第十三話 亡国の王子様
チュン、チュン……
小鳥の囀りが聞こえる。
眩しい光に軽く眉を顰め、私が目を覚ますと。
……金髪の超絶美形が私の顔のあたりに頭を乗せて眠っていた。
キャアァァァァーーーー!?
朝チュンで目覚めたらいきなり王子様と遭遇とか、これどこのラノベの世界!?
……いや、あの、ここはデュレクで彼はレオンです。
記憶障害とかはないから一応現実は把握してます、すみません……。
それにしても、改めて見るとレオンのお顔って本当に整ってるな~。
お肌は白くてツヤツヤだし、睫毛はシャーペンの芯が何本乗るんだろうってくらい、長い。
軽く開いた薔薇色の唇からはスースーと規則的に吐息が漏れていて、
ちょっと乱れた髪の毛と相まって壮絶な色気を放っている。
……ってか、こんなに近くで眠っていて、私、大丈夫だっただろうか?
イビキとか、かいてないよね……?
そんな、乙女らしからぬ心配をする私。
昨日、訓練場で突然意識を失ってしまったのは、なんとなく覚えてる。
その時、レオンの声が聞こえた気がしたし、
ここが何処だかは解らないけど、きっとまた運んでくれたんだろうな……お姫様抱っこで。
ホント、レオンってどうして私の事をここまで構ってくれるんだろ。
ただフェミニストなだけ? 他の娘が私と同じように困っていたら、こんな風に世話を焼くの?
……うん、解ってるよ。レオンってそういう人だ。
どんな女の子相手でも分け隔てなく優しいから、みんながときめいちゃう。
小説の中でも、色んな女の子に優しくしてたもんね。
……けど、レオン。
私にとっては、やっぱり特別な人なんだよ?
あっちの世界では、ただ妄想して悶えていただけだけど……。
こうして現実として出会ってしまえば、それはもう妄想ではなくて。
手を伸ばせば触れられる距離に、レオンがいる事が、まだ信じられなくて。
トクン、トクン、と、レオンを見つめる度に高鳴っていく鼓動。
それはだんだん早さを増していくみたい。
そうして、綺麗なレオンの寝顔を見つめながら…
……好き、だなぁ……と。
私は生まれて初めての恋を自覚する。
だって、大好きだったんだ。こうして、この世界で出会ってしまう前から。
「……レオン……」
なんだか切なくなって、そっとレオンのツヤツヤの頬に手を伸ばす私。
「ん……」
……と、レオンが可愛く息を吐き、ゆっくり、ゆっくりとその綺麗な瞳を開けて私を見ると。
「……ごめん、いつの間にか寝ちゃってたね。……おはよう、リコ」
朝の光を浴びて輝くその満開の笑顔はもう、麗しすぎて見ていられない程です!!
「気分はどう? 昨日、訓練場で突然倒れた時は驚いて心臓が止まるかと思った」
自分の頬に伸ばされたままの私の手をそっと握り、そのまま触れさせてくれる。
「医者にも一応診てもらったけど、おそらく魔力切れだろうって。
……昨日は無理させて、本当にごめん」
握ったままだった私の手をそっとその唇当て、キュッと眉を顰めて辛そうにそう言った。
「いえ……。私も自分に出来ること、知りたかったし……。
魔力切れは自己責任です……。また迷惑かけて……」
ごめんなさい、と言いかけた私の唇を、レオンの人差し指がそっと押さえて言葉を止める。
「ごめんなさい、はお互いもう無しにしよう、リコ。
昨日、ボクらのパーティーへのリコの加入を、ヘクターの許可を得て正式に登録したんだ。
だからこれからは、ボクとリコは同じパーティーの仲間同士。
心配したり、手助けしたりするのは当たり前のことなんだからね?」
「レオン……」
朝の光の中、眩い美貌の王子様と見つめ合う。
「……あ~、一応、そこには俺も入ってるからな?」
コホン、と咳払いをしていつの間にか開いた扉にフォレスが身体をもたれかけて立っていて。
「……これから毎日これかよ…。奇襲攻撃受けてた方が精神的には楽だったんじゃねーかな……。
……ガンバレ、俺……」
死んだ魚のような瞳で、そんなことを呟いていた。
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どうやら私を運んでくれたのは、灯亭だったようだ。
わざわざ私の為に一部屋を取ってくれ、そこで休ませてくれていたらしい。
「今日はこれから、リコの装備を整えに行こうと思ってるんだけど……行けそう?」
灯亭のダイニングで、レオンが頼んでくれたトマト風味のリゾットのような物を食べながらそう尋ねられる。
……って! そうだ私、まだジャージだった!!!!
