第三十五話 海の街・サウス
そして翌朝。
私は何故だかまたレオンの腕の中にいたのだが、
「仕事だ、仕事! イチャつくのは後にしろ、おまえらぁぁ~~!!」
と、フォレスによって物理的に叩き起された。
……すみません、何故レオンと同衾することになっていたのかは記憶にございません……。
階下に降りると、朝の早いジーナちゃんが「今日は朝食のお時間はないかと思いますので、道中でこれを召し上がって下さい」と、サンドイッチのような物が入った紙袋を手渡してくれる。
「ありがとうジーナ。何よりの力になるよ。行って来るね」
と、レオンが優しく微笑んでジーナちゃんの頬に優しく手を当てていた。
……我らがレオン様は朝から絶好調だ。
「しばらくはリコ不足との闘いだな~。
……ねぇ、リコ、禁断症状が出たらちゃんと補充してね?」
くぉぉぉぉ~~~~!!!!
今日も朝からレオン様は絶好調を通り過ぎていますっっっ!!!
そうして、転移装置を経由して南門に辿り着くと、そこには立派な馬二頭と幌馬車が既に到着していた。
見ると、朝も早い時間からルーファ様もいらしており、ニコニコとこちらに手を振ってくれている。
「父上、朝早くから申し訳ございません」
と、焦った様子で駆け寄ったレオンに対し、その瞳に慈愛を湛えてレオンの頭をポンポン、と叩くと
「いや、こちらこそ。便乗させて頂く形になってしまい申し訳ないが、宜しく頼む」
と優しく微笑んでいた。そしてふと、私に目を止めると
「ああ、リコ嬢! 君のような愛くるしい令嬢にまで仕事をさせてしまうのは申し訳ないが……よろしく頼むよ」
と、ギュッと私を抱き締めた。
「父上っ!」
レオンのそんな焦った声が聞こえるが、ルーファ様は意に介した様子は全くなく、
「キミを狙う一番厄介な敵は一番近くにいるかもしれないね。……気を付けるんだよ、リコ嬢?」
悪戯っぽく笑いながらそう言ってチュッと私の額にキスをしてくれた。
……ぐぬぬぬ……。やはりレオンの誑かし癖はお父様の血のようですね……!!
そうして私達は、南門からサウスに向けて出発した。
今回、サウスに向けて派遣されるアウンスバッハ商会の従業員さん三名、御者さん二人と私達三人、という八名が今回の旅の仲間となる。
幌馬車の中には、サウスとの取引に向けた荷物がたくさん積まれており、その脇に控える従業員さんは荷物のチェックに余念がない。
現在は、フォレスが御者さんの隣の馬に跨り前方を警戒、私とレオンが幌馬車から突き出した板のようなものに並んで座って、後ろの警戒を担っている。
「サウスまでは馬車でゆっくり走って七日、という所かな。
帰りは徒歩になるから、十日ほどかかるかもしれない。
サウスの問題解決にどれくらいかかるかは解らないけど、女神祭の前には戻れると思うよ」
と、私の隣に座り、当たり前のように手を握るレオンが言った。
……このスキンシップ過多は慣れるしかないか、もう……。
私にとってもご褒美だしね!
「何が起きてるかは解らないけど……。
街の人達が安心できるように、私も頑張るね!」
お仕事モードのリコさんはこの程度はへっちゃらなのです!
「……良いよ、君は。ボクの側にいてくれるだけで最高の活力の元だから」
チュッと私の頭にキスを落とすレオン。
ギャアアアアアア~~~~!!!!
すみません、最近なんだか磨きがかかったレオン様クオリティには、お仕事モードのリコさんではまだ抵抗できません!!
主要都市を繋ぐ街道はある程度整備されており、微弱ながら結界魔法も構築されているという以前のレオンの説明通り、旅は順調に進んで行った。
途中、何度か魔物の群れが現れたけど、レオンとフォレスが瞬殺していたし、
私も、探索や防衛に役立つ魔法のイメージって何かな~と考えながら、小説を書く時に検索・利用していた知識をフル活用し、
さすがにプラスチックやガラスの素材を全ては覚えてはいなくて、顕現はさせられなかったけど、
「透明ならダイヤモンドかな」と、大地魔法で炭素を集めて超高温の炎で熱したらダイヤができるかな~とイメージしてみると、なんと出来た。
薄くな~れ、とイメージして削り、大小重ねて筒の前後に取り付けることで、簡易的な望遠レンズを作ることに成功していた。
……ダイヤがレンズになるってどうなの、と思いつつも、それが私のイメージなのだから仕方がない。
私のふわっとしたイメージを汲み取ってくれる異世界仕様には本当に感謝だ。
それを前席のフォレスに渡した所、
「すっげ! どんだけ先まで見えるんだよ、これ!?」
と、大興奮で辺りを見渡した結果、遥か先の魔物の群れまで認識でき、危険を回避できたのだから良しとしよう。
「……リコ、お願いだからあまり世界を誑かさないで」
……と、「街に着くまで魔法禁止」と杖を奪われてしまったのは……まぁ、余興……かな、ハハハ……。
そうして、私達はようやくサウスに到着した。
尚、リコちゃん印のなんちゃって双眼鏡は「危険すぎるから」という理由でレオンによってアウンスバッハの異空間に秘匿され、
私たちパーティーの秘密とされてしまっている。
「便利すぎる道具は、世界に混乱を齎すからね」
……と、真面目な顔で言うレオンに、私がしょぼんとしていると
「君はボクだけのお姫様でいてくれればいいんだ」
……と、頬にキスをされて、絆されてしまったのは仕方がないと思いますっ!!
