ホビアル、四歳ッス
「わーい♪」
子供たちが遊んでいた。広い原っぱに滑り台やブランコ、シーソーなどの遊具が設置されている。
砂場で山を作って遊ぶ子や、先ほどの子供たちのように鬼ごっこをして遊んでいる者もいた。
二歳から五歳ほどの子供たちは六人ほどいる。
人間の子供もいれば、犬やウナギの亜人の子供がいた。
人間の子供が二人で、犬が一人でウナギが三人だ。
その様子をエプロンを身に付け頭にカチューシャを付けた十代前半の娘が見ていた。
その表情は鉄のように固かった。いや、肌が鉄のようにうっすらと黒くなっている。
瞼は閉じず、水晶玉のように固そうな瞳であった。
まるで鉄の像みたいにピクリとも動かない。人形と間違えそうだ。
だが彼女は生きている存在である。
「お待ちなさい。砂は食べ物ではありません」
砂場で子供が砂を食べようとしたので注意した。このように彼女は見張っているのである。
「やあ、イエロ。子供たちの世話をまかせてすまないね」
後ろから声をかけたのは、デンキウナギの亜人、ベルであった。
それは全身はほぼ灰褐色で白っぽいまだら模様がある肌を持つ女であった。
髪の毛はなく、つるんとしていた。
女とわかるのは胸元と恥部を隠すビキニアーマーのみを身に付けていたためである。
臀部には尻尾があり、長い。
「いえ。仕事ですから」
イエロと呼ばれた少女は答えた。素っ気なく見えるがそれは彼女の性質なので仕方がない。
代わりに手を大きく振り、そんなことはないとジェスチャーで伝えている。
感情の起伏がないため、手ぶりで教える必要があるのだ。
「仕事ねぇ……。その手の奴は信者見習いの子にやらせるんだがねぇ」
ベルは頭を掻いた。
ここはベルの夫であり、司祭であるセバスチャンの屋敷だ。
子供たちの遊び場も敷地内にある。
「おーいガキども。もうすぐお昼だぞ。早く身体を洗って食堂に行くんだ!!」
ベルが叫ぶ。子供たちはわらわらと食堂へ向かった。
その内一人の人間の女の子が遅れてくる。その手には同年代の人間の男の子を繋いでいた。
「ホビアル。サビオをよろしくな」
「うん!!」
ベルが声をかけると、ホビアルは元気よく答えた。
「じゃあ、いこうね」
「う、うん……」
サビオはベルをちらちら見ていた。あまり活発的とは言えない性格なのだろう。
「まっ、ママは……?」
「あたいもすぐにいくよ。あんたはホビアルと一緒に体を洗うんだ。
今日のお昼はタコとアボガドのパスタだよ」
そういってサビオをせかした。ホビアルに引っ張られ屋敷へ向かっていく。
その様子をベルは眺めていた。
「ふぅ。サビオは大人しすぎるな。ホビアルが引っ張ってくれるから安心はできるが」
「ですが必ずホビアルが一緒になれるとは思えません。
今のうちにサビオ様を躾けるのが大事だと思います。
そもそもサビオ様はホビアルとしか遊ばないのは問題です」
「サビオ様ねぇ。あんたは使用人じゃないんだ。家族なんだよ。
もう四年も過ぎているんだ。いつまでも他人行儀はどうかと思うがね。
ホビアルはもう家族の一員なんだぞ」
「私はあくまで使用人としてこの屋敷におります。
ホビアルだけ家族として扱ってください。
私は後六年も経てばここを出ていきますので」
「まったく頑固だねぇ。鉄なだけに頑なだよ」
「私はアイアンメイデンという種族ですから」
「それはそうとお前の尻を触らせてくれないか?
