トマト
素人な作品です。それでも読みたい方どーぞ!
僕はトマトが嫌いだ。あの毒々しいほどの赤は人血を思いおこさせられるし、あのぶにっとした感触がなんだか人の肌みたいで、たまらなく気色悪い。
その旨を母親に伝えたことはあるのだが、「考えすぎね。素晴らしい妄想力だけど、トマトに失礼でしょ。味が嫌いじゃないなら食べなさい。栄養満点なんだから。」と、笑われたうえにお説教まで付いてきた。
そんなんだから、今日も母親は鼻歌を歌いながら朝食にトマトをだしてきた。僕は朝から気が滅入りそうだった。
結局、母親の目を盗んでビニール袋にそれを突っ込みと、素早くカバンにしまった。そして「いってきます」と言いながら、さっさと家をでると、通学途中のコンビニのゴミ箱にそれを捨てた。僕は重い足取りで学校への道を歩いた。
たしかに、昔はトマトは嫌いじゃなかった。トマトが食べれなくなったのは2年前からだ。2年前のあの日から僕はトマトが喉を通らなくなった。
学校はいつも通りだった。いつも通りに授業をうけ、いつも通りに友達と馬鹿話をした。そしていつも通りにすべての授業を終えて帰路についていた。なにも変わらない。なにも変わらない日常だ。
夕暮れの帰り道は、夕陽に染められ真っ赤だった。その赤の世界を僕はひとりで歩いた。
そしてあの日のことを思い出した。
2年前、僕は中学2年生だった。あの日、僕は家族と一緒に祖父の家にいた。僕と父と母と、そして1つ年の離れた弟の悠太の四人だ。我が家は毎日夏休みに祖父の家で過ごすのが通例となっていたのだ。
祖父は祖母と二人でお米を作ったり、野菜を作ったりしながらつつましい暮らしをしていた。そのせいかどうかはわからないが、二人とも穏やかな性格でおっとりしていた。僕と弟のことを本当によく可愛がってくれた。
それに、ふたりは、年子の兄弟として一括して扱わず、ちゃんと僕のことをみてくれた。
弟は昔から要領がよかった。ニコニコと愛想を振りまいて、大人達に好かれるのが上手かった。僕は上手く大人達に媚びをうることなんてできなかった。そのためか、親戚の大人達はいつも弟の方ばかりみていた。たぶん彼らに悪意があるわけではないのだろう。僕に危害をくわえるわけではない。無視するわけではない。きっと無意識のうちなんだと思う。誰だって、いつもブスッと黙っている子より、ニコニコ笑ってる子の方と一緒にいたいと思うものだ。
しかし、祖父と祖母は違った。僕のことを本当によくわかってくれていた。
プレゼントやお土産はいつも僕の好きなものだった。「どうしてわかったの?僕は何も言ってないのに。」と聞くと、「当たり前だろ。いつも君のことをみているんだから」と、ふたりは答えてくれた。
そんなふたりが僕は大好きだった。だから毎年この帰省という行事が待ち遠しかった。
しかし、その年は違った。
その年、弟はその年から通うようになった中学校の制服を着て行った。その中学校というのは、田舎に住む、お年寄りでも知っているほどの有名大学の付属中学だ。
その有名付属中学のカッコいいブレザーに身をつつんだ弟を見た祖父と祖母は手放しでよろこんだ。そりゃぁ、もう、僕のことなんか目にはいらないほどに。それでも、僕は祖父たちに交ざって弟を褒めた。
ふと、気づくと僕は家の前まで着ていた。家は夕日で真っ赤に染まっていた。我が家の庭には、トマトが植えられている。弟が大好きだったトマトだ。そのトマトも夕日でさらに赤々しさが増している。
弟がいなくなったのはあの年だった。あの年、祖父の家から弟は忽然と消えた。
それでも、僕の家族は明るい、というか、弟が生きていると信じて疑わない。それは、たぶん僕が「悠太は生きている。」と言ったから。
僕は庭に足を踏み入れた。青々しい葉も赤色と混ざってどす黒い色になっている。僕は肥料たっぷりのふわふわの土を踏んでトマトの苗の前に立った。
そして、そっと目を閉じた。
あの日、僕は弟の悠太に連れられ祖父の畑にやってきた。理由を尋ねても、曖昧な返答しかかえってこなかった。
すると弟は祖父が丹精こめて作った野菜たちを採りはじめた。
ちゃんと許可取ったのかと聞くと「取った、取った」と弟は僕の顔をも見ずに答えた。さらに「いーから、お兄ちゃんも手伝ってよ」と言ってきた。釈然としない気持ちもあったが、とりあえず、きゅうりやトウモロコシ、などを数個ずつもぎ採った。
弟はずっとトマトを採っていた。
トマトはわがままな弟が唯一食べれる野菜だ。
ものの数分で、僕と弟の両手いっぱいの野菜が収穫することができた。
その様子に満足した弟は、持って来たスクールカバンに収穫物たちを詰め始めた。
「おい、なにやってんだよ」
