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●第一話

「カグヤ。お見合いをしなさい」


 とうとうきたか。

 母であるレイディス女王にそう命じられたとき、カグヤはあきらめた。


 夏真っ盛り。カグヤがいまいるサロンには、まばゆい夏の日差しがさんさんと射し込んできている。

 その入り口に、太陽のように燦然と輝く容貌の女性が立っていた。


 長い金髪をアップで編み込み、澄みわたった青空のような瞳。真っ白な肌はもういい歳だというのにつやつやとしていて、しわひとつない。紅をひいたような唇はきりっとひきしめられていて、涼やかな美人だ。たとえるなら、冬の花だろうか。真っ暗な冬を照らす、冴え冴えとした、でも明るい太陽。母はいつもそんな印象だ。


 母は亡き父にかわり、この魔法大国アルオーンを支えてきた。美貌も魔力もこの国でいちばんと言われている。それはカグヤも認めている。


 このアルオーンでは、魔法という存在は絶対だった。

 この国に生まれ落ちて魔法を持たない存在というのは、あり得ない。

 心臓が動き、血流がめぐり、息をする。それと同等のことと思われている。

 だからこの国の王女、しかも王族の唯一の跡取りであるカグヤが魔法を持っていないとわかったとき、国中が大騒ぎになった。レイディス女王が他国の者と浮気をしてできた子かと不穏な噂が流れたほどだ。

 見た目だって、レイディス女王やリィジス王のどちらともだいぶ違った。カグヤの真っ黒な髪も瞳も、夫婦のどちらの色でもない。唯一の救いは、どちらの美貌もいいところをじゅうぶんに受け継いだことだろうか。


「カグヤは正真正銘、わが夫リィジスの娘です!」


 レイディス女王は憤慨し、みずからそれを証明する魔法動画を民衆に公開した。

 アルオーン国民は、親と子を証明する手立てがちゃんとある。

 親と子が手と手をあわせると、両者の手のひらに青い光で包まれた紋章があらわれるのだ。

 一定時間がすぎると消えてしまうが、それはまだ魔法の使い方も知らない赤子に対してもそうで、アルオーンの神アルイーシャがさだめられたもののひとつとされている。

 逆に、親と子の絆を持たなければ、紋章はあらわれず、手のひらは合わされたまま光ることもない。


 レイディス女王はきちんと手のひらを合わせる前からの映像を、アルオーンの空に映し出した。

 そしてまだ幼子だったカグヤと手のひらを合わせ、紋章が出現した。

 屈辱的なことだったろうに、そうしてきちんと証明してみせたのだ。

 だから、不穏な噂が飛び交うことはすぐになくなった。

 それはいい。それはいい、のだが。


 カグヤは二十歳になってしまった。

 二十歳といえば、アルオーンでは男女ともに成人とみなされる歳である。

 いや、王族ならば十六歳から結婚適齢期。レイディス女王もその母のミルディス大妃も、きっちり十六歳で結婚し、翌年には第一子を出産している。


 カグヤは完全にいきおくれだった。

 魔法を目覚めさせるあらゆる方法を試しても無駄だったし、自分の好きな読書とスイーツ作りばかりをしていた。

 レイディス女王も娘のことを不憫に思ってか、いままで好きなようにさせてくれていた。

 おかげで妄想力とスイーツの腕前だけは立派なものになった。


 だが、現実逃避していても時は無常に過ぎていく。

 カグヤは着々と年を取り、二十歳まできてしまった。いままで恋人がいたことなんか、ただの一度もない。恋愛経験も皆無だ。

 カグヤが生まれた直後に父王リィジスは病死してしまったし、レイディス女王もまたそのあと再婚することもなかった。

 つまり、王族の存続はカグヤにかかっているのである。


「わたしのような出来損ないと結婚したいという酔狂なお方がいるんですね」


 ついひねくれた言い方をしてしまうのは、性分だ。甘やかされて育ったせいもある。

 レイディス女王は、眉ひとつ動かさない。さすが「氷の女王」「鉄面皮」と呼ばれるだけはある、とカグヤはこっそり思った。


「たくさんおられます。カグヤ。あなたは幸いにして見た目はとてもいいですから」

「美貌より魔力が重視されるこの国ではたいして特にはならないと思いますけど」


 このアルオーンでは、アルイーシャが絶対神だ。そしてアルイーシャは魔法をつかさどる神。魔法が命、生命の源とする神。

 だから見た目より特技より、魔法が常に優先される。

 ぶっちゃけた話、どれほど見た目が醜かろうがどれだけ剣術や家事などの才能がなかろうが、魔力が強ければそれだけでモテる。それだけで恋人や結婚相手に苦労はしない。

 逆を言えば、カグヤは「アルオーン一モテない」女なのである。

 けれど、レイディス女王はさらにひと言。


「だとしても、この国の次期国王になれるのです。あなたと婚姻を結びたいという殿方はごまんといるのですよ。いつまでも恋がしたいとか夢を見ていないで、現実と向き合いなさい」

