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第二十八話 ドレスアップ

 

「あらあら、随分カールに懐かれてしまったのね。お洋服が毛だらけだわ……」


 ごめんなさいね、と、レオンママ──リリィアナ様がおっとりと頬に手を当てている。

 言われてみれば、私の装備はカールの毛に塗れていた。

 そりゃまぁ、あれだけ全力で抱きつかれれば無理もないけど……。

 ……クッ、せっかく格好良くご挨拶したのに、これでは台無しではないか!


「せっかくだし、お着替えしましょうか。ウフフ、私、娘を着飾るのが夢だったのよ?」


 こちらへいらっしゃい、と軽く手を取られ、リリィアナ様の存外強い力で引っ張られる。


「レオン、貴方も早くお着替えなさいな。こんな可愛い子の前で、いつまでもそんな格好でいるものではなくてよ?」


 ……と、言い残すと、その手に更に力を込めて私を誘導する。


「どんなドレスが良いかしらねぇ……。貴女のそのミルクティーみたいな色の髪と琥珀色の瞳に合うのは……

 ピンク? ああ、淡いブルーも良いわね、形はAラインかしら、それとも……」


 と、私の手を取って歩くリリィアナ様は既に心あらずと言った態だ。

 姿形は正反対と言うくらい違うのに、その危険な感じはクラックさんを思い起こさせる。

 なんだか怖くなって、慌ててレオンを振り返ると


「ごめんリコ、予感はしてたけど、そうなった母上はもうダメだ。

 悪いけど付き合ってあげて。害はないと思うから」


 クククっと肩を揺らして楽しそうにそう言うレオン。

 その隣でルーファシアス様も楽しそうに手を振りながら


「着飾ってもらうと良い、アナのセンスは折り紙付きだから。……多少時間はかかるだろうけどね」


 と、最後通告のようにして仰り。


「さぁさぁ、リコちゃん、こっちよ~!」


 そのまま私は、リリィアナ様の衣装部屋と思しき部屋へと連行されてしまったのだった。

 ……やっぱりなんだか怖いです!!



「こっちはどうかしら?」

「奥様、こちらの色もきっとお似合いに……」

「まぁ、それも素敵ね! どっちが似合うか是非着てみてもらわないと!」

「でしたら奥様、こちらのデザインとこちらのデザイン、どちらがお似合いになるかも試して頂かなければ」

「あら、ホントねぇ……」


 ……現在、私はリリィアナ様と二人の侍女さんに囲まれ、煌びやかなドレスたちを次々と手渡されている。

 色も形も本当に可愛くて素敵なお洋服ばかりなのだが、いかんせん、渡されている量が尋常じゃない。

 持ちきれず、足元に積み重ねられているお洋服も出て来てしまっているくらいなので、

 私はミイラのごとく布に巻かれてしまうのではないかと、密かに戦々恐々としているのだ。


 だが、リリィアナ様と侍女さんたちはキャッキャとそれはそれは楽しそうにドレスを選んでいて、その数はまた増えそうだ。

 ……全部試着するだけで、相当な時間がかかるんじゃないだろうか……。

 それにしても、このお洋服たち、クラックさんのお店で見かけたようなデザインが多い気がするな。


「あの、リリィアナ様……」


 このままでは衣装部屋が空になるまで手渡されてしまいそうだったので、おずおずと声を掛ける。

 楽しそうなリリィアナ様に水を差すのも躊躇われたんだけど、そろそろお洋服の山が崩れんばかりの高さになって来ているのでやむを得ない。


「やだぁ~リコちゃん、お義母様って呼んで?」


 と、おっとりと返される。

 イヤあの、いくらなんでもそれはハードルが……


「奥様、それはもっと後のお楽しみになさった方が」

「それもそうねぇ。それじゃ、リリィって呼んでもらおうかしら?」


 ウフフ、と尚もドレスを選びながら、楽しそうなリリィアナ様。

 なんだかおっとりしているんだか、強引なんだか良く解らない人だ。


「それじゃ、あの……リリィ様」


 はぁ~い? と、おっとりと返事をしてくれるリリィ様。


「とっても素敵なお洋服ばかりなんですけど、あの、さすがにこの量は……」


 そう言った私の状況に、おそらく初めて気付いたのだろう。

 リリィ様がハッと息を飲んだのがわかる。


「あらあら、大変、私ったら……。お洋服と可愛い子を見ると、つい夢中になってしまうのよ、悪い癖ね。

 ごめんなさいね、レオンが女の子を連れて来るなんて初めてなものだから、つい楽しくなってしまって」


 そうなんだ~!

