ホビアル、グリーンランナーと戦うッス
「うわぁ、広いッス!!」
ホビアルが驚きの声を上げる。トリディマイト要塞の中に入ったが、そこは天然の要塞であった。
険しい岩山は城壁の代わりであり、トリディマイトの壁は門の役割を果たしていたのだ。
ホビアルたちが眼にしたのは窪地であった。日が当たらないためか岩肌が剥きだしてある。木の一本すら生えていなかった。まるですり鉢のような形をしていたのだ。
相当に広々としており、スポーツを行うコロシアム並であった。その広さは大人が二十人ほど皮で造られたボールを蹴りまわしても余裕があるほどだ。
周囲は岩山で挟まれており、窪地に下りなければ通れない状況である。
ホビアルたちはうんしょうんしょと降りて行った。
ぐろん、ぐろん、ぐろろろろ!!
遠吠えが聴こえた。地獄の底にする三つ首の犬がいたならこうだろうなという、思わず震えてしまいそうな声であった。
ホビアルたちは声の主を探した。すると地面から何かが這い出てきた。
それは肌の爛れたビッグヘッドであった。眼球は白く濁っており、片目がどろりと飛び出ている。口はだらしなく開き、赤黒い舌を牛の尻尾のようにだらだらと揺らしていた。
それが数十体も現れたのである。どれもホビアルたちに向かってゆったりと、確実に彼女たちに歩みを進めているのだ。
「ゾンビヘッドッス! 昔見たことがあったッス!!」
ホビアルが叫んだ。
「ゾンビヘッド? 確かホビアルが十歳の頃サビオと一緒にいたときに襲われたって聞いたけど」
アモルが訊ねた。その間にローブから拳銃を取り出す。ヒップホルスターに納めていたものだ。
アモルの実家は火薬製造を扱っている。その際に拳銃の弾丸も製造しているのだ。ちなみに拳銃の本体は別の司祭が担当している。
アモルの使用する拳銃は回転式である。
弾倉が回転式になった連発拳銃のことだ。構造が比較的単純なので壊れにくい。
アモルは撃鉄を指で起こし、引き金を引いた。
どぉんと轟音が鳴った。ゾンビヘッドの額に風穴が開く。
ふらふらと地面に倒れると木に変化した。馬酔木になる。
馬酔木はツツジ科の常緑低木であり、普通は乾燥した山地に自生している。
多数の白い壺形の花が総状につく。有毒で、葉をせんじて殺虫剤にすることがある。
名前の由来は、馬がこの葉を食べると脚がしびれて動けなくなるのによるのだ。
「おお、馬酔木に変化したッス! 昔ベラさんが倒したときと一緒ッス!!」
ホビアルが叫んだ。彼女は右手を前に突き出した。そして手首を上に曲げる。手首の血管から黒いものが飛び出した。
それは血液に含まれる鉄分を凝縮したものだ。それが針となりゾンビヘッドの額を貫いたのである。
ただ正面に向かい、一体ずつしか対処できない弱点があるが。
「あらぁ、あたしも負けられないわぁ。いくわよ~ん♪」
ヘンティルがゾンビヘッドの前に立った。大きく深呼吸をした後、口をすぼめる。
するとゾンビヘッドの眼から水が出てきた。まるで縄のようである。
正確には水が吸い出されているのだ。それがすべてヘンティルの口に入ってきているのである。
ヘンティルの腹部はみるみるうちにぽっこりと膨らんだ。代わりにゾンビヘッドは枯れ木の如く干からびた。そしてばったりと倒れる。
他のゾンビヘッドは仲間が倒れても気にしない。目が見えないのだ。視力に頼らず温度を視ることができる。
人間の体温などを察知して襲い掛かるのだ。歩く速度は遅いがゾンビヘッドは疲れない。いつかは追いつかれて喰われるのである。
ヘンティルは食われるつもりなどない。彼女はまず両腕をまっすぐ伸ばした。そして両手を後頭部に組む。アブドミナルアンドサイというポーズだ。
