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第三十話 マネキン人形の事故

 

 そんな私達の元へ、「レオ~ン、リコちゃ~ん、お茶にしましょ~!」と風に乗ってリリィ様の声が届いた。

 ここにいらっしゃる訳ではないけど、なんとなく、気恥ずかしくなってレオンから身体を離す私。

 そんな私を優しく見つめながら、レオンが「母上、今参ります」と風に返す。


「行こうか、リコ。

 ……今のことは、ボクとリコだけの秘密の契約にしようね?」


 そう言ってレオンが楽しそうに笑う。

 当たり前じゃないか! キスの約束だなんて誰に語ると言うのだ!


「早く契約を履行できるように、頑張るよ」


 私の腰を抱きながらフフっと黒い笑みを零すレオン。

 ……もう! レオンを煽ってしまうなんて、黒リコさんの大馬鹿者ぉぉ~~!!



 そうして連れて来られたのは、お庭に建てられた温室。

 色とりどりの薔薇の花を中心に、美しい花々が咲き誇っている。

 その夢のような景色の中心に可愛い猫脚の白いテーブルがセットされ、

 そこにはまた夢のように美しいルーファシアス様とリリィ様が穏やかに微笑みながら談笑していた。

 ……なんと絵になる光景だろうか。

 ここにレオンが加わればそれはもう、一枚の絵画のようだけれど……

 ……うう、自分がこの中に加わるのかと思うと、なんだか恐縮してしまう……。


 と、オロオロしている私に目を止め、レオンからエスコート役を買って出てくれたのはルーファシアス様だ。


「何て愛らしい妖精だろう! アナのセンスは折り紙付きだと言ったのは私だけれど……

 ……アナ、さすがにこれはやり過ぎじゃないか?

 君しか見えていない私はともかく、レオンには少々目に毒だ」


 良く通るバリトンの声でそう言いながら、あっと言う間にレオンから私を奪い去り、こっちへおいで、とテーブルに案内してくれる。

 色っぽく、そしてさりげないその手腕は、さすがにレオンのお父様、といった感じです。


「私の一番の自信作なのよ、ルー。しかも聞いて、お化粧は殆どしていないのよ!

 その長い睫毛も、潤んだ瞳も唇も、殆どリコちゃんの自前なのよ?

 こんな子がレオンに早々に保護されていて良かったと、本当に思うわよねぇ……」


 まったくだね、と言いながらルーファシアス様がご自分とリリィ様の間の席の椅子を引き、


「どうぞ、お姫様」


 と座らせてくれた。

 ……これも父親譲りか、レオン!


 そうして四人で美味しい紅茶とお菓子を頂きながら、談笑を続ける私達。

 ……主に私がイジられていたような気がしないでもないけれど……

 だってルーファ様(そう呼ぶ事を懇願された……)とリリィ様が私に色々聞いて来て、

 なんだかレオンの付け入る隙がなく、そろそろレオンも拗ねちゃうんじゃないかと心配していたのだけれど、

 屋根の上のおまじないはまだ効いているらしく、楽しそうに私を見つめながらご両親に近況報告やこれからの事などを話している。

 その視線はなんだかいつもより熱っぽい気がするけど……

 ……風邪なんかひいていないよね……?


「今日は泊って行けるのよね?」


 と、楽しそうにリリィ様が私達に尋ねたのはそんな最中だ。

 ……え、どうなんだろう?


「いえ母上、夕食を頂いたらお暇する予定ですよ」


 レオンがハッキリと宣言する。

 息子のその言葉を聞いて、リリィ様が机をバンッと叩き、立ち上がるではないか。

 ……ちょっ!? テーブルが壊れそうな勢いだから注意された方が良いと思います!


「半年ぶりにやっと帰って来たと思ったらこんな可愛い子を連れて来てわたくしを大喜びさせておいて、もう帰るだなんて許さなくてよ、レオン!

