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第十六話 アウンスバッハの血

 

 ジリリリリリリリリ!!!!!!!!!!



 朝の『灯亭』に爆音が響き渡る。



「うるせぇぇぇーー!! おいリコ、他の客に迷惑だから早くこの音止めろ!!」


 だが、その部屋の一応の主はベッドの中で健やかに眠っていた。


「おいリコ! この音聞いて起きないとか、お前耳聞こえてんのかよっ!?」


 そう言って、フォレスは健やかに眠るその人物--一之瀬 璃心(りこ)を叩き起すべく、布団を剥ぎ取った。


「……むふぅ~ん、レオン……♪」


 だが、その惨事の原因たるその少女は、幸せそうに眠っている。


「おいこらリコ! 襲うぞ! 早く起きてこの音をなんとかしろぉぉ~~!!」


 響き渡るその音にも負けぬ勢いで、少女の細い肩を激しく揺さぶるフォレス。

 ……と、そこに、髪を濡らしたまま、上半身裸というなんとも色っぽい姿で、金髪の彼の相棒が珍しく焦った様子で部屋に飛び込んで来た。


「なんだ、この音は……。リコの仕業か? お前の声も相当だが、この音はヤバいな……」


 そう言って部屋を見渡す金髪の男--レオン。

 彼は寝台の隣に置かれているテーブルの上に、丁寧に畳まれて積んである少女の装備の中のインナーに取り付けられた魔石のブローチに目を止め、


「……媒体はこれか……」


 と呟き、ブローチを一旦異空間に格納する。

 その途端、辺りに響き渡っていた爆音が止み、辺りは静寂に包まれた。


「……助かったぜ、レオン」

「いや……。今回は何とか出来て良かったが……。全く、リコには驚かされてばかりだな」


 そう言って、滴り落ちる雫を拭おうともせず、布団の中の少女に優しい笑顔を向ける。


「……まだ寝てやがるぜ……。ったく、心臓が鋼鉄ででも出来てんのか? コイツ……」


 呆れた口調で、けれども優しさを滲ませた瞳を少女に向け、フォレスが呟いた。


「……いやぁ~ん♪ もう食べられなぁい……」


 一方、布団の中の少女は今もまだ、幸せな夢の只中にいるようだった。





 ……皆さま、おはようございます、一之瀬 璃心(りこ)です。

 朝起きたら、鬼の形相の美形二人が何故だか腕組みをして私のベッドの脇に立っており、

 現在私はベッドの上で正座をして美形二人の尋問を受けています……。


「説明して、リコ。何をしたの?」


 朝からレオン様は大変麗しゅうございますが……何故だかとっても怒ってらっしゃいます……。


「オラ、吐け。悪いようにはしねぇから」


 やたらと良い声で悪代官のような台詞を言うのはフォレス。彼のこめかみにも青筋が見えるようです……。


「リコ、この爆音が宿全体に響き渡っていたんだよ」


 と、レオンが何処からかインナーに取り付けられていたブローチを取り出すと。



 ジリリリリリリリリ!!!!!!!!!!



 目覚まし時計のあの爆音が室内に響き渡った。



「キャーー!? 『止まれぇぇぇーー!』」



 思わず魔力を込めて私がそう叫ぶと、その音は途端に静かになる。


「……やっぱり君の仕業か。リコ、君、何をしたの?」


 とりあえず服を着て下さいレオン様!

 直視出来ないばかりか鼻血が出そうで気になって集中できませんっ!!



「リ・コ?」



 だけど、それどころではないようです。昨日に引き続き、美形の黒い笑顔は私のライフをゴリゴリ削ってゆきます……。


「……確か、寝る前に、今日は寝坊できないな、と考えていて……」


 ……そう。今日から冒険に出掛けると聞いて、寝ぼすけな私はちゃんと起きられるか、とっても心配だったのだ。

 寝起きのとっても悪い私は、実家にいる時は総計10個の目覚まし時計を、部屋中を歩き回りながら止める事でようやく目を覚ます。

 仕事場にいる時は、藤子(とうこ)に物理的に叩き起されるか、

 一人の時は早起きする必要がないのでそのまま惰眠を貪り、太陽がすっかり昇った頃に起きるのが日常だった。

 そんな私なので、冒険に出るという今日、レオンとフォレスに迷惑を掛けたくない一心で

 翌日の覚醒方法について、色々考えていたように記憶している。


「……私、すっごく寝起きが悪いんです。

 こっちの世界には私が使っていた覚醒手段がないから……どうしようかって考えていて……。

『音を出すのは空気の振動だから、空魔法が使えるかな』とか

『日の出と同時に空気が震えるイメージをこの魔石のブローチに込めたらどうなるかな』とか

 そんな事を考えながら、気がついたら寝ていて……」


 朝に至ると、いうワケだ。


 その言葉を聞いて、レオンとフォレスが驚愕の表情で私を凝視している。


「ちょっと待って。音の原理……? リコ、君の国では、そんな事も常識なの?」


 と、その綺麗な瞳をかっ広げて私を見ている。


「や……常識というか……ですね……」


 まさか小説を書く為に調べました、とは言えず。


「やっべーな、『迷い人』……。こんなん知られたら、コイツを巡って戦争が起きるぜ……」


 フォレスもまた、驚きの表情を隠しもせず、私をジッと見つめていた。


 なにそれ怖い!

