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第三十七話 この手の中に

 

 エリックさんのお家の白い壁を、夕焼けの優しい赤が染め始めている。

 気が付けば、時刻は夕方になりつつあるようだった。


「今日はもう遅いから、明日、早速調査をしてみるよ」


 ありがとう、とレオンがそう言って辞そうとするのを、エリックさんが慌てて引き止めた。


「レオン様! まだ宿がお決まりでなければ、是非僕の実家にお越し頂けませんか?

 ここでは充分なおもてなしは出来ませんが、実家ならある程度の事が出来ると思いますので」


 その申し出に顔を合わせる私達三人。


「いや……いきなり押し掛けても迷惑だろう。やはり宿を……」


 と、断ろうとするレオン。だけど、エリックさんも一歩も引かない。


「今回の件は僕も大いに関わっていることですし、責任も感じているんです。

 それに……妹がレオン様の大ファンでして。

 レオン様がこの街にお越しになり、僕もお会いしたのに、妹に会わせなかったと知られたらおそらく一年は口をきいてくれませんので」


 冗談めかしながら、是非、と勧めてくれるエリックさん。


「君の実家……確かベルツ商会だったかな?

 妹君……ベルツ商会……ああ、もしかして、君はローザの?」


 おお、流石はレオン様! 自分のファンの女の子の事は熟知していらっしゃるようだ。


「はい。ローザ──ローザリア・ベルツは僕の妹です。

 僕には商才など全くなく、研究に明け暮れておりますが、妹は『鑑定眼』の特別技能(スキル)を与えられていますので、将来は妹にベルツ商会を継いでもらうことになっております。

 既に父に付いて精力的に家業をこなしておりますので、レオン様のご実家とのお取引の場等で、お目にかかったことがあるかもしれませんね」


 そう、妹さんについて語るエリックさんの表情はとても優しそうだ。

 良いお兄ちゃんなんだろうな~! いいな~!

 一人っ子の私にとって、優しいお兄ちゃんは憧れの存在だ。

 今はレオンお兄ちゃんが甘やかしてくれていますけどね! ウフッ♪


「ああ、ローザなら何度か会ったことがあるよ。

 若いのに対した鑑定眼だと、父上も関心していた程のやり手だと記憶している」

「はい。不甲斐ない兄に代わり、良く商会を動かしてくれています。

 仕事柄、突然の来客には慣れておりますし、妹も喜ぶと思いますから……是非!」


 そこまで強く言われて、特に断る理由もない。

 レオンも「それでは、申し訳ないが、一晩お世話になろうか」と言って、私達はエリックさんに案内され夕暮れのサウスの町をテクテクと歩く。

 ……当然のようにレオンに手を取られながら。


「風が気持ち良いね! それに、街の人たちも元気いっぱいで、みんな楽しそう!」


 もはやレオンと手を繋いで歩くことは私にとって当たり前になりつつあるようで、街の中をキョロキョロと見渡しながら、隣を歩くレオンに声をかける。

 もうすぐ夕飯、という時刻だからかな。

 店先からは「安いよ、安いよ!」「売り切れ御免の大特価! 持ってけドロボー!」と言った元気な声が上がっている。

 フォレスに連れて行ってもらった下町の雰囲気とちょっと似ているかも。

 良い匂いが漂う屋台もあるし、店先に並ぶお魚は、キラキラと夕陽を照らし返して光って見える。

 日本にいた頃住んでいた街には海はなかったけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでいたのはこんな港町だった。

 元気で、気さくで、人情味に溢れていて。

 東京のお洒落な感じも好きだけど、こういう雰囲気も温かみがあって、私はとても好きだった。


「ボクもサウスのこの雰囲気は大好きなんだ」


 隣を歩くレオンも、そんな風景に優しい視線を向けている。


「この辺りは市民の台所、とでも言いましょうか。食料品や日用品を取り扱う店が多いので、特にこの時間は活気付くんですよ」


 と、エリックさんがニコニコと微笑みながら教えてくれた。

 なるほど~! ここに来れば必要な物が、もしかしたら安く買えちゃうかもしれないとなれば、人が集まるもの当然ですね。

 今日、売り切りたいものを扱っているお店の人たちも、もうすぐ閉店、というこの時間帯は一生懸命なのは納得だ。


「仕事じゃなければ、リコを案内したい所もたくさんあるんだけど……。

 出来ればリコとは、仕事抜きでまた来たいな」


 その綺麗な瞳を私に向け、レオンが微笑む。

 海辺の街をレオンとデートなんて、何それ素敵!


