ホビアル、六歳ッス
「みなさーん、今日から担当教師になるオリヘンです。
チンパンジーの亜人です~」
チンパンジーの亜人だ。
全身の毛が黒く、顎の毛衣は白い。白衣を着て眼鏡をかけた女性だ。
ちなみに白衣の下は皮のビキニだ。亜人系の女性は毛に覆われていることが多く、ビキニを着ている。
もっとも全身に覆われた毛はまるで衣服のように滑らかであり、ぴっちりしたスーツを着ているようだ。
男性はローブを着ているが、通気性の良い素材を使用しており、真夏でも快適に過ごせる仕組みだ。
オリヘンの目の前には机が十脚並んでおり、十名の子供が座っている。
人間の他に動物や花などの亜人が並んでいたのだ。
子供たちははーいと元気よく手を上げた。
ここはフエゴ教団本山にある学校である。赤いレンガ造りで二階建てだ。周囲は森に囲まれている。
満六歳の子供はこれから六年間、同年代とともに過ごしていくのである。
一年生から六年生と分かれている。一学年に一クラスしかない。
今、この教室では今年度の新入生たちが集められているのだ。
「みなさんは六歳です。今日からこの学校で躾と勉強を習っていただきます。
みなさんは初めてお父さんお母さんと離れてもらいます」
「ではみなさんは右から一人ずつ自分の名前と種族を教えてください」
オリヘンに言われて子供たちは一人ずつ立ち上がって自己紹介を始めた。
まず可愛らしい人間の子が立ち上がる。
「アモルです。種族は人間です。男です」
アモルが自己紹介した後、男と名乗った。
「グラモロソです。種族はシクラメンです」
「ラタジュニアです。種族はカピバラです」
次々と自己紹介が終わると、残りは二名になった。
「サビオです。種族は人間です」
サビオはもじもじしており、視線が定まっていない。
「ホビアルです。種族は人間です」
こうして自己紹介は終わった。
さてオリヘンは教団の上にガラスケースを三箱並べた。
それは水槽でウシガエルが一匹ずつ入れられている。
「さてみなさんにはこのカエルの飼育をしていただきます。
まず右のカエルは二週間後には三メートルほど高く飛ぶことになります。
真ん中のカエルは翼が生えて、自由に空を飛ぶことになります。
最後に左のカエルはお腹をモモンガのように広げて飛ぶことになります。
詳しい飼育方法は私が教えますので、がんばってくださいね」
子供たちは元気よく返事をしたが、ホビアルだけ疑問を発した。
「先生~。どうしてウソをつくの? ウシガエルは高く飛んだり、空は飛べないのよ?」
ホビアルは外で遊ぶのが大好きだ。それ故に生き物をよく相手にしている。
それなのに大人がなんでうそをつくのか理解できなかった。
オリヘンはにっこりと笑い、優しく説明した。
「ホビアルさん。確かにあなたの言う通りです。
ですがこのカエルは新種なのです。私の故郷ナトゥラレサ大陸で発見されたのです。
このカエルはウシガエルそっくりですが、成長すると先ほど言った通りことをします。
みなさんには見たことのない生き物の飼育をして勉強してほしかったのです」
それで説明が終わった。ホビアルも新種ということで納得する。
「ところで先生に対して質問はありますか?」
「はーい。先生の着ている服は黒くてぴちぴちしてますけど、どこで売っているんですか~?」
再びホビアルが質問した。オリヘンは困った顔になる。
「黒い毛は自前です。人前に出るときはきちんと手入れをしてますよ。毛の手入れはおしゃれの基本ですから」
「うん! なんかエッチっぽいです。ベルさんもぬめぬめの肌だけどとてもきれいです!!」
ベルはサビオの母親でデンキウナギの亜人だ。だが質問の方向がずれているので修正にかかる。
「ホビアルさん。あまりエッチなことは言ってはいけませんよ。大人になったらひどい目に遭いますからね」
こうして自己紹介は終わり、みんな帰りを待つ両親の元へ向かうのであった。
☆
「ねえアモルちゃんだったよね? どうして女の子みたいなの?」
ホビアルがアモルに質問した。アモルはあからさまにしかめ面になる。
「ボクは男なの。女の子じゃないもん!!」
アモルはほっぺを膨らませてぷりぷり怒りながら両親の元へ走っていった。
人間の父親とゴリラの母親で父親の方に抱きつく。
父親の方は中性的で女性と勘違いしてしまいそうであった。
「はっはっは。ホビアル。あまりストレートな物言いは控えた方がよいぞ。
