第二十二話 残念淫魔
「……アラ。王子様はワタシをご存知なの? 光栄だわぁ……」
お姉さんが妖艶に微笑んでそう言う。
いや、さっき『心眼』で名前を知っただけで、ご存知ではなかったですけど。
お姉さんの襲来はなんとなく予想してました。
そしてこの事態の原因がお姉さんであることも。
「随分と派手に魔物たちと遊んでいたようですね……。
こんなに誑かさなきゃいられないくらい、寂しかったんですか? ……悪趣味ですね」
黒リコさんはちょっと怒っています。
何が目的かは知らないけど、こんな風に魔物を集めて、村の人たちに脅威を与えるなんて。
そしてその目的なんて、どうせくだらないものなんでしょう?
魔族の価値観って、本当にワケわかんないもんね。
小説の中に出していた魔族さんも
『飼い猫が子供を産んだからお祝いにお城の中で花火ぶっ放して辺りに甚大な被害を出しちゃいました』とか
『急に美味しいお肉が食べたくなって、そこらにいた牛の群れに襲い掛かったけど、捌くのが面倒臭くなって焼き払うことにしました』とか
そんな意味わかんない理由で周囲を振り回していたもんなぁ……。
ホント、自分でも何でこんな行動原理を思い付いたのか不思議なくらい。
けど、藤子に言わせると「コイツが一番アンタに似てる」らしい……。
そして、自分に素直すぎてハチャメチャだけど、強くて面白いその魔族さんは、私の小説の中でも一定の人気を誇っていた。
ラスボス的な扱いにしようと思っていたから、レオン達との関わりはなかったけど、
彼らが解決した事件の裏側にいるのはその魔族さんだったりしてさ……。
もし、この世界の魔族もそんな人ばかりだとしたら、関わって良いことなんかひとつもない。
けど、ここで事を荒立てる訳にもいかない。
魔族と人間はお互いに不可侵。そんな暗黙の了解があるのだ。
それはまぁ、最初にその領域を侵して来たのはこのお姉さんだけど、
今ここで戦闘になっても、後々面倒臭いことになりそうだしね……。ホント厄介……。
「アラ、酷い言われ様。王子様、怒っているのかしら?
……ウフフ、そんな顔も可愛いわね。……ますます欲しくなっちゃう」
そう言うメリアさんの赤い瞳の中の瞳孔に光が宿る。
たぶん、魅了スキルを展開したんだろう。私にはどこ吹く風だけど。
そもそも、女の私に淫魔が魅了をかけたって効くワケない。
世の中にはそういう人もいるかもしれないけど、私は至って普通の、つい最近初恋を知ったばかりの女子高生だし。
……ってかさ、さっきから人のこと王子様、王子様って呼んでるけど……
まさか私のこと、本当に亡国の王子だとか思ってるのかな、このお姉さん。
どこでその噂を聞いたのかは知らないけど、そのまま鵜呑みにするなんて、馬鹿なのこの人?
どう見たって女の子にしか見えないでしょうよ!
……見えないよね!? ねぇ!?
自分の胸を見下ろして、なんとなく不安になる。
……クッ。女の子にしか、見えないハズ、だもん……!!
「貴女が何をしようと勝手だけど、振り回される村の人たちも、魔物たちも、いい迷惑です。
早く気が済んで魔界に帰って貰えませんか?
貴女のくだらない用事に付き合うほど、私達ヒマじゃないんです」
拒絶の意思を込めて、メリア──もう「さん」は良いか、敵だし──を見返す私。
そんな私を、心底面白そうに眺め、メリアがカラカラと笑った。
「気の強い子は好きよ、ワタシ。そういう子の絶望に満ちた顔ほど、ゾクゾクするものってないもの。
それに、ワタシの魅了にかからないなんて……ホント、面白い子」
メリアの瞳に更に強い光がともる。
……イヤだから根本から間違ってるんだって!
まぁ、後ろの二人に興味を持たれるより良いけど……。
「もう魔物もほとんどいないし、ここにいても仕方ないでしょう?」
だから帰ってと訴えかける。
すると、メリアは「えっ?」という表情で辺りを見渡すではないか。
「いないって……? 三頭狗はどうしたの?」
……気付いてなかったんか~~い!!!!
思わず関西弁でツッコミ入れちゃったじゃないか!
なんだかこのお姉さんが、だんだん残念な人に思えて来る。
……まさか、ラスボスよろしく今更出て来たのも、何処かで遊んでたからとか言うんじゃないでしょうね!?
「魔界で遊んでから来たらこんなことになってるなんて……!!」
……ってヲイ!
今、後ろのレオンとフォレスからも一斉に同様のツッコミが入ったの感じちゃったよ!
だが、メリアにとっては大問題のようで、目を見開き、唇をワナワナと震わせている。
イヤだからそんなに大事なことなら遊びにかまけてないでしっかり見張っておきなよ!
