第三十一話 ……ごちそうさま。
「何ごとだ!?」
悲鳴を聞き、レオンが部屋に飛び込んで来る。
そして、フォレスに抱き付いている私を見、そのまま固まってしまった。
「キャーレオンさまぁ~、リコが夜這いして来たのぉ~、たすけてぇ~」
フォレスが楽しそうにしなを作って裏声でそんな事を言っている。
何それモノマネのつもり!? 全然似てないから!!
そしてレオン様、怖いです! 負のオーラが背後から漂っています!
事故、事故ですからお怒りを静めて下さい!!!!
「……リコ、おいで」
黒レオン様はそう言って、ベッドの中で固まっている私を抱き上げ、無言でその部屋を出て行く。
「ぶははっ! あからさまな嫉妬しやがって……。おもしれ~!!」
……と、フォレスが腹を抱えて笑っているけど……
爆笑しているヒマがあったら、ただの事故だって一緒に弁明してくれないかなっ!?
「リコ、説明して。今朝の状況はなに?」
連れて来られたのは、どうやらレオンのお部屋みたい。
大きなベッドとアンティーク調で品良くまとめられた書き物机と服飾棚、黒い革張りの応接セット。
大きな窓は白いカーテンと群青色の重厚なカーテンが重ねられていて、今は白いカーテンだけが陽の光を遮っている。
帰って来ていない間も、毎日丁寧にお掃除されているのだろう、とても過ごしやすそうな空間。
……なんだけど……。
今、私は、レオンにしては珍しく、少し乱暴にドサっとベットの上に投げ出され、
顔の脇をレオンの両手で囲われ、覆い被さらんばかりの勢いで迫られています……。
その表情は怒りと焦りをごちゃ混ぜにしたような真剣なもので。
……ええ、そんな表情もとても麗しゅうございますが……朝から背筋も凍る恐怖体験をさせて頂いております……
「リ・コ?」
あまりの恐怖に言葉が詰まってレオンを見上げるしか出来なかった私に、レオンが促すようにそう言った。
……ううぅぅ~、怖いよぉ……
けど、話せばきっと解るハズ……ってか、説明しないとどうなるか解ったモンじゃない。
私は恐怖を抑え、レオンを上目使いで見つめて説明を試みた。
「……昨日の夜、遅くまでリリィ様とクラックさんにお付き合いして、お洋服の試着をしていたの……。
でも、あんまり遅くなっちゃって、私、眠くて……
間違えてフォレスのお部屋に入り込んで寝てしまった、みたい……」
本当にそれだけなんです、レオン様!
確かに確認もしないでベッドに入り込んで、おやすみ一秒で寝こけた私も悪いけど、
元はと言えばリリィ様に夜遅くまで付き合わされたのが原因なんだからね!?
と、そんな私の言葉を聞き、レオンがハァァ~~と深い溜息を吐く。
「……危機感がなさ過ぎなんだよ、君は……」
そう言って、片手を私の頭の脇に置いたまま、ポフッとベットに倒れこんで来る。
……ちょっ!? 私には今のレオンの方がよっぽど危険動物に見えるので、危機感がないと仰るなら逃がして頂けませんかね!?
「……母上が遅くまで付き合わせて悪かった。あの人は服飾のことになると前後の見境がなくなる時があるから……
……けどさ、リコ、君ももう少し気を付けよう?
あの状況を見て、ボクがどんな気持ちになったか、君に解る?」
ギュウウ~~っと私を抱きしめるレオン。
私はまだネグリジェのままだし、レオンも薄いシルクの夜着のままなので、その体温がダイレクトに伝わって来る。
ハッキリ言いましょう! とても恥ずかしいです!
だけど、そんな事を言い出せる状況でもなく黙ってレオンの腕の中に納まっていると、レオンがポツリと呟いた。
「……嫉妬で、狂ってしまうかと思った……」
え~……。
フォレスなんてただの甘党の笑い上戸だよ?
確かに見た目は格好良いかもしれないけど、私にとってはお兄ちゃんにも親友にも思える感じの、気さくな間柄だし……
フォレスだって私のことなんか女の子として見てないと思う。実際、玩具って言われてるワケだし……。
昨日から一番はレオンだよって言っているのになぁ……。
これからも一緒に旅をする以上、こんな風にフォレスに嫉妬していたら、レオンの身が持たないんじゃないだろうか……?
