第十四話 パレード
恐る恐る店内に入る。
だけどそこは、思ったより普通の服飾店だった。
……まぁ、現代日本とはだいぶ違い、冑やら鎧やらの防具の他に、剣や弓、短剣やムチといった武器も多数飾られている。
店内はとても広く、何人かの店員さんが棚の整理をしたり、既に来店しているお客さんの相手をしているようだ。
「フォレスく~ん、リコちゃ~ん、2階よぉ~!」
クラックさんの大声が、これまたメルヘンチックに飾られた大階段の上から聞こえて来た。
……金の房が飾られた紅絨毯の敷き詰められた大階段なんて……これどこの宝○……?
さっきのエプロンといい、クラックさんの趣味は大変に解り易い。
店の中にもその趣味が全力で反映されているようだ。
良く見れば、店員さん達も思い思いのフリフリ衣装で接客をしており、
この店はそういう服装が好きな人が集う場所なんだな、と理解する。
ただし、置いてある商品は決して装飾過多というワケではないので、店員さんに限り集ってくるのだろう。
う~ん、類は友を呼ぶって本当だな。
「しゃーねぇ。行くぞ」
と、歩き出したフォレスの後ろを、私はへっぴり腰で着いて行った。
何となく、周囲……とくに店員さんたちからの視線がアツい気がする……。
……私は女装趣味なんかないからね!?
大階段を上がり、2階に辿り着くと、2階はもう……、それは見事な乙女世界が展開していた。
パステルカラーの壁には薔薇の絵が描かれ、色とりどりのレースやリボンが施されており、
これまたパステルカラーのフカフカの絨毯の上にはふんわりとした袖やスカートのお洋服がトルソーに飾られて展示されている。
そこで、クラックさんはピンク色のワンピースを手に、壁に追い詰めたレオンへジリ……ジリ……と迫っていた。
「絶対レオンちゃんに似合うと思って仕入れたのよぉ~? そんなに嫌がることないでしょ~!?」
「や、クラック! 今日はボクの装備じゃなくてリコのをね……!?」
「それもちゃんとコーディネートするわよぅ! けど、先にレオンちゃんにこれを着て貰わないと、アタシ、頑張れなぁい!」
「どういう理屈なんだ、それは!? ああ、リコ、フォレス!」
クラックさんの背後に私達を見つけたレオンが、その麗しの瞳に涙すら浮かべて「助けてくれ」と目で訴えてくる。
……けど、この場でクラックさんに逆らうなんて、それこそ荒ぶるドラゴンの前に素手で立とうとしているようなもの。
ちょっと可哀想な気もするけど、ここは我慢をしてもらうしか……。
……と、そんな薄情な私の目の前に、その衣装は飛び込んで来た。
それを見た瞬間、私はそのトルソーに飛びつき、抱え、クラックさんの元に走る。
「ク、クラックさん! レオンにはこっちの方が似合うと思うの!」
そう言って私がクラックさんに差し出したトルソーには、『THE・王子様!』と言わんばかりの煌びやかな衣装が飾られていた。
白いブラウスは胸元をキラキラした宝石で作られたブローチとヒラヒラしたスカーフで飾られている。
金の縁取りが施された青い上着は、袖口の折り返し部分と、提灯袖の飾り部分に薔薇のような紅が彩りを与え、
燕尾服のように伸びた背後の裏地にもその紅色の布が使われていた。
そして、極めつけは大きな白い羽根飾りのついた鍔の広い帽子に、紅いマント!
紅いマントなんて、王子様の代名詞みたいなモンじゃないですかー!
これをレオンが着た姿なんて、もうホントにヤバいくらいの王子様っぷりだろう。
……見たい! これを着たレオンを、ものっっすごく見たいっっっ!!!
鼻息も荒く迫る私に、クラックさんは喜色満面な笑顔で言った。
「キャア☆ 良い趣味してるわぁ~、リコちゃん! そうよね! これ、絶対レオンちゃんに似合うわよね!?」
「ずぇっっっったいに似合うと思う! この衣装ならズボンはやっぱり白ですよね!?」
「絶対そうよぉ~! サテンの光沢のある白いスパッツなんてどうかしら!?」
「最高です、クラックさん!!! ついでにあの羽飾りのついたロングブーツとか良さそうですよね!」
「リコちゃんこそサイコーよぉぉぉ~~!!!」
わっはっは! 私の妄想力の賜物だ!
あっちの世界でどれだけ妄想して来たと思ってるんだ!
レオンに似合う服を探すなんて、私の妄想力の前では赤子の手をひねるより簡単なのだ!
