オールバックからの卒業
かつて私が好んでいた髪型があった。
それは髪を肩の辺りまで伸ばし、後ろで束ねるというものだ。28歳のときに実行したのが最後で、それ以降はこの職場で働くには馴染まないと感じ、チャレンジしなくなった。
もう一つお気に入りなのはオールバックだ。ジェルで固めてフロントからサイドまでコームを使って後ろに流すという昭和風のスタイルである。しかし、バイク通勤でヘルメットを着用しなければならないので、職場ではほとんど見せることはない。ジェルを付けて後ろに流すだけなら職場の洗面所でセットすればいいのではと思われる方もいるだろうが、見た目のボリュームを考えた場合、ドライヤーで予めセットした上でジェルを投入しないと、疲れたサラリーマンの髪型にしか見えないのでやらないという事情がある。
とはいえ、やはり気分転換はしたいので、休日にオールバックにしてからそれに合う服装を身に付けて写メを撮ってみたのだが、想定外の事態に保存することをためらうという出来事があった。不自然にデコが広い。20年前は富士額だったのに、今は阿蘇山のカルデラを想起させる。
「M字型のゲーハーってヤーツ?」
冷静に分析をしてはみたが、その瞳は完全に生気を失っていたと思う。体重も増えていたので、さらにオッサンっぽさに磨きが掛かっていた。
マニアックなアダルトビデオに出てくる調教系男優のようないやらしさを醸し出していると揶揄されたとしても否定できないほどのクオリティだ。
オールバックからの卒業。それが、突きつけられた現実。AKBのセンターが卒業するというニュースと重なり、込みあげてくるものがあった。
しかし、感傷に浸っている暇はない。数多くのオールバック用の整髪料をどのように活用するかを考えなければならない。
ワックスは短髪にすると使用できる。ブラマヨの小杉みたいな髪型なら可能だ。問題はジェルとスプレーである。ベタッと流すことを目的に使用しているジェルとそれを維持するためのスプレーは、今のナチュラルな髪型には馴染まない。
使い道を散々考えた挙げ句、本当にオールバックから卒業をしなければならないのか、あっちゃんだってAKBは卒業するけど芸能界を引退するわけじゃない、女優になるんだよ?、諦めたらそこで試合は終了ですという教訓を拠り所にして、むしろM字を活かすくらいの勢いで対処することを決意した。
そんな自分に若干ヒきながらも、パソコンを起動し「オッサンでも似合うオールバック」でググる。すると、検索結果にリーゼントというワードがヒット。
リーゼントというと昔のヤンキーの代名詞で、有名なところでは島田紳助のデビュー当時の髪型がそうである。しかし、ここで紹介されているのは品のあるリーゼントで、アメリカの男優がモデルになっていた。M字に額が後退していても、逆にそれがアクセントになっている。それは、現状で自分の理想を追求できる唯一の髪型であるといえた。
サイドは後ろへ流し、フロントは内へ巻き込みながら前へ流して固めて最後に後ろに流す。なかなかテクニカルだ。サイドはジェル、巻き込んで流すのはワックス、後ろへ流すのにジェルを使って最後にスプレーで固める。実際に試してみたが、オールバックよりも無様ではなかった。
誰かに見てもらいたくて夜の街に繰り出したところ、いわゆる高校生デビューにありがちな展開に肝を冷やすことになるのだが、よくある話なので、割愛。
M字で心を傷めている人は、一度チャレンジすることをオススメする。ヤンチャだったあの頃を思い出せるかも。
私がヤンチャだった時期はありません。