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ホビアル、一〇歳ッス

「初めましてフエルテです」


「……アトレビド」


 教室の中で新しい生徒が挨拶する。

 ここは四年生、満一〇歳ほどの子供たちが集められているのだ。

 担任教師はチンパンジーの亜人、オリヘンだ。


 フエルテは人間の男で同年代と比べると体が大きい。

 アトレビドの方はヨークシャー種の豚の亜人であった。

 フエルテはビクビクしており、子供たちと目を合わせようとしなかった。

 逆にアトレビドは子供たちに敵意の視線を浴びせていた。


「フエルテさんはシンセロ司祭、アトレビドさんはロサ司祭に預けられております。

 みなさん、仲良くするように」


 子供たちは元気よく返事をした。

 その一方で転入してきた二人は怯えとも怒りともわからぬ感情に包まれていた。

 この時期での転入生はほとんどわけありである。本山以外に人間と亜人の混血児が生まれる場合があった。


 それらの子は例外なくいじめの対象である。村人は純血を重視し、混血を忌み嫌っている。

 この二人は村人たちから虐待されてきたのだろう。基本的に他所の人間が信用できないのだ。

 ちなみにホビアルたちは転入一週間前にフエルテたちのような境遇の子を説明してある。


 それをネタにいじめをしたりすれば、将来自分たちも誰かにいじめられると教えたのだ。

 その際にいじめを楽しんだために破滅した司祭の話もしている。

 弱い者いじめを楽しみすぎたために、司祭の危機を誰も助けてもらえず自滅したのだ。

 それ故にホビアルたちはフエルテたちの過去は聞かない。向こうから話しかけるまで知ることはない。


「では授業を始めます。みなさん準備をしてください」


 こうして授業が始まった。といっても教室に閉じこもらず、外に出ての社会見学だ。

 様々な司祭たちの仕事を見物し、実践する。

 そして社会の仕組みを幼少時から学ばせるのである。


 すでに子供たちは文字の読み書き、計算の仕方などを理解していた。

 おそらく寒村の村長より賢いと言えるだろう。

 オリヘンを先頭に騎士が三名護衛についていた。


 町は石造りの建物がほとんどだ。ほぼ二階建てが多い。

 町道は石畳で、排水路もばっちり設置されてある。街灯もまんべんなく配置されていた。

 道には鉄の線路が敷かれており、トロッコが行き来していた。商会の荷物を運搬するためである。

 これは馬車をなるべく入れない方針である。家畜の糞をばらまかないためだ。


 もちろん回収人を雇えば馬車は入れるようになっている。

 近く小型の蒸気機関車を採用し、大きな荷物の運搬を始めるという。


「初めまして! フエルテにアトレビド。自分はホビアル!」


 ホビアルは手を差し出した。フエルテはびくびくしながら握手をした。

 だがアトレビドは差し出さなかった。逆にホビアルをにらみつける。

 もっともホビアルは気にする様子はなく話しかける。


「フエルテは身体が大きいね。もう熊さんみたいです。

 アトレビドはふっくらして柔らかそうです。もみもみしたくなります」


 ホビアルはしつこかった。フエルテの身体を撫でまわす。

 フエルテは困惑しており、振り払うことはできなかった。

 それを隣にいたアモルが咎める。


「ホビアルさんおやめなさい。フエルテさんが困っているでしょう?」


 アモルは一〇歳になってさらに女性らしくなった。髪の毛は女性のように艶やかな色である。

 肌は真っ白で陶磁器のように美しかった。

 ホビアルの肩にのせた手はしなやかな細工に見えた。


「? ああ、ごめんなさい。アモルに断りもなく触るなんて。

 じゃあ、アモル。フエルテを触っていい?」


「断ってもだめです」


 アモルはきっぱりと断った。


「うーん。じゃあグラモロソ……」


 ホビアルはグラモロソに振り向く。彼女の胸は同年代と比べると豊満であった。


「わたしくもだめですわ。大体人を撫でまわすなんて失礼ですわよ」


 グラモロソに先手を打たれ、ホビアルはしょんぼりした。


「残念です。アトレビドの胸はとっても柔らかそうで揉みごたえがありそうなのに」


「それならわたしくのを揉んでも結構ですわよ。

 同性に揉まれても平気ですしね」


 だが間髪入れずホビアルは断った。


