第十八話 蒼炎村
そうしてしばらくすると、フォレスが「はよ~」と頭を掻きながらテントの中から出て来た。
あ、寝癖ついてる。可愛い。
だが、そんなフォレスは寝惚け眼をふと私に止めると、
「なんだ、リコ。ちゃんと起きれたじゃねぇか。襲うきっかけなくなっちまったなぁ」
と、クックックッと朝から大層楽しそうに笑っている。
可愛いと思ったのを却下します!!
アナタ昨夜、私を足蹴にしてましたよね!?
「おはようフォレス。軽く朝食を摂ったらすぐ出るぞ」
「……おう」
そうして三人で再び焚火を囲み、簡単な食事をし、二人が慣れた手付きで野営の片付けを済ますのを、私は所々でお手伝いしながら手順を覚えようと試みていた。
「リコ、任せてくれて良いんだよ?」
「ううん。私も仲間として、出来ることはしたいんです」
……あ。
「……お願い、考えておくね?」
……お手柔らかにィィ~~!!!!
そして、朝の柔らかな光を浴びた森の中、移動を開始する私達。
すっごく平和で、それ自体は良いことだと思うんだけど……
私ですら解る、魔物や、動物すら気配を感じない異常性。
これは絶対何かあると、レオンもフォレスも難しい表情で話していた。
「ここからしばらく歩くと、蒼炎洞の最寄りの村に着く筈だ。
今日はそこで情報収集と準備をして、明日、洞窟に入る事になるかな」
レオンの説明にコクコクと頷く私。
「ああ。村では念入りに話を聞いた方が良いだろうな。
あそこには蒼炎洞での採石を仕事にしてる鉱夫のおっちゃんたちも常駐してるハズだしな」
フォレスもそう言って同意する。
ふむふむ。現場での聞き込みは捜査の基本ですね!
「リコ、この辺りの地理について少し説明するね」
そう言ってレオンが私の隣にやって来て、優しく微笑んでくれる。
「ボクの大切なこの都市のことを、もっと君にも知って欲しい」
はわぁぁ~~ん、レオン様ぁぁ~~!!
今朝も麗しさ、絶好調ですね!!!
「ボクたちが拠点にしているあの街は、デュレクの首都。自由都市デュレクの中央に位置している。
そこを中心に、東西南北に大きな街があって、それぞれ「イースト」「ウェスト」「サウス」「ノース」と呼ばれている。
北は鉱山、東は森林、南は海、西は砂漠を擁した、首都には届かないながらもそれぞれが活気に満ちた大きな街なんだ。
あとは、今回の蒼炎洞や、農耕地を抱える村なんかが派生して存在していて、それらは産物や洞窟の名前等の名前で呼ばれているんだよ。
これから行く村はだから、『蒼炎村』と呼んでいる」
聞けば、鉱物や農作物を採取や生産を専門的に行う為に、市民が自主的に集まって出来た集団がやがて村になったのだとか。
「近くに住んでいた方が何かと便利だからね。
商品の売買の中心はやはり首都だけど、東西南北の街同士との交易も盛んだから、 首都と各街や村、そしてそれぞれの街同士の間は街道がある程度整備されているんだ」
なるほど。
首都を中心とした円形の街道と村を繋ぐ街道が形成されている訳ですね。
「この街道の形成は、実は一つの大きな魔法陣になっていて、デュレク全体を包む守りになっているんだよ」
……ほほぉ~! それはまた大掛かりな魔法陣ですね!
「街や村にもそれぞれ守護陣は形成されているけど、一番大きなものはこの街道を使用したものかな。
大きすぎて効果は街や村のそれより微弱だし、綻びやすいものだけど」
だから各街や村には、街道の維持を担う自警団もそれぞれ配備されているのだとか。
デュレクの人たちが、自分の住む都市を大切にしているのが良く解りますね!
「これから行く蒼炎村は鉱夫たちが集う村だから、大雑把な感じのおっちゃんが多いな。
身体も声もデケぇけど、嘘の大嫌いなおもろいヤツが多いぜ。俺とも気が合う感じだな」
と、フォレスが補足してくれる。
「……ところでおまえら、いつまで手ぇ繋いでんの? 魔物の気配はしないけど、それってヤバくね!?」
……そうなのだ。
レオンの『お願い』が発動し、私達はさっきからずっと手を繋いで歩いている。
私だってこんな緊張感のない状態はどうかと思うけど、
「リコ、約束だよね?」
と麗しの王子様にロックオンされて、それを避ける術なんてある訳ないじゃんかぁ~~!!