と、暴走気味の私は止まらない。再びトルソーに駆け寄ってクラックさんに囁いた。
「そしたら、こっちの黒の礼服なんて、フォレスに似合いそうですね!」
そうして指し示したそれは、漆黒の高級そうな布地に金色の豪華な刺繍が施されている。
詰め襟の、形こそシンプルだけれど品の良いそれはいかにも長身のフォレスに似合いそうだ。
折り返された袖口と、裾に向けてグラデーションがかかっている藍色がフォレスの髪の色によく似ている。
裾は前半身部分が膝丈、後ろは床に付きそうなくらい長くなっており、いかにも厨二病患者が好きそうなデザインだ。
くぅぅ~! これを着たフォレスも見たい! 絶対見たい!!
「良いわぁ~! レオンちゃんと並んで立って欲しいわね! 『王子と魔王』って感じ!」
「なにそれすごい!」
「でもちょっとシンプル過ぎるからぁ~、肩にはこの房のついた飾りを付けましょ!」
「凄いすごい! そしたら、この蒼と金のリボンを肩から腰に向けて襷掛けにしたら……」
「良いわ~良いわぁ~!!」
そうして私とクラックさんが手を加えると、シンプルだった黒いそれは軍服のような様相に変わる。
……凄くすごく格好良い!!!
「これはもう……着てもらうしかないわよねぇ……?」
「フッフッフ、クラックさん、異存はないです……」
黒く微笑み合う二人の乙女(仮)。
「ちょっ……! リコ、そんな風にクラックを煽ったら……!」
レオンが慌てて私達を引き離そうとするけれどもう遅い。
ギラついたクラックさんの瞳はもはやその視線でドラゴンをも射殺せそうだし、
私はこの服を着たレオンとフォレスを絶対に見たいのだ! わはははっ!
「パレードよぉぉぉ~~~!!!! 皆、準備~~~!!!!」
突然、雷が落ちるような大声でクラックさんがそう叫ぶ。
すると、周りの店員さんたちが
「イエッサー!」
と叫んで、お客様に「今日は閉店です~」と告げると、バタバタと店内を忙しく動き回るではないか。
「マスター、白馬、黒馬、キラ馬車手配オーケーです!」
「ギルドに交通整備を依頼しました!」
「街中への告知完了です!」
……その間、時間にして約3分程。
なんという恐るべき手腕……!!!!!
「相変わらず良い仕事してくれるわ、アンタたち。愛してる♪」
そう言って店員さん達に投げキッスをかますクラックさん。
そして、レオンとフォレスにギラリと光るかのような眼光を湛えた表情で向き合うと。
「んじゃー、お願いね? オ・ウ・ジ・サ・マ♪」
有無を言わさぬ迫力でそう告げた。
……ってか、私、また眠れる獅子を叩き起しちゃった……!?
けど、私もあの服を着たレオンとフォレスを是非見たいし……
今回は結果オーライってことで!!!
すると、今まで頬をヒクつかせて固まっていたレオンが、ふと、傍らに置いてある服を手に取った。
「……こうなったら仕方がない。……けど、王子様だけじゃ、サマにならないだろう……?」
そう言って、今まで見たこともないような黒い笑顔でそのピンクの衣装を私に手渡して来る。
「ついでだから、『亡国の王子様』のお披露目もしておこうね? リ・コ?」
ギャアアアアアーーーー!!!!
絶対怒ってるよ、これェェェェ~~~!!!
「いや、あの、私はレオンの格好良い所を見たかっただけで……」
「それはありがとう。非っ常に光栄だ。……だけどボクも、君の可愛い所を見てみたいな?」
怖いィィィィィ~~~!!!!!!!
美形の黒い笑顔って本当にヤバイ! もうそれだけで死ねそう……!!!!
「クラック、良いよね? リコに参加してもらっても?」
「もちろんそのつもりよぉ~! ウフフ、アタシもさっきからずっと、リコちゃんの衣装、考えてたのよぉ……」
相変わらずギラついた光が瞳から消えないクラックさんに、レオンが「あれ」と指さしたその先には。
……ピンク色の、アイドルもビックリなフリフリ衣装が燦然と輝いていた。
……ってえええェェェェェ~~~!!!???
