ホビアル、自分たちの戦いはこれからッス
「まあ。それではアモル様は女性になってしまわれたのですか?」
昼下がりの庭園で真っ白い、丸いテーブルに複数の男女が囲っていた。
その内ネコの亜人の女性が紅茶を飲んでいた。もちろん猫舌なのでよく冷やした紅茶ではあるが。テーブルの上にはティーカップやポット、スコーンを盛った皿が置いてある。
彼女の名前はイデアル。リビアヤマネコの亜人だ。
リビアヤマネコとはネコ科の哺乳類だ。
毛色は虎猫に似て、家猫の祖先の一と考えられている。
かつてアフリカと呼ばれたナトゥラレサ大陸から、アラビア・インドにかけての荒地に生息していたという。
ネコの亜人だが耳の位置は人間と同じだ。髪の毛は金色で肩まで伸びている。
全身は毛で覆われており、胸部と腹部、下腹部だけ人と同じ肌である。
着ている服は麻の服で胸だけを覆い、腹部は晒してあった。
下半身はミニスカートを履いている。虎柄の尻尾を揺らしていた。
彼女の兄はラタジュニアという。父親はラタといい、商人だ。フエゴ教団本山では商会を経営している。
「そうッス。体調不良を訴えたと思ったら知らない間に女になっていたッス」
イデアルの目の前に褐色肌で銀髪の人間、ホビアルが紅茶を飲みながら答えた。さらにスコーンにジャムを付けながらむしゃむしゃ食べている。
ちなみにホビアルとイデアルは従妹同士だ。ホビアルの母親とラタは兄妹なのだ。もう一人叔母はいたが現在は行方不明である。
「アモルは昔から女の子に間違えられたからね。女性に性転換したとしても違和感はないよ」
ホビアルの右側には少年が座っていた。彼の名はサビオ。坊ちゃん刈りに黒メガネを付けた利口そうな雰囲気を持つ。実際優等生で、学校の成績はいつもトップだった。
「サビオ、失礼ッスよ。アモルは男の娘ッス。女の子じゃないッスよ」
「君の方がもっと失礼だと思うけどね」
サビオはさらっと流した。
「だけどアモルが女になったのは事実だ。トリディマイト要塞でアモルが苦しみだし、その後女性になった。この結果は変わらないよ。実際にどうしたら性転換するのかイデアルに聞きたいな」
「それで妹を呼び出したわけか」
イデアルの右側に座っているのは巨躯の男だ。カピバラの亜人、ラタジュニアである。
彼は本来商人の子供だ。普通は司祭学校には通わない。ある理由でラタジュニア兄妹は通うことになったのだ。
ラタジュニアは司祭の杖になれたが、司祭になった親戚はおらず、保留となった。
代わりにイデアルが二年後に司祭になれるので、その間ラタジュニアは商人として活動しているのである。
「私の外祖父が神応石の研究をおこなっているからですね」
サビオは首を縦に振り肯定する。
「人間の身体に異変が起きるのはぼくらの額に埋め込まれた神応石のおかげさ。フエルテやアトレビド、そしてホビアルやエルが特別な力を使えるのもこれのおかげだからね」
ちなみにエルはラタジュニアのあだ名だ。
「そうですね。私もおじい様からご教授されましたが、神応石の研究はなかなか奥が深いです。
その中で気になるものがあります。それはトリディマイトが神応石の力を共鳴するということです」
共鳴とは振動体が、その固有振動数に等しい外部振動の刺激を受けると、振幅が増大する現象である。
振動数の等しい二つの音叉《(おんさ)の一方を鳴らせば、他方も激しく鳴りはじめるのだ。
「神応石の力を増幅させる鉱石がトリディマイトなのです。様々な鉱石で実験しましたがトリディマイトが一番効果的でした。
何が効果的かというとトリディマイトで作られたプレートを額にバンダナで押さえます。
そして自己暗示をかけるのです。じぶんはやればできると。それは周りに人も囃し立てます。
その後かけっこをさせたり、難しい問題を解かせたりしますが、実際にその通りになったのです」
「すごいッス。でも自分たちはそんな鉱石は知らなかったッス」
ホビアルは感心しているが、トリディマイトの名前自体聞いたのはつい最近だ。なぜフエゴ教団がそれを授業に取り入れなかったのか不思議である。そうすれば大量に司祭の杖を増やせるのに。
「まだ実験段階なのです。トリディマイトの効果は強すぎて、実験体の子供は人間社会に溶け込めない性質になってしまったそうです。
現実はモルモットを利用してどれほど人体に悪影響を及ぼさないようにするかが問題ですね」
「じゃあ、アモルはトリディマイトの影響で女体化したのかな? それも額にプレートを当てるとか直接的なことは一切なしにね」
イデアルの話を聞いたサビオはそう推測する。実際アモルがトリディマイトに触れたとかそんなことはなかった。
ただフエルテの凌辱シーンを見てアモルが苦悶の表情を浮かべたことだけが事実だ。
☆
「アモルって本当は女だったのではないかな?」
紅茶を飲みながらサビオが答えた。ラタジュニアはそれを否定する。
「それはないだろう。俺たちは男子として長く付き合ってきたんだ。着替えも一緒だったが特に恥ずかしがることはなかったと思うがな」
「そうだね。アモルはいつも自分のことを男だと主張していたからね。でも本当は違ったんじゃないのかな。自分の心は実は女性で、それを隠すためにわざと男であることを強調していたのじゃないかと思うんだ」
それは性同一性障害のことであろう。
性同一性障害とは肉体上の性別と自分の意識する性別が一致しない状態である。性別違和ともいう。
アモルはそれをごまかし続けてきたのかもしれない。なら両親は知らなかったのだろうか。いや、家族だからこそ内緒にしていたのかもしれない。
友人たちにすら誤魔化し続けてきたということはかなりの精神力と言えるだろう。
「アモルはホビアルたちのいうフエルテの恥ずかしい映像を見せられたんだろ?
