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閃光

 一晩眠るだけで忘れられるほど軽い問いではない、とそんな当たり前の事実に気付いた今日は朝から憂鬱だった。大学で授業を聞いていてもあまり頭には入ってこないし、何をするにも周囲よりワンテンポ遅れてしまうほど意識が散漫としている。傍から見れば僕はまるで体を紐で吊らされている操り人形のように不審な挙動をしているだろう。

 けれど恥ずかしさや不満を感じる事も無く、いつもの授業をいつも通り受けていつも通り帰る。よくわからないけれどあの丘に行きたいと切に願っている自分がいた。あの丘に行けば彼女たちがいるような気がして、彼女たちに会えば答えが手に入るような気がして。



「はは……そんなわけ、ないか」

 陽が沈み辺りがすっかり暗くなった頃、僕はいつものように丘に来ていた。けれど、そこにいたのは僕一人だ。周囲三六〇度を見回しても人どころか鳥や野良猫さえいない。完全に一人だった。

 強いとは言えない風が首筋を撫でた。とても冷たくて体の内側から冷えていく感覚。

 今僕の中で燻っているこの思いは何と呼ぶのだろう。焦燥感というか、虚無感というか、不安というか。こんな苦しくて辛い思いはしたくない。

 今ここにいる僕はこんなにも一人だというのに、見上げれば憎たらしいほど数多の星が空に漂っている。大きさや地球までの距離も関係無く彼らは輝き続けている。惨めだ。これではあまりにも僕が惨めだ。これまで一人でいることが当たり前で、それに慣れていたはずなのに少し誰かと関わった程度で突き放されてまた一人になるとこんなにも胸が苦しくて悲しく感じる。好きとか嫌いとかそういう問題ではなく、ただ誰かといることの心地よさを知ってしまった、味わってしまった僕はもう一人ではこの夜空を眺めることができない。観測することができない。それは草木が育ち枯れていくことのように止めることなんてできない。

 僕の中で「孤独」と言う大地に「関わり」という命が根を生やしてしまった。育つことは止められない。命を欲していた大地がそれを捨てることなどないのだから。

 ――星は孤独じゃない――

 ふと彼女がくれたヒントが頭をよぎった。同時に僕は現実に妄想を混ぜているのではないか、という不安に苛まれる。そんな馬鹿な話があるか。そんな阿呆の夢物語が現実にあってたまるものか。口にすれば間違いなく頭のおかしい人に認定されてしまうだろう。

 もしかしたら彼女達は星の意志が人の形を成した存在かもしれない、なんてことなど。

「ばっかやろう」

 口にすれば良い話だったのかもしれない。わざわざ僕に話しかけてくれるほどの気遣いに甘えていただけなのかもしれない。でも認めなければ。今この瞬間に気が付いた、自覚した本音なんだ。笑われるかもしれないし、馬鹿にされるかもしれない。それでもこれまで目を背けていた思いがあった。


 寂しい。


 それを今口にしたかどうかは自分でもわからない。それでも一度表に出てきたその一言は瞬間的に僕の中を駆け巡って、これまでの経験や思い出、これからの自分のイメージにまで浸透していく。一番新しく、鮮明な記憶である彼女達と出会ってから前回の会話までの思い出も全てが明瞭な輝きを持った。

 そうだ。僕は彼女たちに名前さえ聞かずにいた。興味を持ったフリをしていただけで、本当は彼女たちを見ていなかった。彼女たちはあんなにも僕を見てくれていたというのに。

「一人は嫌に決まってるだろ……! でも誰かと仲良くなったってすぐに人は離れていく! すくいあげた手の中の物はぽろぽろと零れ落ちて、結局なくなっちゃうんだぞ!」

 叫ぶ。誰に言うわけでもなく、ただ思いつくままに僕は叫んだ。

 一人は嫌だ。寂しいんだ。けれど人は集まってもすぐに散り散りになる。離れていく誰かの背中を見届けるのは苦しくて切なくて悲しい。もちろん自分が誰かに背を向けてしまうこともあった。前を見ても向き合ってくれる人を見つけるのは難しくて、みんな僕に背を向けているようにしか見えなくなった。


