第三話 ……神ってる!
「キャーーーーー!!! レオン様ぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
……何なに? 五月蝿いなぁ……。
寝起きの覚醒しきらない耳に、女の子達の黄色い歓声が飛び込んで来る。
「ハハハッ、子猫ちゃん達、握手は順番にするからそんなに焦らないで」
続いて、耳障りの良い美声。
………何だろう、ホントに耳に心地良い声。
しかもその声は、私の愛するレオンが言いそうな台詞を……
「レオンさまっ! 今度は何処に冒険に行かれるんですか?」
……って、レオン様って……????
「ああ、ギルドの依頼でね。東の蒼炎洞に行く予定だよ。ロザリー、お土産は何がいい?」
「キャア♪ 私、その洞窟でしか採取できない蒼輝石が良いです♪」
「ああ、解ったよ。幾つか持って来よう。皆も楽しみにしていて。リュシーもそれで良いかな?」
「………え、私は……レオン様がご無事ならそれで……」
「ああ、リュシー! キミはなんて謙虚なんだ……!!! 解った、必ず無事に還って来よう。リュシーへのお土産はその時に一番のハグをあげようね」
「えーーーー、ずるーーい!! 私もそれが良いですぅ~~~!!!」
「ハハッ、アイリスも謙虚だなぁ。約束するよ、待っていて」
「キャア♪ レオンさま♪」
男と女の子達のそんな会話が聞こえて来る。
…ってか、現実世界であんな台詞言える人、本当にいるんだなぁ……。
けど、あれは想像世界の超絶美形なレオンが言うからサマになるんであって、現実世界の人に言われても普通は引いちゃうよね……。
それにしても、蒼炎洞って、スランプ前の小説でレオン達が行く予定にしてた所だ。
美声の持ち主さんはレオンって名前みたいだし、なんか状況が似てるなぁ……
まどろみの中で、私はそんな事を考える。
……ハッキリ言おう。私は寝起きが悪い。
なので、この時も外の世界を認識はしているものの、頑固な瞼は未だ閉じたままだった。
それにしても、なんだかいつもと布団の感触が違うような……?
……ってか、布団にいないじゃん、私!?
なんか触れているモノの感覚が布団の柔らかさとはまるで違う、なにか硬いモノなんですけど!?
妄想癖に加えて夢遊癖まであったなんて……!!
ヤバい、また藤子に怒られる……!!!!
そこまで考えて、私は急ピッチで頑固な瞼をこじ開けた。
急激に入り込んだ眩しい光に軽く目を顰めながら開いたその瞳に飛び込んで来たのは、石造りの街道が美しく整っている街並み。
時間は朝だろうか。
朝露に濡れた木々の間を、見たこともないピンク色の小鳥が囀りながら飛び回っている。
私はそこに立ち並んでいる煉瓦創りが可愛い一軒の家の軒下で、木箱を抱くように座り込んでいた。
「……え……? どこ、ここ……!?」
……ちょっと待って、ちょっと待って!?
昨日私は、仕事場に泊まって……
お風呂に入った後、ハニーミルクティーを飲んで、仕事場のベッドに入って……
レオン力を高めようと妄想に努めている間に眠くなって……
「って、ここは何処なのよぉぉぉぉぉぉ~~~!!!!」
思わず頭を抱えて絶叫した所で、さっきのとは違う美声がすぐ近くから聞こえて来た。
「おい、大丈夫か、おまえ?」
「うっは! 美形!!!」
思わずそう呟いてしまう程の美形さんがそこには立っていた。
「そりゃどーも」
ニヤリと笑って「そんな所に座ってたら朝露で服が濡れちまうぜ」と言いながら私を立たせてくれた美形さん。
立ち上がった私よりもだいぶ背が高いのが解る。
深い藍色の髪はアシンメトリーな無造作ヘア。
アメジストみたいにキラキラ光る紫色の瞳がとってもキレイ。
少し日に焼けた肌を包むのは、鎖骨の下まで襟ぐりの開いた黒いシャツに片胸だけの銀のプレートアーマー。
そして背中には大きな剣を背負っていた。
その彼が、「おい、大丈夫かよ?」と少し屈んで私の瞳を見つめている。
……ってかヤバいです、その声。
低すぎず、艶があって男の色気を感じさせる声と言うのだろうか。
私はそんなに詳しくはないのだけれど、藤子が珍しく悶えていた声優さんの声にそっくりだ。
と、言うか、紫紺の瞳、深い藍色の髪、背中に背負った大剣。
整った容貌といい、この声といい、まるで……
「……フォレスみたい……」
呟いた私に、美形さんは一瞬驚いた表情を見せた後、
「ん、何? おまえ、俺の事、知ってんの?」
と、更に深く屈んで私を見つめて来た。
………え………?