 オフは明後日までだってサラ経由でヘクターからの情報を握っているのだから、観念して今日はお泊りなさい!」


 ちょっ!? リリィ様、なんという情報網をお持ちなんですか!?


「いや、母上、こうしている間にも街で何が起こるか解りませんし……」

「この平和な街で何が起こると言うの!? わたくしの悲しみ以上に重大な事件があって!?」


 ……いや、リリィ様、その理屈はどうなんでしょうか……。

 ところが、そのリリィ様の滅茶苦茶な理屈を肯定するのはルーファ様だ。


「そうだぞ、レオン。こんなに楽しそうなアナは久し振りなんだ。たまには親孝行もしなさい。

 ……それに、お前が持ち込んだ魔石の鑑定もまだ済んでいない。

 商談もしなければならないだろう。今日は諦めなさい」


 レオンをそう諭すではないか。

 ……まぁ、毎日無事を案じている愛息子が半年ぶりに帰って来たというのだ。リリィ様の気持ちも解るけど……


「リコちゃんも良いわよね!?」


 と、強い力で私の両肩を掴み、ガクガクと前後に揺さぶって来る。

 本当に、リリィ様のこの力強さは意外としか言いようがないよ!


「……いえ、あの、私は良いのですが……仲間のフォレスにも何も言って来ていませんし……」


 揺さぶられながら、なんとかそう言い切ると、レオンがポン、と手を叩いて言った。


「そうそう、フォレスにも何も伝えていないのですよ、母上。

 あいつもボク達の大切なパーティーメンバーですからね、一人にするのも可哀想ですし……」


 そう言ってフォレスを口実に逃げようとするレオン。

 ところが、リリィ様はギラリとその瞳を輝かせ、


「……セバス、フォレス君も今すぐここに連れていらっしゃい!」


 と冷徹な瞳で告げる。


「畏まりました、奥様。一刻程お待ち下さい」


 私達のお茶の準備の為に側に控えてくれていたセバスさんが完璧な執事の礼でそう言い残し、風のようにその場から去って行く。


「これで良いでしょう? レオン。わたくしもフォレス君にも久し振りに会えて嬉しいし……文句はないわね?」


 あ゛あ゛あ゛あ゛~~!!??

 その黒い笑顔はさすが黒レオン様のお母様ですーー!!!!




 そうしてしばらくその場で待っていると、何だかギャーギャーと騒がしい集団が温室にやって来た。

 フォレス……は解るとして、何故かクラックさんも一緒にいる。


「良いじゃないの! アタシだってリリィに話があるのよぅ!」


 ……クラックさん、その大声で温室のガラスが震えて割れそうですから自重を……


「あらぁ~、クラックも一緒だったのね。いらっしゃい」


 と、リリィ様は特に驚いた様子もなくクラックさんを迎え入れた。

 ……お知り合いですか!?


「やほ~、リリィ。ちょっと相談があったから便乗しちゃったわ。

 ……せっかくフォレス君との訓練を楽しんでいた所だったけど、今回は許してあげる」


 バチン☆とウィンクをかまして気軽い感じでリリィ様に声を掛けるクラックさん。

 ……ねぇ、訓練をしていたと仰いましたけど、その乙女エプロンは通常仕様なんでしょうか!?


