10,ゴージャス・ナイト
デパートの営業時間が終わりました。
この日の売り上げは例年のクリスマスシーズンに比べても5倍に迫るすごいものでした。
店長以下デパートの偉い人たちはほくほく顔でしきりとクウデル・サンタに感謝のお辞儀をしました。今日一日だけでもじゅうぶんな稼ぎですが、明日からのお客様へのプレゼント用にクリスマスツリーをバックにたくさん写真を撮らせてもらって、これを元にポストカードを作ります。今夜はこれからその印刷に大忙しになるでしょう。
これだけ大もうけさせてもらって、店長さんは笑いの止まらない顔で申し訳なさそうにおうかがいしました。
「あのう、本当に、ギャランティーは必要ないのでしょうか?」
「もちろんです。ニッポン人は律儀ですなあ」
一日中愛嬌を振りまいたクウデル・サンタは火照った顔をタオルで拭きながら上機嫌で言いましたが、ふと思い出したように…… 小三太は自分のプレゼントを思い出してくれたのかと喜んで注目しました。おもちゃ屋のおもちゃはすっかり売り切れてしまい、けっきょくバイト代のナンテンドー・スリーデーエスをもらい損ねたのです。クウデル・サンタが店長さんに言います。
「どこか素敵な夜のお店を紹介してくださらんかな?」
小三太はガクッとなって、店長さんははあ?と目をパチパチしました。
「それは、例えばどういうお店で?……」
「夜のお店といえば楽しいお店があるでしょう? ほら、こういう」
クウデル・サンタは太ったお腹を揺らして腰をくねらせ、お尻をフリフリしました。
「あ、ああ、踊り。クラブですか?」
店長さんは少しほっとしたように言いました。
「クラブ? ノーノー、スポーツジムではないよ。わしはダイエットしちゃ駄目じゃからなあ。ディスコじゃよ、ディスコ、サタデー・ナイト・フィーバーじゃよ」
クウデル・サンタはピストルの手を上げてポーズを取りました。
「はいはい、ディスコ。今はクラブというのがおしゃれなんですよ?」
「ほう、そうなのかい? いろいろ変わっておるなあ。じゃあそのクラブというのに連れていってはくれまいか?」
「はいはい、喜んで。おい、君、若いのに詳しいのがいるだろう? すぐに調べさせなさい。ああ、それから、若い綺麗所を10人、いや、20人、至急召集してサンタさんにお供させなさい」
店長さんは部下に命じて、クウデル・サンタにはニコニコ揉み手しました。
「お店の支払いはこちらでもたせていただきます。いえいえ! ぜひそれくらいのお礼はさせてください! どうぞ東京の夜をたっぷり楽しんで、今日のお疲れをいやしてください」
「ほう、それはありがたい。ではお言葉に甘えて楽しませてもらうとしましょう。ありがとう、ニッポンのみなさん。皆さんのおもてなしは素晴らしい!」
クウデル・サンタは大喜びしましたが、
「いえいえ、ぜひ、来年も再来年も来日して、当店をご訪問してください。お待ち申し上げております」
店長さんの方が数十倍はニコニコ顔でした。
若い綺麗所のデパートガールが集まって、リムジンがお迎えに来て、さあ賑やかに出発ですが、
「おめえはここまでだ。ご苦労さん。ホテルに帰ってさっさと寝な」
と、小三太は三太郎にリムジンからつまみ出されてしまいました。文句を言う小三太に、
「おれもホテルだ。もうくたびれたわい」
と、三之助が肩を押さえて言いました。どうも三之助はこの派手な馬鹿騒ぎがお気に召さないようです。彼はこれでいて昔気質の、決して家人に知られることなくそっと枕元にプレゼントを置くタイプのサンタなのです。三太郎はニヤッと笑って言いました。
「そうかい。ま、老人と子どもはその方がよかろう。大浴場につかってのんびりしててくれや」
クウデル・サンタといっしょにずらりと並んだ美女たちにはさまれた三太郎は上機嫌で
「運転主君。では、出してくれたまえ」
と出発を命じ、
「ありがとうございました」
と、スタッフ総出のお辞儀の列に見送られ、ネオンきらめく夜の街に走り出していきました。
「ちぇー、なんでえ、つまんねえの」
置いてけぼりの小三太はむくれ、
「まったく、面白くねえなあ」
と、三之助も眉をひそめました。
クウデル・サンタと三太郎がホテルに帰ってきたのはもうすっかり朝になってからでした。
