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ホビアル、いきなり十八歳ッス

「それではこれより司祭のスキル・ロッドの試験を行う!!」

 高い山に森に囲まれた広場で、中年男性の声が響いた。

 それは赤いローブを着ており、炎をあしらった紋章を付けていた。

 周りには若い男女がいる。人間だけでなく亜人も多い。ハロウィンの仮装をしているのかと思うくらいだ。


 ここはオルデン大陸に南方にあるフエゴ教団本山にほど近い場所である。

 中年男性は司祭で試験官であった。他の見物人は司祭の卵である。

 司祭と言っても聖職者のようにミサを執行し、洗礼の秘跡を与え、説教など教会の儀式や典礼をつかさどるわけではない。


 彼らは箱舟アークの子孫である。箱舟とは二百年前に地中海にある島で行われた実験場である。

 世界中の二十歳であらゆる人種が集められ、百年間経ったらどうなるかという実験だ。

 スーパーコンピューター、グランドマザーの指示の元、あらゆる天災から守る特殊ドームの中で生活するのだ。飲み水や食料などはきちんと自給自足できるよう計算されていたという。


 元は国際社会が差別無き平等な世界を築こうという建前だったが、誰もそんなことは信じていない。精々各国で政治や宗教に無関心な人間を追い払おうというハラだったのだ。

 さて実験を開始して数年後にキノコ戦争が起きてしまったのである。おかげで人類の大半は死滅し、文化は荒廃した。


 皮肉なことに生き残り、文化と科学を伝えたのが箱舟の子孫、フエゴ教団なのである。


「ではホビアル、前へ!!」


 試験官が声を上げた。しかし誰も返事をしない。はてな、ホビアルは遅刻をしたのだろうか?

 そう見物人たちがひそひそと話をしていると、空から何かが飛んできた。


 鳥か? 飛行機か(さすがに飛行機を作る技術はないが、存在だけは知っている)?

