第四十二話 水龍・ヴァライア
『対話を望むと言うのなら名を教えてくれぬか、小さきヒト族の娘よ。
真名を呼ばれるのは久方振りでの。暫しの対話を妾も楽しみたいのじゃ』
水龍のそんな声が響いて来る。
楽しそうな声色のそれは、それでも威圧的で私の意識を乗っ取ろうかとするようだ。
この声はきっと他の皆にも聞こえているだろうし……アーシェさんにも聞こえているんじゃないかな。
黒リコさん、お仕事頑張りましょう!
「リコ、一之瀬 璃心と申します、ヴァライアさん。しがない人間に過ぎませんが以後お見知り置きを」
水龍の前に立ち、深く礼をする。
そんな私の様子を見て、水龍の瞳が三日月型に細められたのが見て取れた。
……笑った?
『……璃心、と申すか。そなた、美しい魂を持っておるの。妾ですら目を奪われるようじゃ。
どのように生まれ、過ごせばそのような煌めきを持つに至るのか……是非教えて欲しいところよ』
ククッ、と水龍が笑い声を漏らす。
……えー、なんだか予想外に評価が高いのはなんだかちょっとやり難いな……。
私なんて結構邪念にまみれた現代日本人だと思うのに……。
ヘクターさんといい、水龍さんといい、魂の光とやらが何だか私の評価を爆上げしてくれちゃってるよね。
……ガッカリさせないように気を付けよっと……。
「ヴァライアさん、私も時間があれば貴方との対話を楽しみたい所ではあるのですが……それは是非別の機会を設けて頂けると嬉しいです。
今はサウスの人々が逼迫している状態なんです。……貴方とて、知らない筈はないでしょう?」
その私の問いに、水龍はフン、と鼻を鳴らし……ついでにブレスも同時に吐きながら言った。
『知っておるとも。原因が守り神たる人魚を悲しみに突き落したそこの人間であることもな。
……人魚は妾が盟友よ。かの歌声が孤独にあった妾の唯一の慰めであったのに……』
クワッとその瞳と口が大きく開かれる。
途端にその周囲を光のオーラが包み、圧倒的な威圧感が私を襲って来た。
その衝撃に思わず尻もちを付いた所で、レオンが私を呼んで駆け寄ろうとして来た気配を感じたので
「大丈夫! まだ話は出来る。私を信じてレオン!」
と、その動きを制する。
だって激情に任せて私の前に立ち塞がってしまったら、きっと水龍の機嫌を損ねてしまう。
対話を許されているのは私だけなのだから、レオンと言えどもその間に入る事は許されない筈だ。
『……賢明な判断だの。我が前に立とうものなら食い殺してやった所よ』
「フォレスゥゥ~~!! レオンを羽交い絞めしておいてぇぇーー!!」
私は思わず絶叫した。
サムズアップで頷いてくれたフォレスに私も渾身のサムズアップを返す。
ごめんレオン、心配してくれるのは嬉しいけど、今は自重して下さい!
『クク、冗談じゃ』
ヴァライアさぁ~~ん!! 解り難い冗談はやめて頂きたいです心臓に悪いです!!
『……して璃心よ、お前は人魚の現状を知っておるのかえ……?』
水龍の雰囲気がフッと変わる。
威圧感は相変わらずだけど……友達だと言うアーシェさんを心底心配しているような雰囲気。
……なんだか、藤子を思い出してしまうな。
あの子も大概ツンデレだったからなぁ……。私を散々扱き下ろした後、デレる発言で私を虜にしていたっけな……。
私は付き合いの悪いタイプではなかったから、他の子ともそれなりの友情を築いていたけど、
親友、と呼べるのは生涯にただ一人、藤子だけだと、今でも思っている。
藤子なら私が結婚して子どもを産んでも、その子を私以上に真剣に叱ってくれると思うし、
私も彼女の子どもは……溺愛してしまう自信があるな……。
『……璃心よ、主は良き友を持っているようじゃの。主の思考に表れたその人間……その者もまた煌めく魂を持っておる』
突然、水龍がそんな事を言い始めた。
……ま、まさか私の思考が読めるとかじゃないですよね!? 私結構、内心では恥ずかしい姿を晒しているんですけど!?
