第十九話 魅了(チャーム)の力
「ボーイズ・ラブ」という単語が出て来ます。
直接的な表現はありませんし、そんな状況にはいっさいなりません。主人公の残念な思考の中だけでの単語ですが、言葉だけでもムリ、という方はご注意下さい。
そうして私達はしばらく酒場で聞き込みを続けていた。
曰く、蒼炎洞の魔物は、ある日突然大発生したのだとか。
「ランクの低い魔物もやたらと凶暴でよぉ。死ぬまで諦めないし、逃げても洞窟を出るまでは追って来るし」
「ンだンだ。しかも周辺の魔物まで挙って洞窟に集結するもんだから、数ばっか増えちまってなァ……」
おっちゃん達が困ったようにそう話してくれる。
「奥まで行った人間はいないのか?」
レオンがそう問えば、
「無理ムリ! 入り口から大挙して襲って来るんだから奥なんて行けっこねぇよ!」
「入り口はまだ雑魚の群れだけどなァ…。あの数の中に突っ込む勇気は、ただの鉱夫にはねェよ」
……と、途端に返事が返って来る。相当恐ろしい思いをしたんだろうな……。
そんな話を聞いて、レオンはとても難しい顔をしている。
……う~ん、確かにこれは異常だ。
何らかの意思が働いているとしか思えない。
「そう言や、まだ魔物の数が少なかった頃に奥まで行って、命からがら逃げ帰って来たヤツが、何だか魔方陣みたいなモンと話し声を見聞きしたって言ってたな。確か、ゴルだったか?」
「あ~、そう言えば言ってたな。ゴルのヤツだよ」
ゴルさん、と言えば、今フォレスと一緒にいる筈の人だ。
かなり強そうに見えたけど、ゴルさんでもそんな状況になるくらい、状況は逼迫しているみたいだ。
「……なるほど。その話は後でフォレスから聞こう。皆、情報をありがとう」
ここで聞き得る情報はこれくらいかと判断したのか、レオンがおっちゃん達に御礼を言って散会させようとする。
ところが、酔ったおっちゃん達はなかなかその場を動こうとせず、
「オレ達、ここで足止めされて外の情報に飢えてンだよ。話聞かせてくれや、レオン様!」
「こんなに可愛いなら男でもオレはイケるぜぇ~! 一緒に飲もうぜリコちゃん!」
だのと言って私達に絡んで来る。
……正直言って、ちょっと面倒臭い。
私の一番身近な大人の男性だったパパは、お酒にすごく強かったのか、飲んでいるのをたまに見ても私に絡んで来るようなことはなかったし、
健全な女子高生の私は夜遊びなんかもしたことがないから、こういう対応にはすごく困ってしまう。
……まぁ、皆、困ってるんだろうし、クサクサもしてるんだろうし、人柄は悪くないっていうのは解るので、嫌悪感、というよりは困惑、という感じなんだけれども。
レオンもレオンで、女の子の対応には慣れているのだろうけど、おっちゃん達の迫力には少し押され気味のようだ。
二人して困って顔を見合わせていると、おっちゃん達の後ろからまたしても威勢の良い声がした。
「ほらほらアンタ達、レオン様たちを困らせるんじゃないよ! 叩き出されたいのかい!?」
私達のテーブルへ料理を運びつつ、おっちゃん達を文字通り蹴散らかしてくれたのはジュリさんだ。
そのしなやかそうな長い脚が、おっちゃん達の尻を次々に蹴り飛ばしている。
しかもかなり動き回っているのに、お盆の上の料理はピクリとも動かない。
何という達人芸!
私は思わず、パチパチと拍手をしてしまった。
「ホントにすまないね、レオン様、リコちゃん。これはお詫びと激励も兼ねて、店からのサービスだよ」
と言って大量の料理を並べてくれた。
……ってちょっと!? 軽く10人前はあるよ!?
大盤振る舞いにも程があるんじゃない!?
「ジュリ、さすがにこれは……」
と、レオンも遠慮の姿勢を見せる。
そうだよね、二人じゃ食べきれないしねぇ……。
「んじゃ、アタシもご一緒させてもらっても構わないかい? 皆も、一緒に飲み食いしようじゃないか!」
そのジュリさんの掛け声に、酒場全体が「おぉ~!」という歓声に包まれる。
「甘い物も用意するからさ、フォレス様も合流したら良いよ。さぁ、みんな、たらふく食いな!