「なんだフォレス、混ざりたいのか? ……けどダメだぞ」
レオン様、そういうことではないと思います!
「良いじゃん。リコ、手ぇ貸せ」
……ってフォレスもそういうことじゃないと思います!!!
だが、否応なしにフォレスに反対側の手を取られ、挙句の果てに
「高い高~~い!」
と、二人によって持ちあげられる。
やめてよ恥ずかしい! 私宇宙人じゃないんだから!!!
「ぶわっはっは! お前、軽いな!」
だが、フォレスはお気に召したようで、私はしばらく二人に持ちあげられ、ブラブラ揺らされながら街道を移動した。
レオン様も大層楽しそうで何よりですが!
私は恥ずかしさで穴があったら入りたい気分ですよ、もう!!!!
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そんな感じで二人に遊ばれながら、太陽がやや西へ傾く頃、私達は蒼炎村に到着した。
首都に比べ、建物は小振りな印象だし広さもそんなにないけれど、
民家以外にも宿屋や商店などはきちんと整えられているみたい。
このデュレクは派生した村でも税金は一律だから、一度市民権を得た人たちが何処に住むかは自由なんだって。
一応、村長と呼ばれる人は便宜上いるみたいだけど、都市長と一緒で強い権限はないそうだ。
自由都市だもんね。皆、そんな権限は別に欲しくないし、必要性もあまりないのだろう。
……現代日本より、よっぽど平和な気がするね。
「よぉ、フォレス、久し振りじゃねぇか!」
村に入るなり、身体の大きなおじさまががっはっはと笑ってフォレスと肩を組んだ。
長身のフォレスよりはやや低いけれど、私から見れば十分に見上げるレベル。
それより横幅がですね……その、大層大きくて。
声も大きいので私は圧倒されてしまう。
「お~ゴル、元気だったかよ!?」
フォレスが嬉しそうにおっちゃんと談笑している。
この村のおっちゃん達と気が合うというのは本当なんだな。
……けど、こういうおっちゃん達って、お酒が大好きな印象なんだけど……フォレス下戸だよね?
「デュレクから良い甘味が入って来てよぉ~! 美味いんだぜ!」
……このおっちゃんもフォレスと同類かぁぁ~!!!!
なんなの、デュレクの大男って甘い物好きが通常仕様なの!?
「フォレス、行って来て良いぞ。ボクらは宿をとった後、調査を開始するから」
「荷物預かるよ」
そう言って私はフォレスの鞄を受け取る。レオンが「ボクが持つよ」と言ってくれたけど、
私に出来ることはこれくらいだし、笑って首を振り、辞退しておいた。
「悪ィな。んじゃ、ちょっと行って来るわ!」
そう言ってフォレスはゴルさんと楽しそうに何処かに向かって行った。
「トロン、ツルンってな触感と甘味が絶品でよぉ!」
「お~そりゃ楽しみだ!」
……ねぇ、それ大男の会話じゃないんですけど……。
けど、フォレスが楽しそうだからまぁ良いか。
「さ、行こうリコ。こっちだよ」
と、私はレオンに腰を抱かれて村の宿に移動する。
なんだかもう、こういうレオンのエスコートにも慣れて来ている気がしますね!
そうして辿り着いたのは、木造の、周囲よりは少し大き目な二階建ての建物の前。
レオンが躊躇なくその扉を開くと、中から元気な女の人の声が響いて来た。
「あら、あら、あらぁ~! レオン様、良くお越しでぇ~!」
恐る恐る中に入ると、これまた大柄なおばさまがあろうことかカウンターを乗り越えてレオンに抱きついている。
髪を後ろに一つに纏め、恰幅の良い身体をエプロンに包んだ、目尻に皺を寄せた優しそうなオバサマだ。
「アンナ、今日は連れがいるんだ。紹介するよ……リコ」
レオンがさりげなくアンナさんの身体を剥がしながらそう言って私を呼ぶ。
「あら、あら、あらぁ~! アンタがリコちゃん!? 『亡国の王子様』!?」
……ってええェェ~!? なんでこんな村の人まで、私のこと知ってるの!?
「『デュレク新聞』で読んだわよぉぉ~!
こんな可愛い子だなんて思わなかったわ。オバちゃん、トキめいちゃう!」
アンナさんはそう言って私に突撃してくる。
ギャアアア! 牛の突進を受け止める闘牛士の気分だよ!