相変わらずいいお尻をしているじゃないか」
ベルが舌なめずりしながら訊ねた。
イエロはエプロン以外に革製のビキニしか着ていない。
それは熱がこもりやすいのである。なぜなら肌は鉄なので皮膚呼吸がしにくいのだ。
もっとも毛の覆われた動物と違い、一切できないわけではないらしい。
イエロの臀部は小ぶりで引き締まったように見えた。
皮のパンツから割れ目が見えそうな感じである。
「だめです。使用人にセクハラはしてはいけないと法律にあります」
実際にフエゴ教団の使用人に対する法律に存在する。
この場合は本人の同意があれば問題はないが、イエロは完全に拒否していた。
「いいじゃんか。代わりにあたいの尻をなでてもいいぞ。
それとおっぱいも揉んでもいい」
ベルは両手で自分の乳房を持ち上げた。ぬるぬるとしているが水蜜桃のようなみずみずしさがある。
イエロはチッと舌打ちしたが、ベルは聞こえないふりをした。
「お断りします。それは旦那様にしてあげてください。では」
話は終わりだとイエロは背を向け、屋敷へ戻っていった。
後に残るはベルだけである。
「ケチだなぁ。旦那も一緒に頼めば揉ませてくれかなぁ」
おそらく激しく拒絶されるであろう案を浮かべるのであった。
☆
「イエロの態度はまだ固いのだな」
屋敷の応接間でセバスチャンはソファーに座っていた。セバスチャンはグレート・ピレニーズの亜人である。
その向かいにベルが座っている。間にあるテーブルにはコーヒーカップがふたつにクッキーとチョコを乗せた皿が置いてあった。
「ああ、あいつは最初から拒絶しているよ。それにホビアルに関しても他人行儀だ。
あれほどの頑固さはまれにみるな」
「うむ。仕方がないな。しばらくは様子を見るとしよう」
セバスチャンは首を振る。イエロとは家族として接したいのだが、肝心の相手は頑なだ。
そこにドアが開く。それは二十代前半の人間の男だ。その手には一つの機械があった。
「兄さ、いや、セバスチャン司祭様。新しくできた電気掃除機の件ですが……」
「よい、ラッシー。この家では私らは兄弟。兄さんでいいではないか。
それにお前も司祭なのだから、へりくだる必要はないぞ」
「それもそうですが、外に出てうっかりでるかもしれません。
一応けじめはつけないといけないです」
セバスチャンは唸ってしまった。彼は弟のラッシーだ。ちなみに結婚している。
ヤツメウナギの亜人で、ベルの妹だ。
この一家は電化製品を製造する役目を預かっている。
家族構成はセバスチャンとベルで、サビオと犬とウナギの双子がいる。
ラッシーは妻との間にウナギの子供が二人いるのだ。
そこにホビアルが混ざって六人いるのである。
ちなみにセバスチャンの父親は存命だ。人間の男性で犬の亜人と結婚している。
ベルの家族は発電に関する一族であり、そちらは兄が跡を継いでいる。ちなみに人間だ。
彼らはミックスと呼ばれていた。これはフエゴ教団の一環である。
百年前、箱舟の使者たちは変わり果てた大地を目にする羽目になった。
人間は辛うじて生きていたが文化を忘れており、原始人に近かったのだ。
亜人との出会いは驚愕したものの、必要最低限の文明を維持しており、むしろ彼らとの対話は人間よりたやすかった。
箱舟の使者たちはまずはイベリア半島とイタリア半島、アフリカを調査した。
どちらも荒廃しており、前記のような状態であった。
そこで箱舟の使者は彼らに文化を教えることにした。だが理路整然と教えても意味がない。
彼らは理屈よりも風習を重視するようになっていたのだ。
科学的根拠よりも、村の風習を重要視するようになってしまったのである。
それなら宗教として教えることにしたのだ。神の教えだから従えと。
例えば手洗いを教えるとする。神、フエゴ神としよう、神は穢れた手を嫌う。
外からは穢れがそこら中に散らばっているのだ。それらを洗い流すために必要なのだと。
実際は、手洗いが必要なのは目に見えない細菌などを洗い流すのに必要なのである。
だが集落によっては身体を洗うことを禁忌だと思っているところもあるのだ。
うがいや歯磨きすらも忌み嫌う人間もいた。
そんな彼らに神の教えと称して衛生管理を続けたのである。
現在では病気による死者は格段に減っている。
☆
さて人間と亜人の関係だがこちらはちと複雑だ。
何しろ人間側は亜人に嫌悪感を抱いていたのである。答えは簡単だ、得体が知れないからだ。
もっとも亜人たちは亜人全書という本を人間に渡した。おかげで亜人たちの生態が理解できたのである。
だが理解できても見た目の異質さは拭いきれない。毛に覆われた人間、キノコの傘みたいな髪型をした人間。
好奇心を抱くのは何も知らない子供ぐらいであった。
その子供たちを利用して亜人と血を交える計画が立てられたのである。
大体五十年前からだ。その前は人間の村で同じ村同士の結婚を禁じ、管理していた時期である。
まず人間の子供と亜人の子供たちを同じ学校に通わせる。そして仲良くさせるのだ。
ちなみにどちら側も子だくさんの家庭で末っ子が選ばれた。いてもいなくてもいい存在を生贄にしたと言えよう。
成人になっても亜人に嫌悪感は抱かない。ある程度変わった体型としか思わないのである。
