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外伝その1 サビオ11歳とんでもないことを考えました

ホビアルは11歳。同年代の女子に比べて小柄だった。肌は浅黒く、髪の毛も黒い。

 彼女に家族はいない。赤ん坊の頃に両親は死んだ。ビッグヘッドに喰い殺されたのだ。そしてたったひとりの叔母も自分を捨てて消えた。叔母はホビアルを愛していたが、とある理由でひとり出奔するしかなかったのである。

 現在の彼女はセバスチャン司祭の屋敷に暮らしていた。二階のバルコニーにたたずんでいる。電化製品を製造する一族で他にも弟子たちが住み込みで働いている。かといってお金持ちではない。教団からは屋敷の維持費に人数分の食費をもらう程度だ。それでも一般信者と比べればかなり贅沢な暮らしをしている。

 なにせ彼女が住むコミエンソでは電化製品が溢れているのだ。冷蔵庫、掃除機、洗濯機などがある。テレビは教団が所有しており、滅多には見れない。最近はラジオや蓄音機などが復刻されている。それでもホビアルが幸せはなかった。彼女の心はぽっかりと穴が開いているのである。


「ホビアル~。もうどうしたのさ、こっちに来て遊ぼうよ~」


 軽い調子で話しかけてくるのは、セバスチャン司祭の息子、サビオである。キノコのような髪型で、黒縁眼鏡をかけていた。ホビアルと同年代だが、どこかひ弱な感じがする。

 それでも太陽のようにキラキラと笑顔を振りまいていた。


「うん、遊ぶ……っす」

「おや~、ベラ様みたいな口調だね~。でも偉大な人の真似はとてもいいことだよ。先人の偉業を習うのは基本だからさ~」


 するとホビアルは頬を染めた。彼女は見た目に反して体力と筋力がある。重いものを持ち運ぶのは得意だ。その代わりに心が弱い。予想外のことがあるとすぐにへこたれるのだ。

 それを補佐するのがサビオである。彼は見た目に反して物怖じしない性格だ。大人に対しては理路整然とした口調で答えるが、逆に屁理屈と思われ殴られかけたことがあった。


「屋敷にいるみんなでフットボールでもしようか。みんなお父さんが集会に出ているからね。遊んでくれる人がぼくたちだけなんだよ」


 この屋敷にはサビオの双子の妹たちの他に、親戚の子や弟子の子もいる。しかしサビオと同年代はホビアルだけだ。子供たちは遊んでくれる父親がおらず、母親たちは掃除や洗濯で忙しいのである。

 

「集会? なんのために?」

「さあね。ぼくらには関係ないよ。お父さんたちは忙しいからね。子供のぼくたちは遊ぶのが仕事なのさ」


 そういってサビオは屈託のない笑顔を浮かべる。実のところ彼は理解していた。父親がどのような要件で集会に向かったのか、うっすらとわかる。

 おそらくは二日前に入港した妖精王国フェアリーキングダムの軍人たちだ。彼らはコミエンソにある港には泊まらない。近くの小島に自分たちの補給基地を作り、そこを根城にしている。コミエンソに用事があるときだけ、コミエンソが用意した船で赴くのだ。

 その理由は高潔で偉大なる自分たちが、獣臭い蛮族の国に自国の船を停泊するなどありえないとしている。

 ちなみに妖精王国は主に妖精系の亜人が多い。かつてはイギリスと呼ばれた国で、エルフやドワーフなどの妖精系が多く締めているのだ。

 だがサビオは知っている。妖精王国は自国の船を他国の人間に見せたくないのだ。その理由は彼らがビッグヘッドを使役しているからである。

 妖精王国はクイーンヘッドによって収められていた。そして船型のビッグヘッド、ビッグヘッドシップを所有しているのである。レスレクシオン共和国の人間はビッグヘッドを知らないので、恐れおののいている。それ故に補給基地で海兵のビッグヘッド、マリーンヘッドたちを置いて基地の清掃や他の船の設備をしているのだ。

