したいこと、見たいこと、言いたいこと、聞きたいこと
ゆらり、とコトネの身体から力が抜ける。
「コトネ!」
糸を切られた操り人形のように崩れ落ちそうになるのを、サヴジ、エリン、フェリカが慌てて駆け寄り支える。
かくんと力が抜けて膝が立たない様子を見て、静かにその場にコトネを座らせ、三人も寄り添う。
「……ごめん、緊張、してたから──なんだか、力が抜けちゃって」
指先まで、まだ震えてる。
そう言って、コトネは手をエリンに差し出した。
「本当ね、コトネの手、震えてるわ」
潤んだ目で、それでも笑顔を浮かべ、エリンが言う。
「エリン。……手をつないで」
コトネの言葉に、エリンは一瞬驚く。その弾みに、ぽろりと涙がこぼれた。
そんな様子を見て、コトネは自らエリンの手を取る。
「婚姻の儀は、終わった。でも、……私たちは、これからも続くし、終わりたくない」
「コトネ……?」
「エリンの果樹園にも、行きたい。まだデュカのイチゴも、皆で摘んで、皆でお手伝いをして、食べたい。また、ミモにも会いたい」
「……っ」
「それに、歌劇祭だよ。私は王子の衣装を着たい。そしてその次の年は──トケイソウの乙女も。歌劇祭はまだ先だし、サヴジもフェリカも練習できる……よね?」
ほんの少しだけいたずらっぽいコトネの笑顔に、一瞬フェリカは驚くが、すぐに困ったように笑う。
「歌は得意じゃないのだけれど──仕方ないわね。練習しておくから、笑わないでくれるとうれしいわ。……ね、サヴジ」
「──そうだな。前もって日程がわかっているのなら、練習もできよう」
ぽかんと口を開け、コトネ、フェリカ、サヴジへと、エリンの視線がぐるぐると回る。
そして、また、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
「そんなの、絶対楽しいに決まってるじゃない……! エリン、コトネが好き! だからコトネのお嫁さんになりたかったのに! なれなくて寂しいし、悲しいのに、でも楽しみがあるなんて、どうしていいかわからないわ!」
わぁぁ、と声を上げ、泣きじゃくるエリン。
「私も、エリンのことが好きだよ。これからもずっと好き。だから、これからもエリンの未来に、混ぜてほしいんだ」
「もちろんよ……っ、絶対、絶対これからも、エリンの未来にはコトネがいるんだから」
ひっく、ひっくとしゃくりあげながら言うエリン。
うん、と何度もうなずきながら、コトネはその震える肩を抱きしめた。
ぽん、ぽん、と優しく背中を撫でる内に、少しずつエリンも落ち着いていく。
それでもまだ、長い睫毛に残る涙をそっと指先で拭うと、しっかり目を合わせて、コトネは約束だよ、と微笑む。
そして、サヴジに向けて手を伸ばす。
「サヴジ」
「……なんだ」
「世界を見せてくれるって、──言ってくれたよね」
コトネの言葉に、サヴジは静かに頷く。
「これからも、……見せてほしい。私はまだ、冬のルーシアを見たことがない」
これまでの交流会は、冬以外に行われてきた。
それは、ルーシアの冬があまりにも厳しいものだからだ。
前代皇貴がサンティエを選んでからずっと、年々ルーシアの冬は過酷なものになっていったと言われている。
「国の事情もあると思う。でも、私の身体が定まっていないから、……サヴジは心配をして、冬の時期は交流会を避けてくれていたんじゃないかなって思ったんだ」
サヴジは表情を変えない。
だが、僅かにその目に揺らぎが出る。
「──私の身体は、未性別のままだよ。だけど、第五十三代皇貴に、ちゃんと成った」
微かに揺らいでいたサヴジの視線が、再びまっすぐにコトネを捉えた。
一度、深く息を吸う。握っていた拳が、わずかに緩む。
それから静かに吐き出すと、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。お前はちゃんと、自分の道を見つけたんだな」
今度は、コトネが頷く。
「まだ、わからないこともたくさんある。知らないことも、たくさん。だけど、──したいことも、たくさんある」
また、遠乗りをしよう。見られるところだけでいい、薬草園を見せてほしい。
それから、冬のルーシアにも行きたい。
身体は未性別だけど、前より強くなれた気がする。もっと強くなれるよう、頑張る。
──だから。
コトネはサヴジに向けて伸ばした手を、再度ぐいっと突き出した。
「ぜひ、来てくれ。そして──俺にも、お前の世界を見せてくれ」
「うん!」
サヴジの力強く大きな手が、コトネの華奢な印象の残る手に重ねられる。
ぐ、と力強く握手を交わす。
──そこで、ふとコトネは、何か言いたげに自分を見つめる導師の視線に気付き振り返った。