「いらない。同性の胸は揉んではいけないとお姉ちゃんに言われたから」


「お姉ちゃん? ああ、イエロさんの事ですね。というか異性なら揉んでいいと思っているのですか?」


 アモルが訊ねる。


「うん。女性の人は胸を揉まれるのが嫌だって教えられたの。

 特にグラモロソみたいなおばけおっぱいは絶対揉んじゃダメってきつく叱られたから」


「人のことをおばけおっぱい呼ばわりされるいわれはありませんわ!!」


 グラモロソが激高する。その様子をサビオはくすくす笑っていた。


「子供の頃はよくところ構わず揉んでいたからね。自制心が成長した証拠だよ」


「かといって男性の胸を揉んでいい理由には、あぁん♪」


 アモルが注意すると、甘い声を上げた。ホビアルがアモルの後ろに回り、胸を鷲掴みにしたからだ。


「ひゃあ、アモルのおっぱいは固いな~。大胸筋ていったっけ?

 さっきのフエルテほどじゃないけど、鍛えられたおっぱいは芸術品だよね~」


 ホビアルは執拗にアモルの大胸筋を揉みまくった。

 ホビアルの手は万力のように固く、なかなか離れない。


「―――いい加減にしてください!!」


 アモルはホビアルを投げ飛ばした。まるで子供がぬいぐるみを投げ飛ばす如くだ。

 ホビアルは近くにある家の壁に叩き付けられる。ひびが入った。

 ホビアルはべりっと剥がれ落ちた。そして頭をさする。


「イタタ……。アモルの投げっぷりは最高だね」


 ぱんぱんと埃を落として立ち上がる。アモルは青ざめてしまい、謝罪した。


「ごめんなさい!! つい投げ飛ばしちゃって!!」


「いいじゃない。この子があれくらいじゃ死なないわよ。むしろ壁を壊されたこの家の主がかわいそうだわ」


 頭を下げるアモルに対し、グラモロソは面白くもなさそうにつぶやく。

 後日アモルの父親であるシンセロが謝罪し、弁償することになった。


「あまり人を投げ飛ばしてはいけないよ」と優しく諭したという。


 ☆


 ホビアルたちの社会見学は昼まで続いた。

 昼食は繁華街にある食堂ですることになった。

 出されたメニューはヤギウシのシチューに、魚のフライ。山盛りのパンに野菜サラダが大盛であった。

 ヤギウシとは牛のように巨大なヤギのことだ。牛みたいに胃袋は四つもない。


 乳が出なくなったら潰してしまうのだ。その後ヤギウシの乳で臭みを取るのである。

 発酵し、チーズになるまで浸けるのだ。そのチーズはイノブタの餌に混ぜて使われる。

 ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモを入れ、小麦粉とヤギウシの乳を混ぜれば完成だ。

 肉は柔らかくなり、おいしくいただける。


 魚のフライはブラックバスやブルーギル、コイやアメリカザリガニなどである。

 こちらはきちんと下処理を済ませ臭みは取ってある。特にコイやザリガニなどは清水で泥抜きをしていた。

 それらを味の濃いソースやタルタルソースなどをつけて食べるのである。


「これらは外来種と呼ばれたものです。二百数年前にはいなかったものですよ」


 オリヘンが説明した。


「外来種ってなんですか?」


 ホビアルがパンをもぐもぐ食べながら質問する。それをサビオが答えた。


「元は別の場所に住んでいた生物が、違う場所に住み着いたことだね。

 それは飼い主が放置したり、逃亡したりして増えちゃったりするんだ。

 その後元ある在来種を脅かすのが問題になったという話だよ。

 ちなみにアメリカザリガニとはアメリカに住んでいたという意味だね」


「はい。サビオさんの言う通りです。もっとも二百年前にキノコ戦争グレート・マッシュルーム・ウォーのためにこの地は荒廃しました。

 その後ある事情でたくさんの生物がこの地に入ってきたのです。

 その理由は二年後、みなさんが中等部に上がったときに教えますね」


 オリヘンの説明が終わるとみんな食事に戻った。

 護衛の騎士は交代の時間になり、入れ替わった。


「おいおいおい!! なんでバケモノ共の餓鬼がこんなところで飯を食ってるんだよ!!」


 突然粗暴な声が上がった。見ると中年男性がホビアルたちを見て怒鳴り始めたのだ。

 禿げ頭で豚のように太っている。顔つきは険悪で人を不快にさせるものがあった。


「ここは人間様が食事をする場所だ。お前らみたいなバケモノがいていい場所じゃないんだよ!!

