第三十九話 おまじない
しばらくすると、使用人さんが「夕餉の支度が整いました」と呼びに来てくれたので、私達はダイニングに向かう。
「『人魚』の加護が得られなくなり、食材の仕入れも滞っておりますのでご満足頂けるおもてなしになるかどうか……。
ですが心を込めてご用意致しましたので、お楽しみ頂ければ幸いですわ」
ニッコリと微笑んで私達を案内してくれるイザベラさん。
尚、ヴィムさんとローザさんは拳骨にもめげず、エリックさんの両腕を取って
「エリックぅぅ~~!!」
「お兄様ぁぁ~~!!」
と号泣しているので私達は邪魔をしないことにした。
──別に呆れているワケじゃないんだからね!?
そうして案内されたのは、玄関ホールの美しさ以上に煌びやかな白と蒼の空間。
とりわけ目を引くのは白い煉瓦の天板に蒼水晶の脚が美しい大きなテーブル。
蒼水晶のシャンデリアに照らされて、眩い光を放つのテーブルの上には銀の燭台が並べられ、穏やかな光が優しく灯っている。
「……うわぁ……! 綺麗ですね……!」
私が思わず感嘆の声を上げると、振り返ったイザベラさんが優しく微笑んだ。
「蒼水晶は、サウスにあるうちは絶対の耐久度を誇りますからね。
家具の素材としてもとても優秀なのですよ」
すごいな~、サウスの蒼水晶。
それだけ色々な機能を備えていて、魔法の力に頼っていないとは!
確かにこれだけの鉱物を交易の商品として扱えないのは、ローザさんとしてもさぞかし口惜しいだろうな。
「皆さま、本日はお越し頂き誠に有り難うございます。
……サウスの問題にお力添え頂き、申し訳なくも思いますが、今夜は是非肩の力を抜いて頂き、この一時をお楽しみ頂ければ幸いです」
乾杯の音頭は、さすがに当主のヴィムさんが務めた。
そのあと即座に息子溺愛モードに切り替わってしまったけどね……。
用意されたお食事は、魚介類を中心としたフルコース。
日本出身の私としては、お魚や貝類には馴染みが深いので、大変美味しく頂きました。
今日はフォレスも私のお皿に悪戯してくるようなことはなかったし、
レオンも「サウスの恵みは本当に素晴らしいね」と絶賛しながら完璧なマナーでお食事を楽しんでいたみたい。
時々、ヴィムさんやローザさんがエリックさんに絡もうとするのを、イザベラさんが物理的に阻止し
「あんまり暴れるようなら椅子に縛りつけますよ!」
……と、眼光も鋭く睨みを利かせていたので、その日の晩餐会は平和に、美味しく堪能させて頂くことが出来ました。
ごちそうさまでした!!
そして私達は食後のお茶を頂きながら、今起きている現象と原因、
特にローザさんが知っているらしいアーシェさんの石化の理由について詳しく話を聞くことになった。
明日から実際にその海域に向かい、場合によっては海底神殿や、水龍とも相まみえることになるのだ、情報は多いに越したことはない。
「ローザ、君の知っていることを話してくれるね?」
お仕事モードのレオンに尋ねられ、流石にローザさんもお兄様大好きっ子モードは自粛したようだ。
キュッと眉をしかめ、やや俯きながら答えてくれた。
「……お兄様が、頻繁に海底神殿に行っているのは、気付いていました。
最初は……珍しいなと、思ったんです。研究一筋のお兄様が研究所から出て来ること自体稀でしたから……。
それで、尾行の魔道具をお兄様の服の襟元に取り付けて、その情報を見てみたら……」
……うん、『尾行の魔道具』というおっそろしいアイテムの存在については、今は言及を避けることにしよう、そうしよう。
「……お兄様が、今まで私が見たこともないような幸せそうな笑顔であの女……人魚を抱き締めていて。
私達サウスの民にとって、人魚は敬愛の化身ですし、その時まで、わたくしも人魚の加護に深く感謝を捧げていたのです。
……でも、お兄様のあの表情は、サウスの民、神を敬愛する信徒というよりは……一人の男性のようで……」
俯いたローザさんの瞳からポタリ、と一粒の涙が零れ落ちる。
尚、「その映像が残っていたら父にも見せてくれ! 写実してポスターに……!」と暴走しそうなヴィムさんはイザベラさんが平手打ちで止めてくれていました。
……イザベラさん、つっよ!!!