 レオンは大層おモテになるし、リリィ様もウェルカム状態で迎えてくれそうだし、

 私がレオンが連れて来た初めての女の子だなんてなんだか意外。

 けど……ヘヘ、なんか嬉しいな。

 ……ってあれ? リリィ様、私のこと、女の子って解ってくれている?

 街の人は皆、私を亡国の王子様だと信じて疑っていない様子なのに……。


「リリィ様、私のこと……」

「ヘクターから聞いているわよ。迷い人で、魂がとってもキレイな女の子だから心配しなくて大丈夫だって。

 ……これでも一応、レオンの母親ですからね。

 成人しているとは言え、外で危険な目に遭っていないか、辛い想いをしていないか……どうしても心配になっちゃうのよ」


 そう言って、自愛に満ちた微笑を浮かべるリリィ様は、間違いなくレオンのお母様だ。

 冒険者だなんて危険な仕事をしているレオンの事を、いつも心配しているんだろう。

 そしてヘクターさんも、リリィ様のそんな気持ちが解るからいち早く報告をしたのだろうな。

 レオンって、本当に皆に大切にされてるんだね。

 そして、レオンもその想いを理解しているからこそ、この街を守りたいと頑張れるんだろう。

 ……本当に素敵な人だ、私の王子様は。


「それより、ねぇリコちゃん、貴女の好きな色を教えて?」


 そんなことを考えていたので、突如そう問われて一番先に頭に浮かんだ色を、つい呟いてしまう。


「……空色、です」


 ここ数日、何度も見つめていた、レオンの瞳の色。

 私をドキドキも、安心もさせてくれる、あの優しい色が、私は一番好きだ。


「まぁ……」


 その答えを聞き、リリィ様が破顔した。

 ……あ、その笑顔、レオンにとっても似ている気がします!


「ルーとレオンの瞳の色ね! もう、リコちゃんったら本当に可愛いんだから!」


 そう言って、ギュウウっと抱きしめられた。

 その温かさに、なんだかママを思い出してしまい、ちょっと寂しくなってしまったのは……私だけの秘密です。



 その後、空色を中心にドレスの吟味が行われ、何着か着せられた後に


「これね! これが一番似合うわ!」


 ……と、リリィ様と侍女さんたちに拍手までされて着せて貰ったのは、プリンセスラインのホルダーネックドレス。

 リボンで彩られた腰の部分からスカートに切り替わっていて、ふんわりとした空色と白いシフォンが何層にも重ねられている。

 前は膝丈より少し上だけど、後ろは足首に届くほどの、テールタイプのスカートがすごく可愛い。

 背中が大きく空いているのが大人っぽくてちょっと恥ずかしいけど、

 ネック部分は大きなリボンが飾られていて、まるで大きな蝶が止まっているみたい。

 可愛さと大人っぽさを兼ね備えた、すごく、すごく素敵なデザインのドレスだ。

 尚、本来はビスチェだったのだが、私のその……残念な胸部のせいで手を加えざるを得ない状態になってしまったということは、お願いだからここだけの秘密にして欲しい……泣いてもいいですか。