もちろんホビアルは否定しただろうさ。アモルはれっきとした男なんだから。
だけどアモルは違った。友達に否定されればされるほど自分の性の不一致に違和感を覚えたんだろうな。
本当はフエルテではなく自分が囚われていたかもしれない。女性としてフエルテみたいなすごくエッチなことをされてみたいと心の奥底で感じていたのかもしれない。
ウィッチヘッドはそんなアモルの気持ちを利用して、わざとトリディマイト要塞に誘い込んだんだ。そしてアモルにわなを仕掛けた。
その結果がアモルの女体化というわけさ。まったく敵にしてはずいぶん回りくどいことをするね」
サビオが想像で口にしたが、実際はそれで正解であった。後日アモルから事情聴取したがサビオの推測と同じ心情であったことを告白した。
フエルテと共に筋肉を鍛えたのも自分の容姿が男らしくなれば、心も変わるかもしれないと思ったからだ。
だがそれは空しい夢であった。肉は付かないし、自身の容姿を見て安堵したという。
もうアモルの身体は元に戻らない。できることは周りの人間が理解することだ。
もちろんホビアルたちはアモルを全力でサポートするつもりである。
さてフエルテの方は問題なかった。彼自身が味わった屈辱はさらっと流している。そもそも彼にとって大事なのはアモルを守ることであり、自身の名声や体面などどうでもいいのである。
彼はあくまで司祭の杖だ。杖は人の生活を支えるためにある。生活の必需品に瑕が付こうが壊れてなければ問題はないのだ。
「ところで、よろしいでしょうか。フエルテ様の、そのエッチな映像は見れるのでしょうか……?」
イデアルがもじもじしながら質問した。
「見られるッスよ。テレビジョンには記録媒体が残っていたッスから」
ホビアルが答えるとイデアルは勢いついて食らいつく。
「そうなのですか!! ならぜひ見せてほしいのですが!!」
「見たいんスか? フエルテの乳首が子犬に舐められたり、皮をむいたバナナを咥えさせられたりとつまんないスよ?」
「いいんです!! あのフエルテ様がそのような辱めに遭うなんて、なんてすてき、じゃない、おぞましいことでしょうか。ですが私は後学のために見せてもらいたいのです!!」
イデアルの鼻息は荒かった。その横に座るラタジュニアは病気が始まったと、ため息をついた。
「ははぁ、イデアル。君は腐っているんだね。筋肉モリモリのフエルテが凌辱されている事実に興奮しているわけだね」
サビオはぶっちゃけて言った。イデアルは憤慨するどころかますます興奮している。
「もちろんです!! あのフエルテ様だからこそ価値があるのです!! 熊のような巨躯の男がビッグヘッドに成すすべもなく汚らわしい目に遭う。こんなおいしい状況がありますか!!