 

 実のところサビオの通う司祭学校ではまだ習っていない。サビオがこっそりと情報を聞いて回っていたのだ。

 もちろん、人にしゃべったりはしない。あくまで自分ひとりで楽しんでいた。


「さて、何を語るのやら……」


 ☆


 夜になった。灯りは電灯で照らされており、他の家に比べればかなり明るい。ロウソクだけだとぼんやりとしか見えず、目が痛む。

 父親のセバスチャンが帰ってきた。彼は白い体毛に長い耳が垂れている。彼はグレート・ピレニーズの亜人であった。

 彼は顔色が優れなかった。顔中は毛に覆われているが、気の重い表情なのは誰が見ても明らかである。


「おかえりなさいお父さん。今日は何を話したの?」


 サビオが話しかけると、双子の娘たちが駆けてきた。犬とウナギの亜人である。

 彼女たちは父親に甘えていた。二歳年下なのでまだ幼い。


「……お前には関係のない話だ」


 そう言ってぽつりとつぶやいた。背後には人間の男が立っている。セバスチャンの弟で、ラッシーという。彼は犬の亜人と人間の女性の間で生まれたハーフだ。セバスチャンも同じである。

 ラッシーも顔色が優れなかった。ふと後ろに控えていたホビアルを見た。すぐに視線を逸らす。何かホビアルと関係のある話ではないか。サビオはすぐに察知した。


「よう、今帰ったか。いったいどんな話をしていたんだい?」


 今度は女性の声がした。それは全身がつるりとしたウナギ女である。彼女はベル。デンキウナギの亜人だ。肌のテカリは体毛であり、頭部にはうっすらと毛が生えている程度だ。

 サビオの母親でもあるが、彼は人間である。ベルの父親は人間であった。サビオは祖父たちからの隔世遺伝であったと言われている。そのためサビオはウナギイヌの子供といじめられていた。もちろん教団は彼を守っているが誹謗中傷は収まる気配がない。

 無論、ベルは息子をいじめる馬鹿な大人に制裁は加えるが。


「明日夕方にラタを呼ぶ。その時に話そう」


 セバスチャンは重々しく答えた。ラタとはホビアルの伯父でコマネズミの亜人だ。ラタ商会を開き手広く商売をしている。息子のラタジュニアとは同年代だが彼は引っ込み思案であまり交流はない。

 サビオはそれを聞いて、やはりホビアルと関係あるのだなと察した。セバスチャンはそれを見て、しまったという後悔の念に駆られていた。

 

 ☆


 次の日の夜、応接間には5人の人間が集まっていた。全員椅子に座っており、長方形の木のテーブルにはカップが5つ湯気を立てていた。中身は紅茶だ。

 この家の主であるセバスチャン。その妻ベル。セバスチャンの弟ラッシー。妻の方は子供たちの相手をしていた。

 そして本日の客人はコマネズミの亜人ラタだ。細君で白猫の亜人スーも一緒だ。

 ラタは6歳の子供並みに身体が小さい。スーの場合は成人女性と同じ体つきである。

 ノミの夫婦というべきか。しかしラタは子供のような人懐っこいものは感じられない。あるのは生き馬の目を抜く、歴戦の商人の顔つきであった。


「本日はおまねきいただき、誠にありがとうございます」


 スーが立ち上がって挨拶をした。ラタもひょいと椅子から飛び降り、挨拶する。

 セバスチャンはテーブルの上に7枚の紙を置いた。それは質の荒い紙で作られていた。それには文字と絵が描かれてある。活字出版で刷られたようだ。


「これは妖精王国海軍、アトムハート・クリムゾン中将が持ってきたものだ。なんでも数か月前に妖精王国の王都をめちゃくちゃにした海賊の指名手配書だという」


 セバスチャンが重々しく口を開く。ラッシーも同様だ。彼も兄と同じく司祭であり、事情を知っている。ベルの場合は司祭の杖であり、昨日夫婦の寝室であらかじめ教えられていた。そのためか軽口を叩かない。


