ホビアル、フエルテを救出に行くッス
「おい、見ろよ。あの三人の娘たちを」
中年の男が隣の男を肘でつつく。彼らは朝早く開いている軽食店で食事をとっていた。
他にも男たちが年齢を問わずテーブルを囲み、朝食をとっている。サンドイッチやスープがほとんどだ。女子供がいないのは女は男がいない店にいるし、子供は大抵自分の家か、雇われている商家で摂るのがふつうである。
フエゴ教団本山では司祭以上は屋敷を持っており、それ以下は定められた住宅地に住んでいた。先ほどの彼らは独身の信者で、家で帰りを待つ者がいないのがほとんどであった。
石畳の道路にレンガ造りの家が立ち並んでいる。そして街路樹や街路灯が規則正しく並んでいた。
近くには木に囲まれて子供たちが楽しむシーソーや滑り台などの遊具が設置されている公園がある。
さて男の一人がある三人の娘を睨みつけていた。
一人は人間の女性であった。銀髪でポニーテールにまとめている。褐色肌で身に付けているのは大胆なビキニのみである。それと足はサンダルを履いていた。
もう一人はフエゴ教団の司祭のローブを羽織っている。
最後はベニテングダケの亜人だ。筋肉質な体で真っ白な肌に革製のビキニのみを付けていた。
ホビアルとアモル、ヘンティルの三人である。
「けっ、あいつらは司祭様と杖だそうだ。毒キノコの化け物は知らないけどな。
あいつらは生まれてから苦労を知らないんだよ。俺たち一般信者が味わう苦痛なんか一切知らないんだ。まったくいいご身分だよな」
中年男はわざとホビアルたちに聴こえるような大声でしゃべった。男は酒を飲んでいるわけではなさそうだが、まるで酔っているかのようにげらげら笑っている。
周りの男たちは苦笑いを浮かべていた。
「そうなのか。俺は全然気づかなかったな」
隣の男が返事をする。中年男はその途端顔をしかめた。そこで別の男に意見を聞く。
「おい、そこのあんたはどうなんだ? 苦労知らずのお嬢様たちに不満は抱かないかよ?
それにあそこの銀髪。あいつの身内は犯罪者なんだぞ? 俺たちに中傷されても文句は言えないよなぁ?」
「そうだなぁ、私もまったく気づかなかったね」
別の男も答えた。中年男はますます不機嫌になる。
「てめぇら!! むかつくんだよ!! 俺たちは弱者なんだ!! だから偉いんだよ!!」
小型犬並みに吠える男に周りは無視することに決めた。先ほどの男たちの答えは自分がその話題に興味がないことを示しているのだ。自分の意見に賛同しないので爆発したのである。
「ちくしょう、ちくしょう! ちくしょう!!
なんでお前らは大人しいんだ。俺たちがアクションを起こさないとあいつらが図に乗るばかりじゃねぇか。
お前らはあいつらの奴隷なんだぞ。感情とプライドがある人間なんだ。
それをあいつらは平気で踏みつけて楽しんでやがるんだぞ。
お前らは家畜かよ。ただ餌をもらって太らされて喰われるだけなんだぞ。
まったくお前らは馬鹿だな。ホント馬鹿。お前らみたいな馬鹿は死ねばいいよ。
あー、まったく大したものさ。大したものだよ」
中年男は罵詈雑言を浴びせた。周りは「気づかなかった」と繰り返すばかりで相手にしていなかった。
中には小声で「うざい野郎だ」「お前が死ねばいいだろう」「少しは黙って飯が食えないのかよ」とつぶやいていた。
アモルは顔を曇らせ振り向こうとしたがホビアルは止めた。
「気にすることはないッス。あのおっさんは陰口を叩くしか能がないッス。ほっとくッス」
ホビアルは笑顔のまま答えた。彼女はまったく気にも留めていない様子であった。
ちなみにホビアルの叔母イエロは遠くの国で海賊をやっている。はるか西にあるヒコ王国を拠点にピース海峡を荒らしているようだ。船長とは幼馴染らしく、十八歳になったら海賊団を作る約束をしていたらしい。
