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03,大脱獄

 「サンタの国」は北極にあります。

 ここに最初のサンタクロースであるグランドサンタクロースの住む家があり、グランドサンタクロース公認の本物のサンタクロースたちの働くおもちゃ工場や、彼らの住む町があります。みーんな、氷の中に隠されているので、外からは分かりませんが。

 北極は氷でできた世界です。真っ白な粉雪をかぶった氷の平原が広がり、氷の山がつらなっています。

 サンタの町から離れた、ひときわ大きな、エジプトのピラミッドみたいな三角の氷山が、「サンタクロース刑務所」です。

 サンタクロース刑務所だなんて、なんだか楽しそうな刑務所ですが、とんでもない。厚い氷の中の刑務所は冷え冷えして、身も心も凍えてしまいます。

 そしてここは、世界でもトップクラスに厳重な刑務所なのです。


 その氷山のふもとに、今、一台の雪上車が、キャタピラーで雪をけ立てながらやってきました。

 雪上車が止まると、高い運転席から黒いコートを着込んだ背の小さな人影が飛び降り、氷山の巨大なうろこのような氷の岩壁に向かって大声で言いました。

「回れー、ドラムっ!!」

 ガラガラと音を立てて岩壁が横に移動しました。その後ろに四角の通路が伸びています。人影が叫んだのは岩の扉を開けるための秘密の暗号だったのです。ちなみにこの暗号、昔は「開け、ゴマ」で、その後「開け、チューリップ」に変わって、今は「回れ、ドラム」なのでした。暗号を考えた人の趣味が分かるというものです。分からない人はお父さんに聞いてください。ごまかされるかも知れませんが。

 黒い小さな人影が通路の奥へ進んでいくと、ドアが閉まっていて、その横にカウンターがあって、窓の中に白いコートを着たいかめしい警備員がいました。窓の向こうから警備員が聞きました。

「氏名を名乗り、訪問の御用向きをおっしゃってください」

 若い警備員は怖い顔をしたまま、きちんと確認が取れないうちはけっしてドアを開けてくれない構えです。黒いコートのおチビさんは白い息を吐きながら言いました。


「名前は黒岩小三太(くろいわこさんた)。囚人の父親に会いに来ました」


 黒岩小三太?

 警備員は訪問者の顔を見て、『プッ』と、思わず笑いそうになってしまいましたが、頑張って怖い顔を保って聞きました。

「囚人というのは誰ですか?」

「元・黒サンタの黒岩三太郎です」

『プププププププ……』

 警備員は手元の書類を調べるふりをして一生懸命笑うのをこらえました。

 黒岩小三太くんの顔が、まるっきり、あの、ロシアのマフィアみたいな黒岩三太郎を、小さく、多少丸くしたくらいで、そっくりだったからです。

「分かりました。ではこちらにサインしてください」

 窓の下の切れ目から差し出された書類に小三太くんがサインすると、ビー、と警報音が鳴って、ドアがゴリゴリという氷のこすれる音をさせて開きました。

 小三太くんがドアの向こうへ進むと、向こうから別の警備員がやってきて、小三太くんを少し先の横の壁のドアの部屋へ通しました。

「ここでしばらくお待ちください」

 部屋はわりと広めでしたが、その中央にテーブルと、向かい合わせに2つ椅子があるきりで、他には何もありません。ここが訪問者と囚人の面会室のようですが、何もかも透明で落ち着きません。

 そう、この氷山の中の刑務所は、何もかもが氷でできているのです。壁や天井はもちろん、ドアも、テーブルも、椅子も、何もかもです。これではまったく寒くてたまりません。こんな劣悪な環境の刑務所、まったくひどい人権侵害です。

 氷の椅子に座った小三太くんは、ブルブルブルッと、お尻から震え上がりました。

 小三太くんが入ってきたのとは別のドアから、両手を黒い鉄の手錠でつながれた黒岩三太郎が看守に連れられて入ってきて、看守はそのままドアのところで見張りに立ちました。

 赤白のしまもようの囚人服を着た三太郎がどっかと椅子に座って小三太くんと向かい合いました。

「俺に面会ってのはおまえか? おまえはどこのだ…」

「父ちゃん!」

 小三太くんはテーブルの上を滑るようにして三太郎がテーブルの上に置いた両手にすがりつき、ジロッと見上げました。小声で言います。

「1分間、息を止めてろ」

 小三太くんは三太郎の手を放すと、つーっと、テーブルを滑って戻り、ドッスン!と、勢いよく椅子に座りましたが、あんまり勢いよく座りすぎたせいでしょうか、


 ブーーーーーッ!


