第二十七話 ようこそ、お姫様
辿り着いたデュレクの内側は、今まで見てきた賑やかな感じとはまるで違う。
建物こそ煉瓦造りで似ているけれど、お店は少なく、閑静な住宅街といった様相だ。
犬の散歩をしたり、花に水をやったりしている人たちが所々に見受けられる。
彼らもまたレオンを見つけると、「おかえりなさいレオン様」と微笑んで手を振ってくれる。
表の街よりも静かで優しい雰囲気が漂っていた。
「表の街とは全然雰囲気が違うね。静かで、とても住みやすそう」
私がもの珍しさにキョロキョロしながらそう言うと、レオンは穏やかな微笑みを浮かべ、
「そうだね。特にこの辺りは住宅しかないから、とても静かな場所だよ。
もう少し中央に行けば、教会や学舎、議会場なんかがあるから活気も出て来るけどね」
と教えてくれた。
聞けば、レオンの実家もかなり中央寄りにあるらしい。
「父の仕事柄、議会との繋がりも多いからね。近い方が何かと便利なんだよ」
けど、そんな中央に居を構えるのって凄いことなんじゃないかな?
まだお屋敷は見えて来ないけど、やっぱりお金持ちなんだろうな……
「もう一つ転移装置で移動したらすぐに見えて来るよ」
そう言われ、手を繋いで街の中を歩く。
……ええ、はい。移動中は、もはや磁石のようにくっ付いて離れませんね、私とレオンの手は。
これが当たり前になって来ちゃいそうで、幸せやら怖いやら……。
……イヤはい、正直に言ってとても幸せです。
そうして私達が転移装置に乗り、一瞬の浮遊感の末にたどり着いたその先には、
白亜の豪邸、としか表現のしようのない、瀟洒な建物がデデーン! と建っていた。
「……うっわ……、レオンのお家って、ここ……?」
思わず唖然としてしまう。
大きな鉄製の門の先は、芝生と敷石で歩道を整えられた、先が見えないくらいに広い庭。
良く見れば奥の方には噴水も確認できる。
お屋敷から門までの間にもかなりの距離があり、その全体像は窺い知ることが出来ない。
レオンドール・フォン・アウンスバッハは魔法都市デュレクの唯一の貴族でお金持ち。
そんな設定を使って小説を書いていたのは確かに私だけどさ……
実際、その威厳を目の当たりにしてしまうと、なんだか身分の違いを改めて実感させられてしまい……
私はなんとなく、繋いでいた手を引いてしまった。
もしかしたらレオンって、私がこんなに気軽に接して良い人じゃないんじゃないか、という遠慮を感じてしまって。
「リコ」
だけど、そんな私の手を、レオンが改めて、少し強めの力で再び握る。
そして真剣な、それでいて少し寂しそうな瞳で私を射すくめた。
「虚飾に騙されないで。君には……君にだけは、ただの男として、ボクを見ていて欲しい」
そう告げるレオンの瞳は本当に真剣で、何故だか今にも泣きそうに見えた。
途端に、なんだか自分が情けなく思えて来る。
私がレオンを好きなのは、彼が貴族だからじゃない。お金持ちだからでもない。
日本にいる頃、私や藤子もどちらかと言えば富裕層と呼ばれる家庭の育ちだったこともあり、
普通とは違うよね、とかお金持ちは良いよね、とか、羨望と嫉妬の視線に晒されたことも、一度や二度ならずあって。
それが嫌で、そういう子女が集う学校に通っていたんだけど……その中ですら格差はあったしなぁ……。
レオンのそれなんて、私の比じゃないんだろうな。
街の英雄の末裔なんて、きっと私なんかが想像も出来ないくらいのプレッシャーがあるだろうし、
せめて異世界から来た私くらいは、街の英雄のレオン様、ではなくて
一人の男の子としてレオンを見て、彼に恋をする一人の女の子として、側にいたい。
「フフ、あんまり綺麗なお屋敷だから、ちょっとビックリしちゃっただけ。
こんな素敵な場所に連れて来てくれて、ありがとうレオン!」
精一杯の笑顔を、レオンに向ける。
大丈夫だよ、私は肩書きや身分じゃなくて、ちゃんと一人の男の子として見ているよ、と彼に伝わりますように。
そう、願いを込めて、レオンの優しい手を握り返すと、レオンが破顔して言った。
