ホビアル、レッド・ボマーたちと戦うッス
「ここで終わりのようッス」
ホビアルが右手で指しながら言った。
そこは広い窪地である。周囲は岩山に囲まれた天然の城壁だ。アリ一匹通れる隙がないと感じてしまうくらい、壮大な自然に頭がくらくらする思いであった。
最初の窪地と似ており、すり鉢のような形である。まるで階段のようであった。
窪地の上には木が生えていた。栗の木である。はてな、こんな地に栗の木があるのだろうかとホビアルたちは首を傾げていた。
さらに岩山の奥にトリディマイトの壁が太陽の光に照らされている。そしてテレビジョンが取り付けられており、その右側には鉄の扉がついていた。
「やれやれ、ようやくゴールにたどり着いたって感じかしらね」
「そうですね。でも要塞という割には人の数が少ない気がします」
「たぶんここの兵力はビッグヘッドたちッス。ウィッチヘッドは明らかなパインクラスッス。あの人ならビッグヘッドを意のままに操るなど問題はないッス」
ヘンティルとアモルの疑問を、ホビアルが推測した。
二人ともなるほどと思った。パインクラスならそれも可能であろう。
さあ、いざ尋常に勝負と足を踏み出した。
そこに木の近くでひょっこりと顔が飛び出た。
それは赤い髪の幼女であった。可愛らしい顔立ちで愛嬌がある。
なぜこんなところに幼女が? と疑問を抱くと、さらにひょこひょこと幼女の顔が出てきたのだ。
しかも全員同じ顔である。これは異常だとホビアルたちは警戒した。
ずらりと同じ顔が並ぶ様は不気味である。
すると幼女たちは立ち上がった。耳の部分に人間の腕が生えている。彼女らはビッグヘッドだったのだ。
彼女らは一斉に歯をむき出しにして笑った。それは一番下等なプラムクラスのビッグヘッドみたいな醜く歪んだ笑みではない。人間と同じ無邪気そうな笑顔であった。
それらが一気に口から何かを吐き出した。それらは放射線を描きながらホビアルたちに落下してくる。
すると空中で甲高い音を立てて破裂する。ホビアルたちは腕で顔を隠した。無数の硬いものが一気に降り注いできたのだ。
三人は大したケガはしていない。ただヘンティルの赤い傘に破片が残っていた。
アモルは地面に突き刺さる破片を手に取った。それの臭いを嗅いでみる。火薬の臭いはしない。逆に栗の香りがした。
「栗です。彼女らは栗を吐き出し、爆弾に変えているのです」
赤髪の幼女、仮に赤髪の爆弾魔と呼ぼう。
「もしかしたら彼女らは電子レンジのようにマイクロ波を生み出す力を持っているかもしれない」
アモルが言った。
電子レンジとは何か? マイクロ波によって分子が振動して発熱する現象を利用して、食品を短時間に加熱する調理器である。
フエゴ教団本山や、村にある教会に置いてある物だ。ホビアルはすぐに理解したが、ヘンティルは思い出すのに手間取っていた。
さてマイクロ波とは波長が1メートル以下の電波の総称である。
極超短波・センチ波・ミリ波などがあり、性質は光に似て直進性・指向性がよく、中継通信・レーダーなどに使用されているのだ。
ではなぜ栗が爆発する理由になるのだろうか。それは殻付きだからである。
電子レンジによる加熱で栗に内部が均等に加熱されることにより中心の水分が沸騰するのである。
栗は殻に包まれているために外気よりも高圧になり、沸点が上昇するのだ。
栗は熱膨張による体積の増加により殻を押し破って外気に触れ、急激な減圧が起きる。
最後に沸点が下がることによって水分が一気に蒸発気化し、平衡破綻型の水蒸気爆発が発生するのだ。
おそらくレッド・ボマーたちは口内でマイクロ波を生み出し、爆発する寸前に吐き出すのだろう。
火薬を利用した爆弾ではないにしろ、破裂した際に殻が散らばるので十分に脅威である。
幼女たちはさらに増えてきた。ぺっぺと栗を吐き出していく。そしてイガグリを割って栗を口に入れるのだ。
それを見たアモルはホビアルたちに指示を出す。
「あの吐き出した栗を撃ってください!!」
ホビアルは片手を突き出す。手首から黒い糸が出た。それは血液中の鉄分を凝縮された鉄の糸である。
それを鞭のように振るい、栗を弾き飛ばした。
すると栗は幼女たちの方へ向かっていく。幼女たちは目を丸くして逃げ出した。
どぉんと大きな音が鳴る。レッド・ボマーたちは吹っ飛ばされた。