そして人間と亜人を結婚させ子供を作らせる。最低でも三人は必要だ。
さらに二世代目も異なる亜人や人間と結婚させるのである。
司祭になる試験も受けさせている。重要な役職についているものはいない。
最高位は教皇であり、その下が枢機卿だが全員人間だ。亜人も法律で数年後に入れる予定である。
セバスチャンたちは二世代目であった。他の人間や亜人たちはミックスと呼びいい感情を持っていない。
法律は平等であり、ミックスが特別差別されることはない。
だが差別したい人間は大勢いる。年に一度の法の改革もミックスを差別する法案が出されるが常に握りつぶされた。
サビオは三世代目である。だが世の中にはフエゴ教団以外に、異種族結婚をしている者がいる。
それらは差別され、虐待されていることが多い。そんな彼らを保護するのもミックスの仕事だ。
ホビアルとイエロは住んでいた村をビッグヘッドに滅ぼされた珍しいケースであった。
「旦那様。入ります」
ラッシーが出て行ったあと、イエロが入ってきた。
「おお、イエロか。お入り」
セバスチャンに促され、イエロは部屋に入る。
「旦那様。子供たちは全員昼寝部屋でお昼寝の最中でございます」
イエロはぺこりと頭を下げる。
「君が来てから四年も経つのか……。来た時と比べるとかなり見た目は変わったね」
セバスチャンが感慨深く答えた。
イエロは初潮を迎えてから肌の色が黒くなってきたのだ。
月の物はすべて皮膚に回っていき、今では鉄のような体になった。
アイアンメイデンとはそういう種族だという。
死後もその身体は腐らない。鉄のように手入れをすると何年も持つのである。
海水に浸かってもすぐにさびない。遺体ならひと月経たねばさびないのである。
「はい。旦那様には私とホビアルを拾っていただき感謝しております」
再び頭を下げるイエロ。相変わらず無表情だが、内心は感謝の意を示している。
「ところで君には夢があるのかな? だからこそ期限付きでこの家を出るつもりなのだろう」
「はい」
セバスチャンの問いに力強くきっぱりと答えた。
「幼少時の約束なのです。私が一八になったときその人の元へゆくのです」
「そうか」
セバスチャンは納得した。無理に止めるつもりはない。
「ホビアルのことは任せなさい。私たちが責任をもって育てるからね」
「ありがとうございます」
話はそれで終わりであった。イエロは部屋を出ていこうとした。
「おねーちゃん!!」
いきなり女の子がイエロの胸に抱きついてきた。まるで犬のような疾走感であった。
「ホビアル。昼寝はいいのかしら」
「うん!!」
ホビアルはイエロの胸をわしづかみにしている。胸をもみもみしていた。
「……ホビアル。私の胸を揉んでも面白くないでしょう? 離れなさい」
「やー」
ホビアルは首をぶんぶん横に振って拒絶する。
「おねーちゃんのおっぱいはとっても柔らかいんだもの。
まるでおかーさんみたいだもん!!」
そういってホビアルはイエロの胸の谷間に顔を押し付ける。
鉄のように固いはずだが、ホビアルにとっては柔らかく感じるらしい。
鉄面皮のイエロだがジェスチャーでやれやれとポーズを取った。
「おいおい、イエロ妬けちゃうね。ホビアル、あたいのおっぱいを揉んでもいいんだぜ?」
ベルは自分の胸を指さした。
「うーんと、だめなの!! ベルさんのおっぱいはサビオのものなの!!
だからサビオと一緒じゃないとだめなの!!」
ホビアルはイエロにしがみついたまま答える。
「おっと、ジョリーとプッチーを忘れちゃだめだぞ?」
ジョリーは犬で、プッチーはウナギである。
サビオの二歳年下の双子の妹たちだ。
「うぅ……。ごめんなさい。でも、わすれちゃったわけじゃないの。
サビオがさびしそうだったから、言っちゃったの」
するとベルはホビアルの頭をなでなでした。手の平だけはぬるぬるしないのだ。
「いじわるいってごめんな。でもホビアルがサビオの心配をしてくれるのはうれしいよ。
でもジョリーとプッチーも家族なんだからね。
もちろんホビアルも家族だよ」
「うん! おねーちゃんも一緒だもんね!」
ホビアルは満点の笑みを浮かべてイエロを見た。
イエロは無表情のままである。かすかに頭を縦に振っただけだ。
その場で否定しないのはホビアルのためである。自分のエゴをむき出しにしない。
ホビアルを傷つけないためである。
ベルは頭を掻いた。いつもの調子なので気にしてはいない。
「さあ、お昼寝に戻りなさい。私が連れて行ってあげましょう」
「うん!! みんなと一緒に絵本を読んで!!」
イエロはホビアルに抱きつかせたまま部屋を出た。
「ホビアルはいいけど、イエロがねぇ……。家族ってのは難しいな」
「私たちの両親もかなり苦労したと言います。
サビオやホビアルたちが幸せに暮らせるよう、私たちは骨を折らねばなりません」
そうセバスチャンとベルはしみじみと呟いたのであった。
「それとセバスチャン。あんたからも頼んでほしいんだよ。
イエロの尻を撫でさせてくれって」
「その内右手を手刀で切断されますよ。その時私はあなたを庇う気はありませんから」
妻のセクハラ発言は華麗に一刀両断するセバスチャンであった。