 挨拶だけでもいい。

 何気ない短い会話でもいい。

 ご飯を一緒に食べたい。

 一人で帰りたくない。

 僕がここにいる、と気付いてほしい。


「貴方が気付いていないだけかもしれませんよ?」

「ま、おにーちゃんの日課が長かったせいもあるだろーけどさ」

 ふと声が聞こえた。僕が聞きたかったあの声が。そこにはいないはずの二人の声がした。

 誰もいないはずの丘に、突如現れた彼女たち。やはり最初に気付くべきだった。

「君たちの存在に疑いを持つ余裕も無いほど、僕は人間関係に飢えていたんだね」

 少し零れていた涙を袖でゴシゴシ拭ってごまかす。多少無駄なんだろうけれど、それはわずかに残っている僕の意地だ。彼女たちの前ではカッコつけていたかった。

 振り向くと彼女たちはいつもと同じ服だった。外見に全く変化がない。よくまぁこれで気付かなかったものだと心の中で自分に呆れながら改めて彼女たちを見た。

「貴方をずっと前から見ていました。ずっと一人で悲しげに空を眺めている貴方の事が不思議で仕方がなかった」

「もしかしたら今この場所のこの会話はおにーちゃんの夢の中なのかもね。目が覚めたら病院で、実はずっと植物状態でした、みたいなオチ!」

 悲しげで、それでいてどことなく満足げな姉に比べて妹の方は気楽そうだった。ずっと僕を見ていたという彼女たちは、僕の本質を理解してくれていたのかもしれない。それか、妹が言うようにこれまでの彼女たちとのやりとりは全て夢で、本当の僕の生活は全然違うのかもしれない。

 けれどそんなことはもうどうでも良くなっていた。これまでに味わったことのない充実感が体を動かしている。

「よくあれだけの言葉だけで自分と向き合えましたね」

「単に耐え切れなかっただけだよ。僕の弱さが結局この場所に僕を導いたんだから」

 冷たく感じていた風はもう凍えてしまうほど寒くは感じなかった。むしろ体は熱くてこのまま一気に走り出したくなる勢いだ。

 僕の様子を察してか二人はニコリと笑いながら一歩、また一歩と僕から遠ざかっていく。一瞬ドキリとしたけれどよくよく考えればその結末は至極当然のことだ。用事が無くなったのだからあとは帰るだけ。だからきっともう二度とこうして会うことはないのだろうと直感的に知った。

 離れてゆく。遂には彼女らが僕に背を向けた。それでも僕はもう辛くはない。悲しいし寂しいけれど、胸が痛むことはなかった。

 ただ、僕はふと一つ聞いておかなければいけないことを思い出して思わず「待って!」と彼女たちの歩みを止めた。

 名前を、と。

 僕はこの瞬間の出来事を一生忘れることはないだろう。

 彼女らは少し驚き混じりの笑みを見せたかと思うと、二人はそっと口に人差し指を当ててウィンクをするだけで何も言わなかった。その二人の嬉しそうな顔に負けたんだ。

 つられて僕も笑った。手を振ることもなく、ただ笑顔で。気が付けば僕は丘に一人で立っていた。

 それ以降、僕は嬉しい事や報告事がある時だけこの丘を訪れるようになった。

 僕は今日も楽しくやっているよ、と。


 夜空を二分するかのように流れる天の川は、これから歩むべき煌めく光の道に見えた。


 了

短く、3部で合計1万字程度の短編ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。

読んでくださった方の中には「意味不明」と思う方もいるでしょう。

そう思った方もそうでない方もぜひ、読んでどう感じたかを教えてくださると今後の活動の参考になりますので、よろしくお願いいたします。


それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。

by卯月造謙

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