二人ともひどくお酒臭くて、小三太も三之助も鼻をつまんで二人をにらみました。
クラブでもどこからどう見てもサンタクロースそのもののクウデル・サンタは大人気でした。ちょっと古いディスコダンスも、
「か〜わいい〜〜」
とギャルたちに大受けし、ここでも大撮影大会。ユーチューブに動画がアップされて、お腹をフリフリのコミカルなダンスが
『キュート!』
と、世界中でヘビーローテーション、『いいね!』はうなぎ登り。
ちょい悪オヤジを気取った若い美女たちをはべらせてのランバダダンスも、
『うらやましいぜ!』
と、やっぱり大受け。もう何をやってもイケイケ状態です。
そうそう、常に周りに人が溢れているので忘れていましたが、朝から取材しているテレビクルーはまだ密着取材を続けていました。昼間取材のVTRは、現代はデジタル時代でネットで簡単にデータを送れますので、局で編集してワイドショーやニュース番組でクウデル・サンタの大人気ぶりが紹介されていました。
そして夜中のニュース番組では今やお祭り騒ぎのクラブから生中継でそのにぎわいと、女性リポーターとノリノリで踊るサンタが映され、
「トーキョー、最高デース! ニッポンジン、オモテナシ、アリガトオ! アイ・ラブ・ニッポン、愛シテマアース! メリークリスマス、ニッポーン!」
と、ご機嫌なメッセージを送り、周りに集まった若者たちと
「「「メリークリスマス! イエ〜〜〜イ!」」」
と、みんな揃ってニコニコのVサインをしました。
深夜0時を回り、ご機嫌のままクラブを後にしたクウデル・サンタは、三太郎にそそのかされてもう一つ、こちらは大人の男性のための、綺麗でゴージャスなお姉さんたちがおもてなししてくれる魅惑のナイトクラブへ向かいました。
さすがにここではテレビの取材はできませんが、男性ディレクターだけ鼻の下を伸ばして同行させてもらいました。
お店のナンバー1からナンバー5までのお姉さんたちをはべらせて、高級なシャンパンをじゃんじゃん開けさせて、クウデル・サンタも三太郎もアルコールとお姉さんたちのおもてなしに顔を真っ赤にしてウハウハです。
取材していたテレビ局の偉ーい人がやってきました。店に入る前に三太郎が呼ぶようにディレクターに命じておいたのです。
「あら、いらっしゃーい」
というママの気心知れた挨拶に「おっほん」と威厳をつくろって、偉ーい人はサンタと三太郎のテーブルにやってきました。
そこで色々、三太郎から相談事があったのですが、まあ長くなりますし、色々生々しい話でもありますので、まあおいおい、お話ししましょう。
さて、銀座の高級クラブですっかり豪遊したわけですが、さすがにデパートの店長さんもここまで派手に遊ぶとは思っていなかったでしょう。しかしここでの支払いは、
「それはこれで頼む」
と、三太郎が真っ黒なカードを差し出して、怪訝な顔で預かっていった支配人は、やがて慌てた様子で帰ってきて、
「ご利用、まことにありがとうございましたあーーーー」
と、腰を直角に折って、両手でカードを差しだして三太郎に返しました。
「うむ、ご苦労さん」
と三太郎は平気な顔をして胸にしまいましたが、いったいどんなカードだったのでしょう?
そんなわけで、朝になってからクウデル・サンタと三太郎はお酒とお姉さんたちの高級な香水の匂いをプンプンにさせて帰ってきたのでした。
三之助は呆れ返って、
「仮にもサンタクロースが揃って、なんてえざまだ? こりゃあ今日は使い物にならねえな」
と言いましたが、
「なあーにを言っておるかね!」
クウデル・サンタが酒臭い息を吐き出しながら元気に胸を張りました。
「今の時期サンタクロースが休んでなんかおられるわけないだろう!? 25日まで24時間フル稼働じゃよ!」
三之助は今度はクウデル・サンタのタフさに呆れ返りました。仕方なく、
「昼間も頑張るつもりなら、とりあえず牛乳飲んで、しっかり歯磨きしてくだせえよ。大喜びで抱きついてきた子どもを酔っぱらわせるわけにゃあいかんでしょう?」
と怖い顔で腕組みしました。
「で? 今日の予定は? またデパートですかい?」
「ああ、そうとも。今日は名古屋のな」
「名古屋?」
「さあ、準備をしたまえ。すぐに新幹線で移動じゃ!」




