第四十話 ブラックジャック
そして翌日。
私はお借りした客間で目が覚めた。
ちなみに今日は、大不評だった目覚まし爆音の代わりに、レオンから貰った通信具の石に、太陽が完全に顔を出したら定期的に重力がかかったりなくなったりするイメージを込めて寝てみた。
イメージは胸の上で浮いたり沈んだりして心地よい振動を与えてくれるバイブレーション。
……だけど、寝相の悪い私は折角イメージ通りに動いてくれていたネックレスを胸に乗せるどころか、
何故だか枕を足にして横向きになって布団の中に潜り込んでいた為、その効果の程は解らず……。
それどころか、頭と足が寝ている間に逆になるという器用な事をしでかした私の姿を見たフォレスの大爆笑で目が覚めた。
「ぶわっはっはっはっ!! お前、寝相悪すぎ!!」
朝から腹を抱えて大笑いしているフォレス。
……今日もとても元気そうですね。
けど、フォレスだってそんなに寝相は良くないんだからね!?
野営をしていた時、私が何度その長い脚を頭やお腹の上に乗せられた状態で目が覚めたと思ってるんだ!
「フォレスだって人のこと言えないじゃない!」
ぷくっと膨れてフォレスに言い返してやる。
……フンだ! 私だっていつまでも言われっぱなしじゃないんだからね!
「リコのくせに言うようになったじゃねーか。
……けどお前、涎のあと付いてるし、寝癖もついてるし、反論したって全然サマになってねぇぞ」
フォレスがそんな事を言いながらニヤニヤと笑っている。
……し、仕方ないじゃんか! 今起きたばっかりなんだから!
「……顔、洗ってくれば?」
ポスッ、と白いタオルが投げられ、それは私の顔面に直撃する。
コントロールは抜群だけどさ、フォレスさん、貴方はもう少しレオンから女の子の扱い方を学ぼうか。
……や……。レオンみたいなのが二人になっちゃったら私の心臓が持たないのでやっぱり貴方はこのままでお願いします……。
内心でそんな事を考えながら、でも、タオルを渡してくれたのは事実なので「……ありがと」と軽くお礼を言い洗面所に移動する。
……まったくもう、フォレスの私の扱いが、だんだん玩具からペットになっていってる気がするよ。
ペットならもっと愛玩しなさいよ!
まぁ、あれでフォレスなりに私を大切にしてくれてるのは解るんだけどさ……。
と、考え事をしながら顔を洗い、歯磨きをしていると、洗面所の奥にあるバスルームの扉がガラッと開く。
驚き、歯ブラシを咥えたまま固まる私。
バスルームから出て来た、太陽の化身みたいな綺麗な男の人と、鏡の中で目が合った。
「……おはよう、リコ。そんなに早くボクに会いたかったの?」
その麗人──ええい、わかってるよ、レオンだよ!──がニッコリと微笑んでくれる。
……下半身にタオルを巻いただけ、という非常に艶かしい状態で。
「キャアアアアーーーー!!?? ごめんレオン、シャワー浴びてたとは知らなくて……」
大慌てでタオルを抱え、洗面所から出て行こうとする私を、背後からレオンがふわりと抱きしめた。
……もう一度言いますね、レオンは現在、下半身をタオルで巻いているだけの状態ですからね!?
「……君がボクのベッドにいつ来るのか、待ってたのになぁ~?
お気に入りの枕がなかったから寝不足なんだ。
……ねぇリコ、君は? 君はボクが隣にいなくても良く眠れた?」
レオン様! 艶かしいお姿でそういう色っぽい事を言うのはやめましょう!?
「フフッ。冗談だよ。……今日も頑張ろうね、リコ」
そう言ってまだ寝癖が取れていないままの私の頭に、チュッとキスをした。
「ア……アハハ……、おはようレオン、今日も頑張ろうねっ!!」
このままでは出会ったあの日の鼻血事件の再来だ。
早く脱出しなければ……と、レオンの腕から素早く逃れ、ジリジリ後退していると、扉の外からフォレスの爆笑が聞こえて来る。
……あんにゃろ、知ってて私を洗面所に誘導したな……!?
「お邪魔してごめんねっ!」
そう言い残し、洗面所を後にした私は、持っていたタオルの先端を氷魔法でコチコチに凍らせ、
ブラックジャックよろしく振り回しながらフォレスへ襲い掛かった。
「フォレスぅぅーーーー!!!! 覚ぁ悟ぉぉーーーー!!!!」
「わっ!? ちょっと待てリコ! その武器はさすがに俺でもヤベェって!」
「頭を打てば賢くなれるかもしれないじゃんっ! 試してあげるっ!!」
「ふざけんな、元々俺は賢いっての! だから落ち着けって! 悪かったから!!」
部屋の中で朝からドタバタと走り回る私達。
……くっそー! フォレスのヤツ、特別技能まで使ってるから全然捕まえられる気がしないよっ!
