08,謎の人物の正体
一行は再びカナダのハンバーガーレストランにいました。どうやらみんなここがお気に入りになったようです。
謎のサンタクロース……にしか見えない人物も美味しそうにボリューム満点ハンバーガーにかぶりつきました。
「おお、これは美味いわい。ふうーっふっふっふっふっふ」
この人もお気に入りになったようです。
美味しそうに食べているこの人を、三之助はじいっと怪しむような目つき(銀色サングラスの裏側で表からは見えませんが)で見ていましたが、ハンバーガーを食べ終わって舌をぺろりとやったのを機に言いました。
「なああんた。あんたもしや……、ミスター・クウデル・サンターズじゃあねえのかい?」
その名前を聞いて謎の人物はウインクしそうなお茶目な笑みを浮かべました。三之助は怪しむ目つきを三太郎にも向けました。
「おい、三太郎。おめえもしや、刑務所の秘密のゲストがこのお方だってえ知ってやがったんじゃねえのかい?」
「知るわけねえだろ」
本当かどうか、三太郎も上機嫌でハンバーガーを食べています。小三太も負けじとハーフのハンバーガーをモグモグやって、不思議そうに三之助じいさんにききました。
「だれ? そのカーネル・サンダース・サンタって?」
「こら、間違えるな。
ミスター・クウデル・サンターズ。
今から、30年ほど前になりますか? グランドサンタクロース以来、最もサンタクロースらしいサンタクロースと言われ、世界中で大人気だったサンタクロースだ。今はサンタの国 北アメリカ支部支部長を務めておられるはずでしたが…………」
三之助の怪しみながらの説明を、そのサンターズさんは三太郎にハンバーガーのお代わりをおねだりして、注文してもらって上機嫌に、
「ふうーっふっふっふっふ。そうそう、その通り」
と認めました。
「しかしそりゃおかしいじゃありませんか? 北アメリカ支部長さんが、なんだって北極の刑務所の奥に閉じこめられてなきゃならねえんで? そんなことになったら、それこそ大騒ぎですぜ?」
北アメリカ支部と言えば、USA=アメリカ合衆国と、ここカナダを統括する、世界でも最大のサンタ支部です。その支部長さんとなれば、そりゃあもう、すごーく偉いサンタなのです。
「わしははめられたのさ、その『最もサンタクロースらしいサンタクロース』の称号を独り占めしたい兄貴にな」
「兄貴?」
「さよう。世界中で大人気だったサンタクロース、クウデル・サンターズは、実は双子の兄弟だったのさ」
「なんですって? そいつあ、初耳ですな?」
「秘密にしとったからなあ。本物のサンタが二人もいたら、子どもたちは本当の本物がどっちか迷ってしまって、どっちも偽物なんじゃないかとがっかりするじゃろう?」
「はあ……」
もっともらしく、その実よく分からない理屈を言われて、三之助は仕方なくうなずきました。ニコニコ笑顔のクウデルサンタは、三之助から見てもおそれ多いほど、実に立派なサンタクロースぶりなのです。
「それではあなたのお名前は?」
「今北アメリカ支部でふんぞり返ってる兄貴がミスター・クウデル・A・サンターズで、氷の獄中で惨めに過ごしていたわしがミスター・クウデル・B・サンターズじゃよ」
クウデル・B・サンタは、運ばれてきた湯気の立つハンバーガーに大喜びし、さっそくガブリとかぶりつきました。外に出られてうれしいのか、お兄さんにひどい目にあわされていたのも気にならないように実にニコニコ上機嫌です。
三之助は伝説の(裏)サンタの上機嫌ぶりにかえって不吉な予感がして、また怪しむ目で三太郎を見ました。三太郎はふふんと笑って。
「隠しておきたかったもう一人の伝説のサンタが現れたんじゃあ、支部長どのも大弱りでしょうなあ?」
「さようさよう。実に愉快。ふうーっふっふっふ。おのれの過去の罪業に恐れおののいて、大いに弱ればよいのじゃ」
やっぱり中身はけっこう腹黒なようです。三之助がそんな大物、とても手に余るようにききました。
