でも同じなんだそうだ。
レオンが照れくさそうに……だけどとても幸せそうに私の指に嵌めてくれ、
「……リコも、お願い」
そう言われて渡された指輪を、ドキドキしながらレオンの指に嵌める。
その場所が教会だったこともあって、なんだかとてもロマンチックな雰囲気だったんだから。ウフフ。
他でもない、初恋のレオンとこんな風に心を通わせることになって、今、私は世界で一番幸せな気分だ。
生まれて来て良かったと思えるくらいの幸せ。
こんな気持ちをくれたレオンには、本当に感謝の気持ちしかない。
恋人繋ぎで手を繋ぐレオンをふと見上げると、その視線に気が付いたレオンもまた優しく私を見つめてくれる。
「……ボク、今世界で一番幸せかもしれない……」
そう呟くレオン。
いやいや! 私の方がきっと幸せだと思います!!
でも、幸せにばかり浸ってはいけないね、と私とレオンはその後少し話をした。
まず、この指輪のこと。
瑠璃の言い付けで私とレオンが受け取ってしまったけれど、その価値は確かな目を持つ人に鑑定して貰った上でフォレスにも貨幣として分配しようということ。
あくまでこれはパーティーとして請け負ったお仕事の報酬だからね。
そして、これからも冒険者としての生活続けるのであれば、フォレスにも気を遣わなきゃいけないね、ということ。
特に私は生まれて初めての両想いということもあり、浮かれてしまうかもしれないけど、フォレスに居心地の悪さを感じさせてしまう訳にはいかない。
ちゃんとフォレスと話をして、それでフォレスが一緒のパーティーにいるのは嫌だと言うなら仕方がないのかもしれないけど……。
出来れば彼とも、まだ一緒に旅をしたいと思っている。
時々残念だけど、あれですごく頼りになるしね。
「……まぁ、最初はちょっと拗ねるかもしれないけど、甘い物でも与えておけば大丈夫じゃないかなぁ……」
冗談っぽくレオンはそう言うけれど……うん、私もなんとなくそんな気がしちゃいます……。
それから、瑠璃の言う私に迫る危険のこと。
正直、私にも全く予想がついていないのだけれど……あの瑠璃が焦る程の危険だというのだ。用心に越したことはない。
「……せっかく手に入れた君を傷つけるような真似、ボクがすると思う?」
レオンが男の子の顔でそう言ってくれる。
それはとっても嬉しいけど、私は私で自分の身くらいは守れるように、今まで以上に気を付けて行こうと思う。
私だって大切なレオンを危機に曝したくないんだから。
そうしてフォレスと瑠璃がいるだろうベルツ家の門の前で、突然レオンが立ち止まり、チュッと私にキスをする。
……ちょっと、レオン様!? あんまり人前でイチャつくのは止めようねって話してたばかりじゃないですか!?
「……ここに入ったら皆のリコだからさ……。ちょっとだけ味わっておいた。
……ごちそうさま」
楽しそうに笑うレオン。
もぉぉぉぉーーーー!!!!
生まれて初めて出来た私の恋人は、もしかしたらとっても我が儘で独占欲が強い人なのかもしれません!!
そうして門を開くと、玄関の方から使用人さんが駆け寄って来て案内してくれる。広間に皆が集まっていると言うので連れて行ってもらうと、
「よっ! ご両人っ!」
とフォレスが早速冷かして来るではないか。
もうっ! これでも私、気まずくならないかとちょっとだけ心配してたのに!
瑠璃が作ってくれただろうソーダを片手に上機嫌になっている。
アナタ本当に扱い易すぎて心配だよっ!
『無事に指輪を交換したらしいの。金髪、良くやった!』
瑠璃も安心したように笑ってサムズダウンで私達を迎えてくれる。
……ちょっと! その下品な仕草教えたのフォレスでしょ!? 止めなさいよ、世界最強龍種になんてこと教えてるんですか!
瑠璃ってば絶対解ってないじゃん!
「やめなさい、瑠璃!」
私は思わず叫んで瑠璃に駆け寄った。
キョトン、と不思議な表情で首を傾げる瑠璃。
『間違ってはおらぬだろう。妾だってこんな状況でなければあの金髪にお主を託すなどしたくなかったもん……』
ぷくっと瑠璃が頬を膨らます。
「瑠璃ってば可愛すぎてズルいと思うのよぉぉーーーー!!」
思わず叫んで瑠璃をギュウギュウ抱き締める。
なんなのこの子!? 私を悶えさせてどうにかする気なの!?
