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第三十六話 デュレクの人魚姫

 

 と、そこでやっとエリックさんは私達を立たせたまま説明を続けていたことに気が付いたらしく、


「ああ~! 申し訳ありません! つい夢中になって説明してしまいました……。

 お茶を淹れますので、二階へどうぞ」


 そう言って私達を案内してくれる。

 人魚がいると聞いて嬉しかったけど、会えない状態ってなんだろう? 大丈夫なのかな?

 気にはなったけど、エリックさんがとても辛そうな表情だったし、今はこれ以上聞くのはやめておこう。


 案内された二階は、エリックさんの居住スペースになっているみたい。

 幾つか扉があり、その一つを押し開くと、中はキッチンとダイニングが一緒になった場所だった。

 外壁と同じく白い石で出来たその空間はとても清潔に保たれており、華美な装飾はなかったけれど、エリックさんと同じように、なんだかほんわかとする雰囲気で、とても過ごしやすそうだ。


「こちらへどうぞ。今、お茶を淹れて来ます」


 案内された4人掛けのテーブルに腰掛けた私達を優しく見送った後、エリックさんはキッチンに消えて行く。


「……会いたかったな、人魚さん……」


 ポツリと私が呟くと、隣に座ったレオンがポンポン、と頭を撫でて優しく教えてくれる。


「ボクもまだ会ったことがないから、詳しくは教えられてあげられないんだけど……。

 リコ、人魚というのはね、デュレクに面した海の守り神と言われているんだ。

 海底神殿は彼女の住む場所だと言われていて、ボク達人間が立ち入ることは許されていない。

 海の魔物たちが今まで神殿から出て来なかったのも、侵入者以外を襲わないのも、人魚の加護だという説が有力なんだよ」


 なるほど、それなら、人魚さんに何か異変が起きたから、神殿から魔物出て来てしまうようになった、と考えても良さそうだ。

 それなら余計に、その異常を取り除いてあげたいところだけど……

 ますます人魚さんが『会えない状態にいる』ことが気になるね。


「人魚かぁ……。俺も伝説だと思ってたけど、本当にいるんだな。……会ってみてぇな」


 と、フォレスが呟くので私も「そうだよね!」と同意する。

 あっちの世界でも大好きだった、人魚姫の物語。

 何度読んでもその結末は悲しくて泣いてしまうのだけれど……

 もし、この世界に人魚さんが実在するなら、幸せになって欲しいな、と思ってしまうのだ。

 物語とは違うんだもん、実在するその人魚さんが、何か困った状況になっているのなら、助けてあげるのもきっと私の仕事だと思うしね。


「海底神殿から流出する魔物か……。その辺りの事を、少しエリックにも聞いてみたいね」


 思案げな表情で顎に手を当てるレオン。

 はぁ~、美形ってやっぱり何をしても様になっちゃってズルいです!

 思わず見惚れてしまうじゃないですかヤダー!

 と、レオンを凝視していた私を振り返り、レオンがニッコリと微笑む。


「……それにしても、リコ、君の国でも人魚が語られていたとはね。

 君の国の人魚って、どんなものなの?」


 レオンが私にそう尋ねた時、ホカホカと湯気を立てる紅茶とお菓子を持って、エリックさんが戻って来た。


「ああ、その話は、是非僕も聞きたいですね。僕の知らない人魚の伝承……非常に興味深い!」


 なんだか少し興奮した様子でこちらにやって来ると、ローズヒップティーみたいな良い香りの紅茶と、クッキーみたいな焼き菓子を私達の前に置いてくれる。

 途端に、餌に群がる猛獣の勢いで、フォレスがクッキーに手を伸ばすではないか。


 ……こらフォレス! 置かれた側から手を伸ばすのやめなさい!

 そんでもってその蕩けそうな笑顔もおやめなさい! イケメンの無駄遣いにも程がありますよ!!

 だいたい、勧められる前から手を出すなんて失礼だよ、と思った私が、再度クッキーに伸ばそうとしているフォレスの手を叩き、めっ! と目で牽制していると、


「フフ、良いのですよ。気に入って頂けて何よりです。手前味噌ですが、菓子作りもまた僕の趣味でして……。

 たくさんあるので好きなだけお召し上がり下さいね」


 と、エリックさんがふわりと微笑んでくれた。

 何とお手製とは……! お家も綺麗に片付けられているし、そのほんわかとした雰囲気といい、このお菓子といい……

 エリックさんは、きっと私より女子力が高いに違いない。


「ホントに美味いぜ、これ! そこらの店が可哀想になるくらいだ!」


 美味い、美味いとクッキーを頬張るフォレス。

 ……なんかウチの甘党がすみません、とエリックさんに視線を向けると、彼はそんなフォレスをとても優しい瞳で見つめている。


「……アーシェもよくそうやって、僕のクッキーを食べてくれていたな……」


 フォレスの奥に誰かの面影を見つけ出したような遠い目をしたエリックさんが呟く。

 その表情は、慈愛と寂しさの入り混じった、とても複雑なものだった。



 ------------------



「アーシェ、というのは、僕がつけた人魚の名前なんです。

 守り神とも呼ばれている『人魚』に名前を付けるなんて恐れ多いかな、とも思ったのですが……

 僕がそう呼ぶと、彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれたし、時には僕の頬にすり寄って来たりしてくれたので……」


