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第二話 スランプ

「あ゛あ゛あ゛~~~とぉこぉぉぉぉぉ~~!!!」


 仕事場のPCの前で、キーボードに覆い被さるようにして私は突っ伏していた。


「……なに?」


 藤子はと言えば、とりあえず入稿予定の原稿が仕上がったようで、私の隣の机で資料や画材を片付けたり公式サイトの掲示板をチェックしたりしているようだ。

 多少呆れた感が口調に漂うのはいつものことなので、そこは全く気にしていない。


「スランプなのぉぉぉぉぉ~~~!!!」


 私はいよいよ頭を抱えて、泣きそうになりながら藤子にそう訴える。


「スランプ? 璃心が? ……珍しいってか…そんなの初めて聞くけど……」


 椅子に座ったまま身体をこちらに向けて藤子が尋ねる。

 その表情はいつもの諦めた感じはなく、心底心配そうだ。

 私は泣きそうになりながら、藤子の顔をじっと見つめた。


「……うん、私もどうして良いか解らない……。レオンが何も見えて来ないなんて……。どうしちゃったんだろう、私……」


 言ってしまうと、いよいよ悲しくなって、私は両手で顔を覆った。

 泣いてもどうしようもないのは解っているけど……

 今までに感じたことのない焦燥感や不安が胸に押し寄せてどうにも感情を制御できない。


「……とりあえず、あったかい物でも飲んで落ち着きなよ。あんたの好きなハニーミルクティー淹れて来てあげるから」


 藤子はそう言いながらポンっと優しく私の肩を叩くと部屋を出て行った。

 その後ろ姿が涙でジワっと滲む。

 ……本当に、どうしちゃったんだろう、私……。



 そう、今まで、こんな事は一度もなかったのだ。

 ハッキリ言って、私に文才などないことは自分が一番解っている。

 子供の時から、妄想力は人一倍だったけれど(これ、胸を張って言えることなのかな……)、国語の成績は上の下くらいで、作文が得意だったという事はない。

 好きな科目は家庭科(主に調理実習)と音楽。苦手な科目は理数系全般。

 漫画や小説を読むのは大好きで、その中のキャラクターで妄想しまくって藤子にキャッキャと語る事はあったけれど

 小説なんて、レオンの事を書くようになってから初めて書いたのだ。


 ……だけど、何故だか不思議と、レオンを書いていると、言葉が自分の中に溢れ出して来るというか

 彼が見ている世界や聞いている言葉が、自然に私の中に流れ込んで来る。

 そう、それはとても不思議な感覚。

 日頃からレオン、レオンと煩い(と、藤子には思われている)私だけど

 確かにレオンを溺愛している自覚はあるけれど

 もっと、自分の住んでいる世界でレオンの事を見つめているような…そんな不思議な感覚で彼を見ている私がいる。

 こんな時、レオンならどうするかな、と考えると、すんなりと彼の行動が解るから、それを示す言葉を繋げば良い。

 彼が見ている世界はこんな色で、建物はこんな形で、食べ物はこんな味でと、想像するより先に理解できるからその感想を述べれば良い。

 だから、今まで一度も文章に詰まった事などなかったのだ。

 私にとって、それはごく当たり前に出来ていたことで、特に何かをした記憶はないし、それが特別な事だとも思っていない。

 だからずっと、レオンと一緒に冒険しているような気持ちで楽しく彼の冒険譚を綴れていたのだけれど……


 今の私には、何も見えない。聞こえない。

 つい昨日まで感じていたレオンの気配が、そっくり自分の中から消えてしまった。


「……どうしたの、レオン……」


 そう呟いて、私は何も打ち込まれていないPCに向かい直すけれど、勿論返事があるワケもなく……

 私は安穏とした気持ちで再度両手で頭を抱え、目を瞑って想像してみる。

 ……世界は真っ暗なままだった。



 ------------------



「……ん、……ちゃん……!」


 眩い光の向こうから、誰かが必死に呼ぶ声がする。


「そっちはあぶないよ! ……今、手を……!! はやく……!!」


 小さな男の子だろうか。

 その姿は光に眩んでしまって全く見えない。


 だけど私は、この光の先にどうしても興味があって。

 また一歩、足を踏み出してしまう。


「……コ、リコ……!!」


 男の子が必死で呼びかけている。今にも泣きそうな声だ。

 ……うん、ごめんね。

 私、どうしても光の向こうが知りたいの。


 そうして、また一歩、足を踏み出すと、今まで私を包んでいた光は一瞬にして消えた。

 変わって目に飛び込んで来たのは………


 ------------------


「……こ、璃心っ!!!!」


 再び、私を呼ぶ声と同時に



 ベッチーーーーーーーーン!!!!!



 ……いっそ、小気味良いくらいの音の後、額に激痛が走る。


「……痛っ!」

 思わず叫んで痛みの走る額に手を当てたまま瞳を開けると、

 そこには片手にデコピンの余韻を残したまま、もう片方の手を腰に当てて仁王立ちする私の親友の姿があった。


「もう! お茶を淹れてる数分の間にこんな所で熟睡するなんてアンタはの○太か!」


 その言葉の通り、デスクの端では淹れたてのハニーミルクティーがホカホカと湯気を立て、甘い香りを漂わせている。


「……あれ? 藤子…? ………レオンは…?」


 まだヒリヒリと痛む額を気にしつつ、それでもなんだかフワフワと現実感がないまま私は呟いた。

 ……さっきのは夢?

 ……ってかなんで、レオンの名前を呟いたんだろう、私。

 男の子だったけど、まだ子供だったし顔も見えなかったのに……?



