ホビアル、十二歳ッス
「やあ、あれが猛毒の山ッスか。すごくでっかいッス!!」
ホビアルは幌馬車から身を乗り出し、前方の山を見た。
それはとても険しい山であった。まるで巨人のように壮大である。
地殻変動で生まれた山らしく、二百年前の地図はまったく役に立たないということだ。
さらに当時の町や村などは消え失せている。ビッグヘッドたちが放射能に汚染された土地を喰らいつくしたからだ。それ故に広がる森はすべてビッグヘッドが変化したものである。
ホビアルと学友たちは一週間かけてこの地へやってきた。
全員幌馬車に乗っている。みんな白いローブを着ていた。全部で三台。男女に分かれ、もう一台は非常用の道具が積まれている。毛布や非常食、カンテラや松明などが用意されていた。
ちなみに幌馬車の周りは騎士たちが護衛している。
ホビアルたちは一二歳。すっかり大きくなった。六歳の時はどんぐりの背比べだったが、男子の方は女子よりずば抜けて大きくなっている。
ただサビオは小柄なままであった。声変わりの時期になっても大して変わらなかったのだ。
もっとも知性は他の生徒たちと比べてずばぬけていた。それに小柄と言ってもサビオは強い。腕力に頼る方法ではなく、相手の力を利用する柔道を得意としていた。
さらに母親譲りのデンキウナギの力を継承している。母親ほどではないが平手打ちを喰らうと軽く電気が流れるのだ。あくまで護衛にしか使えないものである。
ホビアルはサビオより頭一つ突き出ていた。そして年頃の女子らしく胸が膨らみ、尻も丸みを帯びてくる。だが女性らしいかと言われれば疑問を抱く。
彼女はむしろ他の男子より男らしい性格になっていたのだ。どんな長所も短所で打ち消しになってしまうという残念な例と言えよう。
「本当だね。でもあの山には何があるのかな?」
アモルである。人間の女性に見えるが、中身は男だ。別に同性が好きなわけではない。成長するに従い、ますます美しくなってきたのである。
裸になればまるで女体と間違われるほど、女性らしい部分が目立った。そのため教師はアモルを女性として扱い、ホビアルと同じ馬車に乗せられていたのである。
本人にとっては不本意であった。何しろ他の女子たちは完全にアモルを女性扱いしているのだから。不機嫌になるというものだ。
「おほほほほ。そんなことなどあの山に行けばわかりますわ」
高笑いを上げたのはシクラメンの亜人であるグラモロソだ。
彼女はつぼみのままだが肉体は女性らしく成長している。胸がすごく豊満になったのだ。
だぶだぶの衣服でも彼女の胸と尻の形を隠すことができていないのである。
本人はそれを自覚しているのか、町を歩くときは色気を振りまいていた。もちろん両親に厳しく注意される落ちが待っているのだが。
「オルディナリオ様は天地がひっくり返るようなお話があると言っていたッス。いまから楽しみッス!!」
ホビアルは楽しそうにわくわくしていた。それを見てアモルとグラモロソは安堵する。
二年前は敬愛する叔母が失踪した。それを幼いホビアルは自分のせいと勘違いする。
その後何があったかはわからないが、ホビアルは口調を変えて明るくなった。
うっとうしさは増したが、腹が立たない範囲なので問題はない。
変貌した理由は語らなかった。オリヘンも絶対に聞いてはならないと口止めしたのだ。
それらは一二歳になったら教えると言われ、今に至る。
ちなみにホビアルが口にしていたオルディナリオは人間の司祭で、今回引率している。
マッシュルームカットで分厚い眼鏡をかけている。高い鼻に出っ歯であった。
実はオリヘンの夫でもあった。そういう理由からではないが、オリヘンは産休中である。
オリヘンはオルディナリオに惚れて無理やり結婚したというから、人生はわからないものである。
他の女子はトランプで遊んでおり、話には加わってこない。
「不思議なものですわ」
グラモロソがボソリと呟いた。
「ホビアルですわ。普段は騒がしくてうっとうしいはずなのに、静かになると物足りなさを感じる。これって世界七不思議のひとつですわ。他の六つは知りませんけど」
「そうだね。それってホビアルの特性だと思うな。でも……」
アモルは口ごもった。なんとなくホビアルは明るさを演じているなど言えなかった。
☆
「なっ、なんだこれ……」
ラタジュニアが怯えた。カピバラの亜人である彼はクラスの男子でもっとも背が高い。二番目は人間と熊の亜人から生まれたフエルテだ。
図体はあるのにどことなく臆病な性格であった。
だが怯える理由はわかる。原因は目の前に広がる光景だ。
猛毒の山には町があった。石造りの立派な建物に、石畳で整頓されているのだ。
それをビッグヘッドたちが作っていたのである。建物の上に立ち、口笛を吹いているビッグヘッドはしきりに下で働くビッグヘッドたちを指導していた。
彼らはスマイリーというビッグヘッドと違い、穏やかな顔つきでもくもくと仕事をこなしている。