もっともフエゴ教団では身内に罪人がいても関係ないことになっているが、世の中にはそれを無視する人間もいる。
だからこそイエロは幼少時からホビアルたちと距離を取っていたのだ。ホビアルはこの事を知ると安堵した物である。
「あのおっさんは自分より弱い人間しか陰口は叩かないッス。本当に偉い人にはへこへこするだけッス。相手にするだけ損ス」
ホビアルは堂々と風を切りながら歩いていく。その後ろにヘンティルもにこにこしながらついてきた。彼女も故郷であるオンゴ村でも心無い中傷を浴びたのだろう。
アモルはホビアルの後姿を見ながらついていった。
☆
さてホビアルたちはどこへ向かっているのだろうか。その答えはアモルが持つ手紙に書いてある。
それは昨晩アモルの屋敷を襲撃された際、人間であるフエルテが誘拐されたのだ。アモルの弟であるゴリラの亜人アミスターだけが残されていた。彼は手紙を握っており、それを読んだ。
『アモルへ。フエルテを返してほしければ西にあるトリディマイト要塞に来い。
本日一緒にいたホビアル、ヘンティルなら連れてきてもいい。
エビルヘッド教団 ウィッチヘッドより』
トリディマイト要塞とは鱗珪石で造られた要塞である。
鱗珪石とは二酸化珪素を主成分とする鉱石だ。石英・クリストバル石と多形をなす。
無色か白色で、低温形の単斜晶系と高音形の斜方晶系がある。火山岩中の晶洞などに産するのだ。
そもそも二酸化珪素とは珪素の酸化物だ。天然には水晶・石英・瑪瑙・オパールなどがある。
純粋なものは無色の結晶だ。フッ化水素・融解アルカリ以外に対して安定している。
主にガラス・水晶発振器・研磨剤などに使用されるのだ。
とても要塞に使う素材とは思えない。だが建築したのはエビルヘッド教団だ。
フエゴ教団が手つかずの場所をこっそりと作ったのである。不幸中の幸いというか村はない。馬車なしで徒歩だと一週間はかかる道だ。
この辺りは狂暴なビッグヘッドが徘徊していた。そのためフエゴ教団も攻略できずにいたのである。
今回出向くにあたってアモルはコンシエルヘに許可をもらっている。アモルたちだけでなく、騎士団も警戒に当たる予定だ。
「でもおかしいよね」
ホビアルたちが出立する前に見送りに来たサビオが言った。
「なんでフエルテを誘拐したのかな? 部屋にはアミスターがいたんでしょう?
なら体が比較的小さい彼を誘拐した方が楽だと思うけどな」
それはアモルたち全員が感じていたことだ。フエルテは巨躯の持ち主だ。眠らせるなり気絶させるなりして無力化させたとしても運ぶのに一苦労だ。
サビオの言うようにアミスターを狙うはずだ。なのに彼は狙われなかった。
あと部屋の爆破は誘拐を終えた後だったという。アミスターを毛布で丸め、机などでバリケードを作った後手製の爆弾を利用したらしい。あれは襲撃ではなく、襲撃を教える合図だったのだ。
「エビルヘッド教団の思考回路は常人には理解できないよ。
なんたってエビルヘッド自身フエルテを英雄にするためにわざわざ倒されたくらいだからね」
これは本当だった。フエルテは司祭の杖として合格した後猛毒の山に赴いた。
その途中で進化したビッグヘッドたちに襲われた。そして山ではエビルヘッドがキングヘッドを捕らえていたのだ。
フエルテはなんとかしてエビルヘッドを倒した。だがそれこそエビルヘッドの狙いだったのである。
エビルヘッドは神応石を利用して自身を神とする計画を立てていたのだ。
悪の化身としてフエルテに倒されることが望みだったのである。
フエゴ教団ではフエルテは英雄として崇められ、エビルヘッド教団では神殺しの罪人として憎しみを受ける。
エビルヘッドの神応石は彼の部下が回収した。そして別の木に移植し、復活を待つ。