 お前らなんか豚の餌で十分だ!! さっさと家畜小屋に戻れよ!!」


 男は子供たちに罵声を浴びせる。すると他からも男に同調する者が現れた。


「そうだそうだ。お前らは人とバケモノがセックスして生まれた悪魔だ。死ねよ!!」


「お前らみたいな混じり物が息を吸うのすら許されないんだよ!! 消えろよ!!」


 相手はほとんど人間だ。彼らは子供たちに悪意の視線を向ける。

 騎士たちは憤慨し、罵声をやめさせようとした。


「なんだとぁ!! 俺たちは人間の代表としてこいつらを罵声してあげているんだぞぉ?

 感謝されても非難される筋合いはない!!」


「そうだそうだ。お前らはバケモノを飼育して実験動物にしているんだろう?

 おれたちはみんな知っているんだよ!!」


「こいつらバケモノが俺たちの税金でヌクヌク暮らしているのが気に喰わねぇ!! 死ね! 死んじまえよ!!」


 男たちの罵りは続く。子供たちはすっかり怯えており、泣き出す子も出てきた。

 周辺の人間たちは誰も助けない。みんな恐れているのだ。

 そんな中ホビアルが前に出た。


「あなたたち! いい大人が子供を相手に大人げないです!!」


 ホビアルが声を上げると大人たちは顔を真っ赤にした。子供に注意された屈辱で怒っているのだ。


「んだとぉ? てめぇ!! 俺たちは偉いんだ、偉いからお前らに罵声を浴びせてもいいんだよ!!」


 はげた男が酒瓶を手にホビアルの頭上に振り下ろした。

 パリンと割れたが、ホビアルの頭部はなんともなかったのだ。

 それを見た男たちはさらに激高した。怒りに燃え、ホビアルを袋叩きにし始めたのだ。


「死ね死ね!! バケモノの餓鬼を殺しても俺たちは無罪なんだよ!!」


「そうだそうだ。無抵抗の子供を蹴り殺してもおとがめなしなんて最高だぜ!!」


「くぅ~~~、弱い者いじめはすかっとする~~~!!」


 男たちはよってたかってホビアルを蹴りまくった。

 フエルテはすっかり怯えているが、サビオやアモル、グラモロソは平然としている。


「馬鹿な大人たちだな。ホビアルを蹴るなんて愚行だね」


「きっとこの人たちは大けがをします。早く医者を呼ばないと」


「医者の前に騎士団が来るでしょうね。子供を暴行しているのだから」


 彼らは全く動じてなかった。ホビアルが暴力の渦に飲み込まれたのに平然としている。


「ひぎゃあ!!」


 男たちは悲鳴を上げた。すると蹴った部分の足が蒼くなっている。

 全員足を骨折したのだ。


「足が、足がぁぁぁ!!」


「なんで、なんでぇぇぇ!!」


「痛い、痛いよぉぉぉ、なぜだぁぁぁ!!」


 男たちはみっともなく悲鳴を上げた。そうこうしているうちに騎士たちが集まってきた。

 衛生兵が彼らに簡易的な治療を始める。そして全員馬車に搬送されていった。


「あの男たちはそのまま裁判にかけられるでしょう。

 無辜の子供に罵声を浴びせた上に子供を暴行したのです。

 おそらくはナトゥラレサ大陸か、オラクロ半島に奴隷として連れていかれるでしょう」


 オリヘンが子供たちに説明した。

 ちなみに彼らは本山でも鼻つまみものであった。司祭にもなれず、社会の底辺として暮らしている連中だ。

 自分たちの境遇を教団のせいにし、毎日酒を飲んでは教団が悪い、司祭が悪いと周りにまき散らすのである。


 もちろん子供たちに罵声を浴びせてよい法律などない。彼らは勝手に法律を作り、都合よく解釈するのだ。


「彼らは本来心の弱い人種なのです。それ故に自分より弱い対象を攻撃することによって優越感に浸るのです。

 ある意味彼らも犠牲者なのですよ」


 サビオが答えた。彼らは労働の義務を放棄し、子供を攻撃しては楽しんでいた。

 それ故に教団は一斉検挙の機会をうかがっていたのだが、それがこの日になったのである。


「ふぅ、やっと静かになりました」


 ホビアルは立ち上がった。埃まみれだが無傷である。

 子供たちはわっと駆け寄り称賛の声をかけるのであった。


 ☆


 ぱちんと乾いた音が響く。それはサビオの父親、セバスチャンの屋敷の居間で行われた。

 肌が鉄のように黒い女性がホビアルの頬を平手打ちしたのである。

 ホビアルは叩かれた頬に手を当てた。うっすらと目に涙が浮かぶ。