「こんなに安全で快適な旅は久し振りでした! 皆さま、本当に有り難うございます!!」
と、アウンスバッハ商会の従業員さんたちに涙ながらに感謝され、サウスの検閲を抜けて街に入る私達。
そこは、首都・デュレクとは気温から見た目から既に異なり、真っ白な煉瓦で造られた建物と、大きな大きな、果てを認識させることのない広大な海を擁した、活気に溢れる港町だった。
「う……わぁぁ……!! 海だ、海だぁぁ~~!!」
大興奮の私の隣で、フォレスも楽しそうに海を見て、
「何度見ても良いな、この景色は! 何処まで続いてんだ、これぇぇーー!!」
と、子どものようにはしゃぐ。
「ねぇ、フォレス、あの海って泳げるの?」
「ばぁか! 人間は水に浮くってのは常識だろーが! 泳げるぜー! 勝負すっか?」
「体力バカのフォレスに敵うワケないじゃん!」
「うっせ! おツムはお前のが断然軽いんだから有利だろ! さてはお前、泳げねぇんだろー!?」
海を前にした小学生のようなテンションの私達を、レオンが胡乱げな瞳で見つめている。
「……お前達、今は任務中だということを忘れてないだろうな?」
絶対零度を背後から発揮させるレオン様に、我々アホなオツム小学生は。
「わすれてるわけないじゃん、れおん!」
「そうだぜ! うみなんてめずらしくねーし!」
棒読みでそう答え、「しっかりしろ!」と、二人してレオン様のゲンコツを頂き。
「フォレスのせいなんだから!」
「お前のテンションに釣られたんだろ!?」
とアホな言い合いを続けたせいで、二人して襟首を掴まれ、街中をズ~リズ~リとレオン様に引き擦られ、
街中の人達にクスクス笑われながら目的地……エリック・ベルツなる人の研究所を目指すことになった。
……ううっ、つい釣られてしまったのはこっちの方だよ!
フォレスの男前っっ!!
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街の人に教えてもらったエリックさんの研究所は、街外れの高台にあった。
灯台のような建物の隣に、二階建ての大きな造りの建物。
レオンがその扉に取り付けられている魚の形のドアノッカーを取り、コンコンと叩く。
ここに来るまでに街の人たちに道を尋ねたら、皆口々に「エリックは変わり者だから気をつけて」と言われていたので、
どんな人が出てく来てくれるのか、私はちょっとへっぴり腰になりながら、レオンの後ろに隠れている。
もうだいぶ、個性の強い人たちに対する耐性は付いたと思うけど……やっぱり初対面の変わった人、というのは緊張しちゃうんです。
「は~い」
すると、間延びしたような若い男の人の声が聞こえ、内側から扉を開けてくれた。
そこに立っていたのは、やや赤みがかった金髪を後ろで一纏めにした、水色の瞳の優しそうな男の人。
レオンやフォレスより少し年上くらいかな? 丸い眼鏡がとても似合っている。
少しだけ撚れ気味の、それでも清潔そうなシャツの上に白衣を羽織り、踝まで捲くったズボンはダボッとした印象だ。
ヘクターさんのような、人を食い殺しそうな獰猛な雰囲気ではなかったことに一先ず私はホッと息を吐いた。
「……ミスターベルツ? 突然の訪問を許して欲しい。
ボクはレオンドール・フォン・アウンスバッハ。冒険者をしている者だ。
後ろの二人はボクの仲間でリコとフォレス。
この街の近くの海域で起きている問題について、ギルドから派遣されてやって来たんだが、
君が海の生物や魔物に詳しいから、是非話しを聞くと良いと聞いてね。不躾ながら扉を叩かせて貰ったよ」
そう言いながら会釈をし、にこやかに片手を差し出すレオンの手を取り、
「……うわぁ~! デュレクの英雄、レオン様が僕を尋ねて来るだなんて……夢じゃないですよね!?