 と、盛大な音をさせておならをしてしまいました。

 三太郎は黒いひげといっしょに唇をうんと持ち上げて鼻にふたをして、おならをした本人の小三太くんもよっぽど臭いのか両手でしっかり鼻と唇をつまんで空気を吸わないようにしました。

 後ろでバタンと見張りの看守が倒れました。強烈な臭さだったようです。

 真っ赤な顔になって息を止めていた小三太くんが、もういいかな?と、ようやく、

「はあ〜〜〜っ」

 と息を吐き出しました。倒れている看守を見て、

「人のおならで気絶するなんて失礼なやつだぜ」

 と、ニヤッと、悪い顔をしました。タネを明かせば、小三太はお尻に強力な催眠ガス入りのブーブークッションを仕込んでいたのでした。

「おい、おっさん。オレが頼まれてたのはここまでだぜ? なんか入り口もすっげえ厳重だったけどさあ、ちゃんと脱出できるんだろうなあ?」

「フン。俺は頼んじゃいねえがな。ま、まかせておけ」

 三太郎は看守の服を探って鍵を見つけると、手錠を外しました。

「さあてと。俺様をこんなところに閉じこめやがって、きっちり仕返ししてやる……」

 刑務所はぜんぶ氷でできていて、壁も透き通っています。外から部屋の異変に気づいた警備員が緊急警報を鳴らしました。

「……と思ったが、まずは逃げ出すのが先のようだ」

 ビービー鳴る警報を聞きながら、三太郎はのっしのっしと歩いていくと、ドッカーン!と廊下のドアをけ破りました。氷は分厚くて割れませんでしたが、付け根のちょうつがいが砕けて、ドアはバッターンと廊下に倒れました。

「行くぞ」

 三太郎が廊下に出ると、さっそく奥から看守たちがやってきました。

「おらよ」

 三太郎は倒れた重いドアを思い切り足で押して滑らせました。看守たちは氷の廊下を勢いよく滑ってくる氷のドアに足を取られて「うわあ」とひっくり返りました。

「遅れたら置いていくぞ」

 三太郎は出口めざして猛然と走り出し、小三太も

「冗談じゃないぜ!」

 とスパイクのブーツで駆け出しました。

「こらあっ! 止まれえっ!」

 前に立ちふさがる警備員に三太郎は

「どけえっ! ぺしゃんこにしちまうぞっ!」

 とおどして、警備員はその大声と突進してくる勢いに恐れをなして横の壁に張り付くようによけました。

「どりゃあっ!」

 三太郎は肩からタックルして、またも分厚い氷のドアを根元からはじき飛ばしました。

 勢いよく駆けていく二人を見送って、警備員は悔しまぎれに笑いました。

「フン、馬鹿め。いくら馬鹿力でも表のドアは突破できるものか」

 警備員が笑うのももっともで、音声暗号で開いた表の氷の岩のドアは、ただ分厚く重いだけでなく、特殊な強化氷でできているのです。いいえ、この刑務所を作っている氷がすべて、特殊な液体を凍らせた「形状記憶氷」でできていて、ほら、今三太郎が突き破った氷のドアも、いったんどろどろに溶けると、元の位置に戻って、元通りのドアの形になって、元通りカチンコチンの氷になりました。三太郎の瞬間的な馬鹿力にはやられてしまいましたが、ミサイルでも撃ち込まれない限りは、ちょっとくらい傷が付いたって、北極の零下40度の寒さと形状記憶の復元力であっという間に元通りになってしまいます。

「うおおおおおっ!」

 ドッスーン! とドアにタックルした三太郎は、今度はざまもなく、どってーん、と、後ろにひっくり返ってしまいました。キキキーッ、と急ブレーキをかけた小三太はびくともしないドアを見てあせりました。

「なんだよ、脱出できないじゃないか!? つかまったらどうする…………」

 後ろからニヤニヤした警備員たちが迫ってきました。逃げ場のない二人をチームで間違いなく捕まえるつもりです。小三太は自分も牢屋に入れられることを思って青くなりました。

「ふせろ」

 三太郎が小三太を捕まえて床に伏せさせました。すると、


 ガーーンッ! ゴリゴリゴリゴリゴリ、


 と、ものすごい音と振動がして、ドアにバリッとヒビが入ったかと思うと、ギュルルルルルル、と回転するドリルが飛び出しました。ただのドリルではありません、後ろにプロペラのようについたロケットで回転する、ミサイルドリルです。

 しかし、ロケットはドリルが飛び出したところで燃料がつき、ドリルの回転は止まり、さっそく形状記憶氷が自動的に元通りに凍り始めました。

 ああ、やっぱり駄目じゃないか、と小三太は絶望的に思いましたが、三太郎の方はニヤリとしました。

 メキメキ、と、氷のきしむ音が不気味に響いて、メキメキメキッ、と、巨大な岩のドアが外へ倒れていきました。

 小三太も警備員たちも唖然とその様子をながめました。

「ぼやぼやするな。行くぞ」

 三太郎にせき立てられて小三太もいっしょに駆け出しました。

「待てーっ!」

 と、警備員たちも追ってきます。

 外には小三太の乗ってきた雪上車が待っています。ミサイルドリルから伸びた鉄のロープを引いて岩のドアを引き倒したのはこの雪上車です。

「おら、さっさと乗りやがれ!」

 運転席で手を振っているのは……、黒く変装していますが、あれはどうやら三太郎の悪友、引退した赤いサンタクロースの赤畠三之助のようです。

 二人が乗り込むと、雪上車は横から三角形の翼が飛び出し、バックドアが開いてジェットエンジンが現れ、ゴオーーッ、とジェットの炎を噴き出させると、グオオオオーーンンン………… と、一気に空に駆け上り、あっという間に、警備員たちが悔しそうに見上げる空のかなたへ、消えていきました。

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