「ようこそ、お姫様。ご案内仕りましょう」
そうして、執事よろしく優雅な礼をするので
「エスコートをお願いします、王子様」
私もニコニコと微笑んで、自然に出された彼の腕をそっと取り、そのお屋敷の中に一歩、踏み込んだ。
……ここまでは良かったんだよ。
なんだか元気のなかったレオンも、私と腕を組んで上機嫌だったし。
私も、緊張はしていたけど、美しく整えられたお庭の景色に目を奪われながら、ワクワクドキドキしていたんだ。
と、突然そこに
「ワンワン、バウバウ!!!」
大きな赤茶色のモフモフが飛び込んで来て、私とレオンはあっと言う間に押し倒されてしまった。
「わ、カール! 元気だったか? あ、こら、やめないか! アハハ!」
強かに頭を打ちそうな勢いで押し倒された私達に馬乗りになり、そのモフモフがハッハッと息を上げながらレオンの顔を舐めまわしている。
レオンは慈愛に満ちた表情でそのモフモフを愛おしげに撫で返しているけど
突然のことに、私は咄嗟に対応が出来ずにいる。
状況を察するに、このお家で飼っているワンちゃんが久し振りに帰って来たご主人様に大興奮して突撃して来たんだろうけど……
なにこのワンちゃん、デカすぎるでしょ!?
小柄な私はともかく、長身で、身体も鍛えているレオンも一緒に押し倒されてしまうくらいなのだ、察して欲しい。
もはや子牛くらいの大きさのそのワンちゃんは、私の知っている犬、という愛玩動物の域を遥かに越え、その巨体で全力でレオンへの友愛を示して来ているのだ。
私も犬は好きだけどさ! いくらなんでもこの大きさと突然の襲来は恐怖だよ!?
私が人知れず恐れ慄いていると、カール、と言うらしいそのワンちゃんは、ひとしきりレオンに甘えて満足したのか、
ふと、隣で倒れている私をその琥珀色の瞳でギラッと見据え、
「ワワワンワンワン!! ウォーーン!!!!」
と、さっきより勢いを強めて私に迫って来るではないか!
食われるんじゃないかってくらい大きな口から出される舌に舐めくり回され、
なにこれ求愛!? と思ってしまう程の態で四肢を私に擦りつけて来る。
ちょっ、やめて! これからレオンのご両親に挨拶するのに、顔も頭もボサボサになっちゃう!!
「キャァァ~~!?」
と私が絶叫した所で、「やめんかカール!」という老齢の男の人の声がする。
「ステイ、カール! ステイ!!」
と、大きな声で止める声が聞こえ、ワンちゃんがようやく私の上から降り、それでも興奮状態にあるのか、
ハッハッと舌を出しながら獣の眼で私を見つめている。
……なによぉ! 私は餌じゃないんだからね!!
倒された姿勢のまま、首だけを起こしてワンちゃんに威嚇の眼を送る私。
だが、そんな私の視線にもめげず、カールは心底嬉しそうに私を見つめている。
……うっ!
動物のその眼はズルいです! 撫でてくれという声が聞こえるようじゃないですか!
「カール、おいで?」
と、私がつい、その無垢な視線に絆され、声を掛けると
「バウバウバウバウ!!!!」
先ほどよりも激しく、私に襲いかかって来る大きなワンコ。
いやまぁ、私が呼んだんだけどさ!?
ヨダレでもう、私はボロボロだよ!
……けど、良く手入れがされているらしい長い毛のモフモフ具合はフカフカでとても気持ちが良くて。
太陽の光をいっぱいに浴びたのであろうその身体からはお日様の良い匂いがする。
人間のそれよりも高めの体温で思いっきり抱きつかれてしまえば、温かいお布団に包まれているような幸せな気持ちになり、
とてもとても嬉しそうな表情に見えるカールのことが、私はとっても好きになってしまった。
「アハハ! やめてよカール、くすぐったい! 可愛いねぇ、カール。本当にカワイイ~~!!」
カールを抱きしめて、その柔らかい手触りを堪能する私。
「……クッ、カールまでボクの恋敵になるというのか……!」
そんな私達を苦々しげに眺め、呆然とした態でレオンが呟く。
ちょっとレオン! そういうことじゃないでしょ!
