第二十三話 小さな変化
その場に残された魔法陣については、レオンが取りあえず聖魔法で覆って使えないようにしておくことになった。
本格的な撤去とか封印とかは、特別技能を持った専門家がギルドから派遣されて来てからになるだろうけど、
とりあえず、洞窟内の魔物は駆逐したし、残念淫魔も引く、と言っていたことだし、応急処置としてはこれで大丈夫だろう。
あの残念淫魔の興味も他に移ったようだしね……。
……ハァ。今はあの残念淫魔のことを考えると、無駄に精神力を使いそうなのでやめておこう……。
「とりあえず村まで戻ろう。皆、心配しているだろうし、早く報告もしてあげたいしね」
ニコッと微笑んでそういうレオンに、私もフォレスも否やはない。
そのまま洞窟を抜けようとした所で、私はふと思い出した。
「あ、そうだ、レオン、蒼輝石、お土産に持って行かなきゃ!」
そうそう。初めて出会ったあの場所で、女の子たちとそんな約束をしていた気がする。
レオン様たるもの、女の子との約束を忘れているとは思えないけど、
また後で来るのも大変だし、今なら危険も少ないだろうから採掘して行った方が良いんじゃないかな?
そう思って提案したのだけど、何故だかレオンもフォレスも微妙な表情をしている。
……あれ? 私、何か変なこと言った?
不思議に思い、コテンと首を傾げる私。
「レオン?」
どうしたんだろ。二人ともなんだか固まってしまっている。
「……おまえ、レオンが他の女に渡す土産の心配なんかして良いのかよ?」
と、その沈黙を破ったのはフォレスだ。
何を言うのだ、レオン様は皆のものだという協定があるではないか。
仲間にして貰い、こうして一緒に旅をして、時々スキンシップのご褒美を頂ける立場にいる私が、これ以上を望んでしまってはきっとバチが当たる。
「約束は約束じゃない。皆、楽しみに待ってるだろうし」
……だから、採掘して行こう? とレオンに声を掛けると、
「……ああ、そうだねリコ。洞窟が安全になった証拠にもなるし、村の皆にも幾つか持って行こう」
と言って、採掘の方法を教えてくれた。
大地魔法で探索して、他より硬い手応えがあったら、傷つけないように丁寧に周りの岩を崩して行くんだって。
鉱夫のおっちゃんたちの中には、大地魔法に適性がある人が多いらしい。
それにしても、魔法って本当に便利だね!
私がそこら中の岩壁に大地魔法で探索をかけ、わ~見つけた~! わぁ、大きい、やったぁ!と夢中になっている間も、
何だか二人は微妙な顔をしている。
私は、いつもの元気な二人に戻って欲しかったので、
「ほらレオン、こんなに大きいのが採れたよ!」
とニコニコ笑いながら採れたばかりの蒼輝石をレオンに手渡した。
「ありがとうリコ。……君は本当に凄いね」
やっとレオンがニコッと微笑んで頭を撫でてくれたので、気を良くしてしまう。
「もっと大きいのがあるかもしれないから、探索しながら歩くね!」
そんな私の後ろで、
「……マジかよ……。まさか気付いてねぇのか? アイツ……?」
「……ボクもまだまだ修行が足りないな……」
レオンとフォレスが溜息を付いてそんなことを呟いていたようだけど、探索に夢中になっていた私の耳には届かなかった。
わ~、また見つけた~! やったぁ~!!
そうして蒼炎村に着いた頃には、空は朝焼けの様相だった。
お昼前くらいに洞窟に入ったから、随分長くあの中にいたんだね。
まぁ、魔物も数だけは多かったし、面倒なのもいたし……。
色々あったなぁ……と思い返しながら、我慢が出来ずに小さく欠伸をしてしまう。
疲れているのはレオンもフォレスも同じだろうし、宿に着くまでは、と我慢をしていたのだけれど、
どうやらリコさんはおねむのようです。
「リコ、慣れない旅の上、君が一番活躍したんだ。無理しなくて良いよ。
なんなら宿までおぶって行くから……」
気を遣ってくれるレオンに、私はヘニャリと笑って答える。
「んーん……。だいじょぶ。甘やかさないでね、レオン。
私、すぐ調子に乗っちゃうから……。がんばって、あるくよ……」
なんとかそう言い切ったものの、意識は半ば飛びかけている。
「……まったく。リコに甘えられるなんてボクにとってご褒美でしかないのにな……」
あ~、レオンが何か言っているけど、ほとんど聞き取れてません、ごめんなさい。
ほらおいで、と、レオンが優しく手を取って歩いてくれる。
ウフフ……。レオンの手、あったかいれす……。
……そうして、宿に辿り着いたまではなんとか覚えている。
レオンとフォレスが泊まっている部屋の隣の扉を開け、
「おやすみ」という、フォレスの良い声と
「ゆっくり休んでね、リコ」という、レオンの優しい声に、ヘラッと手を振った後の記憶は……もうない。
ベッドに倒れこむようにして、私はそのまま眠ってしまったようだった。
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翌日。
私が太陽がもうすぐ頭上に差し掛かろうかという時刻に目を覚まし、顔を洗って外に出ると、
その音に気付いたレオンが隣の部屋から顔を出し、「おはよう、リコ」と声を掛けてくれる。
土下座せんばかりの勢いで寝坊を陳謝する私に、
「疲れているんだから仕方ないよ。
それに、村の人たちにどうしても、と懇願されてしまったから、今日はもう一日、この村に宿泊することにしたんだ」
……と、教えてくれた。
なんでも、フォレスは既に村のおっちゃん達に拉致られて酒場に行っているらしい。
「……あ、じゃ、レオンは私が起きるのを待っていてくたの……?