「……わたくしは、商会の仕事以外に目を向けることを忘れた、次期代表です。
そのことについては誇りもありましたし、商会の仕事は本当に楽しいですし、より盛り立てることにも意欲を燃やしています。
……けれど、そんなわたくしの心をいつも癒して下さったのはお兄様の笑顔だった……!
お兄様が微笑んでわたくしの頭を撫でてくれるだけで、生まれて来て良かったと思える程に……お兄様は心の支えだった。
お兄様もわたくしも、いずれは別の人と結婚することになるだろうことは覚悟していましたけれど……。
妹、という立場にある以上、お兄様はわたくしをいつまでも慈しんで下さるだろうと確信していましたのに……。
……よりにもよって『人魚』だなんて……!!
サウスの民の全てに愛される立場でありながら、尚もお兄様の唯一の愛まで奪って行こうというの……!?」
ポタポタと大粒の涙を零すローザさん。
その切ない涙は胸を打つものがあるけど……それでもやっちゃ駄目なことって、あると思うんだよね。
……気持ちは凄く解るけど。
「……それでローザ、貴女が何をしたのかお話しなさい。
場合によってはベルツ商会からの除名も否めませんよ?
交易を発展させるべき立場の我々商会の人間がその流れを留める行為を働いたのですから」
厳しい雰囲気のイザベラさん。
……この商会って、もしかしてイザベラさんが牛耳っているんじゃないかという疑念すら抱いてしまうよね……。
「お母様……! けれど、わたくし、以前から申し上げておりましたよね!?
いつまで続くか解らない『人魚の加護』に頼った交易は危険だと……!
わたくしたちは、その庇護下にない状態でも立派に交易を成立させることが出来る道を探さなければならないと!
お兄様のことは……それは確かに切欠ですが、わたくしはその道を探してみたいと思ったのも事実ですわ!」
涙に濡れた瞳のまま、ローザさんがバンッと机を叩いて立ち上がる。
その表情は真剣そのもので、確かに嫉妬に駆られただけの行動じゃなかったんだな、と思わせる。
「いずれはその道も探さなければなりませんわね。
けれど、その答えもないままに暴走した貴女を、そのままにしておく訳にはいかないのも解るでしょう?」
イザベラさんにそう言われ、しゅん、と頭を垂れて着席するローザさん。
「……いつも言っているでしょう、ローザリア。公平な取引の為には私念はお捨てなさいと。
それで? 貴女が何をしたのか、まだ語らないおつもり? 貴女の心情は後でゆっくり聞くわ。
今はサウスの危機なのです。一人の淑女として、事の顛末をレオン様達にお話しなさい」
厳しい表情で言及を続けるイザベラさん。その厳かな雰囲気は、一人の大人としての理想形そのものだ。
イザベラさん、本当に格好良い方です! とっても憧れちゃいます!
そんなお母様に厳しい口調で問われ、ローザさんはギュッとドレスの裾を握り、話を続けてくれた。
「……海底神殿は、人魚に招かれた者にしか辿り着くことが出来ぬ神域。
座標の予測はついていましたけれど、わたくし、その神殿にどうしても行きたくて……。
お兄様がご帰宅されたのを確認した後、海に入る前に『お兄様からの伝言とお土産を持って行くから、エリックの妹たる私の話しを聞いてちょうだい』と、大声で宣言し、心から念じて海に潜れば……どうやって辿り着いたのか解らないけれど……そこは確かに海底神殿だったのです」
全てが蒼水晶で創造された夢の様に美しい神殿。
原理は解らないながらも水の中にいながらにして空気も感じることができるような……実際、魔道具を外しても息が出来たというその神殿の内部で、
期待に満ちた瞳でローザさんを迎えてくれたのは、想像を絶する程美しい一人の人魚だった。
「……敵わないと、思いましたわ。あの人魚は美しすぎる。
そしてその無垢な瞳も……エリックの妹だと語っただけで容易に信じ、神殿に招いてしまうような純粋さも……危険、だと思いました。
けれど、その時のわたくしは嫉妬の炎に駆られていて……」
あの言葉。
「お兄様は婚約が決まったから諦めなさい」という言葉とともに、
密かにエリックさんの研究所から持ち出したというアーシェさんの鱗が飾られたネックレスを彼女に突き返したのだと言う。
「……あのネックレス……!?
