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第二十九話 秘密の場所で

 

 そうしてしばらくリリィ様と談笑していると、コンコン、と扉を叩く音がする。

 侍女さんが扉を開けてくれると、そこには。



 本物の王子様が顕現していらっしゃいましたぁぁ~~!!



 レオンが着ている衣装の壮麗さったらハンパない!

 白い上下は、襟元と袖口を金糸で縫い取られた青い布で飾られていて、

 胸元は金色の飾り釦と飾り紐で彩られている。

 全体的に品良く金糸で刺繍がされていて、キラキラと光って見えるようだ。

 タキシードのように後身だけ長く伸びたデザインの礼服の下に、同じ素材の白いパンツを履き、

 膝下までの長さのそれの下に、白い靴下、そしてツヤツヤに磨かれた爪先の尖った、金の飾りが綺麗な茶色い靴。

 ……こんな服を着こなせるの、レオンくらいじゃないかな……?

 光の精霊の顕現かと思ってしまったくらいだ。その姿はもはや眩しいです、レオン様!


 あまりに絢爛豪華な王子様のご登場にクラクラして仰け反っていると、

 当の王子様は私に目を止め、一瞬、その動きを止めたが、すぐにもの凄い勢いで私の側までやって来て

 周囲の全てから私を隠さんとするかのようにギュウウ~~ッと、苦しいくらい力強さで抱きしめた。

 ……ちょっ、レオン! 苦しいって! それに、今はお化粧もしてるんだから、その白いお洋服汚しちゃう!!


「あらあら、レオンったら。女性の部屋に挨拶もなく入り込んだ挙句、いきなり抱きしめるなんて……

 気持ちは解るけど落ち着きなさいな。リコちゃんが苦しそうでしょう」


 リリィ様がおっとりとそう言って軽くレオンの腕を叩くも、

 レオンは小さな子どもがイヤイヤをするように頭を振る。


「……やり過ぎです、母上。こんなの……もう手放せないじゃないですか……!」


 そう言ってより強い力で抱きしめられ、私の口から「ぐぇっ」という乙女にあるまじき声が出てしまう。

 レオンのスキンシップ過多は今に始まったことじゃないけど、

 いよいよ私を物理的に仕留めにかかっているのだとしたら、ちょっと命の危険を感じてしまうよ……?


「まったくこの子は……。わたくしの自信作をそんなに気に入って貰えたのは嬉しいけれど、

 本当に、ちょっと落ち着きなさい。想いをぶつけるだけでは、気持ちは手に入らないのよ?」


 そう諭されて、レオンがようやく力を緩めてくれた。

 ぷはぁ~! ちょっと苦しかった!

 あ、お化粧でレオンのお洋服、汚してしまってないかな……?

 と、レオンの肩口の辺りをそっと見てみるけど、うん、口紅はおろか白粉の一粒もついていないみたい。


「ウフフ、大丈夫よ、リコちゃん。わたくしのお化粧品には皮膚にしか付着しない魔法が付与されているから」


 わ~! それもまた便利な魔法ですね!

 現代日本にそんなものがあったら、爆売れしそう!


「でも、誰の肌にも(・・・・・)付着するのよ? レオンの肌で試してみたらどうかしら?」


 悪戯っぽく、リリィ様が口元を押さえて笑っている。

 そんな言葉を聞いて、レオンが何処か期待に満ちた瞳で私を見つめているけど……


「遠慮しておきます!!」


 ……と力強くお断りさせて頂いた。

 自分からレオンにスリスリ、なんて出来るワケないじゃんか、もう~~!!



 お夕食まで時間があるから、屋敷を案内しておあげなさい、とリリィ様に送り出され、

 理性を取り戻したらしいレオンに腰をホールドされて、私達はお屋敷の中を移動する。


「庭でお茶会も良いけど……もし良ければ、ボクのお気に入りの場所に案内させてもらえる?」


 と、レオンに尋ねられ、光の速さで頷く私。

 だって、行きたい場所なんて解らないし、レオンのお気に入りだなんて、行きたいに決まっているじゃないか!

 そんな私を見て、レオンは優しく微笑むと、こっちだよ、と言って私を何処かに案内してくれる。


「バレバレだとは思うけど、一応、ボクの秘密の場所ってことにしてくれているから。

 ……本当は、そんなドレスで行く場所じゃないと思うけど……リコには絶対に見て欲しいんだ」


 そんな事を言いながらレオンが廊下の先にある扉を開けると、そこには床から天井まで設えられた巨大な本棚に、

 年季を感じさせるものや、そうでないものまで、大小様々な装飾の本が壁一面に敷き詰められていた。


「わぁ~!!」


 あまりの蔵書の量に、私がつい感嘆の声を上げると、


「この街の記録や我が家の歴史、街で販売されている物語、子供向けの絵本。

 他国から仕入れた記録書や魔術書、航海記録に……秘密文書なんてものもあるかもね。

 何代か前の当主が、相当な本好きだったみたいで、おそらく世界中の書物が集まっているんじゃないかな」


 と、レオンが教えてくれる。

 いやはや、世界中の書物だなんて言葉が大袈裟じゃないと思える程の、圧倒的な蔵書。


「ゆっくり調べれば、君の故郷の事も解るかもしれないね。

 ……けど、今日はそこまで時間もないし、今度にしても良いかな?