人々はエビルヘッドの復活を恐れ、復活を望む。その思想の力がエビルヘッドを蘇らせるのである。
司祭の手であるホビアルやフエルテも神応石を額に埋め込まれ、特殊な力を振るうことができるのだ。
「とにかく何かある。何を注意すればいいかわからないけど一番大切なことがある。
それは無事に戻ること。フエルテも一緒に帰ってくることさ。
これだけは約束してくれよホビアル」
☆
さてホビアルたちは騎士団と一緒に旅に出た。トリディマイト要塞へ行く道は険しい。
道なき道を歩かなくてはならないのだ。
必要な旅支度を済ませると、ホビアルたちはヤギウマに乗って旅立った。全員ヤギウマに乗るのは得意である。
日が落ちればテントを組み立て、火を起こし食事をとる。
見張りは騎士たちが交代で行ってくれた。
途中で大雨が降って足止めになったり、オオアライグマの大群に襲われたりもしたが誰一人犠牲者は出ずに済んだ。
ホビアルとアモルは幼少時からサバイバル訓練を行っており、野営は得意であった。ヘンティルも似たようなもので、虫や夜の闇に風でざわめく気の音など気にも留めなかった。
徒歩では一週間かかるが、ヤギウマを使ったので五日でたどり着いた。
ホビアルたちは深い森を抜け、草原に広がるトリディマイト要塞を眺めていた。
それは美しい光景であった。白色の鱗珪石で造られた砦はまるでおとぎ話に出てくる無邪気なお姫様が住むお城のようであった。
鱗珪石の壁はずらりと並び、正方形のように作られている。横を向いただけではその端を見ることができない。
さてホビアルたちの前に門があった。騎士たちは念のため森の中に隠れている。
門は鉄製で大の大人を軽く超すほどの高さであった。
だがその右側に不思議な箱が置いてあった。
それはまるで黒板のような大きさで壁に取り付けてあったのだ。ヘンティルは初めて見るので首を傾げながら眺めていた。それをホビアルが補足する。
「あれはテレビジョンッス」
テレビジョン。動く画像を電気信号に変えて離れた地点に送り、それを映像に再現する通信方式だ。また、その受像機とかテレビとも呼ぶ。
ホビアルとアモルはフエゴ教団本山に住んでいたから理解できたが、ヘンティルはみたことがないのでわからなかったのだ。
初めて聴く単語にヘンティルは頭を傾げた。
「二百年前はよくつかわれていたらしいッスよ。でも今はあまり利用してないらしいッス。
でも来年あたり酒場を中心に設置するらしいッスよ。
野球なんかのスポーツを放送するためッス」
今までは生きるために必死だったが、ここ数十年娯楽に力を入れ始めた。その一つが野球だ。野球はシンプルなルールでわかりやすく、子供から大人まで人気がある。
商会などでは専門の選手の育成に力を注いでおり、本山にあるコロシアムではよく試合を行っていた。その人気はすさまじく、チケットはすぐ売り切れ。そのため信者たちから不満が漏れていたのだ。
「大勢の人が見られるためにもテレビジョンを復活させることにしたのです。
ちなみにテレビジョンで見るのと生で見るのとは違います。どちらがいいかは決められませんね」
アモルが答えた。ヘンティルはなるほどと納得したが別の疑問がわいた。
なんでそれが砦の門に設置されているのか。その答えはすぐに解決した。電源が入ったからだ。
そこにはビッグヘッドが移っていた。女性の顔をしたものだ。なんとなく薄気味悪いものを感じさせている。おそらくパインクラスだろう。その証拠に流暢な言葉づかいで語りかけてきたのだ。
『初めまして。私はウィッチヘッド。エビルヘッド様の忠実なる僕よ。
今回あなた方に来てもらったのは他でもない。エビルヘッド様を打倒したフエルテに対する復讐よ。
もちろん復讐と言ってもすぐ殺すわけではないわ。辱めを受けてもらうのよ。
英雄がみじめな姿をさらす。なんて素敵な復讐かしら。さあ見てごらんなさい』