人間の姿を見ても、見向きもせずに仕事を続けていた。
さすがのホビアルも目を丸くしている。
「すごいッス! ビッグヘッドたちが労働しているッス! こんなの初めて見るッス!!」
彼女は別の意味で興奮していた。ビッグヘッドが人間と同じように働くことに疑問は抱かず、珍しいものを見たと言った感じであった。
それを聞いた他の面々は徐々に落ち着きを取り戻していく。この町は一体なんなのだろうかと。
よく見れば引率のオルディナリオと護衛の騎士たちは普通であった。前にも来たような感覚である。
そして案内役が現れた。それは大空から飛んできたものであった。
真っ白な肌に金色の鶏冠のような髪の毛。そして美しい顔立ちに天使の羽をもつビッグヘッド。
「お初にお目にかかります。わたくしパラディンヘッドと申します。キングヘッド様に仕える者です」
パラディンヘッドは恭しく挨拶する。皆言葉をしゃべるビッグヘッドに驚きを通り越してしまったようであった。
中には目の前の現実が理解できず、泣き出しかけていた。一二歳なのに泣くのはみっともないという自尊心がぎりぎり抑えているのである。
「初めましてッス!! 自分はホビアルッス!! パラさんの翼はすごく柔らかそうで暖かそうッス!! 触ってもいいッスか?」
そんな中ホビアルは空気も読まずにパラディンヘッドに懇願したのであった。もちろん彼女は了解しようとしたが、オルディナリオに却下された。
「残念です。わたくしの羽はもうふかふかです。一度触ればその感触に憑りつかれるとセバスチャンさんもおっしゃっていましたわ」
「へえ、父さんと知り合いなんだ」
サビオは普通に答えた。おそらく親の世代は全員この道を通ったと判断したのだろう。
ホビアルもうんうんと意味もなくうなづいていた。
☆
「ようこそ子供たち。わしがこの地を収めるキングヘッドである」
ホビアルは宮殿に招待された。そこで出会ったのがキングヘッドだった。
王冠のような鶏冠を生やし、赤いマントのような髪の毛をまとっていた。
壮年の男性みたいな顔つきで威厳がある。スマイリーのような不気味さはまったくない。
ホビアルたちの反応は様々であった。喋るビッグヘッドに好奇心を抱くものもいれば、逆に恐怖を感じて震える者もいた。
ホビアルは目をキラキラ輝かせながら、指をさしている。それをやんわりとサビオが注意する。
グラモロソとアトレビドはあまりの展開に目を丸くしていた。
フエルテとラタジュニアは怖がってアモルの後ろに隠れている。当のアモルはやれやれとため息をついた。
様々な反応を見せる子供たちに対し、キングヘッドは徐に声をかけた。
「わし、キングヘッドが生まれたのは百数年前であった。そもそもビッグヘッドとは何か、君たちは知っているかね?」
全員首を横に振る。なるほどとキングヘッドは納得した。
「ビッグヘッドは猛毒を喰らい、大地と水を浄化する生物なのだ。もちろん自然界で生まれたわけではない。人間の力によって作られたのだ。
二百数年前、君たちの先祖は箱舟に乗る以前の事、世界に散らばる猛毒に悩まされていたのだ。
その猛毒はキノコ爆弾と呼ばれていたものだ。それを空中から投下されると強烈な熱と風を巻き起こし、その粉塵でキノコが生えるように見えた悪魔の兵器なのだ。そしてキノコの胞子は生物の細胞を壊してしまい、生まれる子供にも悪影響を及ぼすのである。
さらにキノコの力で電力を生む技術を生み出したのだ。別名キノコ発電と言い、君たちが使う太陽光発電や水力発電、風力発電や地熱発電など比べ物にならない電力を生み出すのだ。
だが便利な物には必ずしっぺ返しが来る。キノコの胞子が大量に生まれたのだ。何十万年も毒が消えることのない胞子はドラム缶に詰め、コンクリートで埋めるしか対処法はなかった。もちろんその地に住む人間たちがそんなものを許すわけがない。そんな中わしらの先祖は極東の島国にある研究施設で生まれたのだ」
キングヘッドの説明にホビアルたちはついていけなかった。キノコ戦争というものが理解できていなかったのだ。本当にキノコが生えたのだと思ったが間違いだったと気づかされたのである。
「研究所では木の力で猛毒を除去する研究が行われたのだ。ある地域では人の住まない場所で猛毒が浄化されたという報告があった。ならば自然の力を利用して除去することに決めたのだ。
それがビッグヘッドだ。君たち人間の頭に手足を付けたデザインは人間に嫌悪感を抱かせるためだった。なぜなら人は人に近い者を殺すことができないのだ。
例えば畑や果実園を荒らすカニクイザルやアカゲザルなどは殺さず捕獲されることがほとんどだ。これは猿が人間に近いからである。
ビッグヘッドは人間に似ているがまったく異なる怪物だ。だから遠慮なく殺すことができるのである」
なんともおぞましい話だろうか。ホビアルを除いてみんな眉間にしわが寄る。