アーシェが初めてくれたプレゼント……肌身離さず身に付けていた筈なのに、あの朝突然なくなっていたネックレス!?
……お前……まさか!」
驚愕の表情で立ち上がり、ワナワナと拳を握るエリックさん。
「……お兄様は大概警戒心がなさすぎですわ……。
一挙手一投足を観察する魔道具を仕込んでいるわたくしが、お兄様が寝入った後、研究所に侵入出来ないとでもお思い?」
何故だか黒い笑顔で微笑むローザさんだけど……
……止めましょう!? それって犯罪ですからね!?
「……とにかく、それを突き返した時のあの女は一瞬驚いた表情をした後、悲鳴とも絶叫とも取れる音を周囲に撒き散らし、
……気付けばわたくしは浜辺で倒れており、発見してくれた方に屋敷まで送ってもらい、今に至る、というワケですわ」
フゥ、と息を吐き、紅茶を飲み込むローザさん。
……お兄ちゃん大好き属性なのは理解しましたけど……それってあまりに……
「……やり過ぎだろ……」
フォレスがボソっと私の言葉を代弁してくれた。
アナタたまに良い仕事しますよね! ホントにたまにですけどね!
すると、イザベラさんがおもむろに立ち上がり、ツカツカとローザさんの傍らに立つと、パシンッと大きな音を立てて彼女の頬を打った。
それこそ、その衝撃でローザさんが椅子から転げ落ちてしまうくらいの強い力で。
「自分のしたことが解っているの、ローザリア!?
貴女のしたことは人魚とエリックを引き裂いただけじゃない。このサウスを壊滅の危機に陥れているのよ!?」
「だってお母様、そう言えば人魚がお兄様から手を引くと思ってわたくしは……!」
「言い訳無用!」
再び、パンッという破裂音がして、ローザさんはその場に蹲り嗚咽を漏らし始めた。
……ううっっ、あんなの、私でも泣いてしまう……。イザベラさんの迫力、ハンパない……!
「……ああ、情けない……!! 自分の娘が、まさかこんな……!!」
ローザさんの隣に蹲り、イザベラさんまでがホロホロと泣き出した。
……レ、レオン様!? 美しい女性達が悲しい涙を流していますっ!
ここは貴方の力でなんとか……!!
居た堪れなくなった私が、思わず縋るような視線をレオンに送ると、
彼は黙って頷いて二人にそっと近寄り、優しく肩を取って立たせてあげている。
「……事情は解ったよ、イザベラ、ローザ。話してくれて有り難う。
どうか二人とももう泣かないで? そんな表情をさせる為に、ボク達はここに来た訳じゃない」
そうだ! 行け行けレオン!!
「ボク達が来たんだ。安心して、ボクらに任せて。
君たち二人も、街の淑女達も、そして悲しみに打ちひしがれているだろう人魚も、ボクがきっと笑顔にしてみせよう。
美しい人にこそ、いつでも微笑んでいて欲しいのだから」
さ・す・が! 流石はレオンドール・フォン・アウンスバッハ!
いいからもっとやっておしまいなさい!!
「君たちの怒りや悲しみはボクに預けて、どうか笑って欲しい。
……ボクにはね、リコがおまじないをかけてくれるから、どんな負の感情も効かないんだよ」
ね? ……と、私に向かって悪戯っ子のように微笑むレオン。
おまじないってアレですか、レオン様!?
けど、今はイザベラさんとローザさんを何とかしてあげたくて、私は無言でコクコクと頷いた。
「……何だよ、それ。俺にもかけろよ。……レオンには黙っててやっから」
隣にいたフォレスが口元を手で隠して私に耳打ちしてくる。
ギャアアアアーーーー!!??
アナタ、自分のそのやたらと良い声を自覚しなさいよ!!
しかも今、さりげなく私の耳に唇が当たってますからね!!??