「……おいレオン、お前本当にアイツ誑かすことに成功したの?」
「……言うなフォレス、ボクも何だか自信がなくなって来た……」
離れた所でレオンとフォレスがそんなことを言っているけど、今の私は瑠璃に夢中なのです!
美少女の誘惑とは神代の時代から人類が抗うことの出来ない永遠の甘美なのですっっ!!
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そろそろ夜も更けて来たので皆さまお休みのお支度を、と使用人さんに言われ、私達が用意してくれた部屋に移動しようとしたその時。
難しい顔をした瑠璃が言った。
『今日だけは璃心を一人にしてはならぬ。妾も今夜は璃心の側におることにする。
……おい金髪、浮かれる気持ちは解るが今夜だけは自重せよ。出来れば寝ずに璃心を護れ』
なんだか不穏な雰囲気だ。
けど、レオンも疲れているだろうし、寝るなというのは……
「了解した。水龍よ、貴女に従おう」
えー……。正直私、徹夜とか絶対無理なんで寝ちゃうと思うんですけど……。
一体私に何が起きるというのだろう?
『璃心、お主が眠りの世界に引き込まれるのは仕方のない事じゃ。特に今夜はな……。
だが、心をしっかり持てよ。妾を友と呼んだこと、心を通わせた者のこと、決して忘れるな。そしてその指輪は今夜だけは決して外してはならぬ』
水龍の威厳を放つ瑠璃。
なんだかすごく心配だけど、その時私はもう既に眠くて眠くて、意識が半ば飛びそうな状態だった。
……いくら私が寝付きの良い子だからって、人と話をしている途中で寝てしまうなんてことは一度もなかったのに……。
『……チッ、来たか。思ったより早いの……』
瑠璃、だめだよ、かわいい子が舌打ちなんかしちゃ……
「リコ……」
心配そうな表情のレオンが今にも崩れ落ちそうな私の身体を抱き止めてくれる。
「レオン……だい、すき……」
そんな事を呟いたと、思う。公衆の面前で。
だけど、それを最後に私の意識は何かに乗っ取られるかのように、夢の世界へと落ちて行く。
「リコ!」
大好きな人の声が、優しく私を包んでくれるのを感じながら。
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ふと、意識が覚醒する。
……何処だここは。私の知っている現実世界ではない。
そこはどこまでも白く、何の遮蔽物もなく、雲のようにフワフワした足元ながら、確かに足を踏みしめている感触のある、不思議な世界。
太陽とも月とも違う眩しい光だけが、その真っ白な世界を照らしている。
歩いているのか立ち止まっているのかすら解らない状態の私の耳に、何処からか声が聞こえて来た。
「やぁ、リコリア! やっと会えたね!」
そう言ってフワリと私の前に降り立つ男の人。
……リコリア? 誰の事を言っているの? 私の名前は一之瀬 璃心ですけど。
どなたかとお間違えじゃありませんか?
「何を言っているの、リコリア。折角会いに来たって言うのに」
……や、ですから人違いですってば。私、そんな名前じゃありませんし。
「……やっぱり記憶は飛んでしまっているようだね。まぁ、良いけど。そんなの僕には関係ないしさ」
男の人が楽しそうにそんな事を言う。
……貴方はだぁれ? 私を知っているの?
「知っているくせに。リコリア、僕の名前を呼んでくれたら、もう少し話がしやすいようにしてあげる」
そう言われ、私は意識をその男の人に向ける。
漆黒のその髪は、半分だけをその秀麗な顔に落とし、もう半分は複雑な形で編み上げられている。
何処までも白いその肌を彩るのは、炎のような揺らめきを持つ金色に縁取られた紅い瞳。
その印象的な瞳が輝く目尻には一筋の紅色が添えられていて、とても色っぽい。
スッと通った鼻筋の下にあるのは、意地悪そうに片端を上げる薄い唇。
見た所、二十代半ば頃に見える男の人。
……それにしてもまぁ、またしても美形である。本当にどうなっているんだ、この世界は!
