ホビアル、零歳ッス
「ギャアァァァァ!! 助けてくれェェェ!!」
遠くから絶叫が響き渡る。小さな集落は阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
家が十軒ほどしかない猫の額並みの集落である。小さなほうれん草畑が村の事業だ。
全員が顔見知りであり、家族であった。子供の頃から老いて死ぬまで同じことの繰り返しが当たり前だと思っているのだ。
今は襲撃者たちにより命を貪り食われている状況である。
相手はビッグヘッドと呼ばれる異形であった。酒樽のように巨大な人間の頭に手足がちょこんと付いている不気味な存在である。
歪んだ顔つきで、大きく歯をむき出しにしながら笑っている。別名スマイリーと呼ばれる形態だ。
ビッグヘッドは基本的に常人形態が多い。
その他に一軒家ほどの大きさを誇る巨人形態や、スイカ並みの大きさしかない小人形態がいる。
スマイリーは狂暴な種類だ。人間を喰らうのである。
ビッグヘッドは食べるものを選ばない。土だろうが鉄だろうがまとめて食べる。そして目から涙と一緒に食べた物を排出するのである。
それらは涙土や涙鉄と呼ばれており、小石ほどの大きさで薄い膜に覆われている。
スマイリーは人間を食べる。それも足からだ。そうすることで人間が激痛と絶望の声を上げるのが好きなのである。
彼らは涙骨と呼ばれるものを排泄する。ビッグヘッドはひりだしたものを区別して捨てることが多い。涙骨が小山のように積まれているのを発見したらスマイリーの縄張りだと言われていた。
そして現在スマイリーたちは集落を襲撃し、人間を喰らっていたのだ。
集落に住むイエロという少女がいる。八歳ほどの年齢で、白いワンピースに柔らかい革靴を履いている。黒いおかっぱ頭だ。その表情は鉄のように固い。両手には赤ちゃんが白い布に包まっていた。
目の前ではスマイリーが哀れな犠牲者を足から齧っていた。
それは女性らしかった。らしいというのは女性の身体は尋常ではなかったからだ。
その女性は鉄でできていた。肌の表面はうっすらと黒く、てかてかに光っていた。
関節部分は昆虫のようである。髪の毛は針金のように固そうであった。
彼女はアイアンメイデンという亜人である。女性だけしかならない極めて珍しい種族だ。
初潮を迎えるまで人間と何ら変わらない。迎えた後は徐々に肌が黒くなり、髪も固くなる。
生理を迎えるたびにその皮膚は固くなるのだ。鉄の身体を持っているため汗腺がなく、皮膚呼吸ができない。そのため夏はひっそりと岩陰に隠れ過ごしている。
彼女らはあまり腹が空かない。食費だけは節約できるのだ。
月に一度だけ体が柔らかくなる。その時に性交するのである。
イエロの目の前で喰われている女性は彼女の姉だ。
両親はイエロを生んだ後病死した。それ以来姉に育てられてきたのだ。赤ちゃんは姉の娘である。名前はホビアルだ。
すでに太もも辺りまで喰われている。それでも彼女は泣き叫ぶことはない。アイアンメイデンと言っても痛覚はある。
別の場所ではボヘェェェとほら貝のような音が上がっていた。これはアイアンメイデン特有の叫び声である。おそらく集落の誰かが悲鳴を上げているのだ。
「イエロ。そこにある包丁を持ってきてちょうだい」
姉はまるで食事の手伝いを頼むように、妹に言った。イエロは言われるままに姉に包丁を渡す。
すでに下半身まで喰われていた。鉄の臭いが家中に広がり、気分が悪くなる。
だがイエロはまったく動じていない。アイアンメイデンはよそから男を迎え入れる。ほとんどがネズミの亜人が多い。姉の夫は人間だ。こちらはすでに食い殺されていた。
アイアンメイデンの女性は冷静にスマイリーの額に包丁を突き刺した。
何度も機械的に同じ場所を突き刺している。頭部に詰まった内臓をやられたのか、女性を吐き出し、舌を上に向ける。
そこから木の芽が出てきた。そして物の数分もしないうちに大きな木へ変貌する。
ビッグヘッドは殺されると木に変化するのだ。その理由にビッグヘッドは木の精霊の化身だと言われていた。詳しくはわからない。
「姉さん」
イエロが駆け寄った。もう女性は助からない。喰われた部分から内臓がはみ出ている。息を引き取るのは時間の問題だ。