「……フフ。有り難うございます、レオン様。取り乱してしまい申し訳ございません」
イサベラさんが持ち直し、涙を拭いながら微笑んでくれる。
強い力で叩かれてしまったローザさんの頬は赤くなり、とても痛々しかったので、
私は素早く氷魔法で手近にあったナプキンを冷やし、それを持ってローザさんに駆け寄ると、
「……貴女の気持ちは良く解るよ。
やってしまったことは取り戻せないけど、これからの行動でサウスの皆とエリックさんに真摯な想いを認めて貰えば良いんだよ」
優しくそのナプキンを頬に当ててあげる。
すると、ローザさんは再びブワッとその綺麗な瞳に涙を浮かべ、
「……リコちゃん様ぁぁ~~!!!!」
そう叫んで私に渾身の力で抱きついた。
なんとなく予想していた私はその時、自分の足に大地魔法で重しをするイメージの魔法をかけており、
その突撃を倒れることなく受け止め、そっと彼女を抱き締めることに成功する。
……ふぃ~。危ない、危ない!
「……全てが済んだら、ちゃんとエリックさんと人魚さんに謝ろうね? 私も一緒にいてあげるから」
抱き締めたローザさんの柔らかい髪をポンポン撫でながら、耳元でそう囁くと、
「……王子様……」
ローザさんの私に抱き付く手に力が籠り、肩口に頭を埋めて再び泣き出してしまった。
「……おい、天然タラシもいい加減にしろよ!?」
フォレスがそう言って引き剥がしてくれなければ、きっと朝までこんな状態だったに違いない。
別に私は特別な事をした覚えはないんですけど!?
女の子だろうと男の子だろうと、悲しそうな人を慰めてあげたいと思うのは人として当然の気持ちでしょうよ!
変な言い掛かりはやめてよねっ!!
「皆さま、身内の恥を晒してしまい大変申し訳ございません。
今夜はもう遅いですしお休み頂いて、また明日、お話をさせて下さいませ」
イザベラさんがそう言うのを合図に、何人かの使用人さんがやって来て「お部屋にご案内致します」と私達の前に立つ。
案内してくれるという使用人さんについて行こうとした所、
「リコ」
背後からレオンの声がして手を取られ、私はその場に留まざるを得なかった。
周囲を見渡すと、そこにいた全員が既に扉の外に出てしまっているようだ。
案内してくれる使用人さんですら、扉の外で待機している。
……どうしたんだろ、レオンったら。使用人さんをお待たせするなんて申し訳ないし、私もそろそろ疲れたので休みたいんだけどな。
不思議に思った私がコテンと首を傾げ、レオンを見上げると。
「……おまじない、三回。明日から頑張る分と、フォレスにさせた分と、ローザに抱き付かれた分」
そう言ってまたしても拗ねた表情で私をじっと見つめている。
「……リコ不足に我慢ができなくなったら補充してねって、お願いしたよね、ボク」
そう言って私の両腕を取り、ちょっと強い力でレオンと向き合わせられてしまう。
上目遣いでその表情を見上げれば、拗ねていて、それでいて何かを期待していて、ほんの少しの黒レオン様もお目見えしていて……
……超絶色っぽいんだって!!!!
「……早くしないと、使用人が戻って来て人に見られてしまうよ?
ボクはそれでも良いけどさ、リコは人に見られながらキスするのが好み……?」
ギャアアアアーーーー!!!!
何て事を仰るのです、レオン様! そんなワケないじゃないですかっ!
大体三回って何ですか! そんなレオン様理論に屈していたら私の心臓がもちませんっ!
「ほら、早く」
ついには私を両腕に囲ってその麗しの顔を寄せて来るレオン。
……ううっっ、こうなったらレオンって一歩も引かないんだよね……。
「……レオンの甘えん坊!」
そう呟いて覚悟をし、多分真っ赤な顔で、私はレオンの額と両頬に、チュッと素早くキスを送る。
恥ずかしくて目は閉じたまま、その罰ゲームにも似たおまじないを慣行したのだけれど……
「……ありがとうリコ。やっぱり君って最高!」
嬉しそうに呟いたレオンが、ギュッと私を抱き締めた。
……あ~もう! 最近ますます、レオンに甘くなっている気がするリコちゃんさんです!!
お読み頂き、有り難うございました!