 君を案内したいのはここじゃないんだ」


 そう言ったレオンが、近くの書棚を軽く押し込むと、そこには人が一人通れるくらいの空間が出来上がる。

 わ~! 隠し扉だなんて、なんだかワクワクしちゃうね!


「こっちだよ、リコ」


 手を取られ、その空間を潜ると、そこには小さな小部屋。

 但し、床には転移装置らしき魔方陣が埋め込まれている。


「ボクに捕まって」


 向かい合ってそう言われ、おずおずとレオンにしがみ付くと、レオンもギュッと私を抱きしめてくれる。

 ……え、そんなに危険な所に行かれるつもりですか、レオン様!?

 そしてそのまま、二人で転移装置に乗ると、一瞬の浮遊感の後、私の目の前には何処までも青い空が拡がっていた。



 ……ちょっと!? まさかの屋外!?

 肌に風を感じ、慌てて辺りを見渡すと、周囲には何もなく、足元に白い煉瓦が敷き詰められているだけ。

 爽やかな風が吹き抜けて、気持ちは良いけど……

 相当高いと思われる木ですら、眼下に見下ろしているのだ。


「レオン、ここは?」


 と、おっかなびっくり、レオンに尋ねてみる。


「我が家の屋根の上。ボクの一番好きな場所だよ」


 そう言って、ふわりと微笑んだその顔は、風の妖精もかくやという爽やかなものだけど。

 ……や、屋根ェェ~~!?


 屋上とかではない。本当に屋根なのだ。周囲には手摺りの一つも見つからない。

 ただ、ただ白い煉瓦が足元には拡がっている。

 日本家屋のような斜め構造の屋根ではないから、安定感はあるのだけれど、

 こんな風に突然高所に連れてこられたらリコさんだって驚いちゃいます!

 私が高所恐怖症だったら心臓がヤバいじゃないですか~!

 あいにく、私は高所恐怖症どころか、昔からよくお家の庭の木によじ登って遊んでいたくらい、高い所は好きですが。

 ……誰ですか!? なんとかと煙は……とか言ってるのは!?


「ここから見えるデュレクの街並みが好きでさ……。君にも見せたかった」


 そう言われ、レオンと向かい合っていた身体を正面に向けると、

 そこにはジオラマのようにすら見える、デュレクの街が拡がっていた。


「……う、わぁ……!!」


 思わず言葉も忘れ、その風景に目を奪われる。

 煉瓦造りの建物の先には要塞を思わせるギルド本部が街をグルっと囲むように建っていて、

 その先にはまた煉瓦造りの建物や、露天が立ち並んでいる様子が解る。

 ……あ、あの辺りがフォレスと行った下町かな?

 ギルドの内側には、広い庭を抱えた大きな建物や教会、更に奥には時計塔のような建物まで見え、

 高い所から見下ろせば、デュレクの内部もまた、街道や建物が魔方陣めいた配置に整備されているのが良くわかる。

 これもきっと、街を守る結界の一つなんだろう。


「すごい、すごいね、レオン! なんて素敵……!!」


 私は、少しだけ感じていた恐怖感も忘れ、その景色に見入ってしまった。

 すると、レオンが後ろから私をギュッと抱きしめ、


「あれがボクとフォレスが通っていた学舎。奥に見える時計塔は、この街で最大の聖堂だ。結婚式もあそこでするんだよ。

 丸い円形状の建物が議会場。学舎の近くの教会のステンドグラスは本当に綺麗だから、今度見に行こうね」


 一つ一つ説明しながら、密着した身体をそちらに向かせてくれるレオン。

 後ろから抱きしめられているのでその表情は見えないけど、すごく楽しそうな声音だ。


「うん! 教会ってフォレスの育った所でしょう? 見てみたいな!」


 そんな声を返せば、何故だか腰に回る腕にギュッと力がこもり、


「……フォレスのやつ、もうリコとそんな事まで話す仲なのか……。

 油断も隙もないな……まったく……」


 と、私の肩口に顔を埋めてくる。

 ……あ~、これ、拗ねてる時のレオンだ。

 こんな時はヨシヨシしてあげないと、なかなか浮上して来ないのを、私はもう知っている。

 まったく、王子様なんだか子供なんだか……。

 そんなレオンも可愛くて、大好きなのだけどね!


「そんなに深い意味はないと思うよ。

 それに、私のこと玩具って言ったんだよ、アイツ。酷いでしょ!?」


 ポンポン、と肩口に埋もれるレオンの柔らかい髪を撫でながら、私はレオンにチクってやった。

 フォレスよ、後でレオンに存分に怒られるがよい!


 くぁははは! と内心で悪の大王よろしく高笑いする私だったが、

 何故だか、今日のレオンの拗ねっぷりは根深いようで、私の手にぐりぐりと頭を押し付けてくるではないか。

 ……どうしたんだろ。何がそんなに面白くないのかな?


