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第二十六話 デュレク新聞

 

 その日はフォレスと一緒にデュレクの下町を中心に観光をした私が、

 定宿の『灯亭』に戻ったのは、とっぷりと夜も更け、空に月が輝く時間帯だった。

 夕食もフォレスの奢りでデュレクの下町グルメで済ませて来たので、

「おえりなさいませ!」とジーナちゃんが笑顔で出迎えてくれたのに手を振り、

「んじゃまたな~」と言うフォレスに御礼を言い、部屋の前で別れた後、私はレオンが借りてくれた部屋に戻って来ている。


 あ~、楽しかったな、今日は!

 ご飯も美味しかったし、レオンとフォレスの昔話も聞けてとても嬉しかったし、

 あの後、「あの、リコ様、ですよね……?」とおずおずと話かけて来てくれた女の子たちと、存分にレオンの魅力について語り合ったりもした。

 聞けば、彼女らもレオンのファンらしいのだが、祝勝会には参加しなかったらしい。


「この街のレオン様ファンにも色々な立場の人達がいて、

 私達はレオン様の言動に萌えまくって、その一挙手一投足に妄想を滾らせることに魂を燃やしてるんです!」


 ……という彼女たちに自分と同じものを感じてしまい、

 髪を掻き上げる仕草がヤバい息が止まる、とか

 吐息の一つで世界を滅亡させることができるに違いない、とか語ってくれる彼女たちに、

 私も爆笑するレオンの可愛らしさをとくとくと語り、


「ヤバイ何それ死ねる!」


 ……という彼女達と、固い握手を交わして来たりしたのだ。

 そんな私達をフォレスは死んだ魚の眼で見つめていたけど、


「……あ~、うん。元気そうで何よりだな」


 と、優しく私の頭を撫でてくれたので良しとしよう、そうしよう。

 そして私はその日、幸せな気持ちで眠りについたのだった。



 翌朝。私は


「ギャアア~~勘弁しろクラックゥゥ~~!!」


 というフォレスと思しき人物の絶叫と


「何を言うのよぅ! フォレス君のオフと定休日が重なるなんて奇跡じゃないの!

 今日は一日付き合って貰うんだからぁぁ~~!!」


 クラックさんと思しき人物の野太い声で目を覚ました。

 ハッキリ言って目覚まし爆音なんて問題にならないくらいの大声だ。

 この私が目を覚ますくらいの大声、と言えば想像もできるかもしれない。

 慌てて窓から外を見ると、長身のフォレスがクラックさんに俵の如く担がれ、何処かに連行されている所だった。


「今日は一日遊んでもらうんだからぁぁ~~!!!!」


 ……いやあの、クラックさん、その大声はもはや公害レベルなんで気を付けた方が良いと思います……。


 ……ああ、フォレスくん、強く生きてくれたまえ……。

 と、私は窓の外に向かって静かに合掌しておきました。



 すると、そこにコンコン、とノックの音がする。


「リコ、起きてる?」


 扉の向こうから聞こえるのは麗しのレオン様の声だ。

 わーい!

 最近、一緒にいる時間が長かったから、昨日みたいに長くレオンと離れるのはちょっと寂しかったんだよね。

 私はボレロを羽織るのも忘れ、「おはよーレオン!」と元気良く扉を開ける。


「……ちょっ、リコ、ボレロ着て!?」


 と、そこには顔を赤らめたレオン様が今日も麗しの姿で立っていらっしゃいました。

 ボレロ?

 と、私が自分の姿を見下ろしてみる。

 ……相変わらず貧相な胸ですね……

 だけど、キャミソール一枚なんて格好、日本では良くしてたし、可笑しい所はない筈なんだけどなぁ……?


 コテンと首を傾げた私をよそに、レオンはツカツカと部屋の中に入り込み、机に置いていたボレロを手に取ると


「……そういうのは他の男に見せちゃダメ」


 と、私の肩に優しくかけてくれた。

 ヤダなぁ、レオンってば。私の露出なんて喜ぶ人なんか何処にもいないってば。

 けど、気にかけてくれたこと自体はとっても嬉しくて、ちょっとニヤニヤしてしまう。

 そんな私を見て、レオンはちょっと呆れたように溜息をついたけど、


「おはよう、リコ。今日はちょっとお願いがあるんだ」


 そう言って、優しく微笑んでくれた。

 くぅぅ~!! 半日遠ざかってただけで、すでに懐かしいような気がしてしまいますね!


「レオンのお願いを断れる女の子なんて、世界の何処にもいないよ?」


 ……と、不思議な気持ちも露わに首を傾げる私に


「……自覚がないってホント怖い……」


 と、レオンが何処か遠い眼をしながら私をギュッと抱き締める。

 はわぁぁ~~ん!!