「ちっ」

「いま舌打ちのようなものが聞こえましたが」

「雀が鳴いたのでは?」


 ふたりのやり取りを、レイディス女王とカグヤつきの侍女がふたりともはらはらしながら見つめている。この親子のあいだで、いままでこれほどぎすぎすした空気が流れたことがなかった。

 そう、カグヤは恋愛ものの本を読みすぎているせいか、いまだ恋というものにあこがれていた。ひそかにではあったが、それは確かだ。

 レイディス女王もそれを知っていたから、カグヤに結婚を無理強いしてこなかった。


 そんなカグヤもこの夏、二十歳の誕生日を迎えた。

 母がこれほど熱心にお見合いをすすめてくるのは、だからなのだろうとカグヤはあきらめた。

 あきらめて、「まあいいです」と開いていただけの本をぱたりと閉じた。母のほうは見ずに、白い丸テーブルの上に置いてあったティーカップを取り上げる。


「ラスティス家存亡の危機ですからね。しっかりお見合いさせていただきます」

「アルイーシャ神のお告げがありました。一週間前の夜、あなたが二十歳の誕生日を迎えてすぐのことです」


 ぴたり、とカグヤの手が止まる。

 アルイーシャ神のお告げを聞けるのは、魔力が相当に強い者だけだ。いちばん強いとされる母でさえ、いままで一度しか聞いたことがない。カグヤが生まれる際のお告げ、そのただ一度だけ。そう聞いている。

 それが、いったいどうしたことだろう。

 カグヤの興味をじゅうぶんに引いてから、レイディス女王は告げた。


「『カグヤ・ラスティスの魔力を引き出すには、形式上の婚姻を結ぶだけでいい』とのことです」

「はっ!?」


 カグヤは思わず、ガシャン!と勢いよくティーカップを置いていた。叩きつけなかっただけ誉めてほしいところだ。


「いまごろになってそんなお告げですかっ!? いったいなにさまのつもりかしら!?」

「神さまです」


 きっぱりとレイディス女王は言い、ぐっと押し黙るカグヤを見据える。


「まあ、どうせならあなたが生まれたときにそのお告げを言いやがれと正直わたしも思いました。そうすれば、形式上だけなのですから赤子のあなたと適当な殿方との婚姻を結んで、あなたに本当に魔力があらわれたら離縁すればいいだけの話ですからね。そうすれば魔力をきちんと持ったあなたは年ごろになって、恋をした相手と本当の結婚をすればいい」


 ……母上もなかなかにえげつないことを考える。

 さすが、長いことこの魔法大国をまとめあげてきた女性である。


「ですが、いまそんな文句をたれていても意味がありません。時期がどうであれ、そういうお告げがあったのは幸いです。カグヤ、あなたも魔力が持てる可能性が出てきたのです」

「……だからお見合いをしろと?」

「そのとおりです」

「形式上の結婚だけでいいなら、いまからでも母上がいま言ったとおりのことをすればいいのでは?」

「一度婚姻を結び、離縁し、本当の結婚をということですか?」

「はい」

「それにはあなたはいきおくれすぎました」


 ぐさりと、さすがにカグヤの胸に突き刺さるひと言だった。


「いいですか、カグヤ・ラスティス」


 びしっとレイディス女王は、その青い瞳でカグヤを見据えた。きりっとした夏の海を思わせる涼やかなその瞳に見据えられると、カグヤの背筋はピンとのびてしまう。いかに甘やかされてきたとはいえ、そこはやはり親は親、子は子だった。

 いくつになっても、母親には勝てない。


「さっさとお見合いしてそこそこの恋をして、結婚なさい! ちょっとでも『いいな』と思えばそれで妥協しなさい! これからはもう一切甘やかしません!」


 じゅうぶん甘やかしてると思いますけど、とレイディス女王つきの侍女がつぶやいたが、幸い女王の耳には届かなかったようだ。


「……わかりました、お母さま」


 もとより。

 神のお告げがなくとも、こういう事態になるのは想像していた。いずれ自分の結婚は考えていた。

 お見合いをしなさいと言われたときに、すでにあきらめはついていた。


 せめてそこそこの魔力とそこそこの見た目がそろった殿方であればいいな、とこの期に及んでカグヤはそんな贅沢なことを考えていた。


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