アブドミナルは腹筋で、サイは脚を意味する。腹筋と脚を強調するポーズである。
にやりと歯をむき出しにして笑うと、首を右から左へと回した。
すると周囲のゾンビヘッドの額が突如割れたのだ。
瞬く間にゾンビヘッドたちは馬酔木へ変化していった。
ヘンティルは何をしたのか? 答えは簡単、彼女は呼吸でゾンビヘッドの体液を吸い取ったのである。
彼女も杖候補として修業はしていた。生まれ故郷からは出たことはなかったが、村に住む司祭から勉強と訓練をしていたのである。
そして本山に来て、本格的に修業をした結果司祭の杖として合格ラインに達したのであった。
ヘンティルのスキル名は肺の水芸人である。肺機能を特化したスキルだ。
肺とは空気呼吸を行うための器官である。両生類以上にみられ、胸腔に左右一対あるのだ。
内部は、無数の肺胞となっており、肺胞を取り囲む毛細血管との間で炭酸ガスと吸気からの酸素との交換が行われるのである。
ヘンティルはその力でゾンビヘッドの体液を吸いつくしたのであった。
それを水圧カッターで吹き出したのである。
瞬く間にゾンビヘッドたちを一掃するホビアルたち。
その時遠吠えが再び聞こえた。声の主を探すと窪地の一番上に異形の獣が現れた。
それは女の顔をしたビッグヘッドだった。違うのは手足の方だ。
足の部分は四本足の動物の前脚だった。手の部分は後ろ脚だ。
女の顔は目が細く、鼻は低い。口は小さかった。緑色の長髪で前はぱっつんと切れている。
そいつはいきなり走り出した。ネコ科の如く、稲妻のような動きであった。
「気を付けるッス! あの手のタイプは舌が命ッス!!」
ホビアルが檄を飛ばす。ビッグヘッドの中には手足がないものがいる。
大抵それは舌などが進化しているのだ。舌だけで物を取ったり、体を拭いたりすることができるのである。
目の前にいるビッグヘッド、名前は緑髪の走者と名付けよう。
そいつはすり鉢状の窪地を縦横無尽に走っている。とても目に追いつけない速さだ。
そして口からペッと何かを吐き出した。痰である。
それが地面にしみ込んだ。するとそこから槍が数十本も突き出たのである。
ここには罠が仕掛けられていたのかとホビアルたちは驚愕したが、ヘンティルは否定した。
「違うわ。あれはワナタケよ。ある条件が満たされると発動するキノコなのよ!!」
「それってどういうキノコッスか? そんなの教団の図鑑には載ってなかったッス」
「載ってなくて当然よ。今まで発見されなかったのですもの。ある場所を踏んだり、特定の液体をかけられると槍とか爆発したりとかするの。おそらくあのビッグヘッドが吐く痰で罠が発動するみたいね」
問題はこれがキノコということだ。
キノコとは《「木の子」の意》である。
菌類のうち、顕著な子実体を形成するもので、大部分は担子菌類に、一部は子嚢菌類に属する。
ふつう傘状をなし、山野の樹陰や朽ち木などに生じるのである。
ワナタケはこの窪地全体に菌を張っているのだ。グリーンランナーが痰を吐くたびに槍などが一気に突き出てくるのだ。
なら単に当たらなければいい問題ではない。活性化されたワナタケはホビアルたち目がけて発動していくのだ。
離れていれば安全というわけではない。グリーンランナーは着実にホビアルたちを追い詰めているのだ。
しかも小人形態のキャットヘッドたちがホビアルの邪魔をするのである。
とてもではないがグリーンランナーに近寄ることはできない。
「なら近づけるようにすればいいんス!!」
ホビアルはわざとこけた。敵はその隙を逃さない。ホビアルを喰らおうとした。
だが彼女をかみ砕くことはできなかった。褐色の乙女は血液を鋼鉄にすることで身を守ったのだ。