けど、レオン様たちに迷惑かけたら叩き出すからね!」
ジュリさんが大声で周りにそう告げると、おっちゃん達は嬉しそうに手にしたジョッキを打ち鳴らして答える。
……うん、たぶん、私とレオンが困っているのを見かねての助け舟、兼、皆と仲良くなって欲しいという、ジュリさんの心配りなんだろうな。
実際、おっちゃん達もそれ以降は執拗に私やレオンに絡むこともなく、皆、楽しそうに飲んでいる。
ジュリさんが撃ち落している手も多々あるけどね。
……けど、なんだか良いなぁ、こういうの。
最初はちょっと怖かったけど、なんだか皆楽しそうだし、見ているとほっこりする。
そして、そういう気配りが出来るジュリさんも、素敵な女性だなと思う。
「……なんだか良いね、こういうの」
と、隣のレオンに微笑みかければ
「そうだね。……ボクもまだまだ、修行が足りないな」
と言って優しい瞳でその様子を見ていた。
そしてその夜は。
合流したフォレスやゴルさん達の大集団も加わり、酒場は大いに賑わった。
フォレスはおっちゃん達のあしらい方も手慣れていて、さりげなく私とレオンのフォローをしつつ、おっちゃん達と絡む、絡む。
ジュリさんは厨房と客席の間を行ったり来たりしながら、時々、助平なおっちゃん達を物理的に攻撃し、
宴会の途中で発動したレオンのお願い、「あ~んで食べさせて?」をフォレスやおっちゃん達に見咎められ、
オレも俺も私もと、何故かジュリさんまでが雛鳥よろしく私の目の前にしゃがみ込み、
私は顔を真っ赤にしながら、チーズやら木の実やらを彼らの口に放り込む罰ゲームをやらされ。
「……こんな所でお願いするんじゃなかった」
……と、むくれるレオン様を宥めるのに必死になり。
何だかんだでとっても楽しい一夜を過ごしたのだった。
……お仕事なのは、ちゃんと解ってるんだからね!?
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そうして翌日、私達は村の人達の声援に見送られて、ここから半日程だという蒼炎洞に向かう。
昨日の話を総合すると、ある日突然大発生した魔物の集団は、何やら奥にあるという魔法陣が関係しているようだ。
「なんだかイッちゃってそうな女の声が聞こえたぜ」
……というゴルさんの証言も得た。
間違いない。魔物を引き寄せている何者かが、洞窟の奥に、きっといる。
「リコ、絶対にボクらの後ろを離れないでね」
難しい表情のレオンに、私はコクっと頷いて返した。
正直、不安もあるけど、レオンとフォレスの強さは信頼しているし、私も後方支援を怠らないよう、しっかり周囲を見渡そうと心に決める。
ただの女子高生の私に、何が出来るか、足手まといではないか、すごく心配ではあるけれど。
私は、ただ守られているだけのヒロインではなく、彼らの仲間として歩いて行こうと、改めて心に誓う。
泣いたり騒いだりして戦況を不利にすることだけは、絶対に、しない。
そうして辿り着いた蒼炎洞。
……うん、いるねぇ、ウジャウジャと。
「……マジかよ。なんだあの数……」
フォレスも絶句している。
それはそうだろう。入口には、所狭しと魔物が犇めいているのだから。
それこそ数え切れない程の魔物は、だがしかし、幸いにもランクの低い魔物の集団であるようだ。
小説の中でも雑魚として登場していた、スライムや角兎、大型だが毒性の低い土蜘蛛なんかが群れをなしていた。
「……さすがにあの数に突っ込むのは得策ではないな……」
呟くレオンの後ろで、私は心の中で『スキルオープン』と唱え、『心眼』を展開する。
一匹ごとの詳細な情報は、もはや見きれないので、何か特異な状態でも解らないか、と展開した心眼だったが、
早速魔物の群れの異常性が視認出来た。
「……レオン、この魔物達、全部『魅了』されてる……」
愕然として呟く私に、レオンとフォレスが驚いた表情で振り向いた。
「リコ、どういうこと?」
真剣な表情で問われ、私は心眼で見た魔物達の状態をレオンに伝える。
「『心眼』で見てみたの。魔法適性の欄外に、魅了の状態異常が確認出来る。
原因までは解らないけど、全部の魔物達に『魅了』がかかってる。
……たぶん、術者の意思通りに動くように魅了されてるんだと思う」
……そうなのだ。
魔物達の魔法適性の脇に、見たこともなかったピンクのハートが点滅している。
言われなくたって解る。あれは『魅了』されている状態だ。
術者に魅入られ、その意思の通りにしか動けなくなる呪いにも似た状態。
元々、己の意思がない魔物だ、魅了するなんて簡単なことなんだろう。
けど、正直、この数を一斉に魅了するなんてとんでもない術者だと思う。
「奥にいる術者が、魔物を操って何事か企んでいるんじゃないかな、たぶん……。
その思惑は私にも解らないけど……」
けどそうか。
魅了状態の魔物だと解れば、突入する手はあるね。
「レオン、『魅了』スキル、全開で展開して」
そう言う私に、レオンとフォレスがまじまじと私の顔を凝視する。
……いやぁ~ん、そんなに見つめられたら照れちゃう~!
……って今はそんな時じゃないでしょ、しっかり、リコ!