「良くてよ。わたくしもそろそろクラックに連絡しようと思っていた所でしたし。

 ……セバス、さすがに良い仕事をするわね」


 そういうリリィ様にセバスさんは「執事として当然でございます」と深々と一礼し、

 夕餉の支度を整えて参ります、とその場からまた去って行く。


「……まったく、お前らいつも強引なんだよ……お、リコ!」


 ブスッとした表情のフォレスだが、私に目を止めると驚いて目をかっ広げ


「馬子にも衣装だな!」

「言うと思ったよ!」


 そんな失礼な事を言うフォレスの頭を、私はパコーン! と良い音をさせて殴ってやったのだった。



 ------------------



「皆さま、お待たせ致しました。ダイニングへお越し下さいませ」


 セバスさんがそう言いながら私達を迎えに来てくれたので、私達はゾロゾロと移動を開始する。

 そうして案内されたダイニングは、キラキラとしたシャンデリアに彩られ、煌びやかな様相を醸し出している。

 中央にデーン! と設置されたテーブルは、厚みのある一枚板で造られたテーブル。

 現代日本では、なかなかお目にかかるのも難しいだろう重厚な逸品だ。

 ちなみに、私の興味は主にお洋服と家具に注がれることが多いらしく、

 ラノベ作家を一生の仕事にするのは無理だと悟っていたので、将来はどちらかが関係する仕事につけたら良いな、と思っていました。

 ……まぁ、そんなことはどうでも良いか。


 けど、そんな家具好きな私の目を奪ってやまないその装飾。

 立派なテーブルは勿論、金の装飾を施されたネコ脚の椅子は、日本で言うアンティーク家具のような雰囲気で、すごく、すごく可愛いのだ。

 各席に敷かれた白いナプキンの上には既にナイフやフォークがセットされており、

 テーブルに等間隔に置かれた銀の燭台に灯る蝋燭の火も、雰囲気造りに一役を買っている。

 ……はぁ~、こんなお城の晩餐会みたいな場所でお食事させて頂けるなんて、異世界さん、本当にありがとう!


「リコ様、こちらへどうぞ」


 と、セバスさんに案内されたのは、上座に一番近いリリィ様の側席。

 その対面にはレオン、私の隣にフォレス、レオンの隣にクラックさんという席順だ。

 私達が着席すると、セバスさんや侍女さんが次々にグラスに水を注いでくれ、


「皆さん、今日はお越し頂きありがとう。気楽な人間の集まりだ、肩の力を抜いて食事を楽しんで欲しい」


 というルーファ様の乾杯の音頭で始まったお食事会。

 最初こそ緊張していた私だけど……


「このキャロラお前にやるわ」

 と、ニンジンみたいな野菜のソテーを私の皿に投げ込んで来たり、


「そのクリームシュ、食わないなら俺が食ってやるよ」

 ……と、最後の楽しみに取っておいたシュークリームみたいなデザートをフォレスに奪われたりしていたので


「ちょっとフォレス、やめてよ!」


 ……と、私の化けの皮はあっという間に私を玩具にするフォレスによって剥がされてしまったのだった……。

 折角のドレスアップもフォレスには無意味らしい。

 フォレスめ! イケメンだからって何をしても許されるワケじゃないんだからね!?



「リリィ、この後、少し相談良いかしら?」


 クラックさんがリリィ様にそう尋ねたのは食後のお茶の時だった。


「良くてよ、クラック。私も貴方に見て欲しい物がいっぱいあるのよ」


 嬉しそうに答えるのはリリィ様。

 ……この二人、知り合いみたいだけど、一体……?

 コテンと首を傾げる私に、レオンが優しく教えてくれる。


「母上の服飾の仕入れには定評があってね。ホワイトスノウ服飾店の多くは、母上経由で仕入れているんだよ」


 あ~、それであの衣装にはあんなにお洋服がいっぱいあったんですね!

 衣装部屋、というよりは仕入れた商品の保管場所だったのか……。

 洋品店の倉庫と言っても過言ではない量のお洋服があったのも納得です。


「来月には女神祭があるでしょ? オーダーメイドも受け付けてるんだけど、最近ちょっとスランプで……。

 良いイメージが沸かないのよぉ~。

 今年の女神を目指す女の子達の中には、ウチの店のドレスをそのまま着る子も多いし、少し見栄えの良いドレスも仕入れておきたいのよねぇ……。

 リリィの見立てでイメージアップと、既製品の補充をしておきたいのよ」


 クラックさんが溜め息を吐きながらそう言った。


「フフ、クラック、それなら今日は良いモデルさんがいるじゃないの。

 マネキンに着せるよりよっぽどイメージが沸くと思うわ」


 そう言って、ギラリと私に視線を固定させるリリィ様。


「あらステキ。解ってるじゃない、リリィ。リコちゃんのドレスも本当に素敵だものねぇ……。

 ……今日は良い仕事が出来そうよ」


 クラックさんの野獣EYEもまた、私にロックオン。

 ギャアア~~!! 何これこわい!!!!