 いや、ビッグヘッドだ。ビッグヘッドが空から落ちてきたのだ。

 台風に飛ばされた案山子のように、飛んできたのである。

 柔らかい緑の絨毯に叩き付けられた。仰向けのままピクリとも動かない。


 いったいこの災害はなんだろうか。全員が首を傾げていると、またビッグヘッドが降ってくる。

 森の中を時計回りでビッグヘッドが飛んできたのだ。ビッグヘッドの重さは水を目いっぱい入れた酒樽ほどである。大人でも運ぶのに手間取るだろう。


 もちろん、普通の感性なら運ぶなどありえない。相手は大人しい座敷犬ではないのだ。

 それがまるでゴム毬のように軽々と飛ばしてくるのである。

 合計で十体のビッグヘッドが山積みになっていた。全員気絶している。気絶したビッグヘッドは希少であった。


 そこで試験官も、見物人たちも、はっと我に返った。このような非常識な行為をする者は一人しかいないと。

 それこそ今日の試験の主役になるはずの人間、ホビアルであることに気づいたのだ。


「ムッハー! 獲物はこれくらいでいいッスかね~。やっぱり試験ならこれくらいいないと盛り上がらないッスよ~」


 森の中から能天気な声を上げて出てくる人間がいた。

 それは人間の女性であった。銀髪でポニーテールにまとめている。褐色肌で身に付けているのは大胆なビキニのみである。それと足はサンダルを履いていた。

 顔つきは童顔であどけなさが残っている。見る者を穏やかにする太陽のような笑顔であった。


 それとは別に体格は常人を超えていた。何しろ彼女は筋肉がモリモリなのだ。

 肩の肉は盛り上がっているし、大胸筋も発達している。

 腹筋は見事に分かれており、腰はきゅっと締っていた。


 それでいてごつさを感じないのは、彼女の体系がすらっとしているからだろう。

 手足は細長く、筋肉も無駄な肉をそぎ落とした彫刻のような美しさがあった。


 これがホビアルという少女である。

 そんな中試験官の額に血管が浮き出ていた。怒りでゆでだこのように真っ赤になっている。


「ホビアル! お前は今まで何をしていたんだ!!そしてこのビッグヘッドはお前の仕業か!!」

「何って、試験用のビッグヘッドを捕獲していたッス。よくホビアルの仕事だと気づいたッスね。すごいッス」


 ホビアルは感心そうにうなずいていた。だが試験官はそんなことで怒っているのではない。それは見物人たちも気づいている。


「気づくわ!! こんな非常識なことをする奴はお前しかおらん!! それとなんだ、ビッグヘッドを捕獲していただと!? 勝手なことをするな!!」

「てへへ。そんなに褒めないでほしいッス」


 ホビアルは照れくさそうに赤くなった。誰も褒めてないのだが、彼女の脳内ではそのように変換されたのであろう。見物人たちの多くはホビアルの性格を知っている。

 しかし試験官は性格を把握していたとて、問題を起こす人間に注意をせずにはいられない。


「誰も褒めてなどいない!! いいか、教団では規則が絶対だ!! 規則を守れないやつがこれからの人生でまともに過ごせると思っているのか!! そもそもお前はだな……」

「長話は後にするッス。こいつらもうすぐ目覚めるッスよ」


 ホビアルがビッグヘッドの山に向かって構えをとる。彼女の言葉通り、ビッグヘッドたちは覚醒し始めた。

 これには試験官も毒気を抜かれた。これがホビアルの癖であり、緊張した空気をスパっと断ち切ることを本能で行うのである。

 ビッグヘッドたちはよろよろと起き上がった。顔は歪んだままで視点は定まっていない。

 こいつらには感情はない。だが本能はある。近くに人間がいればそちらを狙おうとするのだ。


「さあ、ホビアルの実力を見せるッスよ!!」


 ホビアルは拳を前に突き出す。右こぶしに力を入れると血管が浮き出た。それらは黒く変色する。

 ビッグヘッドの一体がホビアルにとびかかり、右腕を齧った。だが腕は嚙み千切ることができない。腕の血管が鉄のように固くなっているからだ。


 赤血球に含まれるヘモグロビンを硬質化した結果である。

 まるで猿が腕に抱きついているように、ホビアルはビッグヘッドを振り回した。


「ムッハー! 血が騒ぐッス!!」


 ビッグヘッドたちはボーリングのピンのように弾き飛ばされた。

 もう彼らにとってホビアルは敵だ。最優先して食い殺さずにはいられない。クルミ並に小さな脳みそなので複雑に考えたわけではないが、本能で感じ取ったのだ。


「ムッハー!! 頭に血が上りすぎッス!!」


 今度は左腕を突き出した。そして力を込めると、手首から水鉄砲のように勢いよく何かが飛び出した。

 それは鉄の線であった。ビッグヘッドを十体一気に巻き付けると、ぐいっと引っ張る。

 その後は見事な輪切りで倒した。


 ホビアルは血液を硬質化し、鉄を作り出すことができるのだ。

 この場合、酸素が補給できなくなり、息苦しくなってしまう。あくまで短期で決着をつけねばならないのだ。


 この力は鮮血の乙女ブラッド・スキルと呼ばれていた。

 試験官も見物人たちも惚けていた。あっさりと十体のビッグヘッドが倒されたのである。

 後に残るは死んで木に変化したビッグヘッドの墓標だけであった。


「やったッス!!」


 ホビアルはピースサインを作った。試験官は我に返り、激怒した。


「ホビアル!! この試験はただビッグヘッドを倒せばいいというわけではないのだ。司祭の杖とは文字通り司祭の生活を支えるためにある。

 日常生活でビッグヘッドが関わる確率は低いだろう。それなのにお前はわざわざビッグヘッドを集め、自分の力を誇示したな。それは本来許される行為ではないのだ。

 それに気絶していたからと言って安心などできるわけがない。もし、お前が来る前に覚醒して我々に危害が加えられたらどうする気だったのだ。

 今度、同じことをしてみろ。お前だけでなく、世話になったセバスチャン大司祭一族に迷惑がかかると思え!!」


 さすがにホビアルもしゅんとなった。


「……ごめんなさいッス。自分はサビオのためにも強い自分を証明したかったッス」

「人生で大切なことは強さを示すことではない。自分の与えられた仕事を全うすることだ。

 フエゴ教団の司祭は失われた文明を受け継ぐ集団だ。過去の問題点はすでに判明しているから、余計に正しく広める必要がある。

 お前一人で生きているわけではないことを努々忘れてはならないぞ」


 試験官は優しく諭した。行動は突飛だが根は純粋なのである。叱れば同じことを繰り返すことはしない。ただ言われてないことは理解できない部分があるので、これは根気よく教育するしかないのである。