それに『デュレク新聞』ってなんなの!?
「アタシはアンナ。この宿の女将だよ! よろしくねぇ、リコちゃん!」
そう言ってアンナさんは私をギュウウっと抱き締めた。
その柔らかな身体は、ママのハグを彷彿させる幸せなものだったけど
……正直、力が強すぎて息が出来ないです!!!
「アンナ、リコが死にそうだから自重して」
レオンがそう言って、アンナさんから私を引き離してくれる。
ありがとうレオン。正直、圧迫死目前でした!
「アンナ、二部屋頼む」
「ハイハイ。今は洞窟が閉鎖されてるからねェ。宿は閑古鳥が鳴いてるよ」
そう言って宿帳に何やら書き込み、鍵を二つ、レオンに渡すアンナさん。
「……けど、三人部屋でも良いんじゃないのかい?」
そう問われたレオンは。
「ボクの理性には、まだそこまで自信がないんだよ」
……と、妖艶とも言うべき笑顔で答えていた。
ほわぁ!? 理性ってなんですかレオン様!?
「あらあらぁ~。レオン様もお若いねェ~」
そう楽しそうに笑うアンナさんから鍵を受け取るレオン。
なんだか色々衝撃で、リコさんもそろそろ限界です!!
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こっちがリコの部屋の鍵だよ、と言われて渡された鍵で部屋に入る。
中は簡易的なベッドとテーブル、腰の高さくらいの棚が備え付けられた、簡素ながらも清潔で過ごしやすそうなお部屋だった。
そこで、対してない私の荷物を棚の上に置き、部屋の中を見渡していると、外からコンコン、とノックの音がする。
「リコ、用意が終わったらすぐに行こう。下で待ってる」
……ってレオンってば準備早いな!
まぁ、フォレスの荷物を置いて、自分は異空間に収納するだけで良いから早いのも当然か。
「今行きます」
……っと、また敬語出ちゃった……。慣れない口調って苦労するなぁ……
だけど、既に扉の前からは移動していたレオンには聞こえなかったらしく、
私はホッと胸を撫で下ろす。
……誰ですか。胸なんかないだろうって思ったのは!?
そして、階下に移動すると、レオンがアンナさんと談笑していた。
「そぉなのよぉ~! 洞窟に入るまでは気味悪いくらい平和なんだけどねェ。
中は油断も隙もない状態みたいなのよぉ~。
ウチの旦那も採石の仕事がないから、ずっと家にいるもんで、やり難くってしょうがないわ。 亭主元気で留守が良いってねェ~!」
アンナさんがあっはっはと大きな声で笑い、バシバシとレオンの肩を叩きながらそう話している。
……うっわ、痛そうだな、あれ……。
実際、レオンも微笑んでいるけど、たまにちょっと眉を顰めてるもん。
と、私に気が付いたレオンがニッコリ微笑んで手招きする。
「有り難うアンナ。出来るだけ早いうちに、洞窟の問題を解決するからね」
そして私達は「頼んだよぉ~!」と言うアンナさんの声援を背に受け、村の中に繰り出すことになった。
「情報収集の定番と言えば酒場ですよね?」
……おっと!
「フフ、次は何にしようかなぁ……。けどまぁそうだね。とりあえずは酒場に向かおうと思ってる。
……リコはまだお酒はダメだよ?」
見逃して下さいレオン様……。
けどお酒か……。当然私はまだ口にしたことがないし、飲む気もないけどね。
確かこの都市では十八歳で成人だから、レオンも多少は嗜んでいたはずだ。
「うん。私の国では、成人は二十歳なので、お酒はそれからっていう法律があるんです」
私の言葉を聞き、ニヤリと黒く笑うレオン様。
「……わざとじゃないのかなぁ~? リコ、もしかして期待してる?」
「し、してないよ!」
「フフッ。君の期待には応えるよ。決まるまで待っててね」
「もう、レオンったら!」
ポカポカとレオンの肩を軽く叩く私。
だが、レオンはしばらくそれを享受した後、ふと、私の手を取って
「お酒なんて飲ませたら、もっと可愛いことになっちゃいそうだから、リコはダメ」
真顔でそう告げられて、ボッと顔に熱が集まるのが解る。
……もうレオン様! そういう殺し文句を突然言うクセ、どうかと思います!