「うん! また来ようね、レオン!

 けど、お仕事としてでも、こうやって色々な街に一緒に来られるのは嬉しいよ」


 レオンと一緒なら、私はいつでもどこでも幸せだもんね!

 お仕事はお仕事として、もちろんしっかりやるつもりだから、その幸せに浸りきることはしないけど。


 今回の調査もそうだけど、本当にこの世界は魔物の脅威に晒されている。

 平和な日本よりもきっと、傷ついたり……時には命を落としてしまう人がきっと多いだろう。

 冒険者として、デュレクの皆から最も信頼されているレオンのパーティーにいるということは、その脅威から街の人達を守る最前線にいるということ。

 レオンやフォレスより、おそらく覚悟が弱いだろう私こそ、こういう平和な様子を見て、皆を守りたい、と常に決意を新たにしていく必要があるんじゃないかな。


「そうだね」


 呟くようにそう言った、私の手を握るレオンの手にグッと力が篭る。



「街の平和も、人々も生活も、もちろん全力で守るよ。……けど、ボクが本当に守りたいものは、この手の中にあるのかもしれないね」



 夕陽を受けたレオンの綺麗な金髪が、その赤い光を浴びてなんだか少しだけピンク色に見える。

 ……まさかレオン、こんな所で魅了(チャーム)スキルなんて使っていませんよね!?

 それでなくても麗しいのだから、ちょっとは自重しましょうか、レオン様!?

 最近特に、優しいだけの王子様じゃなくて、小さな男の子みたいに表情をクルクル変えるので、その度に私は振り回されて心臓が爆発してしまいそうなんだから!


「……側にいてね、リコ」


 フッと優しく微笑んだレオンは、ポンポン、と私の頭を撫でてくれた。

 ……私の頬はきっと赤くなっているだろうけど、それは夕陽のせい、ということにして頂きたいと思います!



「……あの、フォレス様、リコさんは『亡国の王子様』、なんですよね?」

「あ~、あの二人のアレは病気みたいなモンだから、気にしないでやってくれるか?」


 見つめ合う私達の前方で、フォレスとエリックさんがそんな事を話しているけど、麗しのレオン様に夢中で聞こえておりませんでしたっ!!



 ------------------



 幾つかの転移装置を経由した私達を、レオンの実家程ではなかったけれど、それでも周囲と比べればその大きさは巨大としか言いようのない、瀟洒な白い建物が私達を出迎えてくれる。

 美しく整えられたお庭は、海水が引き込まれているのだろう大きな池が一際目を引く造りだ。

 池の中にはエリックさんの研究所の水槽で見かけたような、色とりどりの綺麗な魚が優雅に泳いでいた。

 ……エリックさんのご実家も、こりゃまた相当なお金持ちだよ……。

 こんなお屋敷にお招き頂くことになろうとは予想もしていなかった私は、ちょっと腰が引けてしまう。


「どうぞ。両親も妹も、皆さまに比べれば卑小な人間ですから、遠慮なさらず……」


 ……と、エリックさんが門を開けたその時、


「お~に~い~さ~ま~ぁぁぁぁ~~~~!!!!」


 玄関の方から元気な女の子の声が聞こえ、誰かがエリックさんに駆け寄って来たと思った次の瞬間には、彼はその子に抱きつかれていた。

 その勢いはアウンスバッハ家のワンコのカールもビックリな程だ。

 実際、エリックさんは押し倒されてしまっている。


「もぉぉ~~!! お兄様ったら! 何故なかなか帰って来て下さらないんですの!?

 何度も何度も、こちらから研究所に通って下さいとお願いしているのも全く聞いて下さらないしっ!