「おいリコ、どういうことだ!?」
驚いた表情のフォレスが尋ねて来るので、私は言った。
「『魅了』スキルは、その魅力に力加減を大いに影響されるの。
魅力は数値化されている訳じゃないから、人それぞれの好みがあるんじゃ……と言われてしまえばそれまでなんだけど……。
意志を持たない魔物なら抗うことは難しいだろうね。
予め魅了されているなら、それを上書きするのは難しいことじゃない。利用しない手はないよ。
……ハッキリ言って、私はレオン以上に格好良い人を知らない。
相手の術者がどんなに魅力的な人だろうと、レオンの敵じゃないと思う」
……まぁ、小説の設定通りなら、だけどね。
けど、私には自信があった。レオンなら、どんな相手だろうと魅力勝負で負ける訳がない。
だって、私の妄想を結集した、史上最高の王子様なのだから。ウフ♪
「……リコ、どうしてそんな事が解る……?」
さすがのレオンも絶句して私を見つめている。
本来なら照れちゃう所だけど、今はそんな時じゃないね。
「『心眼』の効果だよ」
……うん、これは嘘。作者補正です、ごめんなさい。
「私を信じてレオン。誰よりも優れた魅力を女神様から与えられたレオンだもん。
私が保証する。貴方は誰より格好良い」
そうして、少しでもレオンが自分の特別技能が役に立たないなんて考えを、考え直せたら良いな。
レオン程の魅力を持つ人が持つ『魅了』って、本当にチートじみたスキルなんだよ。
私もよく小説の中で、そうやって戦闘の中で使ってたもん。
殆ど無敵だよ、マジで。
「ふははっ! こんな時に惚気てんじゃねーよ!」
……と、フォレスが毒気を抜かれたように笑う。
フォレスさんや、使い方を間違っているぞよ。
『惚気』と言うのは両想いのアベック(死語)が使う、周囲をドン引きさせる発言なんだからね!
レオンは確かに私に口説き文句めいた言葉を度々言うけど、それは私が『女の子』だからなだけで、
決して『特別』なワケではないのだから、惚気とは違うのだ。
今の私は、レオンの側にいられるだけで幸せで、『特別』なんて望んだらバチが当たっちゃう。
けど、レオンが世界一格好良いのは太陽が東から昇って西に沈むくらい当たり前のことなんです!
「プッ……アハハ!!! リコにそう言われたら、信じるしかないか!」
レオンが爆笑しながら『スキルオープン、全開』と呟いた。
すると、視認出来るピンク色の嵐のような風。
……これは『心眼』で見ているからであって、普通の人には気配すら感じないからね、悪しからず。
……けど、やっばい。レオン様、本気だ。本気で世界を誑かしにかかってる!
「……フォレス、貴方も出来るだけレオンの側にいて」
と、私はフォレスに進言する。
この先にいる諸悪の根源に、私は心当たりがあったから。
これだけの魅了を一気にかけられる存在といえば……私の拙い知識の中でしかないけど、可能性があるのはごく少数だ。
奥に進めば、必ずソイツと対峙することになる。
魅了の原理は解らないけど、出来るだけ世界最強の魅了力を持つレオンの力を浴びておいて損はないだろう。
「……良いのかよ、俺がお前の恋敵になっても?」
フォレスが楽しそうにそう言った。
ボ、ボーイズ・ラブですとぉぉーー!!??
なんということでしょう……それは大層耽美な世界ですね!!
美形なお二人なら、それはさぞかし絵になることでしょうね!!
「……ドンと来い!」
受け止めてやろうじゃないか、耽美なる麗しの世界を!
二人がそんな風になる事は絶対にないと思うけど、そんな軽口でも叩きながらなら、この圧倒的緊張感の中でも頑張れる気がする。
……けどフォレス、レオンのことは私だって大好きなんだから、独り占めは許さないからね!?
そう決意を込めて宣言する私に、二人は爆笑して
「試してみようじゃねぇか」
「ああ、行ける気しかしないね!」
……ってそれ、耽美な世界のことじゃないよね!? やめてよね!?
受け止めるとは言ったけどそうなったら色々ショックなんだからね!?
そんな私の心配をよそに、二人が堂々と蒼炎洞に突き進んで行く。
私も、レオンの発するピンクの風を纏いながら、進んで行った。
今更レオンの『魅了』なんて、私にはどこ吹く風だ。
だって私は、この世界に来る以前から、レオンに夢中なのだから。
これ以上好きになっちゃったって、怖いことなんか全然ない。
既にレオンに魅了されている私に他の術者のそれが通じるワケがないのだ! わははっ!!!
……けど、魅了されてメロメロになっちゃったら責任を取ってもらうとしよう、そうしよう。
……グフフ、それはそれで私にとっては美味しい状況ですね!
お読み頂き、有り難うございました!