私の肩口に顔を埋めるレオンの柔らかい髪を撫でながら、私がそんな心配をしていると、
ふと、レオンがその顔を上げて、申し訳なさそうにキュッと眉を寄せる。
「……ごめんね、リコ。こんなの格好悪いよね。
……けど、ボクも初めての気持ちで、自分でもどうして良いか解らないんだ。
君に誰も触れて欲しくないなんて……そんなこと出来る筈もないのにね……」
あ~あ、本当に格好悪いなぁ……、と呟きながら、レオンが私の隣で仰向けになる。
拘束を解いてもらえたことにはちょっと安心するけど……
……もうレオンったら。嫉妬だなんて、ちょっと嬉しいじゃないか!
フフッと笑ってしまった私を、レオンが首だけこちらに向けてぷくっと頬を膨らませる。
うっは! 超絶可愛いです、その表情! 心のアルバムのトップに頂きますね!!
「……何がおかしいの、リコ?」
むくれたレオンが、尚も笑っている私の頬をつまみ、ぷにっと軽く摘み上げた。
「……だって……。これでおあいこかな、って思って」
ちょっと喋りにくいのが解ったのか、次の瞬間には手を離してくれる。
「おあいこ?」
「うん。私だって、レオンが女の子たちにハグしてるのを見た時、胸がチクっとしたから……。
……何だろうって思ってたけど、あれって今思えば嫉妬だったんだね」
そう言った瞬間、レオンが目を大きく見開いたかと思ったら……次の瞬間には満開の笑顔になっていた。
……う、わぁ……!!!
何だこれ、何だこれェ~!? こんなに嬉しそうなレオンの表情なんて見たことないってくらいの、破顔。
耐性のなかった頃の私が見たら、間違いなく鼻血を出していただろう。
「……へぇ~、そっか、そっか。君も嫉妬してくれてたんだ……。そっかぁ……」
そう呟くレオンの機嫌は、もうすっかり直ったみたい。
はぁ~良かった! あのままだったら私、なんだか危なかった気がする……生命の危機的な意味で。
「……けど、フォレスにばかり良い思いをさせるのは癪だな……。
……リコ、今日はボクの番。良いよね?」
ええ~~!? ダメですレオン様、そんなの絶対に眠れません!!
「ダメとは言わせないよ。もう決まり。……それと……」
昨日のおまじないが欲しいな。
そうして、身体を私に向けて、悪戯っぽく微笑むレオン様。
なんだかもう、色気がダダ漏れで失神しそうですけど、いよいよ私の息の根を止めにかかってます!?
それに、昨日のおまじないってアレですよね……?
「リ~コ? ボク、とっても傷ついちゃったなぁ? 悲しくて悔しくて、泣いてしまうかもしれないなぁ~?」
言いながら、悪戯っぽく、何かを期待するかのような瞳で私を見つめるレオン。
……あ~、ダメだ。こんな表情のレオンに私が敵うワケがない。だって大好きなんだもん!
「……もう、今日だけだからね!?」
そう言って体を起こし、レオンの顔に自分の顔を近付けると……
ちゅっ
そんな音を立てて、私の唇のすぐ脇に何か温かいものが触れた。
「……だから言ったでしょう? 君には危機感が足りないって。……ごちそうさま」
驚いて固まる私の前で、大変満足げなレオン様がニッコリと微笑んでいらしゃる……
……これはアレですか。昨日の逆襲か何かですか……。
朝の爽やかな空気の中、私は顔を真っ赤にして、レオンのベッドで固まるというなんだか傍から見たらなまめかしい事態。
……どなたかこの誑かし魔の暴走を止めて頂けませんかねっ!?
私の心臓がいくつあっても足りませんっっっっ!!!!
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そんな事件もありつつ、何やら早く店に帰って試したいことがあると言って深夜に帰って行ったというクラックさん以外の三名は、
アウンスバッハ家で遅めの朝食兼昼食を頂いた後、お屋敷を辞すことになった。
「リコちゃぁぁ~~ん!! 早くお嫁に来てねぇぇ~~!!」
今日も絶好調に力強いリリィ様のハグを受け、また来ます、と穏やかに手を振る。
お庭では、再びカールに飛びつかれそうになったが、カールは隣に立つフォレスの存在を認めると
「ガルルルルルル……!!」
と、獰猛な野生の表情で牙を剥いた。
「おう、やるのかワンコロ」
と、一触即発な雰囲気の一人と一匹を宥めるという面倒臭い事件に見舞われるというオマケ付きで。
……フォレスさんや、ワンちゃんに相手に剣に手をかけるのはやめなさい、大人げないから!