正直、私の好みではないけど、藤子曰く、小説の中で一番私に似ていると言わしめたあの男にそっくりだ。
見れば、金の縁取りがなされた真っ黒な貴族服と言い、これ見よがしに赤い宝石で止められた漆黒のマントといい、これってまるで……
「ディール……、ディール・ユーグレスタ……」
心眼で裏付けも取り、思わずその名前を呟くと、その男の人は「良く出来ましたー!」と拍手をしながら楽しそうに笑った。
「約束だからね、少しの間、夢の中でも感覚が伴うようにしてあげる。……その方が僕も話しやすいしね」
男の人がそう言って私に向けて手を掲げ、何かを呟くと、慣れ親しんだ自分の身体がその場に顕現するのを感じる。
意識だけだった時よりもハッキリした感覚で長身のその男の人を見上げると、
その人はとても楽しそうに首を傾げて微笑みながら言った。
「おかえり、リコリア。待っていたよ」
両手を拡げて私を迎えようとしている男の人。
あの残念淫魔のメリアが大好きだと言っていた魔族──ディール、ディール・ユーグレスタ。
小説の中では、夢と幻を司る夢幻王として登場していた面倒臭い男だ。
……コイツまでこの世界には実在するのか……。
出来れば関わりたくなかったんだけどな……。
夢幻王・ディール。
魔族は現実世界と虚飾世界に生きる種族に分かれていて、力や魔力、富や権力、そして七つの大罪──高慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・色欲・暴食を司るのがいわゆる『魔王』、
そして、現世とは全く関係のない夢の世界で、ただただ自分の欲求に従って生きる虚飾の世界の魔族たち──彼らを従えるのが『夢幻王』ディール。
小説の中では、そんな設定にしていたように思いますけども。
「正直、関わりたくないので目覚めても良いですか?」
実体を伴った私はその人に言った。
だって魔族の……特に虚飾に生きる側の人達の行動原理ってワケわかんないんだもん!
面倒臭いし、出来れば関わりたくないんだよ。
……ここにはレオンもいないしさ。早くレオンに会いたいんだよ、私は!
想いが通じ合ったばかりの可愛い恋人たちの邪魔をしないでくれるかな!?
「可愛くないなぁー! 君が生まれた時から見守っていたのは僕だって言うのに。
それに何? ついにあの金髪と再会を果たしちゃったばかりか籠絡しちゃってさ!
本当に面白くないんだけど! 君は僕のって決めたのに!」
ぷぅっと頬を膨らませてディールがそんな事を言う。
……知らないよ! 誰がいつ、貴方の物になったって!?
そりゃあ、リコリアさんなる人はそうかもしれないけど、私は違うんだからね!
「……ふぅ~ん? あくまで自分は璃心で、リコリアとは違うって言い張るんだね、君は」
え、何? コイツも思考を読めちゃう系?
まぁ、ここは多分コイツの創った空間なんだろうし、そのくらいは出来て当然かもしれない。
心底面白くない、といった態でディールが私に近付き、触れようとしたその瞬間。
バシッと静電気のような衝撃が走って彼のその手を弾いてくれた。
「いってェェーー!! 何コレ、まさか龍の加護!?」
弾かれた手を振りながら面白くなさそうにディールが呟く。
瑠璃か。
もー本当に可愛いんだからあの子は!
「……本っっ当に面白くない! 君ってそんなにタラシだったっけ!?
いつも幸せそうに眠りこけていただけじゃん! なのに何でそんなに周囲の人達を誑かしまくっているワケ!?
……くっそ、異世界か。あの国は本当に厄介だよ……、平和で優しくて……その愛情を惜しみなく与える事を疑問にも思わない」
チッ、チッと何度も舌打ちしながらディールが忌々しそうに呟いている。
「……そんなの、デュレクの人達だって同じだよ。
虚飾の世界にいる貴方には解らないだろうけど……人はね、いつでも労わり合って生きているの。
自分の欲望にしか素直になれない貴方には解らないかもしれないけど」
藤子にコイツはあんたに似てる、と言われる度に猛烈に反発するくらい、私はコイツが苦手だった。
その行動は本当に不思議なくらい……レオンを描いていた時よりも明確に想像出来てしまっていたのが口惜しいけれど……。
自分の欲望にだけ忠実で、思い込んだら命がけでそれを全うしようとする魔族。
人の迷惑とか全く考えないコイツは、いつか絶対にレオンとフォレスに屈する姿を書こうと思っていたのに……!
「僕があんな人間に負ける訳ないじゃん。君がそれを書けなかったのも、そんな未来は決して存在しないから。
……ねぇ、君が異世界で書いていた小説はさ、確かに君のあの金髪に対する記憶が根底にはあるけど……。
悪役の僕だって人気があったじゃん。何故だか解る?