「イエロ。ホビアルが成長したら伝えてちょうだい。あなたの母親は最後まで戦って死んだと」
「はい」
「それと家にある亜人全書を持っていきなさい。
いつか箱舟の使者たちに渡すのですよ」
「わかりました」
そう言ってイエロは家の金庫にある本を取り出す。
そしてホビアルを抱いて家を出る。姉妹の別れ方にしては素っ気ないがアイアンメイデンはそういう種族なのだ。鉄の心で滅多に動揺することはない。
☆
イエロは広場にやってきた。なぜかというと逃げる途中でスマイリーと出会ってしまったからだ。彼らはにやにや歯をむき出しにして笑うだけで襲ってはこなかった。
だがさすがにイエロ一人ではどうにもならず逃げだすしかなかった。
広場には八人ほどの子供が集まっていた。ほとんどがネズミの亜人の男の子であった。
アイアンメイデンの子はイエロだけである。下手すれば種族は亡ぶ可能性が高いが、隔世遺伝で生まれる場合があるので深刻になっていない。
亡ぶのなら仕方ないと思っている程度である。
「うえぇぇん……。おかぁさぁん……」
子供たちは泣きじゃくっていた。当然だ。いきなり親を理不尽な捕食者によって奪われたのだ。泣かない方がおかしい。
泣いていないのはイエロだけだった。一応子供たちの中で一番年長者である。
ホビアルはきゃっきゃと笑っている。両親を失ったのに暢気すぎだなとイエロは思った。
その内イエロは子供たちを見回す。全員顔見知りであり、兄弟として育った仲だ。
収穫祭ではみんなでたき火の周りを手でつないで踊ったものである。
……ふと、イエロは違和感を覚えた。大人たちは誰もいない。なのに子供たちは全員いる。
「……お母さんやお父さんたちはどうしたの?」
イエロが訊ねると子供たちは一斉に泣き出した。おそらく目の前で両親を喰われたのだろう。その時の恐怖が蘇り、ひたすら泣いている。
「どうしてみんな広場に来たのかしら」
すると子供たちが嗚咽しながら答えた。逃げる途中でか頭に見つかり、反対へ逃げたのだという。
でか頭とはビッグヘッドの別称だ。人間たちは詳しい名前を知らないらしい。亜人たちだけ正式名称を知っているのだ。これは亜人たちの指導者であるキングヘッドの影響だという。
イエロは考える。子供たちが一度に広場に集まった。これは偶然ではない。
もしかして自分たちは嵌められたのではないか。大人たちを殺し、子供たちを集める。
陰謀を感じたのである。それは半分核心を得た。
村には見張り台がある。その上に一体のビッグヘッドが立っていた。
それは美しい顔立ちをしていた。髪の毛がまるで黒いマントのように舞っている。
まるで冷たい氷のような感じだった。魔女と呼ぶにふさわしい雰囲気をまとっていた。
イエロはその姿を見て、激高した。
今自分たちがこのような目に遭っているのはあいつの仕業なのだ。
表情は鉄面皮のように動かない。だが心の中では瞋恚に満ちていた。
そんな中ホビアルは無邪気に笑っている。そのおかげでイエロは冷静さを取り戻せた。
魔女のようなビッグヘッド、仮にウィッチヘッドと名付けようか。
そいつは口笛を吹いた。すると集落に散らばっていたスマイリーたちが集まってきたのだ。
口を大きく開け、舌をぺろぺろと上唇と下唇を交互に鳴らしていた。
子供たちはそれを見て泣き出した。中には大小便を漏らしたものがいる。嫌な臭いが漂っていた。
イエロはなんとかして子供たちを逃がそうと思った。見張り台に逃げるわけにはいかない。スマイリーは人間を食べるが、無機物も食べるのだ。そうなれば自分たちは破滅である。
姉と同じく最後まで戦おう。子供たちの誰かにホビアルを預け逃げてもらおう。
そして将来を誓った少年への遺言も伝えよう。
イエロは覚悟を決める。
「私が喰われたら……」
イエロは最後まで口にすることができなかった。
☆
救いの神が現れた。それは全身はほぼ灰褐色で白っぽいまだら模様がある肌を持つ女であった。
髪の毛はなく、つるんとしていた。
女とわかるのは胸元と恥部を隠すビキニアーマーのみを身に付けていたためである。
臀部には尻尾があり、長い。