「楽しかったね! 連れて行ってくれてありがとう、レオン!」
と、ニコニコ顔の私の頭を、レオンがポンポンと優しく撫でてくれる。
「いや、こちらこそ、付き合ってくれてありがとう、リコ。あんなに楽しそうな母上は久し振りに見たよ。
……悪いけど、来月もまたよろしくね」
そうなのだ。
来月ある女神祭とやらの際には必ずリリィ様の元を訪れるように、と、念書まで書かされて約束させられてしまっているのだ。
聞けば、創世の頃からこの街を見守ってくれている女神様を称える、一年に一度のお祭りなんだって。
街中が女神様のイメージカラーである白いお花や布で飾り付けをして、
出店を出したり街道をお揃いの白い洋服を着た子ども達がパレードをしたり、
その年一番の「女神様」を決めるコンテストみたいなものもあるらしい。
何故だかそのコンテストに私を出すとリリィ様がはりきっており、
「本気で女神様を狙いに行くから、絶対に来るのよ?」
と、獰猛とすら思える笑顔でおっしゃっていた。
別に美人コンテストという訳ではないので、男性や、クラックさんのような人も出場可能らしい。
その年の女神様、というのは街の人にとっては大変に名誉で憧れの対象になるようで、
教会での祭典や結婚式の立会人を頼まれたり、議会に立ち合ったり、時には街の代表として他国と外交をしたり、一年の間、街の顔を務めるのだとか。
リリィ様も何年か前に女神様を務めたことがあるんだって。
似合いすぎてビビるよね。
「コンテストはともかくとして、お祭りはとっても楽しみ! 普段は出ないような露店が出たりするんでしょ?」
と、それに答えてくれたのは下町代表のフォレスだ。
「おぅ! そりゃあ盛り上がるぜ! どの店も、祭りに向けて良い品を仕入れまくってるからな。
浮かれて財布の紐が緩くなる奴も多いから、一年で一番の稼ぎ時なんだよ。
この時期だけは他国からの出店も来るから、色んな甘味が出揃うぜ!」
ククク、と舌舐めずりすらしながらフォレスが楽しそうにそう言った。
……ちょっとやめなさい、イケメンがそんな顔をして狙っているのがスイーツだなんて、がっかりにも程があるから!
「一緒に回ろうね、リコ」
いつの間にか自然に取られた手にグッと力を込め、レオンが笑顔で言ってくれる。
「うん、楽しみ!」
私も満面の笑顔でお返事しておきました。
本当に、今からとっても楽しみです!
「ちょっとギルドに寄ろうか。今回の依頼の清算と分配をしよう」
と、レオンが言うので、私達はギルドにやって来た。
真相はとても残念な理由によるものだったけど、蒼炎洞の魔物を駆逐し、解放したのだから、お仕事は大成功と言えるだろう。
再び要塞めいた建物に入り、私達は報酬受け取りの窓口へ向かう。
眼鏡をかけた真面目そうなお兄さんがレオンを認め、
「お待ちしておりました、レオン様」
そう言って書類と、何やら重そうな子袋をレオンに手渡した。
「ありがとう、フリッツ。分配をするから、会議室を貸してもらえる?」
書類にサインをし、彼に手渡しながらレオンが言うと、お兄さんが鍵を渡しながら「三番をお使い下さい」と、私達を送り出してくれた。
お兄さんにペコリと会釈をしながらレオンに続いて行こうとすると
「おいで、リコ。こっちだよ」
と、レオンの手が私の腰をスッと抱く。
そんなに心配しなくても迷子になんかならないよ!!
そうして転移装置を使い、会議室に移動をする。
着いたのは一つ一つが天井まである壁で仕切られた、どこか日本の会社を思わせる整然とした廊下。
「一部屋毎に遮音の魔法がかけられているから、依頼を受ける時や、報酬の分配なんかはここを使うことが多いんだよ」
なるほど。
いかにデュレクが平和でも、情報の管理は大事だしね。
お金の問題なんて、人の心を乱す最たるものなんだから、おいそれと他人に情報を与えるものではないですね。
レオンが鍵を開けた三番の会議室の中には、重厚なテーブルと革張りの椅子が6つほど並べられていた。
そこにレオンと並んで座り、対面にフォレスが座る。
「今回は、達成料が金貨一枚と銀貨五枚、成功報酬も同額支給されている。
それと、三頭狗の魔石を父上が買い取ってくれた分が、金貨五十枚」
と、告げるレオンに、フォレスが驚愕の声を挙げる。
「ご、五十枚!? なんだそれ、あの魔石、そんなに貴重なものだったのかよ!?」
えーと、この世界には金・銀・銅の貨幣があって、金貨は銀貨十枚、銅貨百枚の価値があったはず。
銅貨を千円、銀貨を一万円、金貨が十万円の価値があるとすると……
……わ~お、あのワンちゃんの魔石の価値、日本円にして五百万!?