「それで、これからどうしますかな? あなたの脱獄が分かれば兄上は必死になってあなたを捕まえて再び投獄しようとするでしょうからなあ。どうです、ハワイでのんびりバカンスでも? 復讐する気がなく、のんびり遊んでいると分かれば、兄上も見逃してくれるんじゃありませんか?」
三之助は早くハワイに行ってのんびり老後の余生を過ごしたいようですが、
「なあにを言っておるかね、君い」
クウデル・B・サンタは青い目を丸くして三之助を見つめました。
「今はクリスマスシーズンまっただ中ではないかね? この伝説のサンターズ・サンタが、クリスマスを盛り上げないで、だあれが盛り上げると言うのかね?」
「いや、しかし、そんなことしたら兄上が……」
「いいじゃねえか」
慌てていさめようとする三之助に三太郎はニヤニヤ悪い顔で言いました。
「派手に表に出ちまったら、それを表立って逮捕、連行するなんて野蛮、できねえだろう?」
「ううむ」
三之助はいまいましそうに額に脂汗を浮かべて三太郎をにらみました。どうせこの男のことです、事態を大きくするだけ大きくして、面白がってやろうという腹に違いありません。
ケチャップの指をなめて、小三太が言いました。
「なあ、伝説のサンタさん。日本に来てくれよお」
「オオ、ニッポン! わしはニッポンが大好きじゃよ」
「本当!? じゃあ来てくれよ! オレ、この黒サンタのおっさんにナンテンドー・スリーデーエスをねだってんだけどさ、なんかごまかされてけっきょくもらえない気がするんだよな〜。伝説のサンタさんならそんなごまかし、しないよな?」
「なんてんどー、すりーでーえす?」
30年も?牢屋に閉じこめられていた伝説のサンタは現代の子どものおもちゃ事情に明るくないようです。
「だめえ?」
「よしよし、ニッポンに行って、南天堂とやらをおとずれよう。これ、お父さん。子どもをこんな所まで連れ歩いて、ほうびに南天堂くらい連れていってやらんか?」
三太郎は伝説のサンタの勘違いに実に迷惑そうに顔を渋くしました。
「こんなガキ、まったく赤の他人でさあ」
「へ? 本当かあ? そっくりの顔しとるじゃあないか?」
伝説のサンタに怪しまれて、小三太まで調子に乗って言いました。
「そうだぜ、オレ、本当はおっさんの実の子どもなんじゃねえのか? われながら他人の気がしねえんだけどなあー」
「俺はこれっぽっちも親子の情なんてものは感じねえなあ」
二人はそっくりの顔でにらみ合って、伝説のサンタは
「ふうーっふっふっふ」
と愉快そうに笑いました。
「ではニッポン行き決定じゃ! さあ、久しぶりにバリバリ働くぞお!」
お店の人がカメラを持ってやって来ました。
「記念の写真を撮らせていただけないでしょうか? あなたほどサンタクロースらしい人は見たことありません! もしかして、本物のサンタクロースなんじゃありませんかあ?」
お茶目に怪しむお店の人に、伝説のサンタもチャーミングに微笑みました。
「おやおや、お忍びだというのに、さっそくばれてしもうたか? オッホン、いかにもわしはサンタクロースその人じゃ。ふうーっふっふっふっふ。ちょいと待たれよ」
伝説のサンタは立ち上がると、お腹から胸へひょいと手をなで上げました。すると、黒い毛のコートが、赤い布の、白いふわふわの縁取りの、サンタクロースの衣装に変わりました! もちろん帽子も赤い三角帽子です。
「オー、ブラボー!」
お店の人も、他のお客さんも大喜びでこの手品に拍手を送り、その後はみんなで撮影会になりました。伝説のサンタはそのカリスマ的魅力でもうさっそくサンタの仕事を始めてしまいました。
賑やかな様子をながめて三之助はため息をつきました。
「やれやれ。これじゃあ先が思いやられるぜ」
「ま、ハワイのバカンスはしばらくお預けだな」
「この様子じゃあ一生ハワイどころか、おれまで冷たい牢屋に入れられそうだぜ」
三之助は仏頂面で三太郎をにらみ、三太郎はまんまと自分の思い通りになってニヤニヤ悪い笑いを浮かべました。