ウィッチヘッドが横にどくとそこにはフエルテが映っていた。
彼は両腕を鎖で吊るされていたのだ。着ているものはパンツ一丁だけ。これはいつも通りの服装である。
フエルテの元にビッグヘッドが二体左右から出てきた。手にはかわいい子犬が一匹ずつ抱いていた。
ビッグヘッドたちはフエルテの乳首に子犬を近づけた。すると子犬はフエルテの乳首をすごい勢いで舐め始めたのである。
「おう……」
さすがのフエルテも甘い声を出さずにはいられなかった。ぺちゃりぺちゃりと子犬たちの舐める音が響いていた。
子犬たちは乳首だけでなく脇を舐めたりした。フエルテの身体がほのかに赤くなり、火照ってきている。思わず股をすぼめていた。
すると一人は尻を、もう一人は正面に向かった。
「おおう!!」
子犬にされた行為に思わず声を上げてしまう。子犬たちはじゃれているだけだ。ひたすらその舌を容赦なく巨躯の肌を舐めつける。
『あはは、見た? この男の表情を。これがエビルヘッド様を倒した勇者様の顔かしら?
子犬に舐められてこんなに感じるなんて可愛いわね。
そういえばパートナーのアモルはこんなことをしてくれないのかしら?
ああ、あいつは男だったわね。案外男らしさを求めてこいつの尻の孔を攻めているのかもね。
見た目は女なのに中身は男。まったく気持ち悪い存在だわ。
こいつを救いたければ砦の中に入りなさい。私の配下たちがあなたたちを待っているわよ』
そういってテレビジョンの電源が切れた。同時に門も錆びた音を立てながら開いた。
「……何がしたいのかな?」
アモルは呆れていた。フエルテを辱めると言っていたが、まるで子供のいたずらみたいだった。自分のことを揶揄されたが一蹴する。自分とフエルテの関係はそんなものではないからだ。第一自分は女性が好きなのだから。
一方でホビアルは怒っていた。消えたテレビジョンを睨みつけている。ここまで怒りをあらわにしたのは初めてだ。
「―――赦さない!! フエルテとアモルの関係を茶化すなど冗談では済まされない!!
一刻も早くあのウィッチヘッドを打倒し、謝罪させなければならない!!」
普段の体育会系の口調を忘れ、怒髪天を突いていた。
「そうね。まるでアモルさんを変態呼ばわりしていたわ。女として許容するわけにはいかないわね」
ヘンティルも静かな怒りを内側から溜めていた。
残されたアモルは二人が暴走しかけているので慌てて止める。
「ちょっと待って二人とも! 私はなんとも思ってないんだって!!」
「そんなわけない! まさか慣れているからなんて言うつもり!!
そんなもの慣れる必要はない!! さあ、行こう!!」
慣れているなど言うつもりはなかった。というか自分の関係はアモルが受けでフエルテが攻めが主流であり、逆は少数派であった。だがホビアルは聞いていない。
ホビアルは真剣に怒っていた。彼女にとってフエルテとアモルは大切な友達だ。
そして二人の友情を愛している。それなのにあのウィッチヘッドという女性はその関係を揶揄した。それだけは許すわけにはいかないのだ。
ちなみにホビアルはウィッチヘッドをビッグヘッドとして見ていない。一人の女性として見ていた。怪物に言われたとか微塵も思っていないのだ。そこがホビアルのずれたところでもあるが。
ホビアルは猛る気持ちを抑えつつ、門をくぐっていった。その後ろをヘンティルもついていく。
アモルは一人ぽつんと取り残されていた。
「わっ、私の気持ちは置き去りにされているんですけど……」
アモルのボヤキに答えてくれるものはいなかった。ただ風が吹いただけであった。
次回からホビアルのアクションが始まります。
説明ばかりだとつまらないからです。
やはりアクションを挟みながらの方が読みやすいかもしれません。