片側だけ肩の大きく開いたビスチェの下は、シフォンがふんだんに使われたフリフリのスカート。
それは上から下に向かうに従ってグラデーションを描くように一段一段、微妙に色の違うピンクが使われており、
五段目のそれに差しかかる頃にはピンクというより赤に近い色合いになっている。
片側を覆う肩部分には大きな薔薇を模した布が飾られていて、胸元にはそれと同じ素材の薔薇とピンク色に染められたレースで出来た大きなコサージュ。
全体的にキラキラ光る糸を編みこまれており、もはやステージ衣装としか言いようのない派手さだ。
……イヤ、可愛いですよ!?
例えばサラちゃんみたいな美少女が着たら妖精と見紛うくらいに可愛いと思いますよ!?
けど私、ただの女子高生ですし!
パレードってことは人前に出るんですよね!? アレを着て!
無理むりムリィィィィーーーー!!!!!!
そんなん恥ずかしくて出来っこない!!!
「ウフン♪ さすがレオンちゃん、お目が高いわぁ~。アタシもあれしかないと思ってたのよぉ~」
そう言ってトルソーから衣装を大切に脱がせるクラックさん。
「本当ならアタシが着たいくらいだけど、生憎サイズがないし……。
同類のリコちゃんなら完璧以上に着こなせると思うわぁ~!」
そして私の手に、その輝く衣装が渡される。
見ると、レオンとフォレスにも、それぞれ私が見立てた衣装が渡されていた。
「さぁ! 時間がないのよ! フィッティングルームへハリーアップ!!!」
そう言って、私達はそれぞれ違うフィッティングルームへ投げ込まれてしまう。
その中にはすでにクラックさんの手の者が配置されていて、
「着付とメイクのお手伝いをさせて頂きますね♪」
有無を言わさぬ笑顔で、私はジャージを剥がされ、キラキラ衣装を身に付けさせられる。
「髪とお顔もちょっとイジるわよぉ~?」
ニコニコ笑顔のお姉さん(仮)によって、私はあっという間にパレード用の人形に変身させられたのでした……。
……うう、ミイラ取りがミイラになるとはこのことか……(泣)
……その日、魔法都市デュレクでは、『ホワイトスノウ服飾店』を中心とした一帯で、
派手な衣装を身に付けた一段によるパレードが開催された。
先頭を行くのは白馬に乗り、紅いマントを風に靡かせた金髪の王子様然とした男と、
黒馬に乗り、辺りを不機嫌そうに見渡す漆黒の礼服に身を包んだ深い藍色の髪の美丈夫。
そしてその二頭の馬が引いているのは。
キラッキラのデコレーションが施された屋根のない、通称『キラ馬車』。
その上で、ピンク色の、アイドルもビックリな衣装に身を包んだ『亡国の王子様』と
マリー・アントワネットもビックリな豪華なドレスに身を包んだ角刈りの大男が
「ホワイトスノウ服飾店をよろしくね~!」
……と、ニコやかに手を振っていた。
……って恥ずかしくて思わず三人称で描写しちゃったよ!
そうだよ! 私だよ!!!
周囲を市民さんに埋め尽くされ、歓声と憧憬の眼差しの只中で、もはや突き抜けた心境で回りに手を振ってるよ!!
「キャアアアア~~~~レオンさまぁぁぁ~~~!!!!」
「フォレス様、こっち向いて~~~!!!」
「イイぞ、クラックもっとやれ~~~!!!」
そんな歓声に混じって。
「リッコちゃぁぁぁぁ~~~~ん!!!!!」
野太い男たちの大声が響き渡っている。
……ちょっ、ヘクターさん、爆笑しながら周りの市民さんたちを煽るのやめて!
「あれが王子様だなんてヤバいね~! サラ、ドキドキしちゃ~う!」
サラちゃんもさりげなく私の変な噂拡散するのやめて!?
そんな私に、白馬と黒馬に跨っているレオンとフォレスがそっと歩み寄って来て
「本当に可愛いよ、リコ。……これはライバルを増やしちゃったかな?」
「クラック煽るとこういうことになるんだからな!? 覚えとけ!」
と言い捨てて、また沿道へ手を振りながら歓声に応えている。
……その日のパレードは、夕刻間近まで続き、
過去一番盛り上がったそのパレードのあと、彼らが着ていた衣装の問い合わせやプロマイドの注文で
『ホワイトスノウ服飾店』は過去最高益を叩きだしたと言う。
……ちなみにその日、一番問い合わせが多く、プロマイドが売れたのは。
「リコちゃんのプロマイド下さい!!!!!」
男性・女性関わらず、ひっきりなしに来店し、次々に買い求めて行ったのだとか。
……そんな驚愕の事実を聞かされたのは、しばらく後であったと、記載しておく。
お読み頂き、有り難うございました!