『妾に解らぬ事などないわ……異世界の事であろうとな』
キャアアアアーー!!?? ヴァライアさん、私のその異世界設定はトップシークレットですぅーー!!
『世界に数体しか現存せぬ龍種。我が前で隠し事など詮無きことよ。
璃心、そなたの故郷ですら、妾は知っておる。……顕現することは叶わぬがの』
そう言われてハッとする。
この世界でも全知全能の存在と言われている龍種。
永遠を生きるという彼らなら、きっと私がこの世界にやって来てしまった理由も知っているのかもしれない。
……今、ここにヒントがある。
私が何故ここに来たのか、戻る手立てはあるのか。
もしあるのなら、元の世界に戻るのか、それともこの世界で生きる決意を固めるのか……。
いつかその選択をしなければならないと、いつだったかそんな決意をしたような気はするけど……。
「……ヴァライアさん、今は私の話は良いです。まだどちらも選べない。
今の私は、アーシェさんとサウスを救う為に来た、一人の冒険者に過ぎません」
……私は保留した。
だって今は知りたくない。今はレオンと離れることなんて考えたくない。
そしてこれは、私の事情とは関係のない──仕事だ。
自分の状況や感情に流されて話の流れを変えるなど、あってはならないことだ。
『……良い瞳をしておるのぅ、璃心。
その美しい魂と名前に免じ、今は忌々しい人間共の存在を抜きにして話そうではないか。……妾はそなたが気に入った』
……ヤバい、龍族ハンパない……。
何もかもお見通しの相手との対話なんて旅人の服を着てひのきの棒と鍋の蓋でラスボスに挑むような絶望的な状況じゃないか!
『妾の姿は少々威圧が過ぎるからの……この姿で話をしようぞ、璃心』
そう言うと、水龍が光に包まれ、それが終息するにつれてだんだん小さくなって行く。
眩い光が消えたその時、その場にいたのは水色の髪の毛を二つのお団子に結んだ、チャイナ服みたいな服を着た可愛い女の子だった。
……もうね、可愛いとしか言い様のない女の子。
もともと、可愛い女の子にはメロメロになっちゃう私だけど、ヴァライアさんの姿は本当にヤバい。
眉毛のあたりでパツンと整えられた前髪といい、ルビーみたいな輝きを放つ大きな赤い瞳といい、気が強そうな唇といい、白桃みたいに頬にだけピンク色の乗った白い肌といい、少しだけ尖ったお耳といい……。
サラちゃんやティナちゃんといった美少女達と出会い、だいぶ美少女には見慣れて来た私だけれど、人化ヴァライアさんの姿はハッキリ言ってドストライク。
生まれ変わったらこんな美少女になりたいな、と思い描いていた美少女の顕現といっても過言ではない程だ。
その上この口調でしょう……?
美少女についてはツンデレ属性が強い私にとっては威厳よりも萌えを感じてしまうんだよね……。
と、内心で悶えまくっている私に、その紅い瞳がつい、と私に向けられる。
『璃心よ、妾の真の姿まで晒させるとは、お主の魂の煌めき、まこと恐ろしきものよ』
小学生くらいにすら見えるその姿。
けれど、威圧的な雰囲気や紅く爛々と輝く瞳は、彼女が確かにヴァライアさんだと感じさせ……
「……可愛い……!!」
感じているのに呟いてしまう私のお口の残念さ!
だって仕方ないじゃんか、お人形さんみたいに可愛かったんだから!!
『……お主は少し、緊張感という物を学ぶべきじゃの……』
そう呟く水龍さんの言葉に、背後でイケメン三人がウンウンと頷いている。
私だって好きでこんな残念な性格やってるワケじゃないよ!
この世界の人達が軒並み美形過ぎるのが悪いんだからねっっ!!
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『璃心、お主の世界に伝わる人魚の伝説、それは全くの虚飾ではないのじゃ』
ヴァライアさんが蒼水晶の床に同素材の椅子を顕現させ、それに座って語り出す。
尚、私にも同様の椅子が用意されているけど
『……妾は男は好かん。主らは立っておれ』
後ろに立つ三人のイケメンは突っ立ったままです……。
うう、私ばっかり楽をしてごめんなさい……。
『人魚、という種族はの、妾と同じくこの世に常に自身しか同種のおらぬ孤独な存在なのじゃ。
そして、妾と違い、一生に一度、愛を捧げた存在が現れた時、その慈愛をその者の住む土地に与え、それが果てた後、泡となり消える』
人化したことで、ヴァライアさんの表情はだいぶ解りやすくなった。
今、彼女はその大きな紅い瞳を静かに閉じ、溜め息を吐いている。
……正直に言いましょう、ものっすごい可愛いですが、そんな事を言える雰囲気では全くありません!
