婚姻の儀
──そして、翌日。
ヤコク王城深部にある婚姻の間。
部屋の中央にサヴジ、エリン、フェリカが静かに並んでいた。
その先頭に導師が立ち、さらに先には御簾がかけられている。
両脇に置かれた香炉からは、細く煙が揺蕩う。
白装束を身に着けた巫女が静々と歩み出て、部屋の四隅に立つと、
りぃん。
りぃん。
りぃん。
りぃん。
ひとりずつ順に鈴を鳴らす。
等間隔に響く音色が一巡したところで、導師が一度、鈴をりん、と鳴らす。
しん、と一瞬、すべての音が消えた。
それからもう一度、続けて二度。
りん、りんりん。
余韻が静かに消えたところで、導師は一度、柏手を打つ。
「第五十三代皇貴コトネ」
その呼び声に、一瞬、エリンがびくりと身体を震わせた。サヴジは息を止めたまま拳を握り、フェリカは胸の前で静かに指を組む。
さら。
さらり。
御簾の向こうで、微かな衣擦れの音だけが静寂を僅かに揺らす。
一歩一歩近付いてくるその小さな音を、気配を全て拾おうとするかのように、三人はただ前だけをじっと見つめ、その時を待つ。
ゆらり、ゆらり、と香炉から立ち上る煙が揺れ、薄く伸びていく。
やがて御簾の向こうで、その足音が止まった。
こくり、と喉の音がしたのは、サヴジからか。エリンからか。それとも、フェリカからか。
導師が御簾に向かい、静かに一礼をする。それから三人に向き直り、再び一礼した。
「御簾を」
す、と巫女が左右へ歩み寄る。
こちらも御簾に、そして三人へと一礼をすると、
「いざ」
導師の声に従い、ゆっくりと御簾があげられていく。
するり、と上げられていく御簾の先に見えたのは、純白の衣。
(よかったコトネ……そこにいるのね……!)
つんと鼻の奥が熱くなるのを必死でこらえながら、エリンが笑みを浮かべる。
さらにそこから手のひら分ほど御簾があげられると、束ねられた黒髪の先が見えた。
(髪が伸びている……コトネは、変化をしたのね)
コトネの髪は、背中程までの長さだった。それが今は、膝下ほどまで来ている。
改めてコトネの変化を目の当たりにし、フェリカは静かに頷いた。
巫女たちがさらに、御簾を巻く。
膝上、腿、腰。そして腹部。衣越しとは言え、少しずつコトネの姿が見えてくる。
長く伸びたつややかな髪を束ねている髪紐の飾りが、光を受けてきらりと輝く。
(──コトネ)
指先がわずかに震えるのを感じ、それを抑えるように力強く握り、サヴジはまっすぐに背を伸ばしただ前を見つめる。
ゆらり、ゆらりと香の煙が静かにたなびく。
しゅる、しゅるりと御簾を巻きあげる音が響く。
瞬きの間すら惜しく感じられ、サヴジが、エリンが、フェリカがただひたすらに固唾をのみじっと時を待つ。
「第五十三代、皇貴コトネ」
──そして、導師の呼びかけと共に、完全に御簾が上げられた。
頭から薄布を被り、それでもしっかりと、コトネはそこに立っている。
「──はい」
その声に、三人の肩がぴくりと震えた。
静かな、声。柔らかい、声。落ち着いた、声。
「ここに、その姿を」
導師に促され、コトネはそっと頭上に手を伸ばす。
指先で留め具を外すと、
「第五十三代皇貴コトネ、成りました」
その宣言と共に、薄布を取る。
まっすぐに前を見つめる目は黒く、小さいながらも通った鼻筋。そして柔らかく結ばれた唇。
薄布の奥から現れたその姿は、誰もが知るコトネだった。
けれど、──どこかが違う。
「コト……ネ……?」
思わずエリンの口から漏れた言葉に、コトネは静かに微笑み、頷いた。
その様子にエリンは驚き、ついフェリカを見る──が、フェリカも目を瞬かせている。
反対側のサヴジを振り返るが、こちらも同様だ。
慌てて辺りを見回したはずみに、エリンは導師が短剣を懐から取り出すのに気付き、反射的に手を伸ばす。
「ダメ!」
その声に、サヴジが目を向き、フェリカが息をのむ。
しかし、
「大丈夫」
コトネが微笑み、エリンを静かに制した。
エリンはそれでも不安そうに短剣を見る──が、もう一度コトネに微笑みかけられ、渋々ながらも頷く。
「──お前の大丈夫、は……」
そう漏らしたサヴジと、コトネの目が合う。
そらすことなくまっすぐに見つめて来るその目に、サヴジは「わかった」と小さく答え、姿勢を正す。
そんな様子を見て、フェリカは静かに頷いた。
「こちらに」
導師が捧げる短剣を受け取ると、コトネは髪を束ねていた紐をほどく。
そして自らの髪をつかみ、背中の半ば辺りの長さのところへ静かに短剣を入れた。
手を引くのに合わせ、さく、と髪が切り離されていく。
ぷつ、と最後の一本までを切り終えると、髪束を導師に手渡す。
それを受け取ると、導師は髪を丁寧に結わえ、捧げ持ち一礼したあと、丁寧に懐紙に包んだ。
「第五十三代皇貴コトネ。只今よりその変化の証を奉じます」
──りん。
導師が鈴を鳴らすと、四人の巫女たちもそれに続き、順に鈴を鳴らす。
もう一度りん、と鈴を鳴らすと、導師は銀の盆を胸の高さまで上げ、静かに目を伏せる。
そして懐紙を置き、火をつけた。
小さく爆ぜる音がする中、巫女たちが順に鈴を鳴らす。
りぃん、りぃん、りぃん、りぃん。
音が何巡かした辺りで、細く煙をたなびかせ、静かに火が消える。
それを確認し、導師が。続いて巫女たちが一斉に一礼し、コトネと三人の前から下がり、道を開けた。
「それでは皇貴コトネ、伴侶をお選びください」




