第三十八話 ベルツ一家
「……お前は……何を……何てことをっ……!」
その突然の告白に、呆然自失の態で固まってしまうエリックさん。
アーシェさんの悲しみの原因を作ったのが自分の妹だなんて、驚くのも無理はない。
「……ローザ、お前が何故アーシェを……」
そう呟き、再びローザさんの肩を掴もうとするエリックさんの手を、階上の声が止めた。
「やめんか、エリック! お前はお客様を立たせたまま話しをするようなうつけか!」
地を震わすような大声が響き、まだそんな年齢ではないにも関わらず、見事な造りの杖をついた壮年の男性が階段を降りて来る。
しっかりと整えられた褐色の髪には白いものが多少混じっているけれど、
切れ長のその水色の瞳は獰猛な野生動物みたいに爛々と輝いているようだ。
「……父上……」
エリックさんが思わず圧倒されたようにローザさんの肩を掴んでいた手を引き、そっと首を垂れる。
「……申し訳ありません、父上……」
ローザさんもお手本みたいな淑女の礼を披露しながら、その人物に頭を下げている。
エリックさんとローザさんのお父様か……。
二人の雰囲気から、なんとなく優しそうか、明るそうな男性をイメージしてたけど……。
レオンの実家とタメを張るくらいの大商会の代表だもんな。
厳しそうな雰囲気もあって当たり前なのかもしれない。
「……至らぬ息子と娘が大変失礼を致しました、レオン様。
家内が全力で夕餉の支度を整えております故、今しばらく応接間にてお待ち頂けますでしょうか。
……此度の件に関し、デュレクの英雄たるレオン様にご足労頂き、サウスを代表して厚く御礼を申し上げます」
そう言ってレオンの前に立ち、深く頭を垂れる男性。
「……頭を上げてくれ、ヴィム。突然の訪問になってしまい、こちらこそお詫びをしなければ」
レオンそう言ってがヴィムさんなるその男の人の肩を軽く叩く。
「お連れのお方……リコさん、でしたかな。お初にお目もじ仕る。
私はヴィム・ベルツ。この屋敷の主で、ベルツ商会の代表を名乗らせて頂いておる若輩者でございます。
……本日はお目にかかる事を許され、商会を代表して、この幸運を齎してくれた人魚に感謝を捧げておりますぞ」
私に向かい、ニコリと微笑んでくれたその瞳は、やっぱりエリックさんの優しい瞳と良く似ていた。
……渋い、渋すぎるロマンスグレー!
なんという理想のお父様像!!
「……それにしても……エリック……何故なかなか帰って来んのだ……」
私がそんな雰囲気にうっとりしていると、突然ヴィムさんの瞳にブワッと涙が浮かぶではないか。
「家族が離れて暮らすなど……寂しいじゃないか……!
何故お前は私の言葉を聞いてくれぬ……! 父は……父は……寂しいんじゃぁぁ~~!!」
……私の渋い評価返せぇぇ~~!!
号泣するヴィムさんを、エリックさんがあわあわと宥めている。
「ち、父上……、これからは頻繁に帰って参りますから……」
「……毎回そんなこと言って、約束を守ってくれたことなどないではないか!」
「今度こそ必ず定期的に戻りますから……お客様の前ですし、ね?」
「……お前はいつもそうじゃ! 人魚だ研究だと、いつも言い訳をして戻って来ぬではないか!」
そんなお父様の言葉に、ウンウンと深く頷いてローザさんがエリックさんの腕に縋りつく。
「……そうですわ、お兄様。家族なのですもの、やはり一緒に暮らすべきなのです……!」
その綺麗な瞳からは涙が溢れ出ている。
号泣する父親と妹に、エリックさんは右往左往でお父様と妹さんの対応に追われている。
そんな様子に、私達三人は何もしてあげることは出来ず、ただ立ちすくんでいただけだったのだが……
「恥ずかしいからいい加減になさい、アンタたちっ!!」
良く通る元気な声がホールに響き、エリックさん達がビクッと肩を震わせた。
「あー、もう! あ~~もう!! 恥ずかしい、恥ずかしい!!!!」
そう言いながらちゃきちゃきと私達の前で繰り広げられている感動劇場の親子三人を物理的に引き剥がしにかかる女性。
「ヴィム、貴方も少しは威厳を保つという術を学びなさい!
ローザリア、貴女もこの商会の将来を担う者としての責任を学びなさい!
……そしてエリック、貴方が原因なのだからいい加減にその対処法も学びなさいっ!」
アッシュブロンドの髪を後ろで一つに纏めた威勢の良い女の人。
流れから察するに、エリックさんとローザさんのお母様なんだろうけど……
「ただのお客様ではない、レオン様とそのお仲間の方々なのですよ!?