 わたくし、待ち焦がれて干からびてしまうかと思いましたわっ!」


 ……だんだん慣れては来たけどさ、大概元気だよね、デュレクの女の子って……。


「こらローザ! お客様の前ではしたないじゃないか……!」


 華奢な身体ではその勢いを殺すことが出来なかったエリックさんが、それでも彼女が怪我をしないように抱きとめ、

 もはや馬乗りになった彼女を宥めているが、女の子は全く意に介した様子もなく、ふと、エリックさんの背後で固まっている私達に目を留め、


「うっきゃ~~!!?? レオン様、フォレス様、リコちゃん様……!?」


 ムンクの叫びよろしく両頬に手を当て、大きな声を上げている。

 ……リコちゃん様ってなんでしょう!? ペ○ちゃんじゃあるまいし!


「もぉぉ~~!! お兄様ったら! レオン様達をご案内下さるのでしたら、言伝の一つも残して下さいなっ!

 夕餉の準備もありますし、わたくしだって、こんな普段着でお出迎えするなんて醜態を晒さずに済みましたのにっ!」


 ……いや、ローザさんとやら?

 いきなりお兄様を押し倒して馬乗りになり、ポカポカとその肩を叩いてしまっては、どんなに素敵なお洋服を着て取り繕っても無駄だったと思うよ……?


「……はぁぁ~、それにしても……生リコちゃん様、ハンパないですわねぇ……。

 ホワイトスノウ服飾店からプロマイドを取り寄せてからこっち、考えるのはリコちゃん様のことばかりでしたわ……

 ……あ、お兄様、お兄様は別格ですからお気になさらないで……

 ……それにしても、このお顔立ちで王子様だなんて……女神様はなんという悪戯をなさるのでしょう!?」


 ようやくエリックさんの上から降り立ち、呆然と私の顔を眺めながら呟くローザさん。

 ……こんな所にまで『亡国の王子様』伝説が浸透しているとはビックリだよ!


「こら、ローザ! 礼を弁えなさい! まずはご挨拶だろう!?」


 焦ったように嗜めるエリックさんの声にハッとし、


「……失礼致しましたわ、レオン様、フォレス様、リコちゃん様。

 わたくしは、皆さまをご案内仕ったこの『慈愛のエリック』が妹、ローザリア・ベルツと申します。

 お目にかかれて、本当にわたくしの人生の中で最大の……至上の幸福ですわ。

 本日は我が家にて、ごゆっくりお過ごし下さいませ」


 そう言って着ていたドレスの両端を優雅に摘み、片足を一歩下げて淑女の礼(カーテシー)を披露してくれる。

 ニッコリと微笑んだ表情で顔を上げ、軽く首を傾げる彼女の姿を、この時私は初めてゆっくりと見ることが出来た。


 杏色の綺麗な髪は丁寧に巻かれ、エリックさんに良く似た優しい水色の瞳が目を惹く、綺麗なお顔立ちを彩っている。

 大きく、勝ち気そうなその瞳はキラキラと光り、淑女と悪戯っ子の間で、クルクルとその色彩を変えていた。

 やや大ぶりな、それでも形の良いお鼻と、ぷっくりと膨らんだ女性らしい唇。

 ……本当に何なんだろうな、この美形率の高さは……。

 ……え、体型? もちろんデュレク補正がかかっていましたけど何か!?


「やぁ、ローザ。久し振りだね。元気そうで何よりだ」


 レオンが彼女の手を取って王子様のように手の甲にキスをする。

 そんな様子にローザさんもポッと頬を染めたけれど、


「……レオン様、申し訳ありませんがわたくし、リコ派親衛隊に入隊申請しましたのよ……」


 言い難そうにそんな事を言うではないか。

 ……なんですか、リコ派親衛隊って!? いつの間にそんなものが出来たんですか!?


「フフ。それなら元締めはボクだから心配ないよ」


 ……と、レオンも何故だか黒い笑顔で返事をしている。

 ちょっとレオン!? ファンの女の子にそういう表情見せたらビックリされちゃうから自重しましょう!?


「まぁ……レオン様……そうだったのですね……。

 麗しいですわっっ!!!! 今夜はゆっくり、その辺りのお話もお聞かせ下さいませっ!」


 そんなレオンの言葉に、ローザさんは大興奮。


「突然でしたから、大したおもてなしも出来ませんが……お寛ぎ頂けるよう、ベルツ家一同、粉骨砕身、頑張りますわねっ!」


 そう言って私達の前に立ち、屋敷に案内してくれる。

 ……ううぅぅっ……何だか私の立ち位置がだんだん居た堪れないものになって行っている気がするよぅ……!!