 エリックさんも席につき、ポツリと呟くように話し出す。

 複雑な表情はそのままだったけど……溢れんばかりの愛情を感じ、言われなくても彼が人魚さん……アーシェさんが大好きなのだろうと察することは容易だった。


 きっかけは些細なことだったと言う。

 いつものように、この研究所で海の中を観察していた所、たまたまその日、座標設定していた海底に、

 ひょっこりと悪戯のようにアーシェさんが顔を出したのだそうだ。


「この水槽は海に繋げてはいるけれど、向こうからはこちらは見えない筈なんです。

 なのにその時、僕は確かに彼女と()が合った。

 ……そして一目で、僕は彼女の虜になってしまったんです」


 元々海洋生物を愛して止まないエリックさんだ。

 アーシェさんの美しい鱗に覆われた半身に目を奪われ、その美しい顔に釘付けになり、

 彼女が微笑んだその瞬間、完全に心を持っていかれた、と、ちょっと頬を染めながら話してくれた。


「……お恥ずかしい話、これが初恋でして……。

 神に恋をするなんて、自分でも身の程知らずだとは思うんですけどね。

 だけど、彼女に奪われた僕の心は、諦める、とか忘れる、という単語をどうしても受け付けてくれなくて。

 それで急いで魔道具を持って、その日、座標に指定していた地点に向かったんです」


 あの美しい人魚を間近で見たい、許されるなら触れてみたい。

 焦る心を抑えつつ、その場所に着くと──果たして彼女はそこにいた。


「それは、言葉には出来ないくらい、幻想的な光景でした。

 虹色に光る海の泡や色とりどりの魚達に囲まれて、彼女は瞳を閉じ、幸せそうな声で……歌っていたんです」


 そうして、エリックさんの気配を感じると、その美しい海を溶かし込んだような色の瞳を彼に向け、

 再び、ニッコリと、それはそれは美しく微笑んでくれたのだそうだ。


「それからはもう……彼女に夢中になってしまって。

 いくら魔道具を使ったとは言え、人間が一日中海底で過ごすことは出来ませんから、

 時間の許す限り、それこそ毎日、僕は彼女の元に通いました。

 何故だか彼女も、僕が海底に行くと、必ずそこに姿を表してくれて、

 とても嬉しそうに僕の手を取って泳いだり、歌を聞かせてくれたり……。

 遂には彼女の住んでいる海底神殿にも案内してくれるようになって。

 ……人魚には言葉がありません。アーシェはとても感情が豊かだったから、その仕草や表情から、心根を察することしか出来なかったけど……。

 言葉なんかなくても、僕は本当に幸せでした。

 こちらの言葉は理解してくれているようでしたから、逢瀬の度に愛の言葉を囁いて、彼女を抱きしめて……本当に、幸せだったんです」


 そう言うと、エリックさんは俯き、テーブルの上で両手組み、ギュッと握り締める。

 ブルブルと震える程に力が込められたその拳が、彼の心の中を表しているようで……。


「……エリックさん、お辛いなら、今は……」


 あまりに力強く両手を組んでいるので、このままではその手で自らの骨を折ってしまうんじゃないかと心配になった私が、

 対面に座るエリックさんの手をそっと取って声を掛ける。

 そんな私の言葉に顔を上げたエリックさんの頬は、一筋の涙に濡れていた。


「……ああ、申し訳ありません、リコさん。貴方はお優しい方なのですね。

 ……けれど、此度の問題はアーシェも深く関わっているようですから、最後まで話をさせて下さい」


 涙を拭い、優しい笑顔で微笑むとそう言った。


「……ですが、リコさん、その前に、貴方の国の人魚の伝承を聞かせて頂けませんか?

 アーシェは僕にとってかけがえのない、現実の存在ですが、他国で彼女がどんな言い伝えを残しているのか……僕はそれが知りたいと思う」


 真剣な表情のエリックさんに頼まれ、断れる筈もない。

 私は、物語で読んだ人魚姫の物語を掻い摘んで話してあげた。


「悲しい結末に思われるかもしれませんけど……

 私は、人魚姫は幸せだったに違いないと思うんです。

 今でも、このお話を読むたびに泣いてしまうくらい、切なさは残ります。

 でも、自分の命より好きな人の命を選んだ人魚姫は本当に強い人だと思うし、そんな風に命を賭けて人を愛する事が出来た彼女は、やっぱり幸せだったと思うから」


 最後にそんな自分の見解を添えて話し終えた私の肩を、レオンがスッと抱き寄せてくれる。

 フォレスでさえクッキーを食べる手を止め(……っつーか貴方はそろそろ自重しようか)私の話に聞き入り、

 エリックさんはその水色の瞳に再び涙を湛え、


「……そうですね、リコさん。僕もその物語の人魚姫は幸せだったと……そう思います。

 そして僕のアーシェが泡となって消えてしまわないように……僕は強くならなければ。改めて思いますよ」


 再び涙を零すエリックさん。

 だけどその涙は、さっきみたいな辛いものじゃなくて、何処か決意に満ちた強い色を湛えていた。


「……リコを人魚姫になんてしないから、安心してね?」


 私の肩を抱きながら、耳元でコソッとレオンが囁いた。

 ……くぉぉぉぉ~~!!

