第三十二話 来訪者
会議室を出た所で、何処かに向かう途中のヘクターさんとバッタリと出会った。
「よぉ、おまえら。今回はお疲れさん。
お陰で蒼炎洞も通常営業を開始したぜ。市民の生活に甚大な影響が出る前で良かった。……礼を言う」
そう言ってヘクターさんが頭を下げた。
うわっ、ギルド長さん自ら御礼を言ってくれるなんて、なんだか申し訳ない!
「頭を上げて下さい、ヘクターさん、今回は運が良かっただけで……」
相手が残念だっただけだしね!
あわあわする私に同意するように、レオンも言ってくれる。
「その通りだ、ヘクター。今回はリコがいてくれたから何とかなったようなものだし……。
村の脅威になる可能性のある禍の目を摘むのは、ボクらの仕事だ。
過分な報酬まで支払って貰って、こちらこそ感謝しているよ」
そのレオンの言葉を聞き、ヘクターさんがやっと頭を上げてくれる。
ふぃ~、焦った、焦った。
どうやら私、サラちゃんが側にいない時のヘクターさんにはだいぶ萎縮してしまうみたい。
……サラちゃんがいたらいたで、そのギャップにビックリして固まってしまうのだけどね……。
「感謝してるのは俺だけじゃねぇからな。蒼炎村の村長からもくれぐれもよろしくと言付かってるしな。
……ところで、明日の夕刻頃には、サウスにやった職員が戻ると通信が入った。
悪ぃが、明日また来てくれるか? 職員の話はお前らも同席で聞いて欲しい」
その言葉に、レオンが頷いて請け負う。
こんなに頻繁にお仕事に出掛けることになるなんて、レオンもフォレスもよっぽど信頼されているんだね。
私も、少しでも彼らのお手伝いが出来るように頑張らないと!
「それと、お嬢ちゃん。サラがまた特訓に付き合って欲しいそうだぜ。
この街でサラと拮抗できるのなんてレオン以外ではお嬢ちゃんくらいだからな。
よっぽど楽しかったんだろう、そりゃもう、可愛い笑顔でさぁ……」
突然愛好を崩すヘクターさん。
もう! 黙って立ってれば屈強なナイスガイなのに、こういう所、残念だと思います!!
そんじゃ頼むわ~と、私達にヒラヒラと手を振り、ヘクターさんは去って行った。
「あ~あ、サラに目ぇ付けられてやんの。……お前、大変だぞ、これから」
クックックッとフォレスが肩を震わせて笑っている。
途端に、訓練場でのサラちゃんのあの獰猛とも言える笑顔を思い出す。
……あ~……、なんとなく、解るかも……。
そうして私達が灯亭に戻ると、ジーナちゃんが「おかえりなさいませ!」と笑顔で迎えてくれた。
「やぁ、ジーナ。突然留守にしてごめんね。
……ところで、今日から三人部屋に変更したいと思うんだけど、空いているかな?」
ちょっとレオン様! なんですか突然のその爆弾発言は!!
「ハイ、大丈夫ですよ! 私も、同じパーティーのお仲間なのに別室なのもどうかと思っていたので、お部屋を整えておきました。
こちらが鍵です、どうぞ、レオン様」
ニコニコ顔のジーナちゃんがそう言ってレオンに鍵を渡している。
……ちょっと、ちょっと!? 同室だなんて、私の心臓がもたないよっ!!
「まぁ、俺は構わねぇけどよ……、お前、大丈夫なの?」
と、珍しくフォレスが心配そうな表情でレオンに尋ねると。
「……別部屋にリコが一人の方が心配なんだよ……ボクの理性が」
ぶっ!
何を言い出すのでしょうか、この王子様は!?
フォレスがいたところで、レオンのスキンシップ過多は変わらないと思うし、いい加減私も身の危険を感じているんですけど!?
「ぶははっ! そりゃそうか。
そんじゃ、まぁ、せいぜい監視していてやるから頑張れや」
リコを叩き起すにもちょうど良いだろ、なんて爆笑しながら言って、フォレスがカウンター脇の階段を上がって行く。
違うでしょ、フォレス! そういうことじゃないんだってば!!
「そういう訳だから、よろしくね、リコ。
……今日はボクの番、は決定事項だから、これもよろしく」
フフっと微笑んで私の腰を抱き、部屋へ誘導するレオン。
頭の中では売られて行く牛の嘆きを歌ったあの歌のメロディーが大音量で流れてるよぉぉ~~!!!!