「さてビッグヘッドの性質を教えよう。まずビッグヘッドは猛毒に汚染された大地を食べるが、鉄や石など無機質でも食べることができる。そして頭部にある胃袋と大腸を通し、純粋な鉱物へ削り取られる。最後は目から涙と共に排出されるのだ。
これらは涙鉱物と呼ばれており、向こう百年は猛毒に汚染されない膜を張るのだ。もちろん膜が張ったままでも資源として使用することはできる。
さてビッグヘッドは地道に猛毒を食べていくが半年後に変態を行う。自ら木へ変化し、ビッグヘッドの実を十数個つけるのだ。ちなみに木に変態する場所は水がきれいな川や湖が多い。
それらがどんどん増えていきやがてこの世界全体の猛毒を除去し、役目を終えるはずだったのだ」
そこでいったんキングヘッドは力を弱める。何か言いずらそう仁していた。
「何か問題が起きたのですか?」
アモルが手を上げて質問した。
「その通りだ。その原因は君たちのよく知る神応石に大きく影響があるのだよ」
神応石。ホビアルたちの額に埋め込まれた不思議な石。人の精神に影響される物質だ。
「エビルヘッドが生まれたのだ。神応石を第二の脳として人以上の知能を得たのだよ」
☆
「こちらが皆さまのお部屋でございます」
大理石でできた立派な部屋にホビアルたちはやってきた。メイドヘッドに案内されたのだ。
メイドヘッドは美人で柔らかい笑みを浮かべている。メイドキャップに似た鶏冠にエプロンのような白い髪をなびかせていた。
ホビアルたちは自分たちに用意された大きいベッドに立派な木製のテーブルに椅子。大きな姿見にタンスなどが置かれており、歓喜の声を上げていた。
「メイドさん、ありがとうッス。とても素敵な部屋ッス!」
ホビアルは力いっぱい頭を下げた。メイドヘッドはいえいえと謙遜する。
「お礼を言われるまでもありません。メイドですから。これは人もビッグヘッドも同じです」
メイドヘッドは目礼した後部屋を出た。巨大な頭に手足が生えた存在だが、彼女は何かしら高貴な雰囲気を感じた。キングヘッドやパラディンヘッドもそうだ。言葉が通じるだけでこうも違うのかと、他のみんなは感心していた。
ちなみにキングヘッドの息子、プリンスヘッドも紹介された。無邪気な子供そのものであった。
部屋はホビアルとアモル、グラモロソの三人いた。アモルは女子扱いされ不機嫌である。
グラモロソはふかふかのベッドの上に腰を掛けた。
「今日は疲れましたわね。しかも頭の中も疲れましたわ」
グラモロソが愚痴る。確かにキングヘッドからもたらされた情報は自分たちには大きすぎた。
キングヘッド曰く、エビルヘッドは突然変異であった。どこで生まれたかは定かではない。自分の力の源が神応石であると知った後、別の神応石を探し始めたのである。
神応石は大抵人の脳にある。ただし砂粒ほどで人の眼には見えにくい。火葬されると区別がつきにくくなり、ますます見えにくくなる。
エビルヘッドは人の遺体を食べ始めた。そして涙鉱石として取り出したのである。
集めた神応石はいろいろなビッグヘッドに埋め込まれた。巨人形態から小人形態までいろいろ作られた。その目的は人間たちを食すことである。人間の中にある神応石が狙いなのだ。
実はキングヘッドたちもエビルヘッドに作られたが、百数年前に反旗を翻した。
まずはオルデン大陸、荒廃したスペインに逃げ込んだ。箱舟が近くにあったからだ。
その前にキングヘッドたちはそこに住む亜人たちに知恵を授けた。途中で見つけた生命力が強い動物たちを家畜として与えた。
キノコの胞子で巨大化したヤギウマやヤギウシを労働力とし、インドクジャクは家禽とし、イノブタを家畜として飼うように勧めた。
他にもアライグマやヌートリア、アカシカやアナウサギの狩り方に食し方も教える。
水産ではアメリカザリガニやアメリカナマズ、リンゴスグミカイやブラックバス、コイなどをおいしく食べられる調理法を教えた。
人間たちは交流できなかった。亜人たちは自分の身体が異形なのでビッグヘッドがしゃべっても驚きはなかったのだ。
「しかしメイドヘッドさんは可愛かったッス。頬ずりしたかったッス」
「ちょっとホビアル。話が脱線しておりますわよ。今はエビルヘッドの話でしょうが」
「もちろんそれも大切ッス。でも今の自分たちにできることはないッス。今はメイドヘッドさんのすべすべのお肌をなでなでしてもらう方法を考えるッス」
「そんなものなでなでしたくありませんわ!! 大体そうしたいなら本人に頼めばよいではありませんか?」
「頼んだッス。でもやんわり断られたッス」
「……それは当然でしょう」
二人の会話を聞いたアモルはあきれ顔であった。
ちなみに男子は部屋に入ることはできなかった。メイドヘッドが見張っているからだ。
隙あらばサビオのいる部屋に行こうとしたが、いつの間にか背中に立たれており、にっこりと注意されたのである。
こうしてホビアルたちはキングヘッドとの謁見が終わったのであった。