着心地良すぎて忘れてたけど、言ってみればこれ、パジャマなんだよね……
今さらながら、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ……。
急に恥ずかしくなって俯きがちに「だいじょうぶ、です」と答えた私の前で、
「まーそうだな。そんな布っきれじゃ危ねーしな。
……ってまさかお前、クラックの店行く気か?」
フォレスがハチミツたっぷりのパンケーキを食べながら驚愕の表情でそう言った。
「……ああ。ボクも気は進まないが、あそこ以上の品揃えの店は他にないだろう……?」
なんだか気まずそうにそう言うレオンの前にはパンとハムのようなものと野菜が美しく盛られたプレート。
それを大層お上品に咀嚼しながら、フゥ、と軽くため息をつく。
キャッ! どんな仕草もやっぱりレオンはレオンです!!
ところが、悶える私の隣で、突然二人が立ち上がらんばかりの勢いで言い合いを始めるではないか。
「俺パス! 絶対パス!! 適当にブラブラしてるから二人で行って来い!」
「そうはさせるか! お前を連れて行かないとクラックが色々うるさいんだぞ!」
「用事もないのに何で行かなきゃなんねーんだよ!?」
「一人だけ逃げようなんてそうは行かないぞ! 良いから、それを食べたら行くぞ!」
「ふっざけんなよ、おまえ! 店なら他にもあるんだし、他行けよ、他に!」
「馬鹿言え! 行かなかったら行かなかったで、後々面倒臭いことになるだろう!?」
店中に響きそうな大声でそんなことを言い合うレオンとフォレス。
……なんだ、そのヤバそうな店…。
あのレオンがここまで感情を露わにするくらいのヤバさなの……!?
「……チッ。今回だけだからな!」
最終的にはフォレスが折れて、私達はそのクラックさんとやらのお店に行くことになったのでした。
……なんだかちょっと怖い……。
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そうして連れて来てもらったのは、この街では珍しい木造の大きな建物の前。
平屋の建物が多い中で、3階建てくらいの高さを誇るそれは非常に目立っている。
……まぁ、目立っているのは建物の大きさだけじゃないような気もするけど……。
「……ハァ~。俺、マジで気がすすまないんだけど……」
「珍しく気が合うな、フォレス。ボクもだよ……」
美形二人がその建物の前でどんよりとした雰囲気を纏って消沈している。
それはそうだろう。
『ホワイトスノウ服飾店』と書かれた大きな看板の下には、それはもうメルヘン満載な装飾が施されたドアがデデーン!と鎮座しているのだ。
綺麗な花飾りにキラキラした石、レースにリボンといったファンシーな飾りがこれでもか!と飾られている。
私だってテーマパークに行った時のテンションでなければ近寄らないだろうほどのメルヘンさだ。
これは……男の子は相当入りにくいだろうなぁ……。
「……リコのためだ! 良し、行くぞ、フォレス!」
レオンが何故だか相当気合いを入れてその扉を開く。
と、その瞬間、
「レ~~オ~~ン~~ちゃ~~~~ん!!!!!!!」
そう野太い声が聞こえたかと思うと、中から牛の大群が突進してくるんじゃないかと思うくらいの爆音が聞こえて来た。
慌てて扉を閉めようとするレオン。
だが、中の人物は一足早く扉に縋りつき
「ふっふふぅ~! 最近ご無沙汰じゃなぁい? アタシ、すっごく寂しかったんだからぁ~!」
フンス、フンスと鼻息を荒くしながら半分開いた扉からギラギラとした瞳でこちらを見ている人物。
「や、やぁクラック。元気そうで何よりだ」
レオンは既に逃げ腰だ。
「フォレス君も最近ツレないのよぉ~! 以前は良く訓練場で遊んでくれてたのにねぇ?」
そう言ってそのギラっとした瞳がフォレスに向けられる。
「い、忙しくてよぉ……」
フォレスも今にも逃げたそうにしている。
「せっかく来てくれたんだし、今日は逃がさないわよぉ~~~!?」
そう言ってババーン!と効果音でもつきそうな勢いでそのメルヘンな扉が開け放たれた。
そこに立っていたのは、筋骨隆々としか形容のしようがない、角刈りの大男。
額に特有の角が生えているから、おそらくオーガ族なんだろう。
その筋肉美を惜しげもなく披露するかのようなランニングと半ズボンの上は……
……何故か乙女趣味全開のフリフリエプロンを身に纏っていた。
「会いたかったわぁ~~レオンちゃ~~~ん!!!!」
そう言ってレオンをギュウギュウ抱きしめるクラックさん。
「イデデ、痛い! 骨折れるから! 力加減弁えて、クラック!!!!」
その腕の中で、レオンがじたばたともがいている。
……なんていうか…頑張れ、としか言えない……。
下手に手出し口出ししたら色々怖そう……。
と、クラックさんがレオンの後ろで怯えていた私に目を向けた。
「……ああ、この子が噂のリコちゃんね?」
……は? 噂……?
