第三話
「とにかくさ、関わらない方がいいって」
教室へと戻る帰り道、廊下を要と倉田並んで歩いていた。
「詳しく知らないんだけど、そんなに昔からいろいろと噂があるわけ?」
しつこいくらいに忠告してくる倉田に向かって要は尋ねた。あまりに倉田が心配してくるので逆に要としては興味を引かれてしまった感じだ。
そういう噂がいろいろあるという話は知っていたのだけど、要はどうにも蔭口というか悪口のような気がして積極的に黒神の話を聞いたことがなかったのだ。
「さっきも言ったけど、俺、小学校の時からずっと一緒なんだよ。クラスは同じだったり違ったりしたわけだけど、そんな奴はうちの学校結構いるはずだぜ。先輩や後輩の中にも知っているっていうやつは多いと思う。でだ、小学校の時から始まったんだけど、今もあれだけきれいな感じだろ。小学校の時もそうでさ。それでちょっといじめられてたことがあったんだよ。といってもガキの頃のことだから陰湿なやつじゃなくて、ちょっとしたケンカの延長みたいな感じだったり仲間外れみたいな感じだったんだけど」
「今とあんまり変わらないような気もするけど?」
「そういうなよ。今は怖くて近寄れないって感じなわけだから。で、話を戻すけど、最初はクラスのリーダー格の女の子が交通事故にあったわけよ」
「それが黒神のせいってなったわけ?」
要の問いに倉田は首を横に振って否定した。
「いや、普通に事故だと思われてたさ。でもさ、その後彼女に意地悪をしたりした子たちが続けて何人か怪我をしたり、病気になったりしたのが続いたわけよ」
「……」
「である日、誰かが言ったわけだ。礼美ちゃんが呪いをかけているんじゃないのって」
「だけどさ」
反論しようとする要を倉田は手で制した。
「わかるだろ、今ならそんなバカなって俺たちは言えるさ。でもよ、ガキの頃なんて呪いとか魔法とかすぐに信じちゃうものだろ。あっという間に噂は広まって、あっという間に一人ぼっちさ」
「ふーん」
「まあ今の要みたいなやつも何人かいたけどね」
不満そうな表情を浮かべる要をみて倉田は続けた。
「でもなぜかみんな怪我をして、離れて言っちゃうわけさ。しかも先生なんかの中にも被害者が出てくるともうダメだったね。というわけで、中学生になるころには完全に悪魔がついているとかいう話が定着してしまって、誰も近寄らなくなっていたかな。その頃からかな、いつもなんとなくほほ笑んでいるような気がする」
といって倉田は肩をすくめて両手を広げてみせた。
「なるほどね。悪魔つきに呪いってわけね。本人も認めちゃっているわけね。なるほどなるほど」
倉田の話を黙って聞いていた要は腕組をしてひとり頷いている。
二人はいつの間にか二年生の教室のある二階に戻ってきていた。昼休みも半分以上過ぎているので、お昼を食べ終わった生徒が教室にも廊下にも思い思いのグループを作っていて学校はいつも通りの喧騒であふれていた。
もうすぐ自分たちの教室というところで要は立ち止った。
「どうしたんだ?」
腕組をして何やら考えこんでいる要に倉田は振り返って尋ねた。
「いやね、俺としては黒神がかわいそうだからとか、なんていうのかな、正義感とかそう言ったわけで話しかけたわけじゃないんだけ……まあ、いろいろ話を聞いてみて、わかったぜ」
「なにがわかったって?」
「おれさ、黒神のやつがどうにもムカつくんだわ」
きっぱりとした口調で要は言った。逆に倉田の方は要の言葉を聞いて、意味がわからないというような表情を浮かべた。
倉田としては要の答えは斜め上を言っているように思えたようだ。
そんな倉田の様子に気づくこともなく、要は一人納得したとばかりにすっきりとした顔で、今来た廊下を戻り始めた。
「お、おい、どこに行くんだよ?」
慌てて呼びとめる倉田に向かって、
「屋上!」
と叫び返すと、要は走り始めた。
「ちょっと話をつけてくるわ」
「いや待てって、やめとけって」
要に続いて走り始めた倉田は階段で追いつき要の背中に声をかける。
「もし呪われたらおまえんちの寺でお払いしてくれ!」
「無理、うちは寺だけどオヤジも俺も霊感ないから」
階段を一段ぬかしでかけ登っていく要に坊主頭の倉田は律義に答えるのだった。