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外伝その4 サビオ大いに反省する

「まったくお前と来たら。帰ったらセバスチャンに叱ってもらうのだな」


 50代の人間の男が怒っていた。髪の毛は黒くワカメのようにぼさぼさで、ひげをはやしている。

 サビオの父方の祖父、バロンであった。彼は家を長男のセバスチャンに譲り、ヒコ王国に赴任していた。祖母はペリーヌという犬の亜人だが、彼女は故人だ。

 ここはヒコ王国にあるフエゴ教団の教会である。もっとも布教活動の拠点というより、大使館の意味を持つ。バロンは司教であるが大使でもあるのだ。

 一方でサビオはにやにや笑っている。小馬鹿にしているわけではないが、作り笑顔だ。ホビアルは暗い性格なので代わりに愛想笑いをしている。

 ホビアルはいない。彼女はぐったりとして教会で寝ていた。あまりにも急展開なために発熱してしまったのだ。


「ごめんなさい。でも僕のせいじゃないんです。ホビアルにどうしてもと誘われたからなんです」

「ふぅ、そう言って自分に矛先を向かわせるのは相変わらずだな」


 祖父は孫の嘘を見抜いていた。本来ならサビオが主導なのだが、ホビアルは彼ひとりに責任を負わせることを嫌っている。なので彼女も巻き込ませたのだ。


「けど、あなたの行為は軽率だわ。いくら彼女の願いをかなえるためでも、やり方が強引すぎるわよ」


 そこに金色の人魚がやってきた。脚は開かないが、ぴょんぴょんと器用に歩いている。

 オウロであった。フエゴ教団の教会内だが、彼女も同席を許されている。


「そういいますが、会いたいと言って会わせてくれるとは思えないのです。なので、このような手段に取りました」

「いいえ、それはだめです。きちんとした手順を踏むべきでした。だからホビアルさんは熱を出して寝込んでしまったのです。あなたはヒコ王国を勉強しているようですが、彼女はしていない。だからあまりの格差に衝撃を受けたのですよ」


 サビオの小賢しい言い訳を、オウロは否定する。サビオはやれやれと首を振った。その態度にオウロはため息をつく。


「あなたは賢いのでしょう。ですがその態度はいただけません。大人を小ばかにしていると思われます。そこを悔い改めないと同じことをが起きますよ。それもあなたの身ではなく、隣にいる人に危害が加えられます」


 その言葉にサビオは口をつぐんだ。自分はいいけどホビアルに危害が及ぶのは避けたい。彼女はイエロと違い、アイアンメイデンではないが常人より身体が堅い。鍛えれば血液を武器にできるスキルを身に付けられるだろう。

 しかし心は強くない。むしろガラスのように繊細だ。自分が守らねばならない。そう思った。


「ところでイエロさんはどこにいるのでしょうか。あの人に会いたいのです」

「イエロさんはもとよりプラタたちはここにはいないわ。というか妖精王国の軍艦がいる限り寄ることはないでしょうね」


 いくらヒコ王国の私掠船といっても妖精王国の軍艦が入港しているときに、来る馬鹿はいない。そう言いたいのだ。それにオウロの話ではプラタはナトゥラレサ大陸の闘神王国ファイトキングダムの王子で、アフリカゾウの亜人であるエンキドゥをボコボコにしたという。そのため報復として船を出し、プラタを追っているとのことだ。

 さらに鳳凰ホォングァン大国を拠点とする海賊ハイダオ王国ワングオと幻の食材を取り合い、出し抜いたという。そのため船長であり国王のロン虎鳳フーホォンとは敵対関係にあるという。