一瞬、思考が停止する。
ちょ、ちょっと待って!? この人本当にフォレスって言う名前なの!?
藤子の描くイラストからまんま現実世界に飛び出して来た様な風貌で、設定そのままの声で名前までフォレス!?
「………まぁ、アイツとつるんでたら俺まで注目されちまうのは当然か」
と、困った様に苦笑しながら呟く美形さんもとい、フォレスさん(仮名)
……って待って待って! つるんでいる相棒様までいらっしゃるの!?
大混乱する私をよそに、
「何だ、フォレスが朝からナンパなんて珍しい。風邪でもひいたのかい?」
……そう言いながら近づいてくる影がある。
その影に視線を向けた私は、あまりの衝撃に思わず額を押さえて仰け反ってしまった。
「か、神ってる………!!!」
思わずそう呟いてしまう程、その人物は朝日を浴びて光り輝いて見えた。
「不届きな相棒が怖がらせてしまったかな? ボクに免じて許してくれるかな、子猫ちゃん?」
そう言って私の片手を取り、王子様のように手の甲に口付けをする金髪の美形さん。
一瞬閉じていた瞳を開け、その透き通る海のような瞳で私を見つめると
「出来ればボクの事も知っていてくれると嬉しいんだけどな?」
そう言って、天使も赤面して逃げ出してしまいそうな程の麗しい微笑みをその端整な顔に浮かべたのだった。
…………………………………
……再びの思考停止。
だって、だって!
目の前の人物の美形っぷりったらハンパない。
朝日を浴びて光を放つように輝く金髪。
柔らかそうなその髪は、軽く後ろに流すようにして整えられている。
最高級の白磁が嫉妬してしまいそうなキメの細かい白い肌を彩るのは、品の良い高さでその存在を主張する鼻、薄く、薔薇のように色付いた形の良い唇。
そして、一度見てしまったら目が離せそうにない、深い深い海のようなその瞳。
それらが完璧な配置で小さな顔の中に納まっているのだ。
特徴的な襟のシャツの上にはビロードのような光沢を持つ青いベストを身に付け、その上から片側だけのハーフマントを羽織っている。
腰には細身の剣を帯き、長い脚は動き易そうな、それでいて仕立ての良い物と解るロングブーツで覆われている。
彼もまた、立ち上がった私が見上げるような高身長で、スラリと長い手足に引き締まった腰、
細身に見えるけれど、良く鍛えられた筋肉が全身を覆っているのが服の上からでも解る。
…何処からどう見たって、私の中のレオンのイメージそのまんまだ。
その彼が、微笑みを浮かべたまま軽く首を傾げ、私を見つめている。
「朝っぱらからナンパなんかするかよ。お前と一緒にすんな」
「それにしたってフォレスが女性に声を掛けるなんて珍しいじゃないか。だが、こんなに可愛い子猫ちゃんを怯えさせるのは頂けないな」
「こんな所でへたり込んでるヤツ見たら、普通の人間なら気になるだろ」
「男なら放っておくよ」
「ああ、そういう奴だったな、お前」
手を取られたまま、固まっている私の目の前では、美形さん二人がそんな事を言い合っている。
……それもまた、私が書いていた小説の中のレオンとフォレスの掛け合いそのままで。
「……レオン……?」
思わずそう呟くと。
「ああ! キミのような可憐な子猫ちゃんがボクを知っていてくれるなんて、やはり神はいるんだね!」
瞳を輝かせ、金髪の美形さんは感動したように片手を胸に当てて空を仰ぐ。
その横でフォレスさん(仮名)は呆れたようにため息を吐いていた。
「知っていてくれて嬉しいよ。ボクの名前は、レオンドール・フォン・アウンスバッハ。改めてお見知りおきを」
そう言って再び私の手の甲にその薔薇のような唇で口付け、満面の笑顔で微笑むレオンさん(仮名)。
握られた手の温度、唇の柔らかさ、耳に残る心地良い美声、周囲から突き刺さる女の子達の視線。
そのどれもが「これは夢ではない」と告げているのに。
「…どぅええぇぇぇぇええええぇぇぇぇーーーーー!!!!????」
私ときたら、混乱のあまり、あまり可憐とは言えない叫び声をあげるのが精一杯だった。
お読み頂き、ありがとうございました!