僕は再度尋ねずにはいられなかった。
すると弟は、へらへら笑いながら答えた。
「いやー、友達らに見せてやろうと思ってさ。俺のじぃちゃんの家、すげー田舎なんだって言っても、いまいちピンときてないみたいでさー。」
たしかに、弟は祖父の家に着いからこっち、ずっと写真を撮っていた。
「だからって、なんで、じぃちゃんの野菜が必要なんだよ。」
弟はニカっと笑うと、
「だから、この野菜たちは証人なんだよ。これだけの野菜が作れる、広い畑が、つまり土地があるっていう。土地がうなるほどあるっていうのも田舎の特徴だからね」
そう言うと、弟は、さっさとカバンを肩に掛け、軽い足取りで、家への道を歩き始めた。
そんなちっぽけな理由だったのか。
いわゆる田舎自慢というやつだ。クラスに一人はいる。都会育ちのやつらに田舎ってもんを喜々として語るやつ。
そんな、笑えるほどのしょうもない理由だった。けれど、僕のかなで何かが崩れる音がした。
弟はあいもかわらず、足が地についてないのではないかと思えるほど軽やかな足取りで家へ向かっている。彼の持っているカバンには学校のエンブレムが付いている。揺れるカバンに併せてそのエンブレムも揺れている。
全身の血が一瞬にして沸点に達した。怒りと殺意が僕のなかを駆け巡った。
僕は足元にあった、大きな石を掴むと走りだした。
本当はそのエンブレム、僕が身に着けるはずだった。
けれど、それはかなわなかった。合格発表のときに僕の番号はなかった。落ち込まなかったわけではないが、何より僕の心を傷つけたのは、一年後、そこに弟の番号があったことだった。
もちろん、そんなこと噯にもださずに笑顔で拍手を送ってやった。それからというものずっと弟の成功を純粋に喜ぶ兄を演じてきた。でも、作り笑顔を顔に貼り付ける度に心のなかに真っ黒な感情が渦巻いた。
とっくに心のキャパを超えていたんだと思う。
だから、些細な怒りが、僕の理性を吹っ飛ばした。
僕は弟の後頭部めがけて大石を振り落とした。
鮮血が真っ青な空に弧を描いた。
僕は、ハッと目を開けた。
生ぬるい汗が全身から溢れでていた。シャツが背中に張り付いて気持ち悪い。それに、なんだか首を絞められているような息苦しさを覚える。
早くここから去ろう。
僕は急いで踵を返した。
あの日、僕は血と潰れたトマトで真っ赤な弟をみて恐怖に震えた。トマトの赤と血の赤が混ざり、鮮やかな赤を作り出していた。その赤がべっとりと弟に貼り付いていた。ただその場から逃げたくて、一心不乱に走った。家に帰ると、靴を脱ぎ捨てて、布団に潜り込んだ。体が音をたてて震えた。
神様、神様、助けて、助けてください
我が家がどの宗教を信仰しているのか知らなかったが、どこぞと知れぬ神に懸命に祈った。ただ、あの悪夢のような数分を消し去ってほしかった。あり得ない結末を必死に願った。
どれほどそうしていたのだろうか。日はすっかり落ちて辺りは暗くなっていた。すると、家の中が騒がしくなった。大人達が姿の見えない僕らのことを探しているようだ。もう、怖くて苦しくて発狂しそうだった。
しかし、僕はあることに気付いた。
「家にも畑にもおらん」誰かが言った。
おかしい。弟が倒れているはずであろう場所は畑へと続く一本道。畑へと行ったなら弟を発見するはずだ。何かが変だ。
僕は布団をひっぺはがすと、物凄い勢いで飛び出した。
無我夢中で走った。
そこに弟はいなかった。肩で息をしながら、辺りを見渡した。けれど、なにもなかった。弟の姿はもちろん潰れて中身の飛び出たトマトも、スクールカバンもなに一つ見つからなかった。
それから、いろいろあった。いろいろな大人がいろいろ聞いてきた。でも、僕はすべて「知らない」と頭を振った。
ただ、1度だけ、悲嘆に暮れる母があまりにも見ていられなくて「悠太は生きているよ」と言った。僕の口調は確信めいたものがあったからか、我が家は「弟はどこかで幸せに生きている」ということになった。
あれから2年たった。今年もまた夏がやってきた。
僕はトマトの苗の前から立ち去るために足を踏み出した。その刹那、僕の肩に何が乗った。
それは、たしかに温かかった。そう、ちょっと人肌ぐらいに。
心臓が口からこぼれ落ちるかと思った。耳に聞こえるのは僕の異様な速さで鼓動を打つ心臓の音だけだ。
僕は息をするのも忘れてゆっくりと振り返った。
そこにはーーー
「お兄ちゃん、ただいま」
あー、なんか、しょーもない話でしたね。
すみません。
残暑をのりきる、怪談話とし読んでいただければ幸いです。
終わり方が微妙だったのですが、ラスト、振り返ったら弟君がいた、から先は皆さんの想像にお任せします。