幼女たちはベニバナへ変化していく。
ベニバナとはキク科の越年草である。高さ約1メートルほどで葉は堅くてぎざぎざがあり、互生するのだ。
夏はアザミに似た頭状花が咲き、鮮黄色から赤色に変わる。花を乾かしたものを紅といい婦人薬とし、また口紅や染料の紅を作り、種子からは食用油をとれるのだ。
レッド・ボマーたちは慌てながらも栗を吐き出す。アモルは拳銃で栗を弾き飛ばした。
逆に幼女たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
爆発音とともに吹き飛び、地面に倒れるとベニバナに変わっていった。
数が減るとホビアルたちは突進してきた。レッド・ボマーたちはおろおろしてやがて逃げ出した。逃げ出すビッグヘッドは珍しい。おそらくはなまじ知性が高いゆえにホビアルたちに恐怖を抱いているのだろう。
結局、レッド・ボマーたちは逃げ去り、残るはベニバナの群生のみが残った。
☆
トリディマイトの壁まで来ると、テレビジョンに電源が付いた。
そこではウィッチヘッドが両腕を鎖で吊るされたフエルテを後ろに向かせている。
そしてフエルテの岩のように盛り上がった尻を突き出させた。ビキニパンツ越しだが黄金のような輝きを持つ臀部である。
『おほほのほ。来たわね、ホビアルちゃんにヘンティルちゃんにアモルちゃん。今日は面白いものを見せてあげるわ』
そういってウィッチヘッドは手に小さな白く細長いものを見せた。まるでワインのコルクみたいな形である。
『これは座薬といって、お尻に刺すものよ。これを今からフエルテに入れてあげるわ』
ウィッチヘッドはフエルテのパンツをずらす。そして座薬をフエルテに挿入した。
『おおぅ……』
フエルテはうめき声をあげる。だが次の瞬間フエルテは獣のように吼えた。
『グォゴゴゴ!!』
その原因は明白だ。ウィッチヘッドの人差し指がフエルテの菊門を深々と突き刺していたのだから。本来挿入する場所ではない。その苦痛は味わった本人しかわからないだろう。
『あらあら、ついつい指まで入れちゃったわ。失敗、失敗♪』
あからさまな態度で笑っている。絶対にわざとだ。さらにウィッチヘッドは人差し指を曲げる。
『ウゴォオオオオ!!』
フエルテが叫び声をあげる。まるで大型の獣が上げる断末魔のようであった。
身をよじらせ、尻を振る。尻の肌から汗が朝露のように出てきた。
やがてウィッチヘッドは指を抜き、ハンカチを取り出して拭く。
フエルテはぐったりとくらべのように骨抜きとなった。ぶらぶらと吊られた鎖が揺れている。
『あはははは、指を曲げたら素敵な声で鳴くわね。ゾクゾクしちゃう。
アモルはこんなことをしてくれなかったのかしら?
あいつは美しい容貌なのに男らしさを求めているわね。でも本当は女になりたいのよ。
毎晩、ベッドの上では女のように尻の孔を責めてもらい、女のように乳首を固くさせて感じているのだわ。
まったくアモルはド変態ね。きっとフエルテのバナナもおいしくいただいているのだわ』
ウィッチヘッドの高笑いが響く。人の神経を触る不愉快な言動であった。よほどの聖人以外なら激怒しても不思議ではない。
ホビアルはもちろんヘンティルも激高しそうになったが、アモルが急に苦しみだした。思わず膝を屈し、胸と腹を抑える。
「痛い! いたい!! イタイ!!!」
アモルは顔中から脂汗を滝のように流している。歯ぎしりをして唇から血が垂れてきた。
ホビアルとヘンティルは心配して介抱する。
するとウィッチヘッドは高笑いを上げた。
『あはははは!! どうやらわたくしの計画が成功したようだね。これで役目は終わったよ!!』
ウィッチヘッドは画面に向かって歩いてきた。そして蹴りを入れるとテレビジョンが外れて落ちる。ガラスは地面に叩き付けられると、ひびが入った。まるでテレビジョンから飛び出たような錯覚である。
なんと遠くから映像を流したわけではなく、実際にそこにいたのだ。
これには呆気を取られたホビアルたち。あまりにも意外な展開なので動けずにいたのだ。
「ではさようなら!!」
ウィッチヘッドは走り去った。崖の上を飛ぶと、髪の毛を翼のようにばたつかせて空を飛んで行ったのだ。