だけど、このパーティーのリーダーはレオンで、フォレスにも異論がない以上、私に何も言うことなんか出来ない。
何度も一緒に野営をした仲間だし、今更緊張もあったもんじゃないと思うんだけどさぁ……。
危険に囲まれた野営と、平和な街の中じゃ、やっぱり何処か違うと思うし……。
……なんだかレオンがギラギラしてるんだもん~~!!
そうして連れて来られたのは、今まで私が使わせて貰っていたお部屋よりかなり大きなお部屋。
窓際にベッドが三つ並べられている以外は、洗面所とお風呂、簡単なテーブルと椅子、という造り自体は変わりがない。
明日はまたギルドへ行かなければならないし、今日はゆっくりしようとレオンが言うので、
私達はダイニングで夕食を頂き、順番にお風呂に入り、夜に至る。
……そう、夜に至ってしまいました……。
「おやすみ~」
と、早々にフォレスが布団に包まり、の○太もビックリな早さで、軽く鼾すらかきながらあっという間に寝てしまう。
寝付きの早さ勝負では、私と同等と思われるフォレス。
……けど、今日はもうちょっと頑張って欲しかったよ! お話しようよ、フォレスさん!!
「さ、ボクらも寝ようか」
何処か熱っぽい瞳で私を見据えたレオンが、私が腰かけているベッドに潜り込んで来る。
「……あの、レオン……やっぱり?」
「決定事項だって言ったよね? ほら、早く」
そう言って、オドオドしている私をレオンがベッドに引きずり込んだ。
ギャアアア~~!! 湯上りのレオン様から、石鹸の良い匂いがします!
昨日も着ていたシルクの夜着は薄手の為、その体温をダイレクトに感じさせて来ますっ!
「今日一日、ずっと楽しみにしてたんだ……。なんだか今日は一日、リコ不足だったから」
リコ不足ってなんですかレオン様!
大概スキンシップ過多なんですよ、貴方は!
今だって色っぽく私を……見つめて……
「リコ」
ふわりと抱き締められる。
ドキドキはするけど、私にとってもこの腕の中はとても安心出来る場所みたい。
石鹸の匂いと、夜着についた、普段レオンが使っているコロンの優しい匂い。
心から安心させてくれる体温と優しい香りに包まれて、寝付きの良さに定評のある私に眠るな、という方が無理な注文だ。
「……君を抱き締めていると安心するんだ……。
お願い、ずっとここにいて……」
そう言うレオンの言葉も、だんだん小さくなって聞こえて。
「……ちがう、わたしが、そばにいたいの……」
おずおずと、控えめにレオンの腰辺りに伸ばされた私の手が、キュッとレオンを抱き締めた……
……のは、勿論記憶にございませんっ!
------------------
「たぁぁのもぉぉぉぉ~~~~!!!!」
バターーン!! と大きな音を立てて扉が開かれ、そんな元気な女の子の声が聞こえて来たのは翌朝のこと。
私は相変わらずレオンの腕に包まれて、幸せな眠りの中にいたのだけれど……
「お客様! レオン様たちはまだお休みですから……ってああっ!」
焦ったようなジーナちゃんの声が必死で止めているけど、
「勝負を申し込みに来たわ、リコちゃんとやら……ってちょっとぉぉ~~!?」
女の子の絶叫が聞こえたかと思ったら、毛布を剥がれて強制的に朝の空気に曝される。
誰だか知りませんが、私を起こしてくれてありがとうございます……。
「レオン様と同衾だなんて不純よぉ~!! 離れなさい、この女男ぉ~!!」
そんな叫び声が聞こえ、寝起きのフワフワした感じの中にいた私は、物理的に叩き起される。
……だぁれ? もう……。リコさん、まだ眠いんですけど……
「……クッ。そんな可愛い顔して王子だなんて……
レオン様を誑かすなんて、絶対に許さないんだからぁ~!!」
ガクガクと強い力で揺さぶられ、私がぐぇっと声を漏らすと、
さすがにその大騒ぎに目が覚めたのか、レオンとフォレスがベッドからむくりと起き上った。
「……朝からうっせぇな……って、ティナじゃん。なんでここにいんの?」
「ティナ、おはよう。けど、何度来てもボクらは君をパーティーに入れるつもりはないから……」
悪いけど、ボクの枕返してね、と、ガンガン揺さぶられている私をその子の手から奪い返す。
……ちょっと、レオン! 人を抱き枕扱いするのやめて!
「おはよう、リコ。今朝も可愛いね」
ちゅっ、と私の頭に軽くキスを落とすレオン。
「寝グセ付いてんぞ~」
と、フォレスがニヤニヤ笑いながら私にそう言った。
もう! 二人とも、この異常事態になんでそんなに平常運転なワケ!? 寝起きの悪い私だって、いい加減目を覚ますよ、いくらなんでも!