 プラタ:船長。人間ででべその海賊。ネプチューンヘッドの息子。

 ヒスイ:航海士。ニホンアマガエルの亜人。鞭蹴むちげり。

 コハク:総舵手。バナナスラッグの亜人。ヒスイの双子の妹。大地の支配者。

 フビ:船医。ヤマビルの亜人。吸血医者。

 ベルフェゴール:? オークウッドの亜人。エビルヘッド教団司教。

 ロビンヘッド:狙撃手。ビッグヘッド。狙撃の魔女。


 手配書を手にしたラタは難しい顔になった。なぜなら知っている顔があったからだ。


「ヒスイとコハク……。ジライア村のガマグチ親分の娘だな。あのふたりは自由人だからいつかは出て行くと思ったがね。フビも知っているぞ、おとなしい娘だったがまさかプラタの元にいたとは……」

「それにエビット団の司教にビッグヘッドまで仲間にいるなんて……。プラタという人はいったいどれほどの力を持っているのでしょうか……」


 ラタとスーは深刻な表情になった。


「それだけではない。ホッドミミル王国を根城にするピークォド海賊団も傘下に加わったそうだ。もちろん、プラタの方にな。それにヒコ王国では私掠船免状を持っている。ある意味一部地域では英雄扱いです」


 ラッシーが補足した。フエゴ教団の司祭は一般市民より情報を得ている。あとは商人くらいだが、秘密厳守されていた。


「だがこれのどこが問題なんだ? 確かに俺の知り合いの子が多く加わっているが、どちらも関係ないぞ。俺たちを呼んだ意味があるのか」

「ある。最後が肝心なんだ。これを見てくれ」


 セバスチャンが差し出したのは、一枚の手配書だ。それを見たラタとスーは目を丸くした。


 イエロ:コック。アイアンメイデン。鉄人料理人。


「これは、イエロちゃんなんですか?」

「ああ、俺の住んでいたライゴ村ではイエロという名前はごろごろしていた。だがもう妹を残して存在しない。間違いないだろう」


 部屋の中の雰囲気が重くなった。行方不明になっていたイエロが海賊の船員になっていたのだ。


「イエロが家を出た意味がわかったな。おそらく罪人を出したらホビアルがいじめられると思ったのだろう。教団では罪人の罪はそいつだけのものであり、家族は無関係としているが、世の中にはそれを無視していじめを楽しむ馬鹿がいるからな」


 ベルの言葉に誰もが口をつぐんだ。教団が教えを説いても無視する人間はいる。大抵は騎士に殴られて半殺しにされても自分だけは大丈夫と思い込む人間がいるからだ。


「しかし、イエロちゃんはなぜ海賊の元に走ったのかしら?」

「そういえば、俺が村を出る前に将来海に出ようと約束されたと言っていたな。だが本気にしていなかったと思う」

「この家に来た時人当たりはよかったよ。けど、数日したらなぜかよそよそしくなったんだよね。どういうこった?」

「誰かがイエロに吹き込んだのか? いったい誰が……」


 大人たちが集まってうなっていると、二階ではサビオが話を盗み聴きしていた。

 彼は人間だが聴覚は父親譲りで犬並みに良いのだ。さらにデンキウナギの特性を利用し、音を拾うことが得意なのである。

 側にはホビアルが心配そうに見ていた。サビオはいたずらっぽく笑みを浮かべている。

 彼は普段は大人しく賢い少年だが、時折突拍子もないことをしでかすことで有名であった。

新年企画としてブラッドメイデンを計4話一週間ごとに掲載します。

時期的にはホビアル10歳と12歳の間の話です。そしてネイブルパイレーツの後日談でもあります。

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