「夜は短いし、早速行きましょうか、クラック」

「その通りね、リリィ!」


 そう言ってガタン、と立ち上がった両者。

 そして私はクラックさんに俵の如く担がれ、再びリリィ様の衣装部屋に連行されてしまった。


「キャアア~~!! レオン、フォレス、ルーファ様ぁぁ~~!?」


 その私の絶叫は、男たちの合掌によって無に帰される。


「「「がんばれ」」」


 ……こんな時ばっかり意気投合しないでェェェェ~~!?



 そうして私は、マネキン人形よろしく、リリィ様とクラックさんの手でコーディネートされるお洋服を次々に着せられる。

 ……ううっ、着せ替え人形の気持ちが良く解ったよっ!


「このドレスにはシフォンを追加して……」

「それも素敵だけれど、マーメイドラインを強調するにはトップスにボリュームを……」

「今年は刺繍がキてるからもう少し派手に手を加えたら……」

「テールラインも良くてよ。シフォンとの組み合わせは最高に素敵だわ」

「色は派手より控えめがキそうよね、白だと大人しすぎるかしら……」

「刺繍で差し色を徹底的に入れるのもありだわ……スカート丈はロングが上品かしらね……」

「ミニスカートにシフォンを重ねるのも良いと思うのよ……」

「それ良いわ、クラック、普段使いにもいけるわね……」


 ……うう、商売人の目をしたリリィ様とクラックさんの熱弁が繰り広げられています……。

 私もお洋服には興味があるので、その気持ちはすごく解りますが……

 いい加減、試着したお洋服が三十を超えた辺りで数えるのを止めました。

 お夕食を頂いた後、かれこれ三時間はこうしているので、疲れて来てますし……

 ……リコさん、早寝遅起きの子なので、そろそろおねむです……。


 あまりの眠気に負けて、コクン、と船を漕いだ私に、リリィ様がようやく気付いてくれた。


「あらあら、ごめんなさいね、リコちゃん。わたくしったらまた興奮してしまって……」


 ありがとう、今日はもうおやすみなさい、とシルク素材のネグリジェを私に着せてくれる。


「貴女のお部屋は二つ隣に用意してあるわ。……本当にごめんなさい。ゆっくり休んでね」


 と、送り出してくれたので


「ごめんなさい、リリィさま。今日はとっても楽しかったです……」


 とヘラッと笑って手を振り、私は用意してくれたという部屋に入った。



 ……う~、眠すぎてあんまり状況は把握出来ないけど、

 貴女の部屋よ、言われたらしいお部屋に入り、私がまっすぐに目指したのはもちろんベッド。

 何故だかそこには温かい大きなモノが既に入り込んでいたけど……

 カールが入り込んだのかな、とそんな有り得ないことを思った私は、そのままその物体に抱きつく。


「うぉっ!?」


 ……と、やたらと良い声が聞こえた気もするけど……

 すみません、リコさんの眠気はMAXを超えていますので


「うにゅう……おやすみカール……」


 ……と、私はそのまま、夢の世界にダイブした。



 翌朝。

 その温かいモノに包まれ、私がうっすらと目を開けると。



「おう、夜這いとはやるじゃねーか、リコ」



 ……と、寝起きの超絶な色気を纏わせたフォレスが私の顔を覗き込んでいて。



「鞍替えなら大歓迎だぜ」



 朝からやたらと良い声の色気満載なフォレスが、私に抱きつかれた姿勢のまま、そのアメジストみたいな瞳で意地悪く私を見つめていた。



「キャアアアア~~~~!!??」



 その朝。

 アウンスバッハ家を私の魂の絶叫が包み、住人の皆さまの安眠を妨害したのだった……。


お読み頂き、有り難うございました!

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