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外伝その2 サビオはむちゃなことを考えてました

 コミエンソの港から南東に10キロほどの小島があった。百数年前はキノコ戦争の影響で、毒に汚染されてしまい、虫一匹住めない禿げあがった島になっていた。

 現在は宿木島と呼ばれており、30年前に妖精王国フェアリーキングダムの中継基地になっている。現在は海軍が使役するマリーンヘッドの墓場という二つ名があった。これは寿命が来たマリーンヘッドたちが木に変化するため、緑豊かな島になっている。

 さてここには大型船が一隻停泊していた。ガレオン船に見えるが、実際は違う。船首には巨大な目玉に大きな口が付いている。これはビッグヘッドシップといい、生きた船なのだ。船底にはえらがあり、口から海水を飲み込んでも溺れることはない。

 その船の名前はシュガーベイブ号と言って、普段は妖精王国を何日も回っている。汚染された海水とプラスチックのゴミを回収していたのだ。ゴミは二百年経っても無くなることはなかった。

 それらはビッグヘッドシップの目から排出される。ゴミは分別され、汚染された水は浄化されるのだ。

 

 そんな中船長室ではひとりの女性が書類を眺めていた。妖精王国海軍、アトムハート・クリムゾン中将だ。アカギツネの亜人で51歳になる。軍服をきっちりと着こなしており、窮屈さを感じない。凛とした雰囲気があり、近寄りがたい空気があった。

 そこにノックの音がした。アトムハートは入室を認めた。

 ドアが開くと巨大なベニテングダケが姿を現した。実際はキノコの傘は複雑に絡み合った髪型である。体つきは女性であった。キノコ系の亜人の場合男は毒キノコで女に、女は食用キノコで男に近い性質を持っていた。

 彼女はベニテングダケだが特別な調理をすれば食べられないことはない。そのため毒キノコでありながら見た目も中身も女性であった。

 

「バナナラマ・ストーンズ曹長。報告に参りました!!」


 バナナラマは手の平を自分に向けて敬礼した。アトムハートは振り向かず書類に目を通している。


「必要な物資はすでに購入しております! 明日にでも出航できる準備は整っております!!」

「そうか。あとは頼んだ」

「了解しました!!」


 轟雷のような声で伝令を行うバナナラマはすぐに部屋を出た。シュガーベイブ号に乗船しているマリーンヘッドの指示に戻ったのだ。

 物資を補給してもすぐに出航はできない。近海を回り、ゴミなどを処理するためだ。

 一日で涙鉱石ティアミネラルが百樽ほど溜まり、レスレクシオン共和国に売るのである。さらに水も飲み水として貯水槽に保存されるのだ。


「ふぅ、私は何故ここにいるのだろうか……」


 アトムハートはため息をついた。本来なら彼女は海軍をやめていたはずなのだ。いいや、クーデターの片棒を担いだ共犯者として、逮捕されていたはずである。

 一年前スプリガンのビヨンド・ハッシュ大佐によるクーデターが実行された。全員がビッグヘッドを憎み、妖精王国を治めるクイーンヘッドの抹殺をもくろんだのである。

 アトムハートの家族はビッグヘッドに喰い殺された。両親と兄たちは生きたまま足からかじられて死んだのだ。もっとも彼女に悲しみはない。彼女は家族に奴隷としてこき使われており、家畜と同様に扱われていた。

 なので彼らが殺されても、いい気味だとしか思っていない。その後孤児院に入った彼女は妖精海軍に入隊した。出世はできないが一生食うに困らないと思ったからだ。

 その運命が変わったのは同期のビヨンドだ。彼は軍の改革を行った。もちろん秘密裏にだ。当時の傲慢な貴族の当主たちを病死や事故死で始末し、ビヨンドの信奉者が後釜に付く。

 アトムハートの場合、レッドキャップスの貴族、クリムゾン家に嫁いだ。レッドキャップスは長く薄気味悪い髪に燃えるような赤い眼をしている。さらに突き出た歯に、鋭い鉤爪を具えており、醜悪で背の低い老人の姿をしている。そして赤い帽子と鉄製の長靴を身に着けて、杖をたずさえているのだ。斧が武器で人間を殺さずにいられない凶悪な妖精である。

妖精王国では妖精系の亜人が貴族として君臨し、動物系は家畜扱いされていた。例外はキノコ系に植物系である。

 彼女はレッドキャップスの息子がおり、当主の座を譲っている。夫は数年前に他界した。両親はすでにいない。息子はレッドキャップスの特徴を色濃く受け継いでいるが、心根は優しく、尻に敷く嫁が必要だと考えていた。

 娘は自分と同じアカギツネで、こちらは別の貴族の家に嫁いでいる。もうじき孫の顔が見れるよと手紙で知らせてくれた。


 しかし彼女の心は憂鬱だ。クーデターは突如現れたエビルヘッドによって失敗した。それ以前にプラタ一味の件もある。そのためビヨンド大佐の事はうやむやになった。それどころか軍をやめようとしたが、彼は南方にあるナトゥラレサ大陸の基地に編入されたのだ。おそらく一生そこで暮らすことになるだろう。彼の部下たちもほとんど配置転換されていた。

