15,悪のヒーロー
太陽くんは気がつくと荒野にいました。所々雑草の生えた白い土が広がっていて、向こうに新宿の高いビルの街が見えます。振り返ると白い岩の壁の崖がそびえています。
ここ、どこだろう?
来たことのない場所でしたが、何度も見たことのある所でした。
ドッカーン! と爆発音が響いてきて、太陽くんは驚いて振り返りました。高いビルの間で爆発が起こって、怪獣が暴れているのが見えました。太陽くんはびっくりして、怖くて不安になりました。
「小池太陽くん!」
名前を呼ばれてまた振り返ると、トオッ! と、崖の上からカラフルな5人が飛び降りて、かっこよく着地しました。あっ!と太陽くんは喜びました。
「ザウルスナレッド! ザウルスナブラック! ザウルスナブルー! ザウルスナグリーン! ザウルスナピンク!」
太陽くんの大好きな雷獣武隊ザウルスナンダーのスーパー戦士たちです。太陽くんは駆け寄るとビル街を指さして言いました。
「ザウルスナレッド! 巨大デーマモンスターが暴れているよ! やっつけなくちゃ!」
「太陽くん」
ザウルスナレッドは太陽くんの肩に手を置いて言いました。
「大丈夫。あれはデーマモンスターじゃないんだ。あれはエヴァンゲリゴンなんだ」
「エヴァンゲリゴン?」
初めて聞く敵の名前です。
「太陽くん。君も僕たちの仲間になっていっしょに戦ってくれるかい?」
「うんっ! もちろんだよ!」
太陽くんは大好きなヒーローといっしょに戦えると思って元気に返事をしました。
「ありがとう、太陽くん。ではさっそく改造手術を受けてくれ」
「改造手術?」
手術と聞いて、とたんに怖くなりました。
「ザウルスナブレスレットで変身するんじゃないの?」
「はっはっは。それは僕たち選ばれた幹部だけの特典さ。君は、ほら、彼らお友だちと同じ怪人になるんだよ」
ザウルスナレッドが指さす森の中から、
「ギー!」
「ギー!」
「ギー!」
と、太陽くんと同じ背丈の、今新宿で暴れている怪獣と同じ姿をした小さな怪獣たちが現れました。
太陽くんはビクッとしましたが、ザウルスナレッドがしっかり両肩を押さえて放しません。
「さあ太陽くん。手術を始めようか? なあに、ちょっと注射を打つだけですぐに怪人に変身できるよ。うーん、ちょっとだけ、痛いかも知れないけどね?」
ザウルスナレッドは、ごめんね?と言うように軽く首をかしげました。太陽くんは暴れました。
「放せ! おまえはザウルスナレッドじゃない! ニセのザウルスナレッドだ!」
「失敬だなあ。僕は正真正銘本物のザウルスナレッドさ」
「嘘だあ!」
太陽くんは必死でじたばた暴れました。けれど大人の力には歯が立ちません。
「さあ、太陽くん。ちょっとだけ、チクッとね?」
ザウルスナピンクがナースの服を着て大きな注射器を手に迫ってきました。
「いやだあーっ、怪人になんてなりたくないーっ! 誰か、助けてーーっ!」
トオッ!
トオッ!
トオッ!