女はスマイリーの頭部に手刀を喰らわせる。脳が揺さぶられたのか泡を吐いて倒れかける。
そして尻尾を叩きつけた。ばちっと火花が飛び散る。
一瞬で内臓は焼かれ、スマイリーは死んだ。
別のスマイリーが女性に向かって駆けだす。そして大口を開けて喰らおうとしたが、女は回し蹴りを繰り出した。
蹴りが決まり、固まっていたスマイリーたちを弾き飛ばす。
その後ろには赤い鎧を着た集団がいた。そいつらは槍でスマイリーたちを突き刺す。
数分もかからずスマイリーたちは全滅したのであった。
「どうも初めまして。あたいはベル。デンキウナギの亜人で、フエゴ教団の者さ」
ベルはイエロに向かって手を差し出した。歯をむき出しにして笑う。イエロは笑わなかった。
イエロは握手する。やはりぬめっとした。
ベルはデンキウナギの亜人と名乗った。イエロはよく理解できなかった。
デンキウナギとはギムノータス目デンキウナギ科の淡水魚である。
かつて南アメリカのアマゾン川とオリノコ川に分布していた。
全長約2メートルほどで体はウナギ形で頭部はやや縦扁し、うろこはない。
体色は暗褐色で頭胴部の下面は赤褐色だ。
尾部に発電器官をもち、大形のものでは約800ボルトの放電をするのである。
先ほどベルが尻尾でスマイリーを叩いたのはそのためである。
「初めまして。イエロです。この子は姉さんの子供でホビアルと言います」
「イエロにホビアルか。ところで異変が起きたと連絡があってね。初めての村だけど急いでやってきたんだ。いったいどうなっているんだい?」
ベルが質問する。
「数時間前にスマイリーたちが襲ってきました。大人たちはみんな殺され、今ここにいる子供だけが生き残ったのです」
イエロが答える。ベルはそれを聞いて感心した。
「それと魔女みたいなビッグヘッドがいました。初めて見ました」
「魔女みたいな……。噂に聞くウィッチヘッドかもな。パインクラスの厄介な相手だな」
ベルは唸る。どうやら見た目通りにウィッチヘッドでよかったようだ。それも彼女でも知っているほど知名度は高いようである。
「おーい、ベル。無事か~?」
遠くから声がした。それは犬であった。赤いローブを羽織っているが毛は真っ白で犬のようである。耳の位置は人間と同じだ。
「初めまして。私はセバスチャン。グレート・ピレニーズの亜人です。フエゴ教団の司祭です」
「おお、来たか。詳しい話はこの子から聞いているよ」
ベルはセバスチャンに報告する。
セバスチャンは鎧を着た者たち、フエゴ教団の騎士団に命じて後始末をさせていた。
子供たちは教団のシスターたちが優しく面倒を見ている。このまま本山に連れ帰り、育てる予定だ。
イエロは箱舟の使者かと訊ねると、セバスチャンの顔が曇る。
「もしかして亜人全書があるのかな」
イエロは亜人全書を差し出した。箱舟の使者なら理解できると姉に言われたからである。
「なるほど、アイアンメイデンという種族か……。見たところ女の子は君だけみたいだね」
「はい。女の子は私だけです。別の家で女の子が生まれたけどすぐ死にました」
おそらく夭折したのだ。集落の規模からアイアンメイデンは少数なのだろう。もっともこの子たちが将来大人になり、子供ができたら隔世遺伝で生まれる可能性はある。
「君に親戚はいるかね?」
「はい。年の離れた兄さんがいてラタという独楽鼠の亜人です。その人は行商人になって亜人たちを相手に商売をしているそうです」
「そうか。行商人なら居場所は不特定だな。よし、君は私が面倒を見よう。今日から私の家に来なさい」
「おう、あたいも歓迎するよ。あたいはこいつの奥さんなんだ。ちなみに先月子供を産んでいてね。子供はいくらいてもいいもんだ」
ベルは豪快に笑っている。こうしてイエロとホビアルはセバスチャンの家に住むことになった。
ホビアルは無邪気に笑い続けていた。
新連載を始めました。
マッスルアドベンチャーとラードアルケミストと同じ世界観です。
今回は毛色を変えてみようと思いました。
モデルとしてはジャレコのアーケードゲーム、モモコ120%をイメージしております。
内容はのんびり、ほのぼのとした内容になると思います。
最終話のあたりでアクションを入れますので。