 レオン様、口説き文句は時と場所を弁えた上でお願いしたい今日この頃です!!



「僕の研究からの見解を述べさせて頂ければ、海底神殿の魔物はアーシェを守護したいという強い意識に基づいて行動しているのではないかと推察しています。

 実際、彼女が招き入れてくれた僕に対する敵意は皆無でした。

 おかげで、海域の魔物を間近で観察でき、僕の研究にも大いに役に立ちました。

 どうやら彼らは、アーシェの発する音源…歌をエネルギーに変えて生存しているようなのです。

 海底神殿でアーシェが歌い出すと、その音が泡に包まれて、魔物達の身体に消えて行くのを見ましたから」


 少し元気を取り戻したらしいエリックさんがそう話を続ける。

 尚、肩から手こそ外してくれたものの、レオンの手は引き続き私の手を握ったままです……

 しかも、テーブルの下で。

 お陰さまで私は紅茶を飲むのも、フォレスによってほぼ食い散らかされたクッキーを食べるのも片手で行わなければならず、ちょっと不便だったりするのですが……

 ……レオンに手を離して欲しいだなんて事言ったら、後がどうなるかはお察しなので静かにその温もりを堪能させて頂いております。


「……魔物の生態についてはボクらも把握していないことが多いからね……。

 歌を活力にする──その仮定が正しければ、その人魚が海底神殿の中にいてくれれば魔物達が流出することはなさそうに思うんだが……

 ミスターベルツ。彼女が歌を歌えない状態であることを……君は知っているんだね?」


 難しい表情のレオンが、机の下で私の手をにぎにぎしながらエリックさんに尋ねている。

 ……エリックさんのお話に集中出来ないので、そろそろ解放して頂けると有り難いです、レオン様!


「エリック、とお呼び下さい、レオン様。

 ……はい。僕が最後に海底神殿に赴いた時、そこには水龍が顕現していて……」



(わらわ)盟友(とも)たる人魚をこんな状態にしておいて今更何用だ、人間風情が!

 見るが良い、わが盟友(とも)は悲しみに打ちひしがれ、今ではこの有様だ!』



 そう、語りかけて来た水龍が見せてくれたアーシェさんは。



 ──全身が石になっていたという。



「石化……?」


 あまりの衝撃にレオンが呟いて手を離した隙に、私はテーブルの上に自分の手を引き戻した。

 ……ええ、幸せです、幸せでしたけれども!!

 なんか重要なキーワードがたくさん出て来ているので集中させて下さい、レオン様!


「水龍の顕現にも、もちろん驚きました……!

 ……ですが、その時の僕には、今までに見たことがないくらい、悲しい表情で石になってしまっているアーシェの姿がショックで……!」


 再び涙を零すエリックさん。

 好きになった人が、悲しい表情で石になってしまっていたのだ。

 エリックさんのショックは想像を絶するものかあるに違いない。


「命が惜しくば二度とここを訪れるでない、と、水龍が僕に語りかけた後、

 世界中の悲しみをここに集めたのではないかという程の、アーシェの美しい音が……声が僕の頭の中に響いて来て……」


 気を失い、気がつけば海底神殿はおろか、浜辺にまでその身体を押し戻され、

 以来、海に近づく度に猛烈な頭痛に襲われ、水槽の座標を海底神殿に移そうとしても何故かそれは叶わず。


「……僕は完全に、アーシェとの関わりを、あの水龍によって断たれてしまったのです……」


 エリックさんの頬を再び涙が伝い落ちる。


「……アーシェ、アーシェ……!

 僕はただ、彼女が笑っていてくれればそれで良かったのに……!

 何の力も持たない僕では手の打ちようもなく…無為な日々を送っている所に、貴方達が来てくれました」


 そう言って、エリックさんは座っていた椅子から崩れ落ちるように床で土下座し。


「お願いです、レオン様、フォレス様、リコさん!

 アーシェを……僕のアーシェを救って下さい!

 彼女の笑顔を護れるなら、僕の命さえも厭いません!」


 そう、涙ながらに語り、床に頭を擦りつけるエリックさん。


「話してくれてありがとう、エリック。

 君も彼女も、ボクたちがきっとなんとかするよ」


 優しい微笑みを湛え、エリックさんの肩を抱いて立ち上がらせるレオン様。



 ……ねぇこれ、スーパーヒーロー爆誕って感じがしません!?

お読み頂き、有り難うございました!

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