「そんな……そんな!! これじゃ、ディール様とのデート権はラリサの物になってしまうじゃないの!
どうしてくれるのよ、アナタ達ぃぃ~~!!」
ディールだのラリサだのって誰だよ!
……いや、ディール、という名前にはちょびっと聞き覚えがあるけど……。
今は聞かなかったことにしよう、そうしよう。
私が何だか可哀想な物を見るような目でメリアを見ていると、
何処から取り出したのか、白いハンカチーフを取り出して口に加え、キィィ~! と地団駄を踏んでいるではないか。
なにそれ古典的すぎでしょ!!
お姉さん、現代日本の昭和時代の漫画愛好家とかじゃないよね!?
「……念の為聞くけど……まさかそのラリサさんとやらと、ディール様のデート権をかけて『どっちが多く魔物を一斉に魅了出来るか』なんて勝負……してないですよね?」
「なんで解ったの!?」
すごくすごい残念な人だこの人!!!!
「双子の姉のラリサと数を競ってたのにィィ~!!
制限時間は今日なのにィィ~!!!!
ディール様とのデートコースも決めてたのにィィィィ~~!!!!」
……と、再びハンカチを噛んでキィィィと地団駄を踏むメリア。
「そういうことは魔界の魔物でやりなさいよ! くっだらない理由で人間の世界に迷惑かけないで!!」
ついに声に出してツッコミしちゃったじゃないか!
メリアの残念っぷりに、せっかく楽しんでた黒リコの演技もはがれちゃったよ!
大声で叫んだから息まで切れちゃったじゃん、もう!!
「ぐすっ……。そんなに怒らなくても良いじゃない……。
魔界の魔物は私の魅了にかかる種が少ないんだもん……。
ラリサなら魔界でも大勢を一気に魅了出来るんだろうけど……ワタシは人間界の魔物が精一杯なのよ!?」
打ちひしがれた態で、その場にヨヨヨと蹲る。
そんな可愛い顔で涙ぐんでもダメです!
「ディール様のことは昔から本当に大好きで……
やっと、やっと勝負に勝った方と一日デートしてあげるよって言ってくれたのにぃ~!
邪魔するなんてあんまりよぉぉ~~!!!!」
号泣したってダメです!
「そういうのは自国でやりなさいよ!
それに、そんな事で一日デートしてもらって、ディール様とやらとどうにかなれるだなんて思ってないんでしょう!?
こんなくだらないことしてる時間があったら、もっと自分を磨いて、相手に好きになってもらえる努力をすれば良いじゃない!」
現在絶賛初恋中の私にまでこんなこと言われる淫魔……。
残念無念とはこのことだよ!
一生分のツッコミをここで使ってしまった気分だ。
……はぁ……。魔族の行動原理って、ホント訳わかんない……。
「王子様……」
と、残念なメリアが潤んだ瞳で私を見つめている。
やめて、やめて! これ以上事態を混乱させないで!!
「……じゃあ、王子様が私とデートしてくれる?」
「私女だからメリアには興味ない!」
「……なんですって!? そんな……」
……と、メリアの視線が私の胸部に釘付けになる。
「自分基準で山の高さを判断するなぁぁぁぁ~~!!!!」
ドーン!
私の怒りの鉄槌が闇の力を纏って顕現し、大きな一本の剣となってメリアの眼前に突き刺さった。
……あ、怒りのあまり闇魔法使っちゃった……。
まぁ良いか。当たってないし。私の怒りは本物だし。
「闇魔法……? 亡国の王子、いえ王女……? あなたまさか……」
と、メリアが呆然とした表情で私を見ている。
一方私はといえば、渾身のツッコミと力いっぱいの闇魔法で精神力をだいぶ消費し、肩で息をしている状態だ。
メリアが呟いた言葉すら、半ば聞こえてない。
この残念淫魔め、早く魔界に帰ってよ、もぅぅ~~!!!!
「……そうね、元々ワタシ、魅了して操るより、闇に隠れて情報収集する方が得意なんだもの。
そっちの特技を活かしてディール様に近付く方が、よっぽど効果的よね」
フフ、と元の綺麗なお姉さんの態に戻ってメリアがそう呟く。
……けど、今更取り繕ったって貴女が残念なのは決定事項ですからね!?
「ディール様へ、良いお土産が出来たわ。
一日デート権なんてラリサにくれてやっても良いくらいの、大きなお土産が、ね」
再び妖艶な色気を纏い、立ち上がるメリア。
「報告もあるし、今回はここで引くわ。
……また会いましょう? 『王子様』」
妖艶な笑顔でそう言い放ち、メリアは顕現した時と同じように私達の前から消え去った。
……はぁぁ~~、激しく疲れた……! 主に精神面で!!