「はいッス。自分が好き勝手にやったら、サビオの尻を狙うやつが必ず現れるッス。それだけは絶対にゆずれないッス」

「……は?」


 試験官は聞き返した。


「世の中変態はいるッス。例えば自分がチンピラを殴ったとするッス。その腹いせを親しい者に晴らす可能性はあるッス。

 そうなると可愛いサビオが男たちに輪姦されるかもしれないッス」


 ホビアルは力説するが、周りは引いていた。確かに自身の行動がよからぬところで、他人にとばっちりがくることがあるだろう。

 だがホビアルの考えは突飛すぎる。本人は全く気付いていない。


「やれやれ。ホビアルは相変わらずだね」


 そこへ声をかけた者がいた。それは人間の男の子であった。小柄な体型で坊ちゃん刈りに黒縁の眼鏡をかけている。

 いかにも利発そうな少年であった。赤いローブを着ている。

 彼こそサビオであった。


「僕の心配をしてくれるのは嬉しいよ。でも僕はそんなに可愛くはないよ?

 むしろホビアルの方が美しいから、毒牙にかからないか心配だよ」


 補い方がずれている。彼もまたホビアルと同類なのであった。


「ムッハー!! その発想はなかったッス。そうッスね。自分はこんなにも肌を露出しているッスから、男たちが誘蛾灯のように寄り付くかもしれないッス!!」

「そうだよね。特にこの割れた腹筋がすばらしいよ。この素敵な腹筋を僕以外の男に撫でられるなんて我慢ならないよ」

「ホビアルもそうッスよ。でもスキル関係で肌を露出させないといけないッスから、悩ましいところッス」


 二人は大まじめに議論していた。

 ホビアルの皮膚はバリバリである。指でつまめば皮しかつまめない状態だ。

 脂肪が少なく、皮膚だけの状態をバリバリという。血管が浮き出ており、ブラッド・スキルを使うのに最適だからだ。


「おい、くだらないことばかり抜かすな。早く、次の段階に進めないだろう」


 試験官が口を出す。これから司祭の杖は司祭を選ぶのである。

 ただしその司祭だけのものではない。司祭一族全体に仕えるのだ。


「はいッス。自分はもうサビオを選んでいるッス」

「いや、それは私がこれから聞くから!! お前は先走るんじゃない!!」


 試験官の怒りが爆発しかけている。

 ホビアルはそのままサビオを選んだ。周りから拍手喝さいを受ける。


「これからもよろしくね。ホビアル」

「もちろんッス。そうだ、自分はこれを用意したッス」

 そう言ってホビアルが革袋を持ってきた。そして中にあった物を広げて見せる。

 それは純白のウェディングドレスであった。

「……ホビアル。それって何?」

「ウェディングドレスッス!! もちろんサビオが着るんッスよ。自分じゃこれは似合わないッスから」


 ホビアルの論点はずれている。そもそもなんでウェディングドレスを用意する必要性があるのかわからない。見物人たちはあきれ顔であった。

 サビオは人差し指で頬をかいていた。


「考えていることは同じだね。僕も君のためにタキシードを用意したんだ」


 サビオはカバンから真っ白なタキシードを広げる。背が低いので両手を大きく上にしている。


「ムッハー!! 考えていることは一緒ッスね!!」

「うん。僕たちはお似合いのカップルだよね」


 二人はラブラブ空間を作り出していた。悪い意味で二人はお似合いである。周りに人間は気苦労が増えること請け合いなのが、なんとも理不尽であった。

 司祭の杖は司祭と結婚しなければいけない法律はない。同性同士でも選べる。

 もちろん結婚相手はその一族が持つ技術を人並に習得していることが絶対条件だ。


「あっ」


 サビオがこけそうになった。ホビアルが慌てて抱きしめる。

 こきゅ。

 変な音がした。見るとサビオの右足首があり得ない方向を指している。


「ありゃりゃ。曲がっちゃったね。唾つけておけば治るかな?」

「治るか!!」


 試験官や見物人たちが一斉に突っ込みを入れた。

 かくしてサビオは病院に入院することになった。ただし二週間もしないうちにピンピンと退院することになったが。

 司祭の杖となったものは一度猛毒の山に赴くことになっているのだが、サビオの足が治るまで延期された。

 

 ☆


 さてかつて十八年前に拾われたホビアルは今までどのような人生を歩んだのか。

 そしてサビオとどう出会ったのか?

 それは次回のお楽しみである。

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