「お前達、そういうのは部屋の中だけにしろよ? ……さすがにボクも恥ずかしい」
いつの間にか部屋に戻り、着替えを済ませたレオンが、呆れた表情で私達を眺め、溜息を吐いていた。
ハッと顔を合わせる私とフォレス。
しゅん、とフォレスが反省したようにスキルを切ったその瞬間。
「隙ありっ!」
とタオルのなんちゃってブラックジャックをフォレスの後頭部にお見舞いしてあげました。
……スッキリしたので、今朝はこの辺で許してあげるっ!!
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身支度を整え、部屋を出た私達をイザベラさんが迎えてくれた。
「おはようございます、皆さま。良くお休みになれまして?
……なんだかとても楽しそうでしたわね」
口元に手を当て、楽しそうに笑うイザベラさんに、レオンは「お騒がせして申し訳なかった」と微笑みながら軽く頭を下げ、
こちらを振り向いたその表情は全く笑っていないどころか……眼光で人を刺せそうなくらい怖い表情をしていた。
「……うへっ!?」
「……こっわ!」
戦々恐々とする私たち。
レオン様、恥をかかせてごめんなさいぃぃーー!!
「……次はボクも混ぜるように」
……そっちなのぉぉぉぉーーーー!!??
そうして、昨日も夕食を頂いたダイニングに案内されると、そこは焼き立てのパンの匂いに包まれていて、
席にはすでに昨日と同じ席にヴィムさん、エリックさん、ローザさんの三人が着席していた。
……てか、パンの良い匂いがものすごく胃を直撃するので、お腹よ鳴るなと私は人知れずドードー、とお腹を宥めるのに必死だ。
「本日も家族で同席させて頂くご無礼をお許し下さいね。
……これから海に入られるのですもの、しっかり食事をお摂り頂き、体力をお付け下さいませ」
そんな私の様子をクスクスと笑いながら眺め、案内された私たちは昨日と同じ席に着席させてもらう。
「……腹の音、聞こえたぞ」
フォレスぅぅーー!! 後生ですからそれは黙っておいて下されーー!!
だが、私たちが着席するとすぐに給仕さんがパンやスープやサラダ、フルーツといった朝食を取り分けてお皿に置いてくれたので、
私はお腹の音を発するモンスターに餌を与えるべく、美味しい食事に集中することにする。
時々、ヴィムさんとローザさんがエリックさんに絡もうとしているけど、
何故だか今朝のエリックさんはとっても怖い表情をしていて、さすがの二人もしゅん、と自粛しているようだ。
……瞳には涙すら浮かんでいるけどね……。
「……レオン様、本日の調査に、僕も連れて行って頂けませんか!?」
エリックさんがそんな事を切り出したのは食後のお茶を頂いている時だった。
……あ~、やっぱりか。
昨日、お部屋に戻った時に、私たち三人は、エリックさんもきっと行きたがるだろうねって話していたんだよね。
愛してしまった人魚の危機、そしてその原因が自分の妹にあるという事実。
……誰でもそう言うよね。
ここで一緒に行きたいと言わなければ、エリックさんの気持ちを疑ってしまった所だ。
「……エリック、言っておくけど、これは研究とも調査とも違うよ?
前回の調査では人間を襲うことがなかったという魔物も、今はどんな状況だか解らない。
しかも、君の話では水龍もいるんだろう?
……二度と来るなと言われている君がボク達のパーティーと行動を共にすることで、ボク達に危険が及ばないと言えるのかい?」
レオンが難しい表情でエリックさんに尋ねている。
……でもこれは最終確認だ。
今回の事件は人魚──アーシェさんの誤解から始まっている。
だから、それを止められるのはおそらくエリックさんしかいないだろう。
けど、水龍、という危険な存在を前にして、彼に覚悟がなければどうにもならない。
言ってみればエリックさんは今回の事件の『鍵』だ。
私たちも一生懸命守る手段は考えたけれど……彼自身に覚悟がなくては、自分達を危険に晒すだけ。
……申し訳ないけど、私は昨日出会ったばかりのエリックさんより、レオンとフォレスを優先してしまうだろうから……。
だから彼がアーシェさんに会いたいというただの恋情でこんな事を言っているなら、一緒には行けないね、と、昨日、レオンとフォレスと話し合ってそう決めたのだ。
そんなレオンの言葉に、エリックさんは決意に満ちた表情でこう言った。
「僕の命が尽きようとも、アーシェを救いたいのです」
……決まり、だね。
私たち三人が顔を見合わせ、軽く頷く。
この言葉を言ってくれるエリックさんならきっと大丈夫。
私たちも全力で彼を守りつつ、アーシェさんの悲しみを取り除こう。
「……わかった。エリック、正直、今回の件の解決には、君がいなければどうにならないとボク達も感じている。
その言葉を信じるよ。全力でフォローしよう。
……けど、良いね? 危険を感じたら必ず引くこと、どんな状況になってもボク達を信じること。
……そして、ボクの大切な仲間に危険が及ぶようなら、ボクは君を捨ててでも仲間を守る。それだけは、ボクも絶対に譲れないからね」
厳しい表情のレオンの言葉は、私たちの総意。
「一緒に人魚を悲しみの呪縛から救おう。……期待しているよ、エリック」