お初にお目にかかります、レオン様。エリック・ベルツと申します。
今はこの研究所で、海の生物や魔物の研究を主に行っています。
……男の一人住まいなので、快適な環境をご提供できる自信はありませんが……広さだけはありますので、どうぞ」
レオンと握手を交わし、エリックさんが私達を迎えてくれた、その中は、
「うわぁ~~!!」
思わず声を上げてしまう程の水色の空間だった。
小さな水族館とでも言うべきか、壁面は一面が水槽になっており、内部にも大小様々な水槽が所狭しと並んでいる。
それぞれの水槽の中には、色とりどりの魚の群れや、カニみたいな海底に棲んでいる生物、獰猛そうなサメのような生き物なんかもいて、本当にまるで水族館みたいだ。
「海の生き物の観察と研究が趣味なんですよ。
一階はほぼ、水槽と研究設備で埋まってしまっていますから、皆さま、二階へどうぞ」
と、水槽を眺めながら私達を案内してくれるエリックさん。
優しく水槽を見つめるその瞳は、本当に海の生物が大好きなんだということを物語っているようだった。
「すごく立派な施設ですね! ここをお一人で?」
日本でも大好きだった水族館のような雰囲気に、私はなんだか興奮してしまい、ニコニコと笑いながらエリックさんに話掛ける。
エリックさんはとても優しそうだし、なんというか……人をほんわかさせる雰囲気を持った人だったから、この施設に入る前の警戒心なんてあっという間に吹き飛んでしまっていた。
「ええ。この施設は、僕と同じく海の生物をこよなく愛した祖父から受け継いだものなんですよ」
「でも、この量のお魚さんをお一人で飼育するのは大変そうですね……」
「そうですね、飼育をするとなれば大変でしょうが、大水槽は魔法で海底と繋げているんですよ。
ですので、彼らは今、実際には海に棲んでいて、それを僕がここで見せてもらっている訳なんです。
座標を変えれば他の場所の生物達を観察する事も出来ますよ」
わーお! それはまた便利な水槽ですね!
いつも思うんだけど、この世界の魔法って、大概ズルいよね…。
科学力がくすんで見える程だよ……。
「海の生物は、本当に不思議で美しいです。
魔道具を使わなければ、僕達では息も出来ない水の中で、どうやって生きているのか……。
見て下さい、あの背びれや尾びれの動き! 僕たちとはまるで違った進化を遂げた生き物達なんです!
それにあの、キラキラ光る鱗の美しさ、軟体生物のなまめかしさ、効率的かつ機能性に優れた食事方法……。
一つ一つは小さな固体かもしれないけれど、そのどれもが違った進化を遂げ、優美さを競う貴婦人達のように海の中でさざめき合う……。
これを奇跡と言わずして何と言いましょうか!?」
突然、大統領演説もビックリな勢いで語り出すエリックさん。
そのあまりの勢いに驚いてしまう。
こういう所が、もしかしたら変わり者って言われちゃう所以なのかな?
……けど、私はこういう、自分の好きなことに一生懸命な人、好きだな~。
「フフッ。私もお魚さんを見るのは大好きですよ!
優雅に泳いでいるのを見るだけでも癒されますよねぇ~」
水槽の前で立ち止まり、大演説をしていたエリックさんに、私はフフっと微笑みかける。
すると、エリックさんは突然ギュンッとこちらを振り向き、
「おお! 貴方にも解りますか! あの優美な動きが齎す安息効果が!
あの尾びれの動きには、規則性があってですね、種類によって違うのですよ!
発情期になると違う動きをする種もいましてね、顔の周りにエラを張ったり特殊な音を出したり、中には変色さえする種がいてですね……」
……と、何かスイッチが入ってしまったエリックさんによる海洋生物の説明を、私達は突っ立ったまま三十分程聞かされる羽目になった。
「……だから言ってんだろ!? 無自覚に他人を煽るんじゃねぇって!」
そろそろ疲れて来たらしいフォレスが、私にそんな悪態をついてくる。
けど、私はエリックさんのお話を大変楽しく聞いていたので、そんなの何処吹く風だ。
フォレスくん、エリックさんが一生懸命説明してくれてるんだから、ちゃんと話を聞きたまえよ!
「なるほど~! 凄いですね、海の生物って! ……この世界なら、人魚にも会えるかな?」
お伽話に出て来た人魚姫。
この不思議がいっぱいの異世界にならいるんじゃないかな、と、何の気なしに口にした私の言葉。
「……に、人魚……?」
今まで楽しそうに解説をしてくれていたエリックさんがギョッとしたように私の方を見て、呟いた。
……この世界にもやっぱりいないのかな~。会いたかったな、人魚姫。
と、私がしょぼんとしていると。
「……いますよ、人魚。今はちょっと……会える状態ではないですが」
エリックさんが俯いて、とてもとても辛そうに言ったのだった。
お読み頂き、有り難うございました!