「あなたがどれだけ無茶なことをしたのか、自覚はあるのですか?」


 平手打ちしたのはイエロだ。ホビアルの叔母に当たる。まるで黄金分割のように美しい体型であった。

 今年で一八歳を迎えており、大人の女性に一歩近づいている。

 アイアンメイデンという特殊な種族で、表情は鉄のように固い。

 だが怒っていることはわかる。


「だって私は固いんだもん。あんな悪口ばかり言ってる大人の蹴りなんか平気だもん」


 言い訳をするホビアルに再び平手打ちを喰らわせた。

 大人に蹴られても平気の平左だったホビアルだが、涙がつーっと流れた。


「結果論などいりません。確かにあなたの体質なら常人の蹴りなど平気でしょう。

 ですが残された方の気持ちを考えたことはありますか?

 もし相手が刃物や鈍器を持っていたらどうなるか想像できなかったのですか?」


 ホビアルは人間だ。イエロと違い、肌が鉄になることはない。

 だが彼女の体質はイエロほどでないが硬質化している。壁に衝突しても、二階から落下しても平気だ。

 ただし刃物や鈍器でやられたらひとたまりもない。イエロはそれを言っているのだ。


「あの、僕はホビアルを信じていたよ。あんな奴らにホビアルが傷つけられるわけがないと……」


 そばにはサビオもいた。ちなみに当主のセバスチャンとベルもいる。


「サビオ様。次期当主であるあなた様がそんな調子では、いつの日かホビアルを殺してしまうでしょう」


 イエロはばっさりと切り捨てた。サビオが信頼するのは勝手だが、それを過信するのは危険だ。


「ホビアル。あなたがみんなを守るために動いたことは認めます。

 ですが暴力をすべて受け入れるのは範囲外です。騎士たちは応援を呼んだのでしょう?

 それまで待てなかったのですか? あなたはただ自分の力を誇示したかっただけです。

 相手を挑発してケガをさせるように仕向けたのです。

 あなたは自分の力を利用したのです!!」


 イエロの言葉は正論であった。ホビアルは相手を挑発し、暴行させるように仕向けた。

 結果として彼らは大けがをした。その様子を見てホビアルは会心の笑みを浮かべたのである。


「うぅ、うわ~~~ん!!」


 ホビアルは泣き出し、部屋を飛び出した。

 サビオは追いかけていく。セバスチャンとベルは何も言わない。子供のしつけはイエロに任せているからだ。

 ホビアルは庭の隅で泣いていた。いつものようにふてぶてしい態度の彼女とは違っている。

 そこにサビオが優しく声をかけた。


「ホビアル。イエロさんは君のことを想っているんだよ。

 それに僕も悪かった。君の力を過剰に信頼しすぎていたんだ。

 これは僕にも責任がある。一緒に謝ろう」


 ぐすぐすと泣きじゃくるホビアルを連れ、屋敷に戻った。

 居間にはもういない。イエロの部屋に入ったがいない。

 ふと違和感を感じた。部屋が妙に整理されているのだ。

 ベッドの上には一通の手紙が置かれてあった。それはホビアル宛であった。

 ホビアルは封をかけて、中身を取り出し読んだ。


『ホビアルへ。

 もう私はこの屋敷に戻りません。あなたとは他人です。

 私のことはもう死んだものと思って忘れてください。さようなら』


 手紙の内容はこれだけであった。ホビアルは屋敷を飛び出した。


「おねえちゃ~~~~ん!!」


 ホビアルは叫んだ。泣きながら叫んだ。だが返事はなかった。


「わっ、私が悪い子だからなの!?

 悪い子だからおねえちゃんはいなくなったの!?」


 ホビアルは膝を地面につけ、泣いた。夜空には彼女の泣き声だけが木霊した。

 それに応える声はなかった。

 サビオは駆け寄ろうとしたが、セバスチャンとベルに止められた。

 サビオも涙がこぼれた。生まれたときから一緒に育った姉が消えたのだ。


「誰のせいでもない」


 ベルがつぶやいた。


「出ていったのはイエロの意思だ。誰のせいでもない。

 いつかホビアルもわかるだろうさ」


 そうベルはサビオの肩を優しく乗せるのであった。

 後に残るのはホビアルの泣き声だけのみである。

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