07,出てきた謎の人物
外の氷の大岩に四角い穴が開いて、三太郎はゆうゆうと刑務所の中へ入ってきました。
突然開いたこの穴はなんなのでしょう?
三太郎は手にスマートフォンを持っていました。サンタクロースの支給品であるちょっと特殊な機能のついているスマホです。例えばクレジットカードなどに「ピッ」と当てればそのカードに入っている情報を一瞬で読みとってしまう、悪い泥棒なんか喉から手が出るほど欲しい逸品です。
三太郎はスマホのこの機能にちょっと手を加えて、逆に電子の情報を送り込めるようにしました。
三太郎は前回自分が脱獄するとき、壊れた氷のかけらを持ち帰っていました。形状記憶のプログラムがインプットされた氷です。それを解析してプログラムを読みとり、それを改造して、今、大岩に形状変化のプログラムを送り込み、自分で勝手に四角い穴を開けるようにさせたのです。まったく、大した頭脳派の悪党です。
中に入ってきたのは三太郎一人だけでした。人間はみんな眠ってしまっても、至る所に設置された監視カメラが常に撮影しています。サンタクロース刑務所には世界の秘密機関が隠しておきたい秘密がいっぱい詰まっているのです、もし三之助と小三太がその秘密を目撃してしまったら、彼らも世界の秘密機関からその身を狙われることになりかねません。
三太郎は長い一本道の廊下を入っていくと、今度はいくつも折れ曲がった廊下を奥へ奥へ、上がったり、下がったり、下がったり、上がったり、下がったり下がったり下がったり、どんどん刑務所の奥へ入っていきました。途中所々見張りの看守たちが床にずるずる伸びて眠りこけていますが、まったく目もくれません。
今は昼間です。氷は透明で、雪を透かして外の明るい光が射し込んでいますが、奥へ行けば行くほど、透明なはずの海の底へ潜っていくのと同様、どんどん薄暗くなっていき、懐中電灯でもつけなければ危ないほどになりました。しかし三太郎は灯りをつけずに暗い中を進んでいきます。透明の壁を透かしていくつか囚人の独房を通り過ぎましたが、それらにも目もくれません。
三太郎のお目当ては、一番奥底の、廊下の突き当たりにありました。
ここで三太郎は初めてスマホの液晶画面の灯りを分厚い氷のドアに向けました。
外からでは暗い中に人の気配はうかがい知れません。
三太郎はスマホの背中を氷に当てると、ドアを開けるプログラムを送り込みました。
外の入口同様、ここにも人が通り抜けられる四角い穴が自動的に開きました。
三太郎が中へ踏み込むと、奥から声がしました。
「はてさて、表で何やら騒動が起きているようだが、ひょっとして、その騒動を起こしたのはおまえさんかな?」
刑務所の中の人間は看守も囚人も関係なく、みんなテレパシーサボテンに増幅されたドリームマシンの催眠信号によって眠りこけているはずでした。
さしもの三太郎も驚いたように足を止めましたが、真っ暗な影の中でニヤリと笑いました。
「その通り。俺は元黒サンタの黒岩三太郎という者だ。あんたをここから出してやる。いっしょに来な」
「わしをここから出すだと?」
ふうっふっふっふっふっふ、と、暗がりで何者とも知れない男は笑いました。
「おまえさん、このわしが誰か、知っておるのかな?」
「さあな。知らねえ。ただ、おまえさんをここから連れ出せばサンタクロース連中は大いに困るんだろう? 俺は奴らに復讐してやりてえのさ」
「ふうむ。確かにわしが表に出たら、サンタクロースたちは、そりゃあもう、大いに困ることだろうなあ。よし、おまえさんの復讐に乗ってやろう。わしもいい加減こんな所に閉じこめられて飽き飽きしとったところだわい」
どっこいしょ、と、大きな体が起き上がる気配がしました。三太郎はスマホの灯りを向けました。その小さな明かりの中に、のっしのっしと、謎の人物が歩いてきました。
「さあ、行こうか」
三太郎は背中を向けて、ドアの外へ向かいました。謎の人物もその後についてきます。
曲がりくねった迷路の廊下を逆に進んでいくと、だんだんと外の明かりが届くようになって明るくなってきました。三太郎と、その後ろに続く謎の男の姿がはっきり見えだしました。三太郎よりちょっと背は低いですがじゅうぶん大きな男で、黒い毛のコートを着たお腹は三太郎よりも三倍くらい大きくふくらんでいますが………… これはいったい、この人は、誰なんでしょう?
表では例のジェット雪上車に乗って、三之助と小三太がやきもきしながら三太郎の戻ってくるのを待っていました。ドリームマシンの催眠波はかなり強力なはずですが、なにしろ相手はサンタクロースたちですから、いつ目を覚ますか知れません。
「あっ、出てきた!」
運転室の窓から四角い入り口を見ていた小三太が叫びました。黒いコートに黒い帽子というお馴染みのスタイルに戻った三太郎と、その後ろに、同じように黒い格好をした大きな人が続いてきます。その姿を見た小三太は、『あれー?』と、首をかしげました。反対の運転席から三之助も興味津々で体を乗り出してきてながめました。
「サンタの国の黒い秘密ってなあ、いったいどんな奴だ?」
しかしその姿を見た三之助も予想外の人物に驚きました。
「あ、ありゃあ……、どこからどう見ても、サンタクロースそのものじゃねえか?」
「ふうーっふっふっふっふっふっふっふうー」
くるんくるんと巻いた見事な白髪と白いひげ、宝石のように青い瞳、赤いほっぺにニコニコの笑顔、両手に抱えた大きなお腹。
久しぶりにお日様の光を浴びて上機嫌に笑ったその人は、着せられている黒い服をのぞけば、それはそれは、見るからに立派な、サンタクロースそのものなのでした。……黒サンタや不良の爺さん赤サンタなんかよりはるかに立派なサンタさんです。
そんな素晴らしいサンタが、何故、氷の刑務所の一番奥に隠されていたのでしょう?