「レオンちゃんのパーティーにアタシのご同類が入ったって、もう街中のウワサよぉ~!
同じ趣味を持つ者同士、仲良くしてね、リコちゃん♪」
レオンに抱きついたまま、バチン☆とウィンクをかまして挨拶をしてくれるクラックさん。
……なんだろう、すっごいイヤな予感がするけど、ここは聞かざるを得ないっ!
「……あの、私の噂って……?」
「え? 訳あって放浪の旅を続けている亡国の王子様なんでしょ?
縁あってレオンちゃんが保護することになって、
趣味と実益を兼ねて女装してる子だって、もうこの街のレオンちゃんファンなら皆知ってるわよ?」
どぉしてそうなったァァァァーーーーー!!!!!!
そんな話を聞いてブハッと盛大に噴出したのは案の定フォレスだ。
「ぶわっはっはっは! ヘクターとサラの仕業だな!
良い仕事するじゃん、アイツら! やっぱただのバカ夫婦じゃなかったぜ!」
ああ、そう言えば「適当な噂も流しておいてやる」とか言ってたよね!
……けどこの噂はどうなのかな!?
そんな噂で街の人たちを騙せるとは思わないんだけど!?
女装趣味の亡国の王子様ってなんなの!?
もはや性別すら合ってないよ!?
だが、この事実にはさすがのレオンも笑いを噛み殺せなかったらしく、
申し訳なさそうに私から視線を反らして口元を覆い、肩を震わせて静かに爆笑している。
「……確かにそれなら街の女の子達にも認めて貰えるな。フッ……フハッ……!」
笑いすぎです、レオン様!
確かに私は童顔だし、ジーナちゃんみたいにグラマーじゃない……どころか泣きたいくらい貧相ですけども!
日本では私くらいの女の子なんて山ほどいるんだからね!!!!
キィィィィィィィ~~~!!!!!
……と、憤っている私を面白そうに眺め、
「思ってたより可愛い子じゃなぁい♪ アタシ、可愛い子は大好きよ!
ウチの店に来てくれたんでしょ? こんな所じゃなんだし、入って入ってー!」
クラックさんは犯罪者を連行する刑事のような勢いでレオンをガッシリとホールドし、慣れた手付きでそのファンシーな扉を開け放った。
「ようこそ、ホワイトスノウ服飾店へ!
アタシはオーナーのクラック。こんなナリだけど、心は女なのよぅ!」
……あ、ハイ。そんな感じの方なんじゃないかな、とは予想しておりました。
クラックさんはウッフッフと小脇に抱えたレオンを餌を前にした肉食獣の眼で見つめ、ニヤっと笑って舌舐めずり。
「レオンちゃんには着て欲しい服がい~~っぱいあるのよぉ~!
全然来てくれなかったから溜まっちゃってるわよぉ~?」
……だから、今日は覚悟してね?
と、もう、野獣すら逃げ出しちゃいそうな壮絶な笑顔で仰るので。
私とフォレスは「勘弁してくれェェェ~」と絶叫しながら店内に連行されていく我らがレオン様に向かい。
「幸あれ」
と静かに合掌してそのご多幸をお祈りしたのでした。
チ~ン。
お読み頂き、有り難うございました!