 自分は何のおとがめもなく、中将の座に居座っている。ビヨンドは気にするなと言い、他の仲間たちも同様であった。

 彼女はそれが気持ち悪い。彼女も階級こそ上であるが、ビヨンドに恩がある。それなのに自分だけいつもと変わらずに過ごすことに罪悪感があった。

 せめて行動を起こすなら60歳の定年退職まで待つしかない。それが彼女のできることだ。

 ちなみにシュガーベイブ号の仕事は海のゴミ掃除だ。それらを涙鉱石にして売る大切な仕事だが、海軍はおろか、王国民でも小ばかにされている。敵と戦わないからだ。

 逆に漁民は海がきれいになって嬉しいと感謝されている。


 アトムハートは考え事をしながらうつらうつらと船をこぎ始めた。そして深い眠りにつく。


 ☆


「クリムゾン中将! 朝でございます!!」


 突如声をかけられて、目を覚ました。部屋を見まわすと自分の個室だ。ベッドと机、タンスが置いてある質素な部屋だ。彼女は船長室で寝ないで、こちらに歩いてきたのだ。

 相手はバナナラマ曹長である。

 

「ああ、わかった。朝礼が終わればすぐに出航するぞ」

「イエス、マム!!」


 バナナラマは敬礼するとその場を立ち去った。

 アトムハートは手早く身支度を済ませる。食事はあとだ。今日も長い一日が始まるが、すでに生活の一部となっており、気にも留めていない。


 船は一路妖精王国へ向かっていた。途中ヒコ王国に停泊し、妖精王国大使館と対談する。

 プラタが拠点とする国だが、彼の国においてプラタは私掠船免状を持っており、逮捕されることはない。自分たちがプラタの身柄を要求しても拒否されるだろうし、自分も求める気はない。実のところプラタには感謝している。ビヨンドとは一時期恋仲になったことはあったが、彼は愛するものを作るのを恐れ拒んでいた。

 クーデターを起こしてから彼とは永遠の別れを覚悟していたが、ビヨンドは不本意にも生き延びてしまう。それでもアトムハートは彼に生きててほしかった。

 よって彼女はプラタに憎しみはなく、感謝の気持ちしかない。もっともこれは彼女だけで他の王国民はプラタ憎しと思っているだろうが。


 船は進む。シュガーベイブ号は汚染された海水を飲み干した。二百年前のゴミだけでなく、溶けだした銅や鉄などの鉱石も海水に含まれている。海の守り神、ネプチューンヘッドは百年以上もビッグヘッドシップで七つの海を渡っているが、それでも海はきれいにならないのだ。

 キノコ戦争前の人間はろくでもないなと、アトムハートはそう思った。


「クリムゾン中将殿、よろしいでしょうか!」

「なんだストーンズ曹長。私に用事か?」

「イエス! 実は中将殿に無線電報が届けられておりました!!」


 そう言ってバナナラマは一枚の紙を差し出す。無線電報はレスレクシオン共和国から購入したものだ。鉱石の量はヒコ王国の方が上だ。ネプチューンヘッドが百年近く涙鉱石を持ってくるからである。

 化学力はレスレクシオン共和国が上だが、ヒコ王国も負けていない。こちらは初代国王のおかげで真っ当な国になっているのだ。

 さて電報には以下の文章が書かれていた。


 コドモフタリフネニイル、セバスチャン。


「これは誰からの電報だ?」

「はっ! フエゴ教団からの電報です! 昨日の夜、届けられました!!」

「昨日の夜だと!? 今はもう昼だぞ、なぜ今寄越した!!」

「中将殿が昨日の夜気持ちよさそうに眠っていたからであります! 上官の睡眠を邪魔するなと父上にきつく言われたであります!!」


 バナナラマの父親は妖精王国の憲兵団に所属している。ちなみにビヨンドの姪でもあった。

 しかし問題はそれではない。この文章からして子供がふたり密航している可能性が示唆されているのだ。これがすぐに電報が届けられていたのなら、すぐに船を引き返しても問題はない。だがこの時間帯ではもう戻るのは無理だ。アトムハートは頭を抱えた。


「……船内は捜査したのか?」

「いいえ! 中将殿の許可なしに勝手な真似はできません!! これから船内を捜査します!!」

 

 あまりにも対応の遅さにアトムハートは頭痛がした。だが彼女は本来猪突猛進な性格ゆえにトラブルは多い。そのため父親にきつくしつけられたのだろうが、今回は悪い方へ作用したようだ。


 数十分後、ふたりの子供が彼女の前に突き出された。十歳くらいの人間の子供であった。ひとりは男の子で小賢しそうな表情をしている。もうひとりは女の子でどこかおどおどしていた。


「……はじめまして、っす。ホビアル……、っす」

「僕はサビオ。セバスチャン司祭の息子ですよ。ちなみに母親はデンキウナギですが、きちんと血は繋がっていますので、安心してください」


 ホビアルは絞るような声で挨拶をしたが、サビオは堂々としたものだ。

 ホビアルは周りにいるマリーンヘッドを見て、驚いた。あまりの驚きに声が出ない。涙がぽろぽろ流れていた。


「安心して。こいつらは妖精王国海軍が使役するビッグヘッドさ。人間が命令しない限り、僕らを襲うなんてありえないよ」


 そう言ってサビオはホビアルの手を握る。ぷるぷると震える様はまるで子ウサギであった。


「……何が要望だ?」

「ぼくらをヒコ王国まで運んでほしいのです。どうせそちらに寄ることはわかってますから」


 満面の笑みを浮かべるサビオに、アトムハートはこめかみをひくつかせるのであった。

 今回はネイブルパイレーツの設定が目立ちました。

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