 ここが桃源郷かと、幸せを噛みしめる私。


「……朝からボクの理性を試すようなことして……全く、君は……」


 ……と、レオン様が呟いていらっしゃいます。

 なんでしょうね、レオン様。焦ってるような気がしないでもないですが。


「何でも言ってね?」


 そう上目遣いで彼を見上げた私の顔を、レオン様はバチン、と音がするくらいの勢いで片手で覆ったのちに


「……自重しなさい」


 と、仰いましたが、生憎、私の視線はレオンの片手で覆われている為、その表情を伺い知る事は出来ず、

 そのまま私は灯亭のダイニングへと連行されたのでした。

 ……なんだか、私もフォレスと似たような状況にいる気がしますね。

 グフフ、私にとってはご褒美以外の何物でもないですけどね!!



「レオンのお家に?」


 私は本日の朝ご飯、サクサクのクロワッサンと卵とサラダのプレートを頂きながらレオンに尋ねた。


「うん。そんなに頻繁に戻ってはいないんだけど、どうやら両親がデュレク新聞を見たらしくて……。

 次の休暇には必ずリコを連れて来いと言われてしまってるんだよね……」


 と、レオンも私と同じ物を食べながら、申し訳なさそうにそう言った。

 そりゃまぁ、大切な一人息子のパーティーに、何処の馬の骨とも知れない小娘が突然入ることになった、なんて聞いたらご両親もさぞかし心配なさるだろう。

 なので、ご挨拶をすること自体には否やはないんだけど……

 それより気になるのは……


「ねぇ、レオン。『デュレク新聞』ってなぁに?」


 ずっと気になってたんだよね。

 何故か遠く離れた村の人や、あの残念淫魔まで私のことを『亡国の王子様』と認識していた。

 新聞自体は日本にもあったし、どんな物かは想像できるんだけど、

 自分の事がいつの間にか記事になり、街の人たちに認識されていると知って、ちょっとビビっているのだ。


「ああ、この街の出来事を記事にして配信しているんだよ。

 購読希望者が魔法紙を購入すると、更新された記事が浮かび上がる仕組みになっているんだ……見てみる?」


 そう言ってレオンがダイニングの片隅に置かれていた紙の束を持ってきてくれた。

 大きさは日本の新聞よりかなり小さいな。それが5枚くらい、束になっている。

 一番上の紙には「本日開店! レイチェル食堂」と大きな文字で書かれており、メニューや店主の言葉、開店記念サービスの内容などが書かれている。

 写真はなく、文字だけの、日本の新聞の簡易版みたいな感じだね。


「お店の宣伝とかには宣伝料がかかるけど、購読者は多いから実入りもだいぶ期待できるみたいだよ」


 ほ~! 確かにここで宣伝すれば、お客さんもたくさん来てくれそうだね。


「この店の魔法紙は5枚だけど、魔法紙は一枚単位で販売されているから、もっと多く持っている人も、一枚だけって人もいる。

 情報は上書き更新されちゃうから、過去の記事を保管しておくことが出来ないのが、難点といえば難点かな」


 ふむふむ、とレオンの説明を聞きながら一枚目を捲ると、そこには「レオン様祝勝会開催!」とデデーンと書かれていた。

 あ、これ昨日のことだ。

 祝勝会の時間と場所、抽選券の配布場所などが書かれている。

 ……抽選券とか必要なのか……。王子様も大変だね。

 そして、そんなアイドルめいた存在のレオンと、普通にこうして食事をすることの出来る私の、何と幸せなことでしょう。


「これに、私がレオン達のパーティーに参加することになった『亡国の王子様』として紹介されてたんだね……」

「ああ、それならまだ残っているかも……新聞は不定期更新だからね。一番後ろの紙を見てごらん」


 そう言われて一番最後まで紙を捲ると。


『速報! レオン様パーティーに新規参入のリコちゃんは亡国の王子様!?』


 ……ってちょっと!!??

 どれだけの人がこの新聞を読んでいるか知らないけど、こんなに大文字で偽情報流して、信憑性の問題とかないワケ!?


「……ねぇ、レオン、この記事って誰が書いてるの?」


 と、あまりの衝撃に恐れ慄きながらレオンに聞いてみる。

 だって、街の人たちにこんな嘘っこ情報を流すなんて、使い方を間違えれば大問題だ。

 日本なら名誉毀損で告訴、なんて問題になってもおかしくないくらいの偽情報だよね、これ!?


「ああ、これを書いたのはサラだよ。彼女は風を使って色々な情報を集められるから、一番信頼されている記者と言っても良いだろうね」


 サラちゃぁぁぁぁ~~~ん!!!!!!