メリアが去った後、洞窟の奥には禍々しい黒い光を放つ魔法陣が見える。
……あれを使って魅了した魔物を呼び寄せていたんだろう。
苦労して魔物を駆逐して、精神力を削って術者を魔界に追い返した原因が、まさかデート権を賭けての姉妹喧嘩だったとは……。
残念すぎてもはや声も出ない。
「リコ」
と、背後から私の大好きな人の声が聞こえる。
「レオン~~!!!!」
疲れも手伝って、私は振り向くと同時にその身体にしがみついた。
「……なんだか、大変な相手だったね……」
「レオン~~!!!!」
もはや私は半泣きだ。
初めての実戦、魔族との対峙、そして残念すぎる淫魔……。
頭の中で情報処理が追いつかない。
けれど、抱きついた私を、ぎゅっと抱きしめ返してくれるその腕は、レオンだ。
……本当に良かった。あの残念な淫魔がこの人に興味を示さずに済んで。
「もうヤダ……。魔族なんて、もう関わりたくないよぉ~!」
色んな意味で疲れすぎるもん!
「リコ」
泣いてしまった私を、レオンが更に強い力でギュッと抱きしめてくれた。
「ごめんね、君にばかり頼ってしまって……」
彼の腕の中にいる私には、その表情は解らない。
けどきっと、レオンのことだ、泣いている私に贖罪の気持ちを抱いてしまっているのだろう。
キュッと眉を顰めるあの表情が、容易に想像出来てしまう。
「私、レオンを守れたかな……。村の人達に、安心をあげる手助けが出来たかな……?」
泣きながらそう呟く私を、レオンは服が涙に濡れることも気にせず、強く抱きしめてくれる。
「……ボクもフォレスも村の皆も、君に感謝しているよ」
そう言ってポンポンと頭を撫でてくれるレオンの手の優しさに。
私はわぁぁ~と、更に涙腺を崩壊させたのだった。
「……で、結局なんだったんだ、あの茶番は……」
いつになく真面目な声で、フォレスが尋ねてくる。
なお、私は未だにレオンの腕の中です。
いい加減恥ずかしいですが、幸せなのでもうしばらくここにいたいと思います。
「魔族の意味わかんない行動原理による、悪戯……とでも言いましょうか……」
少しずつ理性を取り戻しながら、私はそう答えた。
……精神力をゴリゴリ削られてるので、もう少しレオンの腕の中にいさせてね。
「……まさかデート権を賭けた末の騒ぎ、とは言わねぇよな……?」
いえ、その通りだと思いますが……
「……残念ながら、魔族が自らの行動原理に則った結果、それが人間の世界に影響した、と言う事だろうな……」
レオンが難しい言葉で濁しているけれども。
「メリアとラリサの、デート権を賭けた姉妹喧嘩だよぅ~~!!」
言ってしまってから、事態のくだらなさに驚愕する。
なんという残念さ!
ここに世界最強の『魅了』スキルを持つレオンがいなければ、事態はどうなっていたか解らない程の、
非常にくっっっっだらない姉妹喧嘩だ。
「有り得ねェェェェ~~!!!!」
……と、フォレスが頭を抱えて蹲る。
いやホント、全くもって私も同感です!
「魔族の行動原理は、ボクらの常識では測れないと知ってはいたけど……さすがにこれは……」
レオンがいつになく真剣な声で呟くようにそう言った。
「でもこれが魔族だよ。関わっちゃダメ、レオン」
そう言って、再び深く、レオンの腕の中にその身を潜り込ませる私。
そんな私を、再度レオンはギュッと抱き締めてくれる。
……ウヘヘ、し・あ・わ・せ……♪
「それにしてもお前、あのねーちゃんにだいぶ迫られてたじゃねぇか。
やるなぁ、『亡国の王子様』?」
と、フォレスが意地の悪い事を言って来る。
「いつでも替わってあげるよフォレス。激しく残念な人だけど美人だったし、ああいうのがタイプ?」
プクゥと頬を膨らませて問えば、フォレスは爆笑しながら「ゴメンだな!」と言った。
そのままの表情でレオンを見上げる。
「ボクはもう、君以上の存在を見つけられそうにないよ」
そう言って、その薔薇色の唇が私の額に触れる。
キャアア~~! レオン様の唇、柔らかいですぅぅ~~!!
「……やってろ、バカップル」
呆れたような、それでいて優しいフォレスのやたらと良い声が、何故だか私をすごく安心させてくれる。
グフフ。
レオン様からのご褒美も頂きましたし、何気に黒リコも楽しかったですし。
これにてこの件は一件落着と、思って良いのでしょうか?
「ギルドに戻ったらヘクターに、今回の件、事細かく説明してもらうからな」
ギャアアアア~~!!!!
フォレスさん、安心しきっている私を地獄に突き落とすのやめてェェ~~!!
私、お仕事モードのヘクターさん怖くて苦手なのぉぉ~~!!
お読み頂き、有り難うございました!