「なに寝ぼけてるの!」



 そして再度、ベチンッと額に強烈な痛みがクリティカルヒット!


「ちょっ……! 痛っっ!!」

「手っ取り早く目を覚ますには丁度良いでしょ!」


 藤子の会心の一撃は、私の寝起きのフワフワ感をキレイさっぱり吹き飛ばしてくれた。

 ぐぬぬぬぬ……! ここまで完璧な覚醒手段を使って来るとは……やるな、おぬし!



「頼むからしっかりしてよね…」



 ため息をつき、そう言いながら、デスクの端に置いたままのティーカップを手渡してくれる。

 藤子お手製のハニーミルクティーは私の大好物だ。

 私は「ありがと」と軽くお礼を言って受け取り、軽く息を吹きかけて冷ましてから、一口、啜った。


「………で、どうなのよ? スランプとか言ってたけど……」


 藤子の分はブラックコーヒーらしい。

 香ばしい香りのするカップを手に、私のデスクの隣にある藤子用デスクのチェアに座りながら

 先ほどの憤怒の形相など無かったことのように優しい、心配そうな表情で問いかけて来た。


「あ~……うん、その状況は変わってないみたい……だ、よ?」


 覚醒した私は、もしかしたら、という思いでPCの画面を見てみるけど

 当たり前ながら、そこには相変わらず何も書かれていない画面が点いているだけで。

 いつものように画面の向こうでレオンがイキイキと動いているような場面を想像することが全く出来ない。


 ……ただ、あの夢を見る前の焦燥感や悲しい気持ちは少しだけ落ち着いたのか、

 今は「どうしようかな~」という困惑の方が強い。

 そんな私を不思議そうな表情で見て、藤子は「フム」と顎に手を添え、おもむろに言った。



「ホント珍しいこともあるよね。授業中でもノートにレオンの台詞を走り書きして悶えてたくらいの変態だったのに」

「……うっっ!」

「無駄に見た目が良いせいで何人もの男子に告白されてるのに、『その台詞、今度レオンに言わせても良いですか!?』なんて迫るしさ」

「……うっっっっっ!」

「街を歩けばあの服はレオンに似合いそうだの、映画を観ればあの俳優の瞳の色はレオンのに近いだのと大騒ぎするし」

「………うっっっっっっっ!」

「自分で決めたレオンの誕生日なのにデッカいホールのケーキを買って来て食べ切れず、私に泣きついたこともあったよね。私甘いの苦手なのに」



 藤子さんもうやめて! 私のライフはゼロよ!!



「……と、藤子さん……? 私は、慰められているのでしょうか? それとも貶されているのでしょうか……?」

「もちろん褒めてはいないよね」



 ……ぐはぁぁぁ!!!! またもや会心の一撃!!!!



 胸を押さえて打ちひしがれる私に「……でもね」と、藤子は優しく笑う。


「……そんなアンタだから、きっと大丈夫だって思ってるんだよ、私は」

「……と、藤子ぉぉ……」


 ……口では散々こき下ろしておきながら、そんなに私を信用してくれているのね……!!!

 思わず感動して泣きそうになってしまった私に、藤子はトドメの一撃を放った!


「だって璃心からレオンを取ったら出涸らしの煮干より酷いものしか残らないじゃん?」

「ぐぬぬぅぅぅぅ……!!!!!」


 ニヤっと意地悪く笑う藤子様…。

 そのお姿は、もはや、暗黒を従える魔王様もかくやあらん……!


「だから、あんまり難しく考えなさんな。新作部分はそんなに急がないし、私も一緒に考えるからさ」


 フフッと、意地悪さの中に慈愛を秘めた微笑をたたえ、藤子様はおっしゃいました。

 打ちひしがれる私の頭を、ポンポンと優しく撫でるオマケ付きです。

 この飴と鞭の使い分けと来たら!!

 藤子様、私一生貴女についてゆきます……っ!!



「……さて、と」


 少し元気になった私を見て安心したのか、藤子は持っていたコーヒーを飲み干し立ち上がる。


「私、明日からお婆ちゃんの法事で三日くらい、田舎に帰らなきゃいけないんだ。

 原稿は上がってるし大丈夫なハズなんで、明日は早いし今日はもう帰るけど、あんたどうする?」

「ん……」


 少し考える。

 私も、そんなに急いで上げなきゃいけない原稿があるワケでもないし、

 ましてや「書けない」今の状況でここにいても仕方がないだろう。

 ……だけど、何故だか、今はこの場を離れ難かった。


「今日はこっちに泊まってくよ」


 そう告げると、藤子は軽く頷き、火の元と戸締りには十分注意しろだの、夜中までネットを徘徊するんじゃないだの、電気は消して寝るようにだのと

 小学生並みの注意をひとしきり私に与え


「そんじゃ、またね」


 ……と、仕事場から帰って行った。

 残された私は、PCの前に座りながら、しばらくレオン力(←レオンを妄想する力)を発揮しようと試みたが

 今日は本当に何も出て来ないらしい。

 ……ホント、珍しいな。自慢じゃないけど、いつもは溢れ出るレオンへの愛情を止めるのに、自分でも苦労するくらいなのに……。


「ま、いっか。こんな日もあるよね~きっと」


 こんな日はさっさと寝るに限る。

 お風呂に入って、藤子が少し残して行ってくれたハニーミルクティーをもう一度暖めて飲んだら、寝てしまおう。


「夢の中なら、またレオンが動いてくれるかも♪」


 そんな、都合の良い妄想をしながら。



 その日、私は仕事場の仮眠用ベッドで眠りについたのだった。


お読み頂き、ありがとうございました!

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