「……と、言っても勿論、真偽の確認は必要だから、掲載前には必ずヘクターのスキルを通すことにはなっているんだけど……

 ……今回はそのヘクターの指示だからね。止めようがないよね」


 プクク、と上品に口元を隠し、レオンが肩を震わせて笑っている。

 確かに止めようはないけどさ! もっと他にも例えようがあったんじゃないかな!?

 驚いて固まってしまっている私に、レオンはニッコリと微笑んで言った。


「まぁ、おかげでこうして問題なくリコと旅が出来るワケだし……。

 君がボクのお姫様だっていうのは嘘偽りのない真実だけど、それはボク達だけの秘密っていうのも、悪くないよね」


 ぶっ!

 思わず飲んでいた紅茶を噴き出す所だったよ、もう!

 レオンのこういう言動には、本当にいつか心臓を止められてしまうんじゃないかな……。

 リコさんはとても心配です……。



「……そんなワケでね、これを読んだ両親が君に会いたいらしくて……。

 君の時間を奪うのは申し訳ないんだけど、今日はボクに付き合ってくれる?」


 何を言うのだ、この王子様は!

 そんなに申し訳なさそうな表情(かお)なんてしなくても、私に予定なんてものはない。


「そんな! ご挨拶が遅れて申し訳ないくらいだよ。

 ……けど、大丈夫かなぁ……。正式な挨拶の作法とか知らないし、私……。手土産も……」


 そう心配する私に、レオンはとても嬉しそうな表情で微笑んでくれた。

 ……うん、やっぱりレオンにはいつでも笑っていて欲しいな、私。


「そんなに心配することはないよ。ボクの両親はいたって普通の人間だから。

 母はちょっと……君に興味を抱き過ぎるかもしれないけど……まぁ、害はないと思うよ」


 え、何それ、ちょっと怖い。

 けど、レオンのお母様だもんな。粗相のないようにしないと……。

 そして出来れば、少しでも私のことを気に入って頂けたら嬉しいな。


「手土産もいらないよ。この街で販売されている商品の仕入れのほとんどに、父が関わっていると言っても過言ではないから……。

 わざわざお金を使って元に戻すのも馬鹿らしいからね」


 何それすごい!

 レオンのお父様は大商人、ということまでは知っているけど、そこまで手広くご商売なさっているのか……。

 女神様補正の商才、ハンパないですね。


 それじゃ、早速で申し訳ないけど行こうか、とレオンが席を立つので、

 私も食べ終わったプレートに「ごちそうさまでした」と両手を合わせてからレオンの後に続く。

 そうして当たり前のように手を取られ、私達はデュレクの街を歩くことになった。

 ……もう、もはやこれは世界の理レベルでの決定事項なんですね、ありがとうございます!


 そうして歩く私達へ、女の子や街の人達から次々と声が掛かる。

「レオン様~!」という女の子にはレオンが素敵な笑顔のオマケ付きで手を振り、

「リッコちゃ~ん!!」という野太い声には私がビビりながらも笑顔で手を振っている。

 何を間違えたのか私に黄色い声を上げる女の子や、昨日、フォレスと行った下町で会ったと思しきおばちゃん達からも私に声が掛かったりして、

 私達二人はなんだかとても目立ってしまっていた。

 ……うう、レオンは慣れているかもしれないけど、私はまだ、こういうの慣れなくて困るよぅ……。


「……あ~あ……。すっかり人気者になっちゃって……。

 リコは可愛いから仕方ないけど、なんだか面白くないなぁ……。拠点、移そうかな……」


 と、隣で何故だかレオンがむくれている。

 って本当に何を言うのだ、レオンってば。

 さっきからひっきりなしに街の人が声を掛けてくれているのはレオンの方で、私はオマケにすぎないじゃないか。


「私なんてペットみたいなものなんだから気にしちゃダメだよ、レオン。

 みんな、レオンのことが大好きなんだから、拠点を移すのもダメだからね!」


 と、慌ててフォローすると、レオンが驚いた表情で私を見つめたあと、プハッと盛大に噴き出した。


「ペットって……! 確かに君は小動物みたいで可愛いけど……プッ、アハハ……!!」


 ……ねぇレオン、なんだか最近、フォレスの笑い上戸がうつって来てやしませんか……?



「……けど、それなら、ボクがいなきゃ生きていけないくらいに、君を躾けてしまおうかな……?」



 と、突然ご降臨なさる黒レオン様! 最近よくおでましですねこんにちは!!

 もう、クルクル変わるレオンの表情に私は翻弄されっぱなしだよ!


 そんな会話を交わしながら、私達はギルドに向かい、そこで幾つかの転移装置を利用してデュレクの内側に向かう。

 はぁ~、レオンのご両親にご挨拶かぁ……。


 なんだかとても緊張してきました!


お読み頂き、有り難うございました!

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