自分の感情に流されるのは後になさい! ベルツ商会の代表と次期代表がなんですか! エリックの特別技能に影響されている場合ではないでしょう!
誇りと責任感と廉恥の情をお持ちなさい、恥ずかしい!」
パシン、パシン、パシンッと良い音を立てて親子の頭を引っぱたいている。
その姿は格好良さすら感じさせる程だ。
「……レオン様、フォレス様、リコちゃん様。夫と子供たちが大変失礼致しました。
わたくしはこのベルツ商会の副代表を名乗らせて頂いている、イザベラ・ベルツと申します。
夕餉の支度にはまだ少し時間がかかりますが、こんなことだろうと来てみれば……。
わたくしの家族が無礼をはたらき、本当に申し訳なく思っております。
……取り急ぎ、コイツらは放っておきましょう。わたくしがご案内致しますわ、こちらへ……」
そう言って私達を何処か案内してくれようとするけれど、
このままエリックさん達を放って行って良いのかな……
「エリックは半年ぶりの帰省なのです。
……申し訳ありませんが、このまま喜びに浸らせてやりたいのですが……
お客様には全く関係がございませんものね。わたくしでは役不足でしょうが、お相手させて頂きますから……こちらにお越し下さいませ」
そう言って私達の前に立ち、有無を言わさぬ表情でこちらを見ている。
「……相変わらずだね、イザベラ。君の家族は。……微笑ましいよ、本当に」
レオンが私の腰を抱き、イザベラさんの後に続こうと動く。
「……お恥ずかしいですわ、レオン様。……けれど、これでも、わたくしの自慢の家族なのです」
目尻に皺を寄せ、優しく微笑むイザベラさん。
その表情から、彼女が本当に家族を愛しているのが良く解る。
なんて素敵なお母様でしょうね!
「……ヤツらには後で存分にお説教をしておきますから……どうぞこちらにお越し下さいませ」
そう言って私達を案内してくれるイザベラさん。
……後のお説教とやらに、ちょっと同情してしまうくらい怖い雰囲気だったけど、
彼女もまた、家族を深く愛しているのが解ってしまった今は、微笑ましさすら感じてしまう。
……あの親子三人には地獄のようなお説教が待っているのかもしれないけど。
「……良い女だな、イザベラ……」
ボソッと良い声でフォレスが呟く。
……ほわぁぁ~~!? まさかアナタ熟女好き……!?
「本当だな」
……レオン様までぇぇ~~!!??
イザベラさんみたいになれる自信は全くないけど、私が目指す理想の女性像はここなんですかね……!?
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「エリックの特別技能、『慈愛』の心地良さはわたくしも理解しているのですけれど……
夫と娘には毒としか言い様のないくらいの効果を齎してしまい、母たるわたくしも混乱する程ですわ……」
応接室に案内され、座り心地の良いソファーに腰を落ち着けた私達の前で、イザベラさんがフゥ……と溜め息を吐く。
……いや、特別技能の効果というよりあれは家族愛極まれり、という感じだと思います……。
「イザベラ、とても素晴らしいことだと思うよ、ボクは。
……出来ればボクも、唯一の人からその情愛を受ける事ができるようにと日々奮闘中だしね」
隣に座ったレオンが、私の手をにぎにぎしながら爽やかにそんな事を言ってのける。
「返されることを期待しない愛情、か。……俺も知りたいな、それ」
私の反対側に座ったフォレスも、レオンと同様に私の手をにぎにぎしながらそんな事を言っている。
……ねぇ、何が貴方達の琴線に触れたのかは存じ上げませんが、人様の前で私の手をにぎにぎするのは止めましょうか!?
しかもレオンに至っては、フォレスの発言を聞いた後、恋人繋ぎに変わってますよね!?
「ウフフ……。リコちゃん様はお幸せな方ですわね。こんなに素敵な殿方二人に挟まれて……。
わたくしがもう二十歳若ければ嫉妬してしまう所ですわ」
片手を上品に口元に添えて微笑むイザベラさん。
……違いますから!! 何でか今はフォレスまでデレてますけど、普段は私を玩具扱いする残念な人ですから!