世間の海原は攻めるだけでは溺死してしまうからな」
ホビアルを注意したのはコマカネズミの亜人であった。
彼の名前はラタといい、ホビアルの伯父に当たる男性である。
背が低く、六歳児のホビアルと同じ目線であった。
かつては行商人だったが三年前にフエゴ教団本山で店を出した。最近は店が大きくなりつつあった。
「ラタおじさん、こんにちはです」
ホビアルは丁寧にあいさつした。ニコニコ顔のラタ。
「はっはっは、ホビアルは礼儀正しいな。それに人懐っこくていい。
お前も見習ったらどうだ?」
そういってラタは息子のラタジュニアに水を向けた。
だが彼はちらっと見ただけでそのままそっぽを向く。猫の母親の足に抱きついてしまった。
近くにちっちゃな猫の亜人がいた。たぶんラタジュニアの妹だろう。
「うむ。あいつは人見知りで困ったものだ。まあ、成長すれば治るだろう。
ホビアル、あの子を頼んだぞ。来年になればイデアルが入学するからね」
イデアルは今いる猫の亜人の事だ。
もちろんホビアルは元気な返事をした。
その間にサビオはキョロキョロしていた。母親のベルを探しているのである。
「そういえばイエロは来てないのかな?」
ラタが訊ねると、ホビアルは沈んだ顔になった。
「……うん。おねえちゃん来てくれなかったの」
「うーむ。あの子の考えていることはわからんなぁ」
伯父は悩むのであった。彼は三年前に行商人時代で稼いだ金で本山に店を出したのは前記の通りだ。
その五年前にラタは一度ホビアルとイエロに出会っている。
自分の生まれ故郷はフエゴ教団に管理されているからだ。
保護された子供たちが成人になり、改めて家の跡を継ぐことになっている。
ちなみにホビアルを除いた子供たちは別の学校に通っていた。
各部族の村長たちの子息たちが通う学校があるのだ。そちらにみんな行っていた。
「イエロは学校に通うことも拒否していたからなぁ。私に対しても他人行儀だし、
いったい何を考えているのかさっぱりわからんよ」
ラタは頭を悩ませていた。姪を気にかけてはいるのだが、本人はそれを拒否しているのだ。
ちなみに学校も本人の意思で通っていない。
代わりに料理人や商人などと交流しており、同年代の子供と比べるとかなり賢くなっている。
特に料理にこだわっており、海上での栄養の取り方を勉強していた。
「代わりにホビアル。お前を可愛がってやるからな。
息子とサビオも仲良くやってもらいたいものだな」
そういってラタはホビアルとサビオを連れていく。
自宅へ招き食事をしに行くことになった。イエロはやっぱり来なかった。
☆
「みなさ~ん。あれから二週間が過ぎました~。
いよいよカエルさんが成長する日ですよ~」
オリヘンが元気な声を上げる。子供たちもよい返事だ。
あれから二週間が過ぎた。文字の読み書きに、数字の数え方を習った。
町に出て、いろんな職業を見物したりしていた。
特に道徳の時間に力を入れていた。規則を守ることがどれだけ大切かを優しくそして強めに教えたのである。
さてオリヘンは水槽を一箱取り出した。それは水槽でウシガエルが一匹いた。
「ではこのカエルさんは三メートル、教室の天井ぎりぎり、ジャンプします。
さあ見てくださいね~」
オリヘンがカエルをつついた。するとカエルはぴょんと跳ねた。
水槽を飛び出し、天井すれすれを飛んでいた。
最後に教室の反対側にカエルは跳んだのである。子供たちは拍手をした。
「は~い。きちんと飛びましたね。
次のカエルさんは空を飛べるかどうか試してみましょうね~」
オリヘンはもう一箱水槽を置いた。だがカエルには翼は生えていなかった。
「残念~。このカエルさんは翼が生えませんでした~。
おそらく時期を間違えたのかもしれません~」
オリヘンは残念そうであった。
「そうかなぁ? カエルに翼なんか生えないと思うけどなぁ?」
「あたしは全然思わなかったよ。だってカエルさんに翼が生えるなんて思いつかないもん」
子供たちは口々に答えた。オリヘンは構わず続ける。
「では最後のカエルさんですよ~。このカエルさんはムササビのようにお腹の皮を利用して空を飛ぶんです~」
オリヘンはカエルをつついた。すると最初のカエルと同じように高く跳んだ。
次にカエルは腹の皮を利用し、滑空した。
最初のカエルと違い、教室の反対側の壁にべったりと張り付く。
子供たちは再び拍手をした。