「珍しいですな、人見知りのカールがここまでの友愛を見せるとは……」
と、老齢な男の人の声も聞こえます。
ええ、確かにカールは可愛いですが、現在、私は再び押し倒されて顔をレロレロされてますから助けて下さい!
いい加減重いです、潰されちゃいます!
「おかえりなさいませ、坊ちゃま。このセバス、お帰りを心より待ち望んでおりました」
と、男の人が丁寧にレオンに礼をする。
「ああ、ただいまセバスチャン。出迎え有り難う」
レオンも嬉しそうにそんな返事を返しているけれども。
カールの愛が物理的に重いぃぃ~~!!
「助けてよぉぉぉぉ~~!!!!」
私の絶叫に、男二人はやっと状況を把握したようで、ようやくカールの巨体を私から引き剥がしてくれたのだった。
……もう! 死ぬかと思ったじゃないか!!
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「失礼を致しました……」と、セバスさんが魔法で濡らしたのか、少し湿った白いハンカチーフで私の顔を拭ってくれ、
どこから出したのか、高級そうな櫛で私の髪を整えてくれる。
「お待ちしておりました、リコ様。
私はこのアウンスバッハ家の執事のセバスチャンと申します。
我が家の駄犬が大変失礼を致しました。リコ様があまりにお可愛らしかったので、カールも興奮してしまったのでしょう。
……全く、犬という生き物は役得ですな」
そう言いながら私を立たせてくれ、目尻に皺を寄せて優しく微笑むセバスチャンさん。
棒タイに黒いベストとスラックス。
頭髪に白いものこそ混じっているけれど、爪先まで完璧に磨かれた靴といい、皺ひとつない衣服といい、私の理想とする執事の姿そのままだ。
しかも名前までセバスチャン! 執事の理想、ここに極まれり!
「坊ちゃま、旦那様と奥様が首を長くしてお待ちでございます。
早速、こちらのお嬢様と共にご案内してもよろしいでしょうか?」
そう、優しく問うセバスさんに、
「ああ、セバス、よろしく頼む。
……けど、リコはボクがエスコートするから手出しは無用だよ」
と、レオンがようやく体裁の整った私の腰に軽く手を当てる。
キャ~! レオン様! さすが私の王子様!
「畏まりました。……では、こちらへどうぞ」
と、セバスさんが私達の前に立ち先導してくれる。
尚、カールは飼育師と思しき屈強な男の人に取り押さえられているけど
「カール、またね」
と私が手を振った瞬間、また暴走しそうだった。
「リコ、これ以上煽るのやめて」
レオンがそう言って私を屋敷の玄関にエスコートしてくれなければ、私は再びあの阿鼻叫喚の図を再現していただろう。
私って、こんなに動物に好かれる体質だったっけな……。
そうしてセバスさんに案内され、その大きな両開きの扉が開くと、
そこにはまさに私が妄想していたお城、と言っても差し支えないくらいの豪奢な内装が現れた。
吹き抜けのホールは深紅の絨毯で覆われ、キラキラと輝くシャンデリアがそれを照らしている。
二階へと続く大階段は深紅のカーペットで飾られ、手摺りは品の良いアンティーク調の木が使われている。
両端に大理石の柱が並び立ち、キラキラとラメの入った高級そうな石が敷き詰められた白い床が高級感に一層の彩りを添えている。
まるで童話の中に出て来たお城みたいだ。
こんな素敵な内装にトキメかない女の子なんているワケない!
しかも、相変わらず私の腰を抱いてエスコートしてくれているのはキラキラの王子様なのだ。
まるで物語の中のお姫様になったみたい!!