あまりの金額に私も驚いて声を失った。
「ああ、世界に二つとない魔石だ。さすがは三頭狗、伝説と言われているだけのことはあるな。
宝飾品としての価値もさることながら、魔力増幅・疲労回復・速度上昇・ダメージ軽減の効力が付与されているらしい。
父上も初めて見たと興奮していたよ。……まぁ、買い取り金額の数倍の価格で売り払ってみせると豪語していたけど」
魔石ってそんなに価値があるものもあるのか……。まさに一攫千金だね。
……そんな魔物を、わりとえげつない方法で倒してしまい、なんだか申し訳なさすら感じるよ……。
「宿代や必要経費を差し引いて、一人当たり金貨十五枚と言った所かな。
リコ、今回は君がいなかったらどうにもならなかった。これは正当な報酬だから、君もちゃんと受け取ってね。
ボクもフォレスも男だから、君にとって必要なもので解らないものもあるから、何かあればこれを使って用意して欲しい」
私の前に詰まれる金貨の山。
ひゃっ、百五十万円!!?? そんな大金、怖くて持ち歩けないよぉぉ~~!!
見たこともないような大金を前に私が恐れ慄いていると、
「リコ、良ければこれを使って」
と、レオンが渡してくれたのはピンク色の可愛らしいガマ口のようなもの。
「内部をボクの異空間に繋げてある。
……これは信頼してもらうしかないんだけど……ボクが確かに『リコの分』として認識した金額を収納しておけるよ。
大金を持って歩くのは、さすがにボクもフォレスも怖いからね、アウンスバッハの血を活用させて貰っているんだ。
ちなみに、このお財布はリコのギルドカードと指紋なんかを記憶させておけば、リコにしか開くことが出来ない魔道具だ」
わ~~!! なんと便利なアウンスバッハの血、そして魔道具!
良かったぁ~、こんな大金、ただの女子高生の私には怖くて持ち歩けないもん!!
「ありがとう、レオン。有り難く使わせて貰うね」
有り難く受け取っておくことにする。
今回は魔石のおかげで特に高額だったけど、レオン達は冒険者なのだ、こうして仕事をして、生計を立てている。
私も仲間としてパーティーに入った以上、お仕事をして報酬を頂くという当たり前のことを、覚えていかなければならない。
バイトはしたことはなかったけど、一応、作家として書籍を販売していた身としては、「仕事」というものに対する責任感は持っているつもり。
お役に立てたかどうかは別として、正当な報酬なら仲間内全員で分配する、というのは当たり前の事だろうしね。
……正直、旅の資金や物資の調達、宿代等はレオンが管理してくれているし、特に必要なもの、というのも思い当たらないので、すぐに使い道は思いつかないけど……
また今度、お買い物をする機会があれば、レオンやフォレスに日頃の感謝を込めて贈り物をするのも良いかもしれない。
装備やら何やらで、たくさんお金を使わせてしまったしね……。
「それと、出来ればこれも持っていて」
と、渡されたのは、以前にレオンがフォレスとの通信で使っていたビー玉大の飾りのついたネックレスだ。
「リコは風魔法が使えるから、このギルド内にいる程度なら連絡が取れるけど、
フォレスと連絡する時や、遠く離れてしまった時なんかは、これを使った方が便利だから」
そう言って、レオンが私のネックレスに羽を二つ、付けてくれる。
「レオンドール・フォン・アウンスバッハ、フォレス・オークレール」
レオンがそう呟いて魔力を籠めると、ネックレスがパッと光った。
同様に、レオンとフォレスのネックレスにも羽を取り付け、「リコ・イチノセ」と呟き、輝かせる。
「ボクら三人用の連絡道具にしておいたよ。
他人には連絡できないけど……まぁ、リコに他人への連絡が必要な状況を作ってあげる気はないし、ボクとフォレスに連絡できれば充分でしょう?」
突然、黒く笑うレオン様。
ちょっと!? 突然の黒レオン様は本気で心臓に悪いので、自重して下さい、自重!!!!
お読み頂き、有り難うございました!