そうしてレオンに連れて来られたのは、大きな平屋の建物の前。
今日は天気が良いので、鉱夫と思しきおっちゃん達が屋外にまで出張ってそれぞれお酒を楽しんでいる。
日本で言えば、小さなビアホールくらいの騒がしさがある。……行ったことはないけど。
レオンはそこで店員らしき女の子に何かを頼み、空いていた屋外の席に座って私を呼んだ。
私がその対面に大人しく座ると、途端に回りはおっちゃん達で埋め尽くされる。
「おお~~!? レオン様じゃねぇか! 調査に来てくれたンか!?」
「いやぁ、仕事が出来なくて参ったぜ! 早く採掘終わらせてカカァの手料理食いたいのによ!」
「また可愛い娘連れてるじゃねェか! くぅ~! 色男は羨ましいぜ!」
「お~、嬢ちゃんがウワサの『亡国の王子様』か? 娘っ子にしか見えねぇな! てェしたもんだ!」
陶器で出来たジョッキのような物を片手に、私達に群がるおっちゃん達。
正直、身体も声も大きいし、赤ら顔で迫って来る勢いにビビってしまう私。
……と、そこにお盆にジョッキを二つと何か食べ物を乗せた女の子がおっちゃん達の間に割って入って来る。
「ハイハイ、アンタたち、そんなに一気に話しかけてもレオン様が答えられないでしょーが!
見なさい、この子なんてこんなに怯えて可哀想に……。
話をするのは良いけど、そんなに殺到するんじゃないよ! 節度を守りな!」
そう威勢良く叫び、おっちゃん達を散らしてくれた後、私とレオンのテーブルに飲み物とチーズのような物が乗ったお皿を置いてくれる。
「ゴメンねぇ、レオン様。アイツら、仕事も出来ず足止めされちまって、外からの刺激に飢えてんのさ」
「解ってるよ、ジュリ。ありがとう」
「そっちの子もゴメンねぇ。根は悪い奴らじゃないんだ。嫌わないでやってね!」
年の頃は私と同じか、少し上くらいだろうか。
亜麻色のショートカットに琥珀色の大きな瞳、少し浮いたそばかすが可愛らしい、快活そうな女の子だ。
……そして、かなりグラマラスです……。
この世界の女の子ってこれが標準体型なんだろうか……しゅん。
私が自分の胸を見下ろして人知れず落ち込んでいると、ジュリさんがテーブルの脇にしゃがみ込んで、まじまじと私を凝視している。
「はぁ~、これが本物の王子様ってヤツなんだねェ……。女の子にしか見えないけど……。ぶったまげたわ~!」
その大きな瞳をかっ広げて私を至近距離でマジマジと見つめるジュリさん。
「ああ、よろしくね、ジュリ。一応、身分を隠している立場だから、女の子扱いしてあげてくれる?」
レオンが、辛抱たまらんといった態でプククっと口元を隠して笑っている。
ちょっとレオン! 私の偽情報を拡散するのやめてもらえるかな!?
「オーケーレオン様。人にはそれぞれ事情ってモンがあるからね!
けど、来てくれて本当に助かったよ。皆、困ってたんだ」
そう言って立ち上がり、キュッと眉を寄せて私達に視線を落とすジュリさん。
……そうだよね。近くに魔物の巣窟があるなんて、脅威でしかないもの。
「出来る事は全力でするよ。……君の為にもね」
ウィンクをかましジュリさんにそう答えるレオン。
何故かそのウィンクはジュリさんと言うより私に向けられている気がしないでもないけど……
「あっはっは! レオン様が来てくれたら百人力だよ! よろしくお願いします!」
ジュリさんは「ごゆっくり」と言ってお店の中に戻って行く。
時々、その豊満なお尻に手を伸ばそうとするおっちゃん達の手を「百年早い!」と撃ち落としながら。
……はぁ~、この世界の女の子って、みんな元気だなぁ~!
「すっかり有名人だね、『亡国の王子サマ』?」
レオンがジョッキの一つを私に渡しながら悪戯っぽく笑いながら言う。
中には何やら甘い香りのするオレンジ色の液体が波々と注がれていた。
「……もう。レオンったら、すっかり私の設定を楽しんでるでしょ!?」
少々むくれてそう言う私に。
「設定って何のこと? ……けど、その方がボクにとって都合が良いかもね?」
愉快そうにそう笑い、「乾杯」と私のグラスに自分のそれを合わせてカチンと音を立てるのだった。
……レオンがそう言うなら、もう良いか、『亡国の王子様』でも! ……と思いかけ。
いやいやダメでしょ!? ……と自分に人知れずツッコミを入れるのだった。
お読み頂き、有り難うございました!