本当にごめんね。これからは容赦なく叩き起こしてくれて良いから……」
「あれ? リコの寝床に侵入する許可なんてボクに与えちゃって良いの?
……何をするか、わからないよ?」
そう言って楽しそうに笑うレオン。
はわぁぁぁぁ~~!!!!
もういい加減、慣れて来たと思ってたけど、レオン様の殺し文句にはドキドキさせられっぱなしです!
これからどれだけ一緒にいられるかなんて……保障も約束もないけれど、
きっと私は、一緒にいる限りずっと、ドキドキしっぱなしなんだろうな、という確信めいた予感がする。
「……もう、レオンったら!」
「ハハッ。これで眠気も吹き飛んだでしょ?
今日はアンナも酒場でジュリの手伝いをしているから、食事はそっちで摂って欲しいって。
……ボクらも行こう。一番の立役者のリコが行かなきゃ、盛り上がらないよ」
そう言って、ごく自然な流れで私の手を取り、酒場に向かうレオン。
二人で並んで、穏やかな陽の光の中をゆっくりと歩いて行く。
「……ねぇ、リコ」
ふいにそう呼ばれ、首を傾げてレオンを見上げると、空を切り取ったかのような青い瞳が私を射抜く。
その、何処か決意を込めた大人びた視線から、私は目を反らすことが出来ない。
……レオンってば、今更私に『魅了』かけてないよね!?
これ以上惚れさせてどうしようって言うの、もう!!
「……急には、無理かもしれない。けど、ボクも少しずつ変わって行こうと思うから」
側で、見ていてね。
そう言って、繋がれた手にキュッと力がこもる。
その力の強さに、否応無しに「男の子」を感じてしまい、私の顔にまたボッと熱が上って来るのを感じる。
今まではこういう時、「レオン……」と呟いて見つめ合うことが多かったけど、
何故だろう、今日はとっても恥ずかしくなってしまい、私は思わず目を反らしてしまった。
「そ、そうだね! 私ももっと色々魔法のイメージとかしてみるよ!
例えばさ、空を飛ぶ魔法とか……。私の国で人気のあった物語では、魔法使いは箒に乗って空を飛ぶんだよ!
物体を浮かす程の風魔法を箒に込めたら、私もあんな風に飛べるかな、あはは……」
挙句の果てに、そんなどうでも良い事をペラペラと話してみたりして。
レオンが格好良いのは今日に始まったことじゃないし、口説き文句めいた言葉もたくさん言ってくれているけど、
何故だか今日は過剰に反応してしまうみたい。
……おかしいねぇ?
「フフ、君の国の知識があれば、空を飛ぶことだって出来るかもしれないね」
楽しそうにそう話すレオンは、ここ数日、私が見ていたレオンのままだ。
……繋がれた手にこもる力は、以前よりちょっと強めな気もするけど。
「……あんまり期待しないで欲しいかも……。私、あまり頭は良くなくて……」
特に物理とか数学は苦手分野だったしなぁ……。
私の魔法も、ドーンとしてバーン! みたいなイメージで、結構適当な所もあるし……。
それを読み取って顕現してくれる異世界仕様にはマジで感謝だ。
「……良いよ。お姫様を守るのは、いつだって騎士の務めだ。
なのに、昨日はなんだか君に助けられてばかりで、ちょっと格好悪かったな……」
そう言って、しょぼんとするレオン。
そんな表情も可愛いけど、やっぱりレオンに一番似合うのは満開の笑顔だ。
私の心臓と鼻にダイレクトにクるので、用法と用量を守って正しくお使い頂きたい、あの笑顔。
「レオンの『魅力』がなかったらどうにもならなかったよ?