「わーい、すごいや。カエルさんがあんなに高く跳ぶなんてすごいや」
「二番目のカエルは翼が生えなかったけどね」
「でも最後のカエルはムササビみたいに空を飛んだよ。動物園で見たことあるもん」
するとオリヘンはパンパンと手を叩いた。そしてみんなを静かにさせる。
「実はみなさんにはある実験に付き合ってもらいました。
それは神応石というものです。
みなさんの目の前にいるウシガエル三匹に埋め込んでいたのです。
そのおかげでカエルさんたちは私が教えたような性質になったのです」
オリヘンが説明したが、みんなわかっていなかった。きょとんとした顔になっている。
「そもそも神応石とは何か? 結論から言えば人間の脳から摂れたものです。
それも極東にある日本や、インドという国の人からしか摂れませんでした。
彼らは多神教といって複数の神様を信仰しておりました。
特に日本では武器や船を人に見立てて愛でていたのです。
ですが他の国では許されませんでした。一神教といい、神は一人だけなのです。
神応石は多神教の人々からもたらされたものなのです」
「せんせい~。しんおうせきは人の脳からとれたといったけど、どうやってとったのですか?」
サビオが手を上げて質問した。普段はアナウサギのような臆病者だが知的好奇心は人一倍あるのだ。
「もちろんその人の死後です。ですが遥か昔だと生きたまま取り出すというおぞましい実験があったとされます。
それはみなさんが成長してから学びましょう。
神応石は精神に反応する石です。砂粒ほどの大きさですが、本人や周囲の人間にも左右されます。
ウシガエルにそれを埋めたから高く跳んだりできたのです」
するとホビアルが元気良く手を上げた。
「それはへんです。だって先生は前にしんしゅとかいってたです。あれはウソだったですか?」
「はい、ホビアルさんは正解です。あなたは何も間違っておりません。
私は新種と偽り、嘘を教えたのは神応石の力を実際に見てほしかったからです。
まず最初のカエルさんは普通に高く跳べると教えました。これは通常のカエルさんの特性の延長なので想像は簡単だったでしょう。
ですが次のカエルさんは翼を生やして空を飛ぶことはできませんでした。これはみなさんがカエルさんの背に翼が生えるイメージがわかなかったためです。
最後のカエルさんは微妙でしたが成功と言えます。私はみなさんも知っているムササビさんを礼に例えました。
そのおかげでみなさんはカエルさんがムササビさんと同じような飛び方をすると想像できたのです。
これが神応石の力です。自分自身だけでなく周囲の人間の精神にも左右されるのが神応石なのです」
「あれ~。ホビアルは信じてなかったです。それでもカエルさんは高く跳んだり、ムササビさんみたいに飛んだです。
これってどういうことですか?」
再びホビアルが質問した。自分一人だけ信じないとか空気が読めない所業だが、オリヘンは笑顔を崩さない。
「それも含めた実験です。中にはホビアルさんのようにカエルさんが高く跳んだりしないと思っている人はいるでしょう。
ですがひょっとしたらと心の中で思わなかったですか。もしかしたら飛ぶかと思いませんでしたか?」
オリヘンの問いにホビアルはこくんと頭を縦に振った。口では否定しても心の中ではありえるかもと思ったのだろう。
他の子供たちも同じ意見のようだ。
「これが神応石の恐ろしさでもあります。例え本人が望まなくても他者の精神が自分の体質に影響をもたらすのですから。
カエルさんにとってはいい迷惑でしょう。いつも以上に高く跳んだり、ムササビさんみたいに飛んだりすることは望んでいないはずです。
みなさんに教えたかったのは神応石の性質とその危険性です。
みなさんが十歳になったとき、額に神応石を埋めてもらいます。これは特殊な道具を使うので痛いのは一瞬だけです。
その間に心身ともに教育し、神応石を使うのにふさわしい人になってもらいます。
では、授業を再開しますね」
こうして授業は再開した。ホビアルをはじめとした子供たちはちんぷんかんぷんであった。
そんな中でサビオだけ目を輝かせていたのだ。
今回は神応石について詳しく書きました。
マッスル~から名前だけ出てきたラタも登場しました。
まさかホビアルの伯父になるとは夢にも思いませんでしたね。
これも小説ならではのライブ感でしょうな。
ちなみにアイアンメイデンとネズミの関係は絵図百鬼夜行の鉄鼠から取りました。