「……あ~あ……。ローザはボクの祝勝会にも顔を出してくれていた()だったのになぁ……。

 これで二人、リコはボクからファンを奪ってしまったから、その分ボクに夢中になってくれないと採算が取れないよね。……大変だね、リコ」


 当然のように私の手を取り、黒い笑顔で私の顔を覗き込むレオン様。

 何を言いますか、この王子様は!?



「そんなの、私が一番に決まってるじゃないっ!!」



 私がどれだけレオンに愛情を注いだと思っているのですか!!

 年頃の女子高生が、恋も出来ない程に入れ込んでいた存在なんですよ、貴方は!?

 ……ところが、その私の言葉を聞いて、レオンは夕陽のせいなどでは決してなく、その綺麗な頬を薔薇色に染め、



「……リコには一生敵わない気がする……」



 困ったように、けれどもすごく幸せそうに微笑んでくれた。

 ……よしっ! 黒レオン様の撃退に成功したことを心の日記に綴っておきましょう!!



 そうしてローザさんが案内してくれたベルツ家のお屋敷は、白い壁にキラキラと輝く蒼い水晶の柱が立ち並ぶ、どこぞの神殿と言っても差し支えのない美しい装飾で埋め尽くされた空間だった。

 天井を飾るシャンデリアも、その手助けをするダウンライトも優しい青い光を放っている。


「いつ見ても美しいね……サウスの『蒼水晶』は……」


 そんな幻想的な光景に、レオンも言葉を失ってしまっているようだ。


「ああ……美味そうだな、氷砂糖みてぇ……」


 ……フォレスさんや、私は貴方のその感想にガッカリですよ!


「海の結晶『蒼水晶』は耐久性もさることながら……気温調節も手入れのいらない光源性も世界随一ですからね。

 僕たちサウスの市民は、この有用性と美しさに虜になってしまっているのかもしれませんね」


 見慣れているだろうエリックさんまで、恍惚とした表情でその内装を見つめている。


「……不思議な事ですが、『蒼水晶』はサウスを離れると、ただの水晶に変わってしまうのですわ。

 ですから交易の商品として扱えないのがとても口惜しいのです……

 なんでも、『人魚の加護』がこの鉱石にも働いているのだとか。

 ……本当に、有用なのだか無能なのだか、解らない存在ですわ、『人魚』……」


 忌々しげにそう説明してくれるローザさん。

 ……まぁ、確かにこの街でしか使えない鉱物、というのは商売人として本当に悔しいのかもしれないけど……

 それって人魚(アーシェ)さんのせいにするのは違うと思うけどな……?


「ローザ、何度も言っているだろう!? 人魚は……アーシェはこの世界の利便性とは無縁の存在なんだよ!

 現に今でもこのサウスの平和は保たれているじゃないか!

 彼女を無能だなんて……そんな言葉、僕は許さない!」


 ……おおう、アーシェさんの話に及ぶと激昂してしまうのは恋する者の運命(さだめ)ですね。その気持ちはすごく良く解るけど……


「落ち着け、エリック。ローザはそういう事を言っているんじゃないだろう」


 レオンがそう言ってエレックさんを嗜めてくれる。

 流石レオン様、解っていらっしゃいますね!


「……別に間違っておりませんわ、レオン様。

 我々サウスの民は、そろそろ人魚の呪縛から離れるべきなのです。

 ……だからあの日、あの女に言ったのに……」


 ポツリ、と呟くようにそう漏らすローザさん。


「……あの、女!? ローザ、おまえ、アーシェに何を言ったんだ!?」


 驚愕に最大限まで瞳を開き、ガクガクとローザさんの肩を揺さぶりながらエリックさんが糾弾する。

 ……これは、今回の事件の真相に近しい所に、ローザさんがいる気配。

 ……なんとなく、予想は出来ちゃうんだけど……



「……お兄様は婚約が決まったと……

 貴女のような異種族とは、所詮添い遂げることなど出来ないのだから諦めなさいと……そう言ってやったのですわっ……!!!!」



 あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~!!!!

 ローザさん、それ一番言っちゃダメなヤツです~~~~!!!!


お読み頂き、有り難うございました!

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