「おかえりなさい、レオン。待ってたわ」
「良く来たな、レオン、待ちわびたぞ」
と、その大階段の前で私達を迎えてくれたのは、これまた私の理想通りの王様とお妃さまみたいな品の良いご夫婦。
旦那様はレオンよりややくすんだ金髪と、それと同じ色の口髭を湛えたロマンスグレーという言葉が世界で一番似合いそうな壮年の男性。
その一歩後ろに控えめに立つ奥様は、淡いブルーの髪の毛を美しく結い上げ、優しそうな微笑みを湛えて女神様のような神々しさを放っている。
……一発でレオンのご両親だと理解できるよね。
なんという美形一家! これはヒドすぎる女神様補正!
きっと誰もがこの一家の姿を見れば、羨望の溜息を吐いてしまうだろう程の、神々しい一家の姿だった。
……ちょっとレオン、これのどこが『至って普通の人達』ですか!?
普通代表の私が声を大にして叫ぼう、この一家の美形っぷりは、もはや女神様の悪戯です!!
「長く戻りもせず失礼しました、父上、母上。
新しい仲間の紹介と報告を兼ねて参上仕りました」
……と、レオンがその手にグッと力を込め、私を前に押し出す。
「リコ、です。迷い人たる理由から保護し、共に旅をすることにしましたが、今ではボクの大切な女性です」
と、レオンが私を紹介してくれるけど……
ちょっと何言われたか解らないな!?
ご両親の前でまで、口説き文句放つのやめて!?
だが、前に出されてしまった以上、挨拶はそつなくこなさなければ。
ラノベ作家の私をナメんな! 書くだけでなく、相当数の小説を読んで来たのだ。
当然、その中には転生悪役令嬢モノも数多くあり、貴族風の挨拶の様子だって読んだことがある。
……実技は初めてで、上手く出来るか自信はないけど……ええい、女は度胸!
「お初にお目もじ仕ります、アウンスバッハ卿、アウンスバッハ夫人。
リコ・イチノセと申します。
レオン様に救われた、拙い【迷い人】ではございますが、以後、お見知り置き頂ければ、これに勝る幸福はございません」
ドレスとは違うけれど、シフォンが重ねられたスカートの両端を持ち上げ、
片足を一歩引いての淑女のの礼。
……ううっ、上手く出来たかなぁ……。
と、その私の挨拶に、一際早く反応してくれたのはレオンママだ。
「キャァァ~~!! 可愛すぎるわ、リコちゃん!!
ちょっとルー、こんなに完璧なお嫁さん候補が今までにいて!?
レオンが連れて来た子なら、わたくし、どんな子でも認める気満々だったけれど……
本当に可愛いすぎるわ、リコちゃん! 今すぐレオンと結婚なさい!」
そう言ってカール以上の勢いで私に突撃し、ギュウギュウと抱き締めるレオンママ。
……ちょっと!? 力強いハグはアウンスバッハ家の伝家の宝刀とか何かですか!?
あの蒼炎村のアンナさん以上に息苦しいんですけど!?
「アナ、少し力を緩めてやりなさい、リコ嬢が窒息してしまうよ」
さりげなく近付いてきて、レオンママを私から引き剥がしてくれるレオンパパ。
「愛妻が失礼したね、リコ嬢。名乗りもせず、あの可愛い人はまったく……。
私はルーファシアス・フォン・アウンスバッハ。
僭越ながらこの家の当主を務めさせてもらっている。
彼女は私の妻でリリィアナ。今までの流れで理解して頂けたと思うが、レオンの父と母だ。
今日はわざわざお越し頂き、誠に光栄だ」
そう言って私の手を取り、甲に優しくキスをしてくれる。
「歓迎するよ、リコ嬢。君のような愛らしい令嬢と出会えて、私は心から生まれてきて良かったと思う」
レオンと良く似た美しい碧眼を優しく細め。
「……アナと出会う前に出会ってしまわなくて、本当に良かった」
そう言って私の額にチュッと軽くキスをした。
キャアア~~!!??
レオンが女の子達をことごとく誑かすのは、間違いなく貴方達の血のせいです!!
お読み頂き、有り難うございました!