三つのかけ声が降ってきて、
「ヤアッ!」「トリャアッ!」
ザウルスナレッドとザウルスナピンクを蹴り飛ばしました。
自由になった太陽くんは新しく現れた、赤、青、黄色の武隊戦士たちに、
「ありがとう! ……えーと……」
どこかで見たような……、と思いながら思い出せません……これは決して、武隊ヒーローなんてどれもみんな同じようなもんじゃん?、という意味ではありません。
3人はシャキーン!と揃いのポーズを決めて名乗りました。
「激竜武隊ヤンチャナンダー参上! 悪い奴には遠慮なしにヤンチャしちゃうぜ!」
ああ、思い出しました、黄色いのが、あのおまけでもらった人形のヒーローです。布の服の胸が膨らんでいて、女だったんだ、と太陽くんは分かりました。
「あのね、あのザウルスナンダーはおかしいんだ。絶対偽者だよ!」
太陽くんは一生懸命訴えましたが、ヤンチャナンダーも首を振りました。
「いや、あれは間違いなく本物のザウルスナンダーたちだ。正義の味方をしていたのが嘘で、本当は悪者だったんだよ」
「そんなあ……」
太陽くんは大好きなザウルスナンダーが悪者だったなんて信じられません。
そのザウルスナンダーたちは戦闘ポーズを取って憎々しげに言いました。
「おのれ、偉大な先輩武隊、ヤンチャナンダーめ! よくもオレたちの正体を明かしてくれたな! そうとも! オレたちは正義の仮面をかぶった悪の組織で、じゅうぶん人間たちの信用を得たところで裏切って征服してやる計画だったのだ!」
「秘密を知った先輩たちも太陽くんも生かしてはおけない。ここで消えてもらうぞ!」
「そうは行くか。その前に」
ヤンチャナンダーたちは恐竜型ブレスレットからビームを発射して小さな怪獣たちを撃ちました。すると、怪獣たちは人間の子どもになりました。
「あっ、よくも!」
「フッ、モンスターウイルスの解毒ビームだ。おまえたち後輩の悪さは先輩が正してやらなくてはな」
「あっ! タクヤくん! ダイくん! トモくん! シュンくん! ソウタくん!」
怪獣にされていたのは太陽くんの幼稚園のお友だちたちでした。お友だちたちは走ってきてヤンチャナンダーたちの後ろに隠れました。
「悪者のザウルスナンダーから助けてくれてありがとう! ヤンチャナンダー!」
「よし、もう大丈夫だよ! さあ、覚悟しろ! 悪者のザウルスナンダー!」
「ええーい、これでも食らえ!」
ザウルスナンダーの5人は合体技の
「感電!サンバフィニッシュ!」
を発射し、ヤンチャナンダーの3人は、
「うわー」
と吹っ飛ばされました。
必死に立ち上がったヤンチャナレッドが太陽くんにゴールドとブラックの恐竜型のブレスレットを渡しました。
「太陽くん、頼む、ヤンチャナブラックに変身して、僕たちといっしょに戦ってくれ!」
「太陽くん!」
「太陽くん!」
「太陽くん!」
「太陽くん!」
「太陽くん!」
ヤンチャナブルーとイエロー、それにお友だちたちにも頼まれて、太陽くんはブレスレットをはめ、
「激竜チェンジ!」
と叫んで、ピカーッ!
「ヤンチャナブラック参上!」
と、他の3人より強そうなかっこいいヤンチャナブラックに変身しました。
「よし、ブラック。僕たちも超合体技、ヤンチャハッパーで反撃だ!」
レッドのかけ声で三人はフォーメーションを取り、必殺技を放ちました。
「超危険!ヤンチャハッパー!」
ドッガーン!
「うわあ」
「わあっ」
「やられたあ」
「くっそー」
「やっぱり偉大な先輩、ヤンチャナンダーにはかなわないわ」
おぼえてろよー! と捨て台詞を残して、ザウルスナンダーの5人は森の中に逃げていきました。
「ありがとう太陽くん!」
「かっこいいなあ太陽くん!」
お友だちたちは口々に太陽くんを褒め称えました。
「ありがとう、ヤンチャナブラック。しかし闘いはまだ終わりじゃない。街を破壊している巨大エヴァンゲリゴンを倒すんだ! 激竜ー、ライド、オーン!」
4人は巨大恐竜メカに乗り込み、怪獣の暴れる新宿高層ビル街向けて飛んでいきました。
昼間、ママが気づくと太陽くんはスーパー武隊のヒーロー人形たちで遊んでいましたが、それはザウルスナンダーの人形たちではありませんでした。ザウルスナンダーたちはおもちゃ箱に入ったままです。
「太陽。そのお人形、どうしたの?」
一体、黄色いのはあのおまけおもちゃでしたが、その仲間の、赤、青、黒は買ってあげた物ではありませんでした。
「大学生のお兄ちゃんにもらったの。もう遊ばないからどうぞって。あのね、ヤンチャナンダーはすごく強くて、すごくかっこよかったんだってさ」
「ふうーん。よかったわね? でも、知らない人から物をもらったりしちゃ駄目よ?」
「分かってるよ」
ママはしばらく太陽くんがお人形たちで遊んでいるのを眺めて、台所へお昼ごはんの支度に立ちました。
おもちゃ箱の中のザウルスナンダーたちはなんだかとっても寂しそうでした。