……人間はね、いつだって自分の欲望に忠実でありたいと願っているから。
そして、強い力でそれを実現する僕の姿に自分を重ねてスカッしていたからだよ。
決して叶わぬ願いを、自分に代わって叶えてくれる夢みたいな存在だからね、僕って」
……なんだコイツ、私の小説の事まで知ってるのか……。
まぁ、これは夢だしな。所詮は虚飾の世界だ、言いたい事を言ってやろうではないか! わはは!
「そんな訳ないでしょ。悪役はいつか正義の味方に退治されるからその存在を許されているんだよ。
……私は、貴方みたいな人、大嫌い! それは確かに、小説を盛り上げてくれたし、ダークヒーローが好きな人は一定数いるから人気はあったけどさ、
小説を読んでくれた人の殆どはレオンのファンだよ。だってレオンは世界で一番格好し優しいし……格好良いんだからね!」
……私の語彙力さん、レオンを褒める時くらい仕事をしてくれますか……。
小説を書いていた身として、そろそろ恥ずかしいです……。
「どうせ夢だし、二度と貴方に会う事もないだろうから言っておくけど……虚飾はいつか現実に気付いた人達に捨て置かれるもの。
ひと時の夢を見たくて、人間は小説や漫画を読むの。こんなこと絶対ない、と認識しながらも、それでも現実逃避をしたくて。
でも、現実から逃げ切ることなんか決して出来ないんだよ。小説を読み終わったらみんなちゃんと現実に帰る。
一番大事なのは現実だって、誰もが知っているんだから。
虚飾を現実にしちゃってる貴方なんか、小説の中だから受け入れて貰えたけど、現実にいたら迷惑なだけだからね!」
そう、どうせこれは夢だ。
夢は所詮、夢。現実には成り得ない。
「……へぇ、言うじゃないか、リコリア。
あの金髪が君に語った熱烈な告白も夢かもしれないってのに?」
意地悪くディールが微笑む。
……本当に馬鹿だなぁ、この人……。そんな煽りが私に通用する筈もないのに。
「貴方、本当に残念な人だね……。
夢の世界にならともかく、確かに現実を生きているって実感している私が、あの幸せな告白を夢オチで終わらせるなんて、そんなの作家の隅にも置けないでしょ!
例えレオンと離れることになっても、私はあらゆるご都合主義を展開して自分をレオンの側に戻して、二人は幸せに暮らしましたまる。
……そんなハッピーエンドな結末にしてみせるよ!」
レオンとの結末はハッピーエンドでは終わらないけどね!
小説には終りがあるけど、私とレオンの人生はずっと続くんだからね!!
「……ホントに可愛くない! 君をそんな子に育てたつもりはないのに!
良いよ、リコリア。あの金髪と君の絆、試してやろうじゃないか!」
……貴方に育てられた覚えはないよ! と、私が精一杯の威嚇をディールに送る。
きっと全く怖くはなかったと思うけど。
「……北においで、リコリア。北の果て、ノーボルク山の山頂。
さすがにデュレクの都市部では女神の加護が強すぎて僕の力も半減しちゃうけど、あそこなら魔界とも近いし、僕も魔力を存分に使えるから。
君一人でおいで、と言おうと思っていたけど、気が変わったよ。
絶対にあの金髪も連れて来て。目の前で再度君を奪われる絶望を、アイツにもう一度与えてあげる。
……解ってると思うけど、もし来なければ僕は何をするか解らないよ?
人間と魔族の不可侵協定なんか僕には関係ないんだから。
虚飾が現実に捨て置かれるなんて言い切った君だけどさ、人はそれでもやっぱり幸せな夢を見たいものなんだよ。
夢の世界を操る僕が、その夢を絶望に変え、心を壊すことなんて簡単なことなんだからね。
……いいかい、必ず来るんだよ、リコリア。この世界がどうなっても良いと言うなら僕はそれでも構わないけど。
……そんなことは思っていないんでしょ?」
待っているからね、と告げ、ディールの姿がかき消える。
……その瞬間、夢幻の世界が消え、私の意識は闇に落ち……
「リコ……!!!!」
大好きな人が呼んでくれる現実の世界に戻ろうとその意識を集中した。
……レオン。私、今、ものすごく貴方に会いたいです。
その優しい空色の瞳が、すごく恋しいです。
お読み頂き、有り難うございました!