「……此度の事件で、サウスの交易は停滞しているのです……。
我々サウスの市民は『人魚の加護』を存分に発揮しての漁業や採掘等を行う人間が約八割ですのでね……。
その『人魚』にわたくしの子ども達が関係していたのは……エリックはともかく、ローザリアまで……。
正直、想定外なのですけれども……」
そう言って、イザベラさんは使用人さんが用意してくれた紅茶をクイッと一口飲み込む。
「エリックの特別技能の『慈愛』は、常時発動のものでしてね。
あの子の側にいるだけで、離れたくない、と、そう思ってしまえるような甘美なものなのです。
……ヴィムには言っていませんが、しばらく前に、あの子から人魚と添い遂げるつもりだと告白されて……。
海の守り神たる『人魚』が、まさか特別技能に惑わされてあの子を選んだとも思えませんし、
エリックが、特別技能なしに自分に好意を抱いてくれる存在に出会えたこと、わたくしは心から喜んでいたのです……」
ふと、誰もいない空間に視線を留め、優しく微笑むイザベラさん。
……エリックさんを想っているのかもしれないな。
「……あの子は不憫な子です。
特別技能に惑わされることなく、あの子自身を慈しんでくれる存在がまさか『人魚』とは……。
それは、わたくし達家族も、無償の愛を注いでいますけれど……他から受ける特別技能に影響された愛情が強烈過ぎて、あの子はもう、人を信じる事が出来なくなってしまったのかもしれません」
うっすらと涙を浮かべてそう語るイザベラさん。
自分に向けられた愛情は特別技能に影響されているのだと信じ込んでしまっているとしたら……それは確かに、寂しいよね……。
エリックさんは、アーシェさんが初恋だと言っていた。
『人魚』がどんな存在なのかは、まだ私には解らないけど……
神にも等しい程に、この街の人達から敬愛されているのは良く解る。
だけどエリックさんは、『人魚』としてのアーシェさんというよりは、一つの存在として、彼女を深く愛していると語ってくれた。
アーシェさんもまた、個人としての自分に惜しみない愛情を注いでくれるエリックさんが好きだったんじゃないかと、私は思う。
「……イザベラ、特別技能というのは誰のものにも、少しずつの欠陥があるようだよ。
けれど、その使い方によっては時に予想以上の効果を齎すことがある。
……ボクも最近、リコに教えてもらったことだ。
エリックの特別技能だって、きっと彼を幸せにすることが出来るよ」
……ボクがそうであるように、と、私の手を握る手に力を込めてレオンがそう言った。
私が何かしたワケじゃないけど、レオンがそんな風に言ってくれるのは嬉しいな!
その美貌やアウンスバッハの名声、そして特別技能、そのどれにもプレッシャーや悩みを抱えていたレオン。
そんなものを受け止めて、昇華して、自分と向き合って、レオンにはいつも自信を持って笑っていて欲しい。
……そしてその隣に私がいることが出来たら、本当に嬉しいな。
「……まぁ、レオン様……、少しお変わりになられましたわね。
こう言っては大変失礼ですが……以前はもっと、虚飾に満ちた雰囲気を纏っていらっしゃいましたのに……。
今はだいぶご自分に素直というか……良い意味で自信に満ちた、とても素敵な表情をされていらっしゃいますわ」
そう言いながら、イザベラさんが優しく微笑んでくれる。
「そう言って貰えると嬉しいな。ボクも、以前の自分より今の自分の方が好きなんだ。
……ボクを変えてくれたのは、このリコなんだよ。
出会いこそ偶然だったけど、今ではもう、ボクの大切な……」
「玩具だな! わははっ!」
……フォレスの美形! レオンが折角良いこと言ってくれてたのに!!
けど、レオンの言葉の続きは、こんな所で突然聞きたくないというか……
今はまだ、そっとしまっておきたいような、そんな気がするので、ちょっと安心したのも事実です。
「……まぁ、フォレス様ったら。こんな素敵な方を玩具だなんて……。
けれど、本当に愛くるしい方ですものね、リコちゃん様。
フォレス様もまた、以前よりとても良く笑うようになられたと思いますわ。
……これもリコちゃん様のお力なのでしょうね。……素敵ですわね」
口元に上品に手を当てて、コロコロと楽しそうにイザベラさんが笑う。
……ってか、ナチュラルにリコちゃん様呼びしてるけど、そろそろ訂正して良いかな!?
と、そこに両脇をヴィムさんとローザさんに挟まれたエリックさんがやって来た。
「父は寂しいんじゃもん~! エリック、エリックぅぅ~!」
「わたくしも寂しすぎて真っ白な灰になってしまいそうですわ! お兄様ぁ~!」
「父上、ローザ、いつまでもお客様をお待たせしては失礼ですから、いい加減に……」
「うううっ、エリック~!!」
「お兄様ぁぁぁぁ~~!!」
……まだやってたのか、この人達……。
「いい加減になさいっ! お客様の前ですよ! 晩御飯抜きますよ!」
こめかみに青筋を浮かべ、イザベラさんが立ち上がってゴン、ゴン、ゴツン、と三人の頭に拳骨をお見舞いしている。
イザベラさん、つっよ!! そして本当に格好良い!!
レオンの隣で言うのもアレだけど、なんだかちょっと惚れちゃいそうです。
お読み頂き、有り難うございました!