「最高に可愛いわ、リコちゃん! やっぱり素材が良いとドレスもすごく映えるわねぇ……」


 ホゥ、と溜息を吐き、おっとりと頬に手を当てて満足げに微笑むリリィ様。


「けど、折角なら髪を上げてお化粧もしなくちゃ……やってあげるから、いらっしゃい」


 そうして、大きな鏡台の前に座らされる。

 鏡の中でこちらをビックリした表情で見つめ返すのは、勿論見慣れた私の顔なのだけれど……

 着ているドレスのせいだろうか。なんだか知らない人を見ている気分だ。


「リコちゃんの髪って細くて柔らかくて、本当に手触りが良いわね。まるで絹糸みたい。

 それに、若いからかしら、お肌もとっても綺麗で……その琥珀色の大きな瞳も、小さな赤い唇も……

 レオンが『大切な女性』なんて言っちゃうのも、良く解るわ」


 楽しそうに微笑みながら、リリィ様が手早く肩より少し下で切り揃えられた私の髪の毛をまとめていく。

 その手際の良さは美容師さん並みだ。

 アウンスバッハ家の奥様が、こんなに手慣れているなんて、なんだかちょっと意外だな。

 確かにリリィ様の綺麗な水色の髪はとても美しく結い上げられているけれど、

 そういうのは侍女さんにやって貰ってるんだと思うし……


「本当に、娘の髪を結い上げる夢が叶うなんて。レオンには感謝しなくちゃね」


 フフ、と悪戯っぽく微笑むリリィ様。

 私は、コテンと首を傾げ、不思議な気持ちで鏡の中でリリィ様を見返した。


「……わたくしはね、元々はデュレクの人間ではないの。

 他国の貴族の出身なのだけれど……本当に貧乏貴族でねぇ。自分のことは何でも自分でしなければならなくて。

 けれど、貴族っていう立場から、いつでも美しく、荘厳であれという家訓だけは矜持として先祖代々持っていて……

 自分を一番素敵に見せる努力を続けるうちに、他人を彩る技術にも長けてしまったようなのよ」


 私の髪を巻き、結い上げ、手早くセットしながらも懐かしそうに語るリリィ様。


「貴族の令嬢達から、コーディネートやセットを頼まれることも多くて……

 でも、私の手で女の子がどんどん綺麗に変身して行くのを一番間近で見るのは、とても楽しかった。

 そんな時、当時はアウンスバッハの御曹司として、買い付けにやってきたルー……ルーファシアスと出会ってね」


 と、そこでポッと頬を染めるリリィ様。

 ……ハッキリ言って、超絶可愛らしいです!!


「この国の女性達が輝いているのは、貴女のその魔法にかかっているからなのですねって、言ってくれて。

 ……けど、その魔法を、私は自分の手で、貴女にもかけてあげたいって……。

 ねぇねぇ! そんなことを言われて、恋に落ちない女の子がいて!?」

「いないと思います!」

「そうよねぇ!」


 くぅぅ~~!!

 レオンの誑しグセはお父様譲りだったか!

 恐るべし、アウンスバッハ家クオリティ!!


「わたくしはね、他人を彩ることには自信があったのだけれど……自分のことは二の次になっていて。

 そんな私に、ルーは『貴女は自分が飾るから、そのままで大丈夫』って言ってくれて……。

 そのまま、攫われるようにしてデュレクに連れて来られて、熱烈な愛の言葉を囁かれて……結婚してレオンを授かって、今に至る、というワケなのよ。

 ……本当に、素敵な人なの、私のルーは」


 ウフフ、と幸せそうに語るリリィ様。

 その惚気話とも言える内容には、ちょっと照れてしまうけれど、

 そんな出会いをこんな風に語れるリリィ様も、今でもその人を大事に大事にしているルーファシアス様もすごく素敵な人だな。

 こんな素敵な両親に育てられたレオンが、それはもう世界を虜に出来そうなくらい素敵な人なのは、魚が水の中に棲んでいるくらい、当たり前のことなのかもしれない。


「さ、出来たわ」


 と、リリィ様に声を掛けられて私が鏡を覗くと。

 ……そこには、シンデレラもビックリな美少女が、驚いた表情で私を見つめ返していた。


 誰これ私なの!?

 ハーフアップで整えられたミルクティー色の髪は、トップにその存在感を大きく残しながらも、

 肩に少し垂れる髪の毛が、元の髪の長さを主張している。

 何より目を引くのは薔薇もかくやという色で彩られた、その唇。

 その唇が薄く開かれ、軽いアイメイクで強調された琥珀色の瞳とともに、私を見返しているではないか。


「……リリィ様、天才ですか……」


 思わず呟いてしまう程の手腕だ。


「素材が良いから、ほとんどいじってないわよ~!

 でも、今までで一番の自信作かもしれないわねぇ」


 自信満々な瞳で、リリィ様は鏡の中で私を見返してくる。

 その美貌はとても自信と幸せに満ちていて、見る者を虜にするようだ。



「……ねぇ、リコちゃん」



 と、私の瞳を射すくめ、レオンに良く似た表情(かお)で鏡の中の私を見つめるリリィ様。

 ……お父様のご尊顔はあまりじっくりと拝見していませんが、レオンはだいぶお母様似のようです……。

 女性なのにドキドキさせられちゃうこの感じ、レオンと一緒にいるみたいな感覚です。


「レオンは、貴女に、何か迷惑を掛けたりはしていないかしら?