「……アイツ、なんて……。ボクの事を他人に話す時も、そんな風に気安く話してくれる?

 ボクが頼んで、敬語こそなくなったけど、あの時お願いしなかったら、君は今でもボクに壁を作っていなかった?

 ボクは……ボクはさ……」



 いつでも、君の一番でいたいのに。



 そんな事を言って落ち込むレオン。

 何を言っているんだろう。レオンが私の一番だなんて、出会う前から決定事項な事なのに。

 ん~、何だか今日はいつもと感じが違うみたい。このドレスのせいかな?

 だけど、私も普段とは違う装いで、こんな素敵な景色を見せて貰えて……おまけに視界の何処にも他人の姿が見えないこの状況に

 私も少し興奮して、大胆になってしまっているみたい。


「レオン」


 向き直り、パンッと音がする程の強さでレオンの顔を両手で挟み込む。


以前(まえ)にも言ったよね。

 初めて会った時から……ううん、多分ずっとその前から、私の『一番』は貴方だよ」


 そう告げて、その白皙の美貌を彩る頬に、チュッ、とキスを送った。



 ……あ、やっぱり魔法の口紅も、人の肌には付着しちゃうんだなぁ……と、アホな事を考えながら、私はレオンの頬に手を伸ばす。

 尚、後悔は全くありません! 恥ずかしさは……ちょっとあるけど。

 レオンを元気にするおまじないだと思えば良いのだ。

 いつもレオンにはドキドキさせられっぱなしだし、たまには逆も良いよね。

 レオン様のほっぺ、とっても柔らかかったです! グフフ、ごちそうさまぁ~!!


 一方、麗しのレオン様は私の奇襲攻撃に固まってしまっているようだ。

 ……あ、でも、さすがにこのキスマークは人に見られたら恥ずかしいよね。

 拭っておかないと……と、レオンの頬についた口紅に人差し指で触れる。

 と、その時、突然復活したレオンが光の速さで私の手を取り、

 私をグッと抱きよせると、吐息すら届きそうな距離で私を見つめ、言った。



「……覚悟は出来ているの? リコ?」



 ギャアアアア~~!!

 何故ここで黒レオン様のご降臨!? さっきまで甘い雰囲気だったじゃないか!


「そんな風に無自覚にボクを煽って、誰にでも可愛い顔を見せて……。

 このままじゃ、いつか本当に君を何処かに隠してしまいかねないよ……」


 ……ちょっ!? 何そのヤンデレ発言!?

 それに、誰にでも素敵な笑顔を振りまいているのはレオンの方だと思います!


「その名前も、髪も、琥珀色の瞳も……本当にずるいよ、リコ。

 ボクがどんな気持ちで君の側にいるかも知らないで、誰にでも微笑みかけて……

 ……本当にずるいよ、君は……」


 いや、名前や髪や瞳の色は私にどうにか出来るものじゃないから勘弁してほしいな!?


 ……けど、なんだろう、私を捉えて離そうとしないレオンの腕の力強さは、

 何処か寂しさすら感じさせる。……ちょっと、震えているようにも思うし。

 過去を刺激する何かを、私が持ってしまっているんだろうか?

 ……だとしたら申し訳ない。

 けどねレオン、私も、いまさら貴方の側から離れるには、相当の覚悟が必要なんだよ?


 ……今はまだ、その理由を知りたくはないな。そして、その覚悟も持ちたくはない。

 生まれたばかりの私の恋は、まだ貴方の側でその光を浴びて、いつしかその花を咲かせてあげたい。

 例えそれが悲しい結末でも、今はまだ、知りたくない。


「……ごめんね、レオン、突然変な事して…」


 ビックリしちゃうよね。

 レオンて、自分からは進んでスキンシップはするけど、いつも相手は黙ってそれを享受するだけだし……。


「……いや、ボクのほうこそ、ごめん。……けど、謝らないで、欲しいかな。

 ありがとうリコ。ボクにとっては最高のご褒美を……何もしていないのに貰ってしまったな」


 そう言って私の頭をポンポンと撫でるレオンの表情は、いつもの優しいレオンだ。

 ……私の大好きな笑顔だ。


「ボクも君も、まだきっと覚悟が足らないね。

 ……だから、今は、もっと一緒に旅をしよう。一緒に、いよう。

 もっと君の事を知って、ボクの事も知ってもらって……

 まだ君に言っていないこと、君がボクに話していないこと、話せる時が来たら……」



 その時は、ちゃんと、君の唇を貰うから。



 ギャアア~~レオン様自重ぉぉ~~!!



 もうダメだ、この王子様!

 世界を誑かすどころの騒ぎじゃない、本気で世界をそのピンクの風で覆いにかかってる!

 ……けど、こんな時ですら、負けず嫌いを発揮してしまうのが私の悪い癖だ。

 ……わかってるんだけどさぁ……



「奪われるのは、レオンだね」



 ああ、黒リコさんこんにちは!

 今アナタ、精一杯の妖艶な笑みを必死で浮かべているでしょう!?



 何言ってんだ、私は、もう!!


お読み頂き、有り難うございました!

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