『今代の人魚──アーシェと名付けられたあの人魚も、唯一の相手を見つけ、幸せの歌を歌っておったのよ』
いつの間にか顕現させたテーブルに蒼水晶のコップを取りだし、液体を注ぎ……
『お主なら気に入るだろう、璃心、飲め』
と、勧めてくれた飲み物。
「うっわ、ソーダですね!?」
『主の知識を顕現させて貰ったぞ。美味そうじゃ』
嬉しそうに呟いてクイッとソーダ水を飲むヴァライアさん。
……本体はあの怖い水龍さんだと理解していても……うう、可愛いです……!!
『……全く、お主の知識は放っておけぬ程の危険が詰まっておるな……。
……まぁ良い。妾も楽しませて貰うとしようか』
そんな私たちを、フォレスが指を咥えて眺めている。
……いつか作ってあげるからその物欲しそうな表情はやめなさい、残念すぎるから!
『人魚という種族は、羨ましい程に一途な種族。
その一生で一人の男しか愛せぬが、生涯を賭して己を愛する者を見極める目には長けておる。
妾も何代もの人魚と関わって来たが、今代の人魚は稀に見る美しき歌声の持ち主でのぅ……。
広い広い海の底、孤独で生きる妾の心を癒してくれておった……』
ヴァライアさんが遠い瞳をしながら静かにそう語る。
……ソーダを飲んだ後のゲップを我慢するのに必死になんて……なってないんだからね!?
『人魚は耳で聞ける声は持ち合わせておらん。思念波と呼ばれる意識でのみその意思を伝えることが出来るが……これは心を寄せた雌にしか通じぬという特性があっての。
故に、お主が自分が王子などと語った所で人魚には通じておらぬよ』
なんですって!? 恥を忍んで語ったあの設定が最初から見破られてたですって!?
……ドヤ顔でアーシェさんに言っちゃったよ、私。恥ずかしくて死ねる……!
『それ故、妾と人魚は孤独を知る者同士、この海底で親交を深めておった。
来る日も来る日も共に語り、歌を聞き、魔物達に声を捧げ、この海を護っておったのだ。
……人魚にいつか愛する存在が出来、その幸せを慈しみ見守ることになど、妾は慣れておるからの……』
今では可愛らしい女の子の姿をしているヴァライアさんが、寂しそうに目を伏せた。
孤独で海底を護ることはきっと、彼女にとっては課せられてしまった使命なのだろうけど……。
いくら水龍が全知全能な存在だろうと、慰めてくれる友達に心を寄せない訳はない。
きっと何代もの人魚さんたちとそうして親交を深め、やがて愛する人を見つけて消えて行く彼女たちを見送っていたのだろう。
……私なんかには想像を絶する寂しさだ。
「……けど、ヴァライアさん、貴女程の存在なら、ローザさんの言葉が嘘だなんてこと、とっくに見抜いているのでしょう?」
不思議に思った私が尋ねてみる。
嫉妬に駆られてしまったローザさんの言葉なんか、思考すら読み取れるヴァライアさんには一笑に付す程度のものだろう。
それをアーシェさんに教えてあげれば、こんな事態にならずに済んだかもしれないのに……。
『人魚も知っておるよ。彼女はそこな人間を心から信じておるし、その愛が偽りのないものであることも、本能で感じておる。
……だが、人魚は不安を抱いてしまったのじゃ。
自分が人間を愛してしまった事で、相手から普通の人間としての幸せを奪ってしまったのでは、とな。
……人魚に子は成せぬ。愛した男が没した後泡となり、その一粒から次代が生まれるのは覆せぬ事実だからな』
呟くようにそう言ったヴァライアさんがふと、神殿の奥を見やる。
その視線を追えば、悲しい表情で石になってしまっているアーシェさんと──目が合った気がした。
その表情はこの世の全ての悲しみを集めたような絶望に覆われていて、痛々しいなんて軽々と口には出来ない程だ。
……けど、ヴァライアさんからその真実を聞いた今、エリックさんと結ばれない悲しみよりは、自分の存在が彼に与えてしまう影響についての絶望だと知り、
すごく、すごく胸が痛くなる。
「……そんな……そんなこと……! アーシェ、僕には君さえいれば……!」
エリックさんが突撃して来ようとする気配がしたので、
私は振り向いて目だけでフォレスにGOの指示を与える。
頷いたフォレスが右手にレオンの襟首を掴んだまま、エリックさんに膝カックンをかまして転ばせ、その上に座り込んでいた。
……グッジョブです、フォレスさん!