歯が折れてしまったグリーンランナーをホビアルは持ち上げ、窪地の真ん中へぽいっと投げ捨てる。
グリーンランナーは絶命し、松の木へ変化したのであった。
☆
敵を倒して先に進むホビアル一行。
するとトリディマイトの壁が立ちふさがった。鉄の門と大型のテレビジョンが待ち受けていたのだ。
ホビアルたちが一定の距離に来るとテレビジョンに明かりがついた。
『オホホホホ。ホビアルちゃんたちは無事に敵を倒したようで何よりだわ。
ご褒美にフエルテにはごちそうを与えないとね』
画面いっぱいにはウィッチヘッド映った。そして場面はフエルテに変わる。
フエルテは両手につながれた鎖が下がっており、ひざまずく形になっていた。
そこにウィッチヘッドが一本のバナナを手にした。とても太いバナナだ。
バナナとはバショウ科の常緑多年草である。高さはふつう二、三メートルあって葉はバショウに似ている。
夏、苞をもつ大きな穂を垂れ、下部に雌花、上部に雄花がつくのだ。
実は房状になり、黄色などに熟し、食用部は子房の発達したもので、ふつう種子はない。改良する前には種子はついていたが。
基本的に熱帯アジアの原産だ。オルデン大陸では特殊な施設でなければ栽培できない貴重品と言えよう。無論ホビアルたちは年に一度くらいは口にすることはできる。
ウィッチヘッドはバナナの皮をむき、フエルテの口にむりやり突っ込んだ。
その様子はまるで卑猥であった。フエルテは声も出せず嗚咽を出している。
『あははは! 皮をむいたバナナをおいしそうに頬張っているわ。
ねえフエルテ。アモルの家で食べるバナナと私のバナナ、どちらがおいしい?』
フエルテはバナナを食べ終えると、ぼそりと呟いた。
『……確かにアモルのより太くて甘いな』
フエルテは正確にアモルの家で出されたバナナより、こちらのほうが実が太くて甘いと言いたかったのだ。だがそれをウィッチヘッドは誇張し高笑いする。
『あはははは! 聴いたアモル!? あなたのバナナより、わたしのバナナの方が太くて甘いですって!! きっとアモルのバナナは細くて食べられたものではないのね。あはははは!!』
こうしてテレビジョンの電源は切れた。ヘンティルは先ほどのやり取りを理解できなかった。フエルテがバナナを食べたからなんだという感じである。
一方でアモルの顔は青ざめていた。そして胸と股間を押さえつける。
ホビアルは再び激怒していた。
「許せない!! まるでアモルが自分のバナナをフエルテに食べさせているみたいじゃない!!
二人がそんな汚らわしいことするわけがない!! 学校の保健体育の授業で危険性は十分勉強しているもん!!」
ヘンティルは勉強の部分に首を傾げた。アモルはそっと耳打ちしどういうことか教えた。
するとヘンティルの真っ白な顔は見る見るうちに赤くなった。
「なっ、なんて汚らわしい!! 男の人のあれを……」
それ以上は言えなかった。ヘンティルは筋肉モリモリだが心と身体は乙女なのだ。
「そう、だよね。あれって娼婦がするものだけど、きちんと洗浄して、自身もうがい薬と歯磨きをして、避妊具を付ける必要があるんだよね……」
アモルは虚ろな目で答えた。その先はテレビジョンだ。
アモルは再び胸と股間を手で押さえる。不思議な痛みを感じた。
「さあ、行くッスよ!! これ以上フエルテを辱めに合わせるわけにはいかないッス!!
あの魔女をコテンパンにこらしめるッスよ!!」
ホビアルが檄を飛ばす。彼女は本気で怒っていた。ヘンティルは先ほどの話にまだ頭がくらくらしている。
アモルは表情が暗いままであった。
今回はちょっと品がなかったと思う。
きちんと言葉は濁してますがね。
今度から水・土の12時に更新したいと思います。