レオンとフォレスがめくるめく薔薇色の世界に突入しないか、ちょっと心配してたんだからね!」
そう言った瞬間、レオンがフォレス並の勢いで爆笑するではないか。
……ちょっ! 笑って欲しいとは思ってたけど、ここまで爆笑されるのも想定外だ。
レオンて、爆笑するときは俯いたり顔を隠して肩を震わせて笑うことが多かっただけに、
ここまで全力で笑ってる顔を見せてくれるのは、珍しいかもしれない。
……よし、心のアルバムに、しっかり飾っておきましょう!
「プッ……アハハ! めくるめく薔薇色の世界!? ボクとフォレスが!?
なんでそんな発想になるんだろう……ホントに君は。
むしろなんで、君にスキルがかかってないのか不思議なくらいなんだけどな」
その麗しの瞳に涙すら浮かべ、笑い続けるレオン。
……そんなに可笑しいこと言ったかなぁ、私……?
「それはだって……私はここに来る前から……」
レオンに夢中でした、と言いかけて慌てて口を噤む。
……異世界から来たって事は、まだ、なんとなく言えないような気がして。
「……ここに来る前……? そう言えば、初めて会った時から、リコはボクの事を知っていてくれたよね。
ボクは確かに、デュレクでは多少知名度があるかもしれないけど……
君の……ボクの知らない国にまで名を馳せるような有名人ではないと、自分では思ってた」
ア、アハハ……。
私の小説は世間一般に売られているワケで、それなりの数の人が読んでくれているだろうけど……
異世界でのこととはいえ、自分の存在がいつの間にか自分の知らない人にまで認識されているなんて、やっぱりちょっと怖いよね。
……そう考えると、小説を書くという行為自体が不思議というかなんと言うか……。
自分の知らない所で、自分の行動を晒されている、時には考えてることまでダダ漏れって、何それ怖い!
私が考えてるアホな事とか、レオンの言動に内心で絶叫してるとか、そんなの知られたら恥ずかしくて死ねる……。
……けどまぁ、小説は想像の産物だしな。
私みたいに小説の世界にトリップしちゃう人なんて、それこそ小説の中にしかいないだろうし。
考えると怖くなるので、この件はとりあえず考えるのを止めておこう。
……と、突然黙ってしまった(実際には思考の渦に飲み込まれていただけ)私を、レオンが心配そうに覗き込んで来る。
「リコ?」
心配そうなその瞳に映るのは、間違いなく見慣れた私の顔だ。
こんな当たり前の事が、ああ、レオンは今、本当に現実として、私の隣にいてくれてるんだなぁ……と、
異世界の不思議に改めて感謝したい気持ちになる。
「か、格好良い人の情報が世界に拡散するのは、当たり前、じゃないかな!」
そうだ。
私だって、大好きなレオンが動く所を妄想して、それが滾りに滾って小説を書いたら、色んな人に読んで貰えて、書籍にまでなってしまったのだ。
戦闘シーンも多かったから、そういうのが好きな人も多かったかもしれないけど、
少なくない数の女の子が、レオン様格好良い、そう思って読んでいてくれたはず。
格好良い王子様の大活躍が嫌いな女の子はいないもの! たぶん!
「フフ。ボクの容姿が、君がボクを知るきっかけになったのなら……この姿も悪くないね」
自分に与えられた特別な才能が、美貌なんじゃないかと悩んでいたというレオン。
実に贅沢な悩みだとは思うけど……
人の悩みなんて人それぞれだしね。
私だってさ……と、思わず自分の胸を見下ろしてしまう。
……泣いても良いですか。
「ねぇ、リコ」
人知れず打ちひしがれていた私を、レオンが再び真剣な声で呼び止める。
もうすぐ酒場、という所で、私達は立ち止まった。
「約束したからさ、君の故郷を探す手伝いは、する。そして、君の住んでいた国を見てみたい、というのも本心だ」
そう言いながら、一歩、私の方へ歩みを進めるレオン。
はわわ、近い、近いですレオン様!
「だけど、帰してあげるという約束は、守れないかもしれない。
……もし君が、自分の国に帰りたいと言うならその時は……」
君を攫って行くから、覚悟して?
キャアアアァァ~~!!!!
昼間から大爆発のレオン様クオリティがハンパないです!!!!
レオンのこの突然の殺し文句攻撃に、最近初恋を知ったばかりの拙い防御力しか持たない私の心臓は、いつか完全にその動きを止めてしまうかもしれない……。
……ヤダ、レオン様ったら、罪な人!
お読み頂き、有り難うございました!