「ティナ、言ったよね。何度来ても君ではボクらには勝てないし、パーティーに入れるつもりはないって。
それに、こういうのはもう禁止にしてもらった筈だけど?
……せっかくリコの可愛い寝顔を堪能してたのに……
それを頓挫させてボクを呆れさせてまで、何か用なの?」
私を抱き締めてそう言うレオンの背後から、ヒュゥゥ~と冷気が発せられているようです……
怖い、怖いですレオン様!
目の前の女の子なんてもう泣きそうじゃないですか!
……と、その時初めて、私の瞳はしっかりとその子の姿を認めた。
フワフワのピンクブロンドの髪をツインテールにした、ものっすごい美少女だ。
勝ち気そうな大きなピンク色の瞳をウルウルさせながら私達を見つめている。
その小さな桃色の唇はワナワナと震え、今にも泣き出してしまいそうな表情だ。
そして、何より目を引くのは、頭に生えた金色にも見える狐の耳と、背後で揺れている大きなフワフワのしっぽ。
水色のワンピースに簡易的な胸当てを付け、健康的な長い脚は茶色いショートブーツに覆われている。
年の頃は12歳くらいかな。
サラちゃんと同じくらいに見えるけど……聞けばサラちゃんたち風の民さんは、ある程度で成長が止まってしまうんだって。
だから、サラちゃんは私や、ヘクターさんよりもずっと永く生きているんだと杖を譲ってくれた時に教えてくれた。
……って、今はサラちゃんのことじゃなくて、この子だよ!
皆さまの知らない情報をお伝えしなければならない使命感に燃えてしまうのは、物書きの悪いクセですね!
「だって……だって、レオン様……」
ティナちゃんと言うらしいその女の子は、ついにその大きな瞳からポロポロと真珠のような涙を零してしまう。
あ゛あ゛あ゛~~、レオン様、女の子を泣かせるなんて、らしくないですよ!!
「あたし、この間の祝勝会、抽選に外れて行けなくて……。
そしたら、もう祝勝会はしないってレオン様が言ったって聞いて……。
倍率が高すぎて毎回は行けなかったけど、祝勝会はレオン様とお話が出来る唯一の機会だったのにっ!」
そう言ってボロボロと涙を零すティナちゃん。
ああ~! なんだか見ているこっちの心が痛くなるよっ!
それに、祝勝会中止って何ですか、レオン様! やっておあげなさいよ! レオンらしくもない!
「……あたしは魔法使いだし、レオン様やフォレス様には敵わないのは良く解ってたけど……諦め切れなくて!
リコちゃんとやらは魔法使いって聞いたし、その子に勝てたら、もしかしたら私もって思ったら……」
我慢出来なかったんだもんっと、大泣きするティナちゃんに、私達は何も言う事が出来なかった。
美少女の涙に抵抗するなんて、月を大砲で撃ち落とそうとするくらい、無駄な行為だもん。
……それにさぁ、解るんだよね。
レオンに恋する一人の女の子として、彼と接する機会がなくなってしまうなんて、世界が闇に包まれるくらい絶望的な状況だ。
少しでも側にいたい。
その気持ちは、恋する女の子の世界共通の願いだよね。
……けど、私ももう、今の立場を他の子に譲ることなんて、絶対に出来ないんだけどね。
「ティナ、ちゃん?」
レオンの腕から這い出て、大泣きするティナちゃんに出来るだけ優しく声をかける。
「……私が、レオンの側にいて、役に立てることが解れば、ティナちゃんも納得できるのかな?
……申し訳ないけど、私がティナちゃんに負けることはないと思う。
適性の問題以上に、私だってレオンを護りたいから、今よりずっと強くなろうって決めてるし……」
『心眼』で見たティナちゃんの保持適性は炎と風。
ザルな心眼さんが「勝ち気な美少女」とだけ告げているのを見ても、強さは推して測るべしだ。
……ええ、相変わらずザル過ぎますね、心眼スキル……。
「今日は、夕方には次のお仕事の為に、ヘクターさんと職員さんと面会しなきゃならないの。
お仕事は何よりも大切だから、そんなに長くティナちゃんに付き合ってあげることは出来ないかもしれない」
けど。
「それで良ければ、貴女の大切なレオンを、私が護れる存在だって認識してもらって、安心させてあげたいから……」
何処にでも付き合うよ、とそう言えば。
「出た、天然タラシ!」
……と、フォレスがヒュウッと口笛を吹いて茶化してくる。
ってか、こういうのはアンタの仕事でしょうよ!?
少しは働きなさいよ、フォレスのイケメン!!!!
お読み頂き、有り難うございました!