なのでしばらくはヒコ王国を巻き込まないために、寄港することはないとのことだ。それを聞いたサビオは残念だと思った。


「アフリカゾウの亜人を叩きのめすとは……。海賊王国もハゲタカのようになんでも根こそぎ刈り取るという悪名がありますが、さすがですね」


 サビオは感心した。もちろん彼の年代では知り得ない情報だが、勝手に情報収集していたので知っていたのだ。


「ふん。あのバカは腕っぷしだけは強いからね。ああ、腕じゃなくでべそだけど。でも他はからっきし無能なのよ。なんであんなバカに惚れる女がいるのか理解できないわ」


 オウロは憤慨していた。よほどプラタの行為に頭に来ているのだろう。


「あなたとプラタの関係は何でしょうか?」

「双子の姉弟よ。もちろん私が姉で、あいつは弟よ」

「いや、話ではプラタが兄だと聞きましたが」


 バロンが言うと、オウロは鬼のように睨みつけた。


「いいえ! 私が姉で、プラタは弟です!! それは絶対に譲れません!!」


 目を血走らせていた。この件には深くかかわるまいとサビオは思った。

 あとイエロの件だが、彼女はある仇を追っていたそうだ。それは自分のせいで村を滅ぼしてしまったという負い目があったそうである。サビオは首を傾げた。確かイエロの住んでいたライゴ村はスマイリーという笑いながら人を食べるビッグヘッドのしわざだったはずだ。

 実際のところライゴ村の悲劇はエビルヘッド教団の仕業であると、オウロが教えてくれた。プラタの船にはエビット団の司教も乗っており、その人から聞いたという。

 イエロがプラタの船に乗ったのも、仇を追いやすくするためだったそうだ。姪に復讐させないために自分ひとりで解決しようとする。それがイエロなのだ。サビオは安心した。


 ☆


 サビオたちは船でコミエンソに帰ることになった。オルデン大陸の川から船を出すのだ。

 見送りはアトムハートとオウロも一緒であった。ホビアルは何処か様子がおかしい。視線は何処か虚ろでふらふらしていた。

 彼女は目を覚ますと軽い記憶障害を起こしていた。船に密航したことは覚えているが、ビッグヘッドのマーリンヘッドや、ヒコ王国で魚人に殺されかけたことはきれいさっぱり欠如していたのである。

 この様子にさすがのサビオも反省した。彼女の頭がいっぱいいっぱいになってしまったことを後悔したのだ。

 代わりに彼女は明るくなった。語尾に「っす」とはっきりつけるようになり、別人のように変貌したのである。


「あれは空元気だな。見た目に誤魔化されないよう気を付けなさい」


 アトムハートがこっそりサビオに耳打ちした。サビオもホビアルが生まれ変わったというより、別人を演じることで偽っていることを見抜いている。

 イエロの件は教えないことにした。幼い頃に出会った初恋を成就させるために彼の元へ走ったと伝えることにする。そしてホビアルには自分ことが大切な人だと言うつもりだ。


 こうしてサビオたちはコミエンソに戻った。後日ふたりはセバスチャンとベルにたっぷりお説教されたのは言うまでもない。


「ところで中将様」

 

 サビオたちが去った後、オウロとアトムハートはとあるカフェで密談していた。

 彼女とはかつて妖精王国で面識があったのだ。


「あなたはプラタを憎んでおりますか?」

「ああ、憎んでいるな。ビヨンドをきっちりと片づけなかったのが気に喰わない。おかげで彼はナトゥラレサ大陸の基地で定年まで出られないのだ。どうせなら命を絶ってほしかったな」

「では、プラタを苦しめることに問題はありませんか?」

「何を言いたいのかね?」


 オウロは意を決して口を開いた。


「中将様にはプラタを抑えてほしいのです。あいつは好き勝手に暴れます。中将様ならその役割に適していると思うのです」


 なんとオウロはよりにもよって妖精王国海軍中将にプラタのお守を依頼したのだ。さすがにアトムハートは面食らった。


「私は海軍だぞ。なぜ海賊のお守をしなくてはならないのかね?」

「あなたは口ではプラタを嫌っている。けど心の底では恩義がある。ならそれを解決するにはプラタを抑えることが最適だと思うのです。それにあなたは私に対しても引け目がある。聞いてくれますよね?」