 ちょっと頑固で強引な所もあるし……

 それに、親の欲目もあるだろうけれど……その、見た目だけは人並み以上の子でしょう?」


 その言葉に、思わずコクコクと頷いてしまう。

 だって、レオンが世界で一番格好良いだなんて、私にとっては決定事項なのだから。


「……わたくしはね、女の子を彩ることがすごく楽しかったから、

 レオンが生まれた時も、世界一の幸せを感じたのだけれど……いつか、自分の娘を着飾るという夢が、どうしても捨てきれなくて……。

 ……だけど、あの子が生まれたあと、産後の肥立ちが悪くて……

 お医者様に、次の子は望めないでしょうと言われた時、それはそれはショックを受けてしまったのよ……」


 何処か遠い所を見るような瞳で、そんなことを語るリリィ様。

 ……想像を絶する告白を前に、私は何も言うことが出来ない。


「だけど、レオンはあの通り、見た目だけはすごく整った子でしょう?

 あの子を飾る幸せに、私は没頭していてね。ある日、あの子に言ってしまったの」


 ──レオン、貴方は誰より優れた美貌を与えられたのね、って。


 ……ああ、それ、レオンからも聞いたことがあるな。

 その言葉にすごくショックを受けて、泣いたことがあるって……。

 仰ったのはリリィ様だったのか。けど、きっとそれは心からの褒め言葉というか……

 ウチの子は世界一的な、親バカ発言にも似たような言葉だったような気もするんだけど、レオンにはショックだったんだろうな……。


「本当に、褒め言葉のつもりで言ったのよ。

 その頃わたくしは、女の子だけじゃなく、男性も、より輝かせる為のお手伝いをすることにも、誇りすら感じていたから。

 なのにその時レオンは、大泣きしてね……。しばらく自分の部屋から出て来ることはなかった。

 ……あの子を深く傷つけてしまったのだと、気付いた時にはもう遅くて……

 部屋から出て来たレオンは、自分で髪を刈り、丸坊主になっていたのよ。

 そして、『ボクは容姿や肩書ではなく、一人の男として強くなり、そんな自分を見てくれる人を探します』って言って、

 フォレス君と剣術の稽古に明け暮れるようになって、冒険者にまでなってしまったのよね……」


 うほっ!? 丸坊主のレオン様ですか!?

 それもきっと、大層可愛らしいお子様だったのでしょうね!


「だからね、リコちゃんがレオンの容姿や、あの目立って仕方のない黄金の髪の毛じゃなくて、

 その瞳の色が好きだと言ってくれて、本当に嬉しかったのよ」


 ……イヤすみません、瞳の色だけじゃなくて、私はむしろレオンの表情や内面に惚れています。


「だから、あの子を傷つけてしまった前科を持つ母親としては、いつかレオンがたった一人の人を私の前に連れてくるその日を、静かに祈りながら待っていたのだけれど……

 ……ウフフ。その日はもう、近いかもしれないわ」


 その為の手助けをしてあげる、と、リリィ様か私の頭にキラキラと輝くティアラをそっと乗せた。


「……さぁ、これで本当に完成。

 こんなに可愛らしいお姫様のエスコートをレオンに任せなかったら、わたくし、きっとまた嫌われてしまうわ」


 そう言って、侍女さんに「レオンを呼んでちょうだい」と告げるリリィ様。


 ……あ~、なんだか、この後の展開は読める気もしなくもないけれど……

 きっと、今でも後悔を抱えているんだろうリリィ様に、私はどうしても伝えたい言葉がある。



「リリィ様」



 と、声を掛けると私を振り返り、リリィ様が優しく微笑んでくれた。


「貴女のご子息は、本当に素敵な方ですけど……それはレオンの努力に裏付けられた結果で。

 街の人たちも、その容姿だけじゃなくて、努力家で、周囲の人をとても大切にしてくれる優しい人だって解るからレオンに引き付けられるんだと思うんです。

 ……そしてその前提には、リリィ様の存在も、欠かせないものとしてあると思います。

 こんなに綺麗で優しいお母様だから、今のレオンがいるのだし、

 そんなお母様のいる街を守りたいから、レオンもきっと頑張れているんだと……思いますよ?」


 そう告げた私を。



「もぉぉ~~リコちゃん!! 早くウチにお嫁に来てね!?」



 ……と、リリィ様はクラックさんもビックリな力強さで抱き締めた。



 この細腕のどこにそんな力が秘められているのか、教えて下さい、女神様!!


お読み頂き、有り難うございました!

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