『今代の人魚は美しい歌声と並び、歴代でも稀に見る優しき心──優しすぎる心と頑固さが随一でのう……。
自分さえいなければ、と今でも思い込んでおるわ。妾の声も聞こうとせぬ。
故に妾はここに留まり、石となった人魚を護っておるのだが……そろそろ何とかせねばならぬかの……』
……ごめんなさい、なんだかちょっぴり残念の気配を感じてしまっているのですが。
つまりアレですか、両想いなのに、自分ではエリックさんを幸せに出来ないと信じ込んだアーシェさんが自ら石の中に逃げ込んでいるとか、そういう事ですか?
『その通りじゃ、璃心。主は聡いの』
思考を読むの止めて下さい、ヴァライアさん!
そしてアーシェさんもそんな阿呆な思考は捨てましょう!
自分のせいでアーシェさんが石になってしまったと思っているエリックさんのやり切れなさが勿体ないです!
それに、その後悔の念を撒き散らすことで魔物が海底神殿に戻れずにいて、サウスにどんな影響が出ているのか知った方が良いです!
『そう言ってやるな、璃心。今代の人魚は生まれてまだ十年程しか経っておらぬのだから。人の心の機微を悟るなど無理なことよ』
十歳児ーーーー!!??
そりゃまぁ、その年齢なら私だってまだ木に登って遊んでいた時代だけどさ!?
今までの荘厳な話の流れは何なんだ! ただの子どもの初恋と思い込みじゃないか!
『先代の人魚の番がサウスにて亡くなり、人魚が世代交代をしたのはつい先日のことのようじゃのう……。
かの者はなかなか愛を見つけられず、永く妾と共におってくれたが……。
娘を頼むと言われた故、見守っておったのよ。その歌声は確かに歴代稀にみる素晴らしきものだったしの。
……じゃが、今代の人魚の番は素晴らしき早さで出会ってしまったものよ』
ぷい、とそっぽを向きながら頬を膨らませるヴァライアさん。
「……ねぇ、ヴァライアさん、まさかアーシェさんがあまりに早く相手を見つけてしまったから、面白くなくてエリックさんを脅したり……してませんよね?」
嫌な予感を覚えながら私がそう尋ねると。
『……寂しかったんじゃもん』
こらぁぁぁぁーーーー!!!!
いくら可愛い顔してるからってそんな可愛い表情でほっぺを膨らましたってリコさんは絆されませんよ!
『それに、人魚が妾の話を聞かぬのも事実だしの。
石化の呪いを解く方法はただ一つ……璃心、お主なら知っておろう?』
ニヤリと笑うヴァライアさん。
私の国の物語の中では、それは王子様のキスだけど……まさか……!?
『王子が来ねば、呪いは解けんからのぅ……!』
その可愛らしい容姿に似合わぬカッカッカッという渋い笑い声を神殿に響かせ、ヴァライアさんがとても楽しそうに笑っている。
世界中から崇められている水龍ともあろう存在が、幼子の人魚とその恋人で遊ぶのは止めなさい、残念すぎるから!
……はぁ。この世界の脅威の原因って、もしかしてこんなものばっかりなのかな……。
事実なんか知らない方が幸せってことがあるのかな……。
なんだか人生の機微を知ってしまった気分だよ……私だってまだ女子高生なのに……。
あえて言おう、『残念』であると。
……うう、言いたくなかったよぉぉぉぉーーーー!!!!
お読み頂き、有り難うございました!