「いい性格をしているね君は。さすがはプラタの妹だな」

「妹ではありません! 姉です!!」


 そこは譲れないようである。アトムハートはしばらく考え込んだ。正直海軍には義理はない。ビヨンド大佐のために働いていたが、その彼は妖精王国から消えた。

 正直なところプラタを嫌っているが、ビヨンドが死なずに済んでいるので好意は抱いている。プラタは息子より少し若いが、やんちゃな子供という認識が強い。

 

「さすがに今すぐやめるのは無理だ。私が60歳に定年退職するまで待ってもらうがよいかね?」


 どうせ定年退職しても貴族の生活が待つだけだ。60にもなれば息子は結婚して孫が生まれるだろう。その後に家を出ても文句はあるまい。どうせ下賤な生まれの自分だ。親戚の嫌味など聞きたくない。幸い息子はレッドキャップスという妖精系だ。亜人は何故か別種族と子供を作ってもハーフだと分からないのである。産んだ母親と助産した者しか証明できないのだ。


「はい、構いません。その間あいつの邪魔をしてほしいのです。シュガーベイブ号はある程度遠出はできると聞きましたから」


 シュガーベイブ号は基本的に妖精王国を周回するのが仕事だ。その間に他国に入港し、集めた涙鉱石ティアミネラルを売ることがある。プラタと出会う機会は多い。

 取引が成立し、ふたりは微笑んだ。そしてジュースで乾杯する。

 そこに鯛の魚人の子供がやってきた。全部で三人。赤、青、黄色の三つ子である。

 

「姉ちゃん! プラタ兄ちゃんが帰ってきたよ!!」

 

 鯛の魚人たちは笑顔を浮かべていた。彼らはプラタの義理の弟たちである。


「それでね、イエロ姉ちゃんたちに新しい命が宿ったそうだよ!!」


 その言葉にオウロの目が白くなった。アトムハートは背筋が凍った。まるでギロチン台にかけられた気分になる。


「……それは本当かしら?」

「うん! ベルフェゴール先生が教えてくれたよ! ヒスイ姉ちゃんにコハク姉ちゃん、フビ姉ちゃんももうすぐ赤ちゃんが生まれるって!!」


 子供たちは空気を読まず大声で叫んだ。その瞬間場の空気が凍る。アトムハートも数多くの修羅場をくぐったが、ここまで恐怖を感じたことはなかった。嵐の夜に船を一噛みで砕くホオジロ竜の大群に襲われたときでも平気だったのにだ。


「ふふ、うふふふふ。プラタの野郎、ずいぶん御盛んなことで……」


 オウロの目は据わっていた。三つ子たちはまったく変わっていない。これから起きる惨劇を楽しみにしている風である。


「おお、オウロ姉ちゃん。本気で怒っているぞ!」

「たぶん王国は血の雨が降るね!」

「プラタ兄ちゃんどうなるかな!!」


 アトムハートはこの後に始まる惨劇を目撃する羽目になる。そして彼を抑え込むことが心の平穏を作ると思った。それはあと9年以上待たなくてはならなかったが……。

 ホビアルも大人になるにつれ、ヒーロー願望が強くなっていった。これはオウロに影響したのだろう。彼女の事はコミエンソに帰ってからは、忘れてしまったが、子どもをいじめる人間には颯爽と現れて、倒すことが多くなったのだ。

 サビオにしてみればオウロの真似である。口調も渡り鳥のベラの真似だが、それでもいいと思った。真似るということは学ぶということだ。いつか真似から彼女だけのものが生まれるであろう。


 こうして小さなふたりの冒険は終わりを告げた。真実はサビオ以外知らずにいた。

 なんというかブラッドメイデンというより、アトムハートが主役の話になった。

 目立たなかったサビオを活躍させる予定でしたが、大人の方が個性が強い結果になりました。


 あとサビオの祖父バロンの由来はアニメペリーヌ物語に出てくる犬です。

 祖母のペリーヌは犬の亜人で、人と犬を入れ替えた形ですね。

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