ああ、早く見たい!! フエルテ様の乳首にかたつむりが這い、お尻に座薬を指されて喘ぐ姿を目に焼き付けたい!!」
イデアルは自分で抱きしめながら悶えていた。ラタジュニアはそんな妹を見て「なぜこうなった」と嘆いている。
「なるほど!! イデアルはフエルテが好きなんスね!! 好きな人の映像を見たい気持ちはわかるッス!!」
「いや、別にフエルテが好きなわけじゃないよ。ムキムキなフエルテが凌辱されるからこそ価値があるんだ。もしかしたら男だったアモルにも興味があったかもしれないよ」
ホビアルとサビオの二人は呑気そうであった。
イデアルは嫌悪するどころか、同意してますます沸き上がっている。
「ところでアトレビドとグラモロソはどうしたんだ?」
ラタジュニアはスコーンを食べ、紅茶を飲み干すと訊ねた。
「ああ、アトレビドはグラモロソが貧血になったから看病しているッス」
「看病だって? あいつは貧血になる体質だったっけ?」
ラタジュニアは首を傾げた。
「グラモロソにフエルテの映像を見せたッス。そしたら鼻血を出して倒れたッス。
汚らわしい、見てはいけないものを見てしまったと泣いていたッスね」
グラモロソの見た目は妖艶なシクラメンの亜人である。だが心根は純情であり、フエルテの行為を見て鼻血を噴き出してしまったのだ。
ラタジュニアはこの場に来ていない友人たちの安否を気遣った。
☆
日が沈み、あたりはすっかり真っ暗になった。子供や大人はみんな自宅へ戻り、部屋に電灯を付け、暖かい暖炉の火に当たっている。
その中で司祭の屋敷は窓から光があふれ出ていた。屋敷の主だけでなく、使用人たちなどがいるからだ。
そしてとある部屋の一室にホビアルとサビオは大きなベッドの上に座っていた。二人とも寝間着姿だ。ホビアルはピンク色で、サビオは青色である。
この部屋はサビオの寝室だ。ベッドの他にテーブルと椅子が二脚ある。
夕食はすでに家族と済ませており、風呂にも入った。二人ともほかほかになっている。
「今日は楽しかったッスね。ひさしぶりにエルやイデアルと出会えたッス」
「そうだね。二人とも元気そうで何よりだね」
二人はテーブルの上に冷たい豆乳アイスが置かれていた。
黒ゴマのヨーグルトソースがかけられている。二人は一緒に食べた。そして食べ終える。
「ふぅ、おいしかったね」
「うん。こんなおいしいものを食べられるのは司祭の特権だね。商業奴隷なら試食で口にすることはあるだろうけど」
サビオが真顔で答えた。
「僕らの地位は重要なんだ。電化製品という文明の利器を許容できるけど、それ以上に大切な仕事をしなくてはならないんだ。
僕の家は電化製品を製造する仕事がある。アモルは火薬精製、グラモロソは農薬製造といろいろだ。イデアルの外祖父は神応石の研究だけど、これも大切な仕事だよ。
だけど世の中信者の一部は僕らがただ贅沢な生活を謳歌していると思い込んでいる。
そして逆恨みをして司祭一家に危害を及ぼす人間だっている。
司祭の杖はそんな暴君から家族を守るためにいるそうなんだ。
だから候補者を選定しては一緒に司祭学校に通わせているらしい。
中には他所の村から訳アリの子を拾って杖にすることがあった。キミやフエルテ、アトレビドのようにね。
でも関係ないんだ。キミと僕は家族なんだから。過程なんかどうでもいいんだよ。
結果が大事なんだ。家族であるという結果がね。
これからも僕たちを支えてほしい。杖とか関係なく、家族としてね」
ホビアルはうんと頷いた。
「じゃあ、マッサージをしようか。君の筋肉をほぐしてあげるよ」
「うん」
ホビアルはうつ伏せになった。そしてサビオは馬乗りになり、肩を揉み始める。
サビオの腕力はなかなかのものだ。見た目と違い、彼も身体を鍛えているのだ。
さらに母親であるデンキウナギの特性を受け継いでいる。びりびりと電気が流れ、心地よい痛みが走った。
「僕は人間だけど、母さんの力を少しだけ受け継いでいる。こうしてみると僕も亜人と同じだね。人間が持たない力を持っているからね」
「そういう自分も同じッス。人間だけど普通の人より体が丈夫ッス。スキルが発動しやすいのもそのためッス」
ホビアルの筋肉は固い。まるで鋼だ。普通のマッサージ師ではホビアルの肉をほぐすことはできない。サビオだからこそできるのだ。
見た目は凸凹コンビだが、長年付き添ったおしどり夫婦のようである。
「これからも一緒だよ」
「でも不慮の事故で片方が亡くなるかもしれないッス。でも心の中では生き続けるッス」
二人は笑いながらマッサージを楽しむのであった。
最終回です。今回はちょっとバラバラな感じがしました。
一応他の作品と差別化をするつもりでしたが、奇をてらうのは気を付けた方がいいな。
次回作は来週の土曜日です。アイデアは沸いておるので、お楽しみに。