 私なんて小説を書くことが仕事兼趣味の、ただの女子高生ですってば!



「はぁ……。ますます君を、ボクの目の届く所に置いておかなくちゃと実感するよ……」



 レオンはそう言って、私をギュウッと抱きしめた。

 レ、レオン様! スキンシップ過多なのは解りましたけど、せめて服を着てからに……!!



「君の国の常識は、どうやらボク達の知らないことだらけのようだ。

 ……いいかい、リコ。君の知識はこの世界のバランスをも崩すことになるかもしれない。

 君を手放す気はさらさらないけれど……。

 その知識に裏付けられた魔法の構成は、ボクら以外の誰にも言っちゃいけないよ?」


 ごく至近距離で囁かれるレオンの言葉。


「……ンだな。他にもどんな爆弾を抱えているか解りゃしねぇ……。

 おいリコ、パーティーの仲間になった以上、俺もおまえを守るから。俺らの側を離れるんじゃねーぞ。

 それから、余計な事も言うんじゃねぇ!」


 ……なんだかオオゴトに……!?


 けど、そうか。

 この世界の魔法はイメージだ。

 科学によってあらゆる原理を解明され、執筆の為にそれを検索し、小説の中で使っていた私の知識は、

 それこそ核爆弾もビックリな威力を持ってしまうことがあるかもしれない。

 安易にそれを使ってしまえば、国同士どころか、人と魔族のバランスをも崩してしまうことがあるかもしれないんだ。

 ……科学って怖いな。そして、それを当たり前に享受していた私も。


「本当にごめんなさい、レオン、フォレス。魔法の使い方には気を付けます」



 ……でも。



「でも、私だって貴方達を守りたいから……。必要があれば、手加減はしません」



 そう告げた私に。



「……クッソ! 俺より男前な台詞吐きやがって!」



 とレオンの上からフォレスが覆い被さって来て。



「大丈夫。君は絶対にボクが守るから」



 ……と、レオンの裸の腕が、更に強く私を抱きしめた。



 ……朝からとても幸せです、私。ヘヘ♪



 ------------------



 結局、朝の騒ぎはちょっとジーナちゃんに怒られる程度で、レオンの渾身の笑顔一つで解決したらしい。


「つ、次は気を付けて下さいね!」


 と、頬を染めたジーナちゃんが、朝食は宿持ち、という条件で他の宿泊客達を説得したようだ。

 もちろん、その費用はレオンが持っている。

 ……うう、お金ばっかり使わせてごめんなさいィィ~~!!


「フフッ、また一つ、リコのことを知ることが出来たのかな?」


 ギルドの依頼である『蒼炎洞』に向かう為に、この都市(まち)の東門に向かうレオンは何故か上機嫌。


「……今にも破裂しそうな風船を、渡す相手もいないまま抱えてる気分だぜ、俺は……」


 と、フォレスは胃の辺りを押さえているが、その表情は何処か楽しそうだ。

 歩きながら、二人が色々と説明してくれる。


「結界で覆われた中でなら転移装置が使えるから、東門まではそう時間はかからないけど……

 門から外に出たら徒歩だからね。リコ、たくさん歩くけど、疲れたら背負うから安心して?」

「レオン、甘やかすんじゃねぇ!

 リコ、これは仕事だからな。甘えた気持ちでいるんじゃねーぞ。遠足じゃねぇんだからな。

 ……特に今回は魔物大発生の原因の調査、出来れば原因の排除、だからな。気合い入れてかかれよ」

「リコはボクが背負うからな!?」

「ンなこと議論してねーよ!」


 あっは。レオンとフォレスの掛け合いは本当に楽しいな~。


 フォレスの言葉を心に刻みつつ、私達は転移装置を利用しつつ、東門に向かう。

 ……と、そこには。


「レオンさまぁ~~!! お気を付けて~~!」

 ……と涙ながらにハンカチを振る女の子たちと。


「……フォレスさま……!」

 ……と、木陰に隠れる女子&男子たち。

 若干ながら男の子が多いばかりか、屈強な男子まで混じっているのは何でかな!?



「リッコちゃぁぁぁ~~ん!!!!」



 ニヤニヤ笑うヘクターさんを筆頭に、私に向けて声援を送ってくれる野太い声。


「ヘクったら! 解ってても面白くなーーーーい!!!!」


 ヘクターさんはサラちゃんの炎魔法で焼かれていた。

 あれ、顕現させてないけど地蟲(ワーム)さんとの連携魔法でしょ……!?