「そうそうホビアルちゃん。わたくしはあなたの敵討ちなのよ。十八年前にあなたの村を襲撃した犯人なのよ。あなたは復讐相手を逃しちゃったわけなのよ。オホホ、オホホ、オホホホホ……」
ウィッチヘッドは高笑いをしながら上空へ去っていったのだ。
後に残るはホビアルたちだけであった。
☆
ホビアルたちはフエルテを救出することに成功した。フエルテ自身はケガもなく、体調も問題はなかった。
薬で朦朧としておりふらふらしていたが、酒に酔っているのと一緒で時間が経てば戻るだろう。
大事なのはアモルだった。病状はますます悪化しており、苦しそうだ。
騎士たちの元に戻り、治療を受けている。非常時のために医者も待機していた。アモルは簡易テントで作られた医療所で意思の手当てを受けている。
騎士たちはテントの周りを護衛していた。さらに数人がトリディマイト要塞に入り調査している。無線機で本山に連絡したから本格的な調査団が来るのに時間はかかるが、それでも簡単な調査は可能だ。
騎士たちは特殊な機械を所持し、テレビジョンなどを調べている。
一方でホビアルたちは折り畳み式のテーブルと椅子に座り、ブラックバスのトマト煮や、コイのトマト煮の缶詰と乾パンで食事をとっていた。アツアツのミルクの入ったカップも置かれている。
「ふぅ、人心地ついたな。温かいものを飲むだけでこれほど落ち着くとはな」
フエルテはほっと一息ついた。その様子を見て安堵するホビアルたち。知り合いたちと顔を合わせるだけでも凍てついた心が溶けていくのがわかる。まるで太陽の光に似ていた。
「本当に無事でよかったわ。ビッグヘッドに思い出すのも忌々しい辱めを受けた苦痛は癒せないとは思うけど」
ヘンティルの言葉にフエルテは首を傾げた。本人としては大げさな表現としか思っていないようだ。
「辱めねぇ……。俺は奴らが単にいたずらしたとしか思えないね。第一あいつらはなんか要求したのか?」
「そうね。あたしたちを救助に寄越せとしかなかったわね」
「そうだろう? まあエビルヘッドを倒した俺の名声を陥れたいと思ったが、その割には弱すぎるからな」
「確かテレビジョンで公開されていたわね。あれが電波に乗って大勢の人に知られたらどうなるのかしら」
「あれは録画映像だぞ」
フエルテがさらっと言った。ヘンティルは目を見張る。ホビアルは表情を動かさないが、聞き入っているようだ。
「あいつらは三回に分けて映像を取っていたな。もっとも最後は壁に後ろを向けられてわからなかったが」
最後の映像でフエルテは後ろを向いていた。だから録画されていたかは確認できなかったのである。よく考えればウィッチヘッドの言葉は一方的であり、語ってなどいなかった。
「それとここからでは電波は流せないッス。だってアモルの無線機はまったく使えなかったッス」
ホビアルが横から口を挟んだ。あの場所では電波を流すことは不可能なのだ。
もっともウィッチヘッドが記録媒体を手にしており、後で映像を流すかもしれないが。
だが映像を映す機械はフエゴ教団にしろ、エビルヘッド教団にしろ少ないのだ。酒場や人が多い場所でテレビジョンを設置する計画はあるが、個人の家で所持することはできない。
まだその時期ではないのだ。
「でもウィッチヘッドは勝ち誇っていたッス。計画は成功したと言っていたから、もう事は起こっているかもしれないッス」
ホビアルは考え込んだ。一体どういうことだろうか? 三人寄れば文殊の知恵というが、さっぱりわからない。
やがて考えることより、自分の司祭の容態に思考を移す。
「そういえばアモルは無事なのか? あいつはかなり苦しそうだったが」
「そうね。あの子がいきなり苦しそうだったから心配だわ」
フエルテとヘンティルは簡易テントで苦しむアモルを心配していた。
「……もしかすると」
ホビアルは立ち上がった。そして簡易テントへ向かう。いきなりの行動で二人は目を丸くした。
三人は簡易テントにやってきた。キツネの看護士たちも待機しており、アモルの寝ている簡易ベッドの周りを世話していた。
そこでカエルの亜人である医師から話を聞く。だが医師の顔は暗かった。
「……アモル様は女性になっております」
その言葉に三人は呆気にとられたのは言うまでもない。
当の本人は穏やかに簡易ベッドの上ですやすやと眠っていた。
あと一回で終わります。