フッと表情を緩めてそう言うレオンに、私とフォレスも決意を込めて頷いた。
今回だけとは言え、これでエリックさんは私達の仲間だ。
日本にいる頃から憧れていた人魚姫。
やっと会えそうなこの状況で……彼女が泡にならずに幸せになれる結末を、私は見届けたい。
だから絶対に、どんな存在にも負けない、と、決意を新たにしたのだった。
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「座標の設定は僕に任せて下さい。そして皆さま、これを……」
浜辺からやや離れた所に立ち、エリックさんが私達に一対のイヤリングを渡してくれる。
「海に潜るには必須の魔道具です。息はおろか、身体の自由さえ奪われる状態を100%なくし、維持してくれます。
我々サウスの民は、ほぼ全員がこれを持っていると言っても過言ではないでしょう」
そう言って渡してくれたイヤリングは、水色のビー玉みたいな石の中に真珠のような石が埋め込まれていた。
「この白石に魔法が掛けられていて、周囲の蒼水晶がそれを維持・効果の継続を与えてくれている、サウス自慢の魔道具です。
ですが、効果はさほど長くもちません。海底神殿ではこの魔道具なしでも地上と同じ活動が出来ますが、海の中での探索は、もって三時間といった所でしょうか……。
それまでに海底神殿に入れなければ、必ず地上にお戻り下さい。
僕がタイムキーパーと案内を務めますが、皆さまも努々お忘れなきよう……」
そんな説明を受けながら受け取ったイヤリングを皆が装着しようとするけれど……
「ちょっと待って! 補助魔法を掛けておきたいの。
エリックさんの魔道具もあれば、一緒にお願いします」
私の声に、三人のイケメンが不思議そうな顔をして私を見ている。
……ギャッ!? そんなに真剣に見つめられたら緊張するじゃないですか!?
「……確信はないから期待しないでね。
けど、アーシェさんの声が聞こえて意識を失い、浜辺に戻されたっていう証言が三人分も重なっているから……」
調査に出向こうとしたギルド職員のカミルさん、エリックさん、ローザさん。
彼らが口を揃えて『音が聞こえたら意識を失って引き戻された』と教えてくれた。
「意識を奪う程の声なんてないし……高周波だと思うんですよね。
遮断するのは難しいけど、特定の音波だけを弾く事は可能だと思うから……」
『音波反射』と呟いて、私は目の前に差し出されたイヤリングに魔力を込めた。
もちろん、自分の分にもかけてます。
まぁ、高周波の知識なんて少ないので、『アーシェさんの音波を弾いておやりなさい』くらいの残念なイメージしかないんだけどね……。
尚、格好良い言葉を呟けたのは、昨日その原理を考えながらカッコ良い言葉を一生懸命考えたからです。
……ってか私、格好良い説明してる割には、やってる事がちっちゃくない!?
だけど私は、最大限の演技力を発揮して、私の中で一番博識そうな自分の顔をイメージして微笑んだ。
「……エリックさん、確か海に近づくだけで頭痛が酷いって仰ってましたよね。
それを付けて、近寄ってみてもらえませんか?」
私の声に頷いたエリックさんがイヤリングを身につけて、恐る恐る海に近付いていく。
聞いた話から、たぶんアーシェさんが発する音波が人々を遠ざけているんじゃないかと想像したんだよね。
だから、今回込めた魔力には『アーシェさんの音波を弾く』という限定的なイメージなんだけど……。
「……すごい、凄いですリコさん! あれだけ脳内を蹂躙したアーシェの悲しみが何かに弾かれているようです!」
おー、実験成功!
……エリックさん、実験台にしてごめんね。
異世界さん、私のふわっとしたイメージを顕現してくれて、いつも本当に有り難う!!
でもこれで、私たちも頭痛に悩まされることなく神殿を目指すことが出来るだろう。
「……行こうか、レオン」
なんだか呆然としているレオンの手を取り、海を目指す私。
「……リコ、本当に君って何者なんだろうね……。
……フォレス、本当にリコを野放しにしておくのは危険だな……」
何故だか真面目な顔でフォレスにそんな事を言っている。
「だから言っただろ、こんなん知れたらコイツ巡って戦争が起きるって。
……今度こそ守るって決めたんだろ。
俺の力を借りてまで守りきれねぇようなら……お前だろうと絶対に許さない」
フォレスの怖い表情なんて初めて見たよぉぉーー!!
言っている言葉の意味は良く解らないけど、いつも笑っている印象のフォレスだけに、そのギャップはものすごく怖かった。
……うう、怒らせないように気をつけよう……。
……今朝は攻撃しちゃってごめんね……?
そうして私は、両手をレオンとフォレスに取られ、緊張しながらも海に進んで行く。
……ここから先には、きっと水龍がいる筈だ。
ドラゴン。
ファンタジーの最強敵種。
……相まみえるのは、正直、とても怖いけれど……
「リコ、今度は僕がご褒美をあげるから……考えておいて?」
むはぁぁーーーー!!??
レオン様からのご褒美なんて、毎日毎秒頂いておりますが!
そこまで仰るなら考えちゃっても良いですかね!?
お読み頂き、有り難うございました!