 ……ヘクターさん、強く生きて……。



 ……とまぁ、そんな声援に見送られて、私達は出発したのだった。



 ------------------



『蒼炎洞』は、この街から東に三日程歩いた所にあるという。

 蒼輝石という、その名の通り青く輝く石が採れる洞窟で、『炎』の名が表す通り、マグマが渦巻く場所らしい。

 鉱山としても有名で、様々な鉱石が採れるので、鉱夫たちの出入りも盛んだったのだが、

 ここ最近、それまでは比較的少なかった魔物が大発生し、人間を襲うようになってしまった為、洞窟を閉鎖しているとの事。


「今はまだ、洞窟の中だけに留まっているみたいだけど、いつ溢れ出て来ても可笑しくないからね。

 そうなってしまえば周囲の村にとって脅威だし、洞窟で採れる鉱石も生活に必要なものが多いから、いつまでも閉鎖している訳にはいかないんだよ」


 レオンがキュッと眉を顰め、難しい表情で教えてくれた。


「その原因の調査、という訳ですね……。

 でも、何故レオンとフォレスにそんな国家レベルのお仕事が?」


 二人は確かに強いけど、これってもう、一冒険者に何とか出来るレベルじゃない気がするんだけど。

 と、それに答えてくれたのはフォレスだ。


「ああ、俺たちが言ったんだよ。原因も解ってない所に大挙して押し掛けたって、被害が拡大するだけだ。

 それなら、腕に自信のある俺らがまずそれを突き止めて、出来るなら排除するし、無理そうならギルドと連携して対策を立てようって」


 なるほど。さすが街の英雄(ヒーロー)ですね!


「本当はこんな危険な仕事にリコを連れて行きたくはなかったんだけど……

 正直、君からは目が離せない。今朝のこともあるしね。

 それに、サラと特訓しているのを見て、君ならきっと大丈夫だって、ボクもヘクターも判断したんだ。

 ……まぁ、ボクが守るし、心配はないよ」


 そう言って、ふんわりと微笑むレオン。

 はわぁぁ~~、今日も絶好調ですね、レオン様の美貌!


「最寄の村まではまだ少し距離がある。今日は途中で野営することになるね。

 ……リコ、不便をかけてすまない。けど、これからはこういうことも多くなるから、慣れてくれると嬉しい」


 申し訳なさそうにそう言うレオンに、私は慌てて言った。


「大丈夫です! むしろ、足手まといにならないか心配なくらいで……」

「フフッ。ボクは君といると楽しいから、それだけで充分だよ」


 そう言ってレオンがポンポン、と頭を撫でてくれる。


「……まー、退屈はしねぇだろうな」


 フォレスもニヤリと笑って私の頭をわしわし撫でる。

 言われていることはとっても嬉しいんだけど、気分は二人のペットだよ!


「それでも、他のパーティーに入るよりは野営もだいぶ快適だと思うぜ。レオンの収納、すげぇ便利だからな」


 収納、という聞きなれない言葉に、私はコテンと首を傾げる。


「ああ。異空間に荷物を収納できるんだよ。魔法とかスキルというよりは……血、かな。

 何故だかアウンスバッハの血筋の人間にしか使えないようだね。

 荷物の出し入れは本人の意思によるものなんだけど、どうやら、この異空間は一族みんなの共用みたいなんだ」


 ほぉ~! それは便利ですね!

 その辺の描写は小説内でもあまりしてなかったし、私も知らなかった。

 確かに、旅にしては荷物が少ないな~と思ってたんだ。

 しかしアウンスバッハの血か……。レオンのご先祖様って、どれだけの偉業を成し遂げたんだろうか……?


「本人の意思ってのも結構曖昧みたいだよ。

 昔、父上の弱みを握ってやろうと、『父上の秘密』を取り出したら、春画が出て来てさぁ……。

 しかも、母上そっくりの。……全く、何を考えてるんだか、あの人は……」


 レオンの衝撃の発言に私は驚いて固まり、フォレスはぶっと噴き出している。


「何だそれ。初めて聞いたな。それ、まだあんのかよ? 見せろよ」

「父上の名誉の為に御免蒙る!」

「良いじゃねーか! ちょっとだけ、ちょっとだけ!」

「何よりボクがもう二度と見たくないよ!」


 そりゃそうだよねぇ、お母さんそっくりの春画だなんて、軽くトラウマになっても可笑しくないレベルの爆弾だもん。

 けど、見つけちゃった時のレオン、きっととっても動揺したんだろうな。

 慌てふためく子供レオンの可愛い姿を妄想し、私もプッと噴き出してしまう。


「もう、リコまで!」


 しつこくレオンに絡み続けるフォレス、何だか笑いの止まらなくなってしまった私、むくれるレオン。

 私達は賑やかに『蒼炎洞』に向け進んで行く。


 お仕事だというのは忘れてないけど、なんというか……